102. 作戦
ヨハンから徒歩数時間の位置。伐採され森の中にぽっかりと開いた平地の中心に、開拓基地は存在した。
開拓基地を囲う防壁のすぐ内側に建つ見張り台、そこにアルプは居た。訪れた待ち人を見下ろし笑みを見せる。
「良く来たのう。待ち遠しかったぞい」
アルプはやって来た二人にそう声をかけた。そこに居るのはルークとトール。アルプが人質を取って呼び出した冒険者である。
「言われた通り来たぞ。人質は無事なんだろうな!」
「ほっほっほ、大事な人質じゃ。殺しはせん。ここの部屋に転がっとるわい」
トールの問いにアルプが応える。トールたちはその答えに安堵しつつも油断せずにアルプを睨んでいた。
「じゃあ細かい事はいい。くたばれ!」
トールがアルプにウォーターボールを放った。それが開戦の狼煙となり三人は動き出す。
「バーナーカッター!」
トールの魔法を跳んで躱したアルプにルークが斬撃を飛ばした。アルプは斬撃を足場にしてルークに迫る
「斬撃を足場に!?」
「熱いわい。足裏が火傷してしまうのう」
ルークはアルプの妙技に驚きつつも防御の構えを見せる。そのルークを氷の壁が守った。
「アイスウォール!」
「無駄じゃ。そい!」
アルプがアイスウォールに突きを放った。氷が粉砕される。
「エアーキャノン!」
同時にルークが風魔法を放った。空気の砲弾が氷の破片を巻き込みアルプに向かう。アルプは地面すれすれまで身を低めそれを避けた。
「ソードスラッシュ!」
ルークはしゃがんだアルプに剣を振り落とす。アルプはそれを避けルークを蹴り飛ばした。
「ちっ! スプラッシュバレット!」
トールがルークとアルプの間に入り水の散弾を放った。アルプは自分に当たる弾丸だけを全てはたき落とす。
「スゲーなおい!」
トールは後ろに跳び距離を取った。ルークと合流し陣形を立て直す。
「無事か?」
「うん」
二人は手短にやり取りを済ませた。今はまだ作戦の第一段階。ここでどちらかでも脱落するわけにはいかない。
「急ごしらえとはいえ、悪くない連携じゃのう。まだまだ楽しめそうじゃの」
アルプが二人に近づいていく。今までの攻防は遊びだとでも言わんばかりである。
「そりゃどーも。こっちはお前にまだまだ余裕がありそうで困ってるよ」
「ほっほっほ。わしは仮にも魔王だった男じゃ。これ位当然じゃよ」
魔王、その言葉にトールは顔をしかめる。こんなのが他にもいるという事実に世界の広さを思い知らされていた。
「一つ聞いていいかな?」
続いてルークがアルプに問いかけた。
「何じゃ?」
「武器もスキルも使わないのはどうしてなのかな?」
「わしは拳法家じゃからのう。武器には頼らんし、スキルは邪魔じゃから捨てたわい」
物を捨てたかのようにそう言うアルプにルークは内心で驚く。そもそもスキルを捨てる事が出来るなどと言う話を聞いた事がなかった。
「お主らもスキルなんぞに頼っとるようではわしには勝てんぞい」
「どうかな? やってみないと分からないよ」
ルークはそう言うと剣に雷魔法を付与した。現状、アルプは攻撃を直接受けていない。ならば攻撃を当てられれば有効である可能性が高い。触れただけで攻撃になる雷魔法が効果的だろうという判断である。
「雷か。安易じゃのう」
そう言うアルプを前に、ルークは自分から攻撃を仕掛けなかった。トールも同じである。彼らは今、時間稼ぎをしていた。
一時間前。作戦会議にて。
「ようするに、ルークが前衛で俺を守って、俺が全力で魔法を撃つ。これが出来れば倒せる」
トールはマリーンとルークにそう説明する。
「俺が全力で撃てば周囲一帯ごと吹き飛ばせる。ルークが転移で脱出すればアルプだけがダメージを喰らうという訳だ」
トールはさらに話を続けた。
「問題なのは人質が居ることだ。一緒に吹っ飛ばしちまう。だからまず奴の隙を見て人質の救出をしないといけない。だから……」
トールはそう言ってマリーンを見る。
「二人が戦闘で、私が救出という訳ですね」
「そうだ。俺とルークでアルプを誘い出し時間を稼ぐ。人質を助けて避難させるまでが作戦の第一段階。そしてアルプを仕留めるのが第二段階だ。なにか意見はあるか?」
そう言ってトールは二人を見た。
「良い作戦だと思う。それで行こう」
「私も賛成です」
三人はその後細々とした話のすり合わせを行ったのだった。
そして現在。アルプを誘い出すことには成功した。後はマリーンから人質救出の合図があるまで時間稼ぎである。作戦は今の所、順調であった。
ルークさん達がアルプと戦っている隙に、私は開拓基地の防壁を乗り越え侵入を果たしました。
私は周囲を見回しました。基地の中のほとんどはただの平地。その中に居住用と思われる建物や倉庫がぽつぽつと建っています。このどこかにエルーシャが居るはずです。
救出に時間がかかるほどルークさんたちの負担が増えてしまいます。私は急いで捜索を始めました。
そして捜索を始めて五分。基地中央の住居に侵入した私は外から鍵を掛けられた部屋を発見。扉を蹴破ると中であっけなくエルーシャを発見しました。
「うーん、もう食べられないよ~。むにゃむにゃ……」
エルーシャは阿呆な寝言を言いながら床で快眠していました。心配させておいて一体何してるんですか。起きろ!
「ふぎゃっ!?」
私がチョップを叩き込むとエルーシャは飛び起きました。はてなマークを浮かべながらキョロキョロします。そして私に気づき目が合いました。
「あれ? マリーンここどこ? 私何してたんだっけ?」
「まだ寝ぼけてるんですか? 魔人に攫われたんですよ、エルーシャは」
私は説明しながらエルーシャの手足の縄を切ります。
「……あ、ああー。そうだった! 魔人は!? どうなったの?」
「ルークさん達が戦っています。今のうちに逃げましょう」
私はそう言うと立ち上がろうとしました。が、足の力が抜けて尻餅をついてしまいます。エルーシャの無事な姿に安心して、張りつめていた緊張が抜けてしまいました。
「もう。なにやってるのさ、マリーン」
エルーシャが手をのばしてきました。私の手を取って起こしてくれます。
「なんで攫われたのにそんな平気なんですか」
助けに来たのは私の方なのに、これでは格好がつきません。
「そりゃ、マリーンが助けに来てくれるって信じてたから」
「当然です。どれだけ心配したと思っているのですか。どれだけ……」
不意に私の視界がぼやけました。泣いている訳ではありません。脳波的理由で涙腺から体液が分泌されているだけです。
「あれ? 目が潤んでるよ? なんでかな~」
エルーシャがニヤニヤと顔を覗き込んできました。私は目元を隠すように袖で涙をぬぐいます。
「知りません。ごみが目に入っただけです」
「マリーンが泣いてるところ初めて見たよ。ありがとう。私のために」
エルーシャは優しく微笑みました。そして私にハグします。よかった、これで顔を見られずに済みます。そう思うと堰を切ったように涙が溢れてきました。止まりません。止められません。
私が泣き止むまで、エルーシャは何も言わずに私を抱きしめ続けました。




