103. 花火
私とエルーシャは開拓基地を脱出しました。その際、私は基地の脇に花火を設置します。
「マリーン、何それ?」
「ルークさん達への合図です」
私は花火に導火線を繋げました。長さは十分。これで着火してから花火が撃ち上がるまでの間に逃げる猶予ができます。アルプが気づいてここに来ても、その時には私たちは居ません。
「準備完了です。逃げましょう」
私は導火線に火を付けました。そしてエルーシャとヨハンへ走り出したのでした。
同時刻。
ヨハンと開拓基地の間には輸送用に道が整備されている。その道を歩き開拓基地へ向かう少女が居た。黒髪をポニーテールにしたその少女の名前はアキハ、異世界人である。
『止まれアキハ。右の森に何者かが潜んでいる』
アキハのスキル、レプリカからの声にアキハは足を止めた。そしてため息をつき右手の森に声を投げかける。
「誰か居るの?」
アキハの問いに対して返ってきたのは、状態異常スキルだった。毒、麻痺、盲目、その他様々な状態異常がアキハにかけられる。
「うわっ」
『少し待て。ワクチンを組む。……完了』
レプリカが状態異常の耐性スキルを作って対抗した。そこに今度は斬撃が飛んでくる。それをレプリカは魔法で撃ち落とした。
「不意打ちは効きませんか」
森から神父が姿を見せた。クルツである。その隣には先ほど斬撃を放ったドーウ。そして状態異常の使い手パルムは未だ身を潜めていた。
「また教会の刺客? 懲りないね」
「それだけあなた達の不正スキルは危険なのですよ。スキルが集まる前に死んで貰わないといけない程に」
「うっわ、こっちの人権無視じゃん」
アキハは抗議した。元より見逃してもらえるとは期待してない。が、何も言い返さないのは癪だった。
「この先には行かせません。ここで死んでもらいます」
予想通り交渉は決裂。そもそもクルツの一手目が不意打ちの時点でそれは決まっていた事である。
『どうやら我々がトールを追っているのを読まれていたようだな』
クルツの言葉からレプリカがそう分析した。アキハは異世界人トールを追ってヨハンに来た。そして街の魔人騒ぎでトールが討伐に向かったという話を聞き開拓基地に向かっていたのである。
「殺される訳にはいかないっての。私は元の世界に帰るんだから」
アキハがそう言うと同時にクルツたちの目の前で爆発が起こった。火魔法による物である。クルツたちは炎に飲み込まれた。
通常なら魔法は使い手のすぐ近くでしか発動しない。故にファイアーボールなどの魔法はまず自分の近くに生み出し、それから射撃するという工程を踏む必要がある。それによって、魔法使いは攻撃速度が遅いという弱点を持っていた。
しかしアキハの不正スキル[スキル結界 LV6]はその弱点を克服する。
一定範囲内に自分が持つスキルの効果を及ばす事が出来るこのスキルは、魔法を敵の目の前で発動させる事を可能とした。
現在のスキルレベルでは、結界の範囲は自分を中心に30m。結界の中なら魔法をゼロ距離かつノータイムで発動できる。中に入った敵はアキハに刃物を突き付けられているのと同じだった。
『む、気を付けろ。敵は未だ健在だ』
レプリカが注意すると同時に、煙の中から無傷のクルツが現れた。後ろにはドーウ。クルツが魔法を防いだのだ。
「あなたの不正スキルについては報告を受けています。威力自体は大したことはありません。私の防御は抜けませんよ」
今まで自分を襲ってきた刺客とは違う、そう思ったアキハは鑑定スキルを発動した。警戒レベルを一段階上げたのである。
「……っ!!? ああああああああぁ!!!」
クルツのステータスを見たアキハが絶叫した。頭を抱えてうずくまる。今、アキハはクルツのステータスを見せられていた。
クルツが持つスキルの中に、珍しいスキルがある。【逆鑑定攻撃】というスキルだ。『ステータス改竄』から派生したそのスキルの効果は、鑑定してきた敵に膨大な情報を送り付けるという物。
アキハの脳には、意味を為さない数字の羅列が猛スピードで書き込まれ続けていた。脳が焼き切れ、良くて廃人、悪ければ死ぬ。
全身を痙攣させるアキハにドーウが斧を振り下ろした。即座にとどめを刺しにいく。アキハはそれを転がって避けた。
「馬鹿な!? まともに動けるはずが……!」
アキハが避けたことにクルツは余裕を崩した。そして逆鑑定攻撃の対象がアキハでなくなっている事に気づく。
「ふう、ありがとレプリカ。助かったわ」
『気を付けろ。私が肩代わりしなければ死んでいたぞ』
追撃を行ったドーウの動きが止まった。全身を見えない何かで覆い固められ、呼吸すらできない事にドーウは焦る。アキハがドーウの周囲の空気を『頑丈』スキルで固めたのだった。
「これは……送った情報をスキルが処理している? 高速思考スキル? いや、その程度の処理能力でどうにかなるものでは無い! この処理能力はまさか!?」
クルツは一つの可能性に思い至った。額から汗が落ちる。そしてその可能性を口にした。
「インテリジェントスキル……」
「当たり。レプリカって呼んでるわ。私のもう一つの不正スキルよ」
森の中で爆発が起こった。アキハの攻撃である。その爆心地にパルムが横たわっていた。ドーウは未だ動けず、残りはクルツだけとなってしまった。
「既に異世界人を一人、殺していたのですか」
「残りも私が殺す。邪魔しないで」
アキハはそう言って魔法を放った。クルツはそれを避ける能力を持ち合わせていなかった。
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[補助人格]
不正スキルの一つ。
固有の人格と高度な演算能力を持つスキルであり、所持者の身体やスキルの操作を代行することができる。レベルが上がるほど演算能力が向上する。
また他の不正スキル所持者を殺害することで不正スキルを奪えるようになる。
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[スキル結界]
不正スキルの一つ。
所持者から一定範囲内に、他のスキルの効果をもたらす事ができる。レベルが上がるほど効果範囲が広がる。
また他の不正スキル所持者を殺害することで不正スキルを奪えるようになる。
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一方その頃、開拓基地正面。
ルークとトールはアルプ相手に未だに奮闘を続けていた。二人の連携とアルプの手加減によって均衡が保たれているが、一歩間違えれば窮地に陥る綱渡りでもあった。
「それっ、テンポを上げていくぞい!」
喰らいついてくる二人に対し、アルプが僅かに本気を出した。それだけで戦況がアルプに傾く。
「ほっほっほ。何を出し惜しみしておるのか知らんが、本気にならんと死ぬぞい?」
アルプが二人を追い詰めそう言った。ルークたちが何かを狙っている事にアルプは気づいていた。
「仕方ない! もうやるぞ!」
トールがルークにそう言った。作戦では人質救出が終わるまで時間稼ぎをする手筈である。しかしこのままでは持ち堪えられそうにない。
「まだ駄目だ! 僕が持たせるからもう少し待とう!」
ルークは自身に補助魔法を重ね掛けした。ステータスが向上する。トールの全力は戦いの決め手に使うために温存しないといけないため、今無茶ができるのはルークだけだった。
ルークは必死にアルプに食らいつく。トールの援護もあってギリギリで攻防を続けていた。
その時
ピュー……パン! と花火が打ち上がった。待ちに待った人質救出の合図である。
「ルーク!」
「分かってる!」
ルークはアルプに斬りかかった。作戦は第二段階。トールの魔法で避け場がないほどの範囲攻撃を行うのである。だが問題もあった。その魔法を放つためにトールは一分間魔力を溜める必要があった。
これから一分間、ルークは一人でアルプと戦うことになる。




