100. 魔王の猛威
祝! 100話達成!
「わしの名はアルプ。お主を殺しに来た、元魔王じゃよ」
「は?」
アルプと名乗った老人の言葉に、トールさんはポカンとした表情を見せました。その瞬間アルプはトールさんに拳打を放ちます。
「危ない!」
ルークさんが割って入り、剣で攻撃を受け止めました。しかし衝撃を受け止めきれず殴り飛ばされます。
「この!」
戦闘モードに意識を切り替えたトールさんが魔法を放とうとしました。しかし魔法が放たれるよりも先に、アルプの拳がトールさんの鳩尾に入ります。
「かはっ!」
トールさんが血を吐きました。内臓をやられたようです。
「堅いのう。金剛スキルなのは間違いないが、レベル上限を超えておるな。それがお主の能力か」
蹲るトールさんをアルプが見下ろしました。手をプラプラさせています。
「な……な!?」
一方エルーシャは目の前で始まった戦いに尻餅をついていました。
「エルーシャ離れて!!」
私はエルーシャに向かって叫びました。が、駄目です。完全に腰が抜けています。私はエルーシャの元へ駆け出しました。
私と同時に飛び出した人がいました。火を噴く全身鎧、ジーンさんです。彼も試合の観戦に来ていたようです。
「ロケットブロウ!」
ジーンさんがアルプに殴り掛かります。アルプは半歩横にずれて打撃を避けるとカウンターを放ちました。鎧の継ぎ目から炎が噴き出し爆散。鎧がバラバラになりジーンさんは倒れ伏しました。
「氷ろっ!!?」
氷牢を放とうとしたトールさんが蹴り飛ばされました。訓練場の壁に激突して動かなくなります。
アルプが誰もいない場所に拳打を放ちました。そこにルークさんが現れます。ルークさんはもろに攻撃を受け地面に叩き付けられました。
「縮地か。カウンターのいい的じゃのう」
アルプがにやりと笑みを見せます。強者たちを相手に余裕のある立ち振る舞い。ルークさん達が全く歯が立っていません。
しかしその間に私はエルーシャを抱えて離れる事に成功しました。見逃された気がしますが成功は成功です。
「今よ!」
私たちが離れると同時にルーミンさんが号令を掛けました。野次馬冒険者たちが一斉に魔法を放ちます。わずかな間に野次馬を纏めた手腕に私は心の中で称賛を送りました。
無数の魔法が雨あられとアルプに殺到します。アルプは最小限の動きでそれを避け、逸らし、時には弾き返してきました。それはまさに神業。
「羽虫がうっとおしいわい。殺すかのう」
アルプの殺気がルークさん達からこちらに向きました。高密度の殺気の圧に私たちの戦意は吹き飛び、立つ事すらままならなくなります。
強い殺気や恐怖に曝されたことは以前にもありました。ですがアルプのそれは度を越していました。ドラゴンが可愛く見えるほどです。
「む……殺しに制限がかけられとるのう。ナイトメアめ、わしに言霊を仕込みおったか」
アルプがなぜか殺気を収めました。不服そうな表情で自分のこめかみを突いています。
それでも私たちは身動きが取れませんでした。先ほど感じた圧倒的な恐怖が心の奥底に刻まれていました。
「このままここで戦う事は出来るが、やはり雑魚がうっとおしいのう。場所を変えるのが良いわい。そのためにも……」
アルプがこちらを向きました。目が合い背筋が凍ります。
「人質を取るかいのう!」
アルプが迫ってきました。私は足がすくんでしまい動けません。そんな私に変わり風魔石のブレスレットが迎撃を行いました。エアーキャノンが乱射されます。しかしアルプは止まりません。
私は恐怖しました。迫るアルプを直視できず目を閉じます。戦場での禁忌を私は犯さずにはいられませんでした。
「マ、マリーン!!」
エルーシャの悲鳴が聞こえました。
狙われたのはエルーシャでした。
私はエルーシャの悲鳴に無意識に目を開け、攫われるエルーシャを目の当たりにしました。その光景に、私の中の何かがプツンと音を立てて切れます。
アルプがエルーシャを抱え跳びました。そして去り際に言い残します。
「この娘の命が惜しくば、試合をしていた二人だけでわしの元に来い!」
「エルーシャ!!!」
私はアルプを追います。足のすくみは無くなっていました。ブーツの強蹴スキルで地面を蹴り、アルプに追い縋ります。
「マリーンさん! 危険だ!」
ルークさんが制止してきました。私はそれを無視し訓練場の壁を飛び越しました。
屋根伝いに移動するアルプ。道沿いに進んでは追いつけません。私も屋根に飛び乗りました。
「エルーシャ!!!」
私は叫びました。気絶しているようで返事がありません。前を行くアルプが振り返りました。
「ほう、追って来るか。その勇気は褒めてやらんとのう」
私は全速力で追いますが距離が縮まりません。エルーシャが居るため遠距離攻撃は危険。追いつくためにもっと速度が必要でした。
私は風使いのエドガーさんを思い出します。エドガーさんは風を推進力にして高速移動を行っていました。
私はブレスレットを付けた左手を後ろにかざしました。そして風を噴射。反動に押されてアルプに迫り、鉈を振るいました。
「じゃが、わしを相手にするのは無謀じゃのう」
アルプは空中で身をよじって鉈を避け、私は蹴り落とされました。
落ちながら、私はエルーシャを見ていました。アルプに担がれたエルーシャの顔が見えました。目が閉じられています。私はエルーシャに手を伸ばしました。
アルプが、エルーシャがみるみる離れていきます。伸ばした手は届きません。ただ空を掴むのみ。
そして地面に叩き付けられた私は、意識を失ったのでした。