106. 集う者たち
大地をえぐり、大空には巨大なキノコ雲を浮かび上がらせたトールの一撃。影響はそれだけに留まらず、爆心地からは強力な魔力波が放たれ世界に広がっていた。
人間には感じられないであろうその異変に、しかし強く反応した存在があった。魔物である。
魔物たちは鋭敏な魔力感知能力によってその異変を察知し本能的に恐怖した。そしてその原因を見つけ出し排除しようと動き出す。
世界中の魔物たちが活性化し始めたのである。
その影響は魔人も例外ではなかった。その一人、淫魔王ナイトメアは知覚を研ぎ澄まし異変の正体を読み解く。
「この世界のどんな事象でも起こり得ない反応だわ。間違いなく不正スキルによる物……」
ナイトメアは異変の出所を割り出すと背からコウモリの羽を展開した。そして空を駆け出所へと向かう。
ナイトメアはトールを追ってヨハンに向かっている最中であった。異変の出所は奇しくもその場所の近く。何かしらの関連性があるのかもしれないとナイトメアは推測する。
ナイトメアは全速力でヨハンに向かった。そしてヨハンに向かっているのが自分だけでない事に気づく。
ナイトメアが察知したのは自分以外の魔王の気配であった。各地に散らばっていた魔王たちもまた、同じ場所を目指していた。
魔王が集結しようとしていたのである。
「異世界人!?」
「そうです」
マリーンです。私は開拓基地へと走りながらクルツさんの説明を聞いていました。突拍子もない言葉に思わず目が丸くなります。
「奴らは不正スキルを所持しています。以前マリーンさんが遭遇したレイジもその一人です。不正スキルの鑑定結果を覚えていますか?」
「ええ……」
ちなみにエルーシャとは別行動です。ドーウさんとパルムさんが目を覚ましたものの回復ポーションでは治癒しきれなかったので、三人でヨハンに向かわせました。
「異世界人は殺し合う事で不正スキルを奪う事ができます。過去の異世界人も多くが殺し合いに発展しました」
「……」
私は言葉に詰まりました。話の流れから、クルツさんが次に告げるであろう事実に思い至ったのです。私たちが向かっている場所に居る人物。それは……。
「トールは異世界人です。そして恐らくルークも」
「そんな……」
「そして私が追っていたアキハという人物も異世界人です。彼女は既に一つ不正スキルを奪っていました。間違いなく他の不正スキルも狙っているでしょう」
クルツさんの話は続きます。
「不正スキルは存在してはならないものです。この世界から取り除かないといけません」
「どうしてですか。強力なスキルなら他にもありますが」
クルツさんの不穏な物言いに私は疑問を抱きました。ルークさん達が異世界人で不正スキルを持っているとしても、それ以上に強い存在が居るのを私は知ったばかりです。
不正スキルの危険性は分かりました。レイジが持っていた再構築干渉もその身で経験しましたし、殺し合いに発展する可能性がある事も分かりました。
それでも、ここまで敵視するのには他に理由があるはずです。
そんな私の疑問に、クルツさんは応えました。
「不正スキルが揃うとこの世界が滅亡すると、そう言われています」
トールが杖を振る。ルークは足元から突き出してくる氷杭を何とか避けた。ルークの視界はかすみ、足元はおぼつかない。
トールがウォーターボールを放ってきた。その直径、約10m。ルークは力を振り絞り縮地を発動。ウォーターボールの範囲から逃れる。
「ちっ、しぶといな」
トールは苛立った。ルークはほとんど致命傷。それでも先ほどからのトールの攻撃をギリギリで逃れている。トールに残された魔力も底が見えてきていた。
「これなら避けられないだろ」
トールは無属性魔法を発動した。障壁がルークを囲い閉じ込める。そして内部に爆発を起こした。今の今まで所持を隠してきた『火炎魔法』を使ったのである。
高威力の火炎魔法を極小範囲に集中する、必中必殺のトールの切り札である。
炎が収まり障壁が消えると、後には何も残っていなかった。
「終わった……」
トールは地面に座り込んだ。トールも疲弊しきっていた。限界に近い。
「もうルークの不正スキルは手に入ったのか?」
トールは自分を鑑定した。ルークはステータス隠蔽を持っていたためどんな不正スキルを持っていたのかは確認できなかった。だが異常に多くのスキルを持っていたことから、学習系のスキルだろうとトールは推測する。
そうして自分のステータスを確認していたトールは、
不意に背後から蹴りを食らった。
「ぐあっ!」
後頭部を蹴られ視界が歪む。それでもトールは即座に体勢を整え杖を構えた。そして蹴ってきた相手を睨む。
そこに立っていたのはルークだった。
「お前!!?」
トールが叫ぶ。そしてルークに反撃しようとして、ルークの異変に気付いた。
「ルークお前……腹の傷はどうした?」
トールが目を疑う。ルークの傷は全て塞がっていた。
「ああ、これだよ」
ルークが空になった瓶を放った。トールの目の前に落ちパリンと割れる。
「エリクサー。どんな状態からでも全快できる。材料の採取を依頼される機会があってね、その時に自分の分も採っておいたんだ。一本しか作れなかった最後の切り札だよ」
「はあ!? なんだそのトンデモ効果! 反則だろ!」
トールが目を剥く。そしてある疑問が思い浮かんだ。
「だとしてもどうやって障壁から脱出した? ……転移か」
「うん。本当に最後の一回だったよ。でも僕が死んだと思ってくれたおかげでエリクサーを飲むだけの隙ができた」
「お前……作戦会議の時は転移はあと一回しかできないって言ってたじゃねえかよ……」
負けた、最後の最後で。トールは心の中でそう悔やむ。
「……どうして不正スキルを集めるんだい?」
うつむくトールをルークは見下ろした。その顔は少し悲しげだった。
「他にも居るんだよ。不正スキルを集めてる奴が。俺はそいつに負けて逃げる事しかできなかった。」
「君が逃げるしか出来なかった!?」
ルークが驚いた。そして問い質す。
「一体どんな奴だい? 能力は?」
「テツジという名前だ。能力は……」
トールは答えながらルークを見上げた。そしてルークの背後に立つ人物に気づき目を見開く。
「っ!?」
トールの視線に気づいたルークは振り返りながら飛び退いた。先ほどまでルークが居た場所を何者かの腕が通り過ぎる。
「あーあ、気づかれちまったか。久しぶりじゃねーか、トール」
「テツジ……!」
トールの因縁の相手が、そこに居た。




