【何事も、準備が肝心】
次回はクライマックスですね。
どうなることやら……あ、この回はちょっと箸休めです。
休めてばっかですけど…(ボソッ
解呪の儀式では、その場のモノを使うのが一番いいらしい。
土地に馴染みやすく、時間も手間もかからないというのが須川さんの弁だ。
放課後、周りに人の気配がないのを確認しつつ学校側が用意してくれた一室に私たちは集まっていた。
階段横にある8畳ほどの狭い空間には窓と机が一つ。
机の上には古びた卓上ライトがぼんやりと橙色を帯びた光を灯している。
薄暗く何処かひやりとした空気が漂う空間には六人の人間がいた。
「まず、こちらを見て下さい」
空気を震わせる声は須川さんのものだ。
トンという小さな音に釣られるように視線は唯一の机に向けられ、その上に広げられた用紙へ集まった。
筆で書かれたその文字に目を走らせて口から意味をなさない声がこぼれる。
「解呪の儀に必要な五行供物です。供物になる素材に関しては此処に記載してあります」
「須川さん、この名前って」
「素材を集める人間の名前です。その人間の性質に応じて割り当てていますので、素材に触れるのは割り当てられた人間が行う様にしてくださいね」
やっぱりな、と思いつつ用紙に私の名前がない。
手伝うなってことだろうか、と上司様の様子を窺えば目が合った。
「優君は素材集めの手伝いをお願いします。私と同じように貴女は“決まった”属性がありませんから」
やっぱりなぁと遠い目をしつつ頷けば、葵先生が額に皺を一つ刻んで腕を組んでいる。
視線の先には担当になった金:キーホルダーという文字。
このキーホルダーは特定のモノを指し示す言葉だ。
古井戸で探してほしいといわれた形見のキーホルダー、それを指しているのが私でもわかって釣られるように葵先生を窺い見る。
「コレ、葵先生が探すように頼まれていたっていう形見のキーホルダーのことですよね?」
「そうです。これが一番効力がありますから変更はできません」
私が難しいのでは、という前に須川さんがぴしゃり。
流石に察しがいい。
「……一人で探せと? 古井戸で」
ウンザリしたような表情と声を隠しもしない白石先生を見もせずに、須川さんは口を開いた。
うう、空気がピリピリしているような気がするんですけども。
「当然です、と言いたいところですが……見つけられなければ何の意味もありません。皆さんで探してくださっても大丈夫ですよ。ただし、発見しても触れない事。触れてもいいのは白石先生だけです。キーホルダーを見つけたら私の所へもってきてくださいね。念のために浄化しますので」
「あのー、浄化が必要かもしれないものを葵先生が触っても大丈夫ですか?」
そう、思わず尋ねた私に須川さんは綺麗な笑みを浮かべる。
ホッとしたように空気が緩む高校生たちとは反対に、私と葵先生の口元が小さく引きつる。
「―――…血液が付着しない限り、大丈夫でしょう」
死にはしませんよ、という彼は何処か楽しそうだった。
やっぱりなー、と思いつつ『私が探すのでは駄目なのか』と聞けばキッパリと却下される。
「貴女は“耐性”がないので駄目です。また死にかけたいのですか? 白石先生は貴女より確実に“耐性”がある。そういう事ですのでお願いしますね」
「……わかりました。これも“仕事”ですからね」
そういって笑った白石先生と須川さんの間には何か見えない圧力の様なモノを感じたけれど、それに気づかない振りをしておく。
賢い大人ですから、これでも。
「須川さん、禪が担当している『同じ水脈の井戸水』ってどこにあるんですか? この辺に井戸があるとは思えないんですけど」
「学校から一番近い『天永神社』の手水舎は“そう”なので、そこで汲んできてください。何かあると困りますからこの後、私が彼を神社まで送っていきます」
他に質問は、と言われて口を開いたのは封魔だった。
「俺の担当する素材なんスけど、校内で日の良く当たり樹齢五十年以上の木の枝ってのは?」
「それなら、校門前に植えられているハルニレの木がいいでしょう。他にも樹齢五十年を超えている木はありますがハルニレは槐の木と同じように魔を退ける力があるといわれています。集めるのは小枝で構いませんが、火がつかなければ意味がないので乾燥したものをいくつか用意し、こちらの布に包んで手渡してください」
ポケットから取り出された敷布を受け取った封魔は頷いて、渡された布をやや雑にポケットへ。
「清水君、君が集めるのは正門にある花壇からお願いします。丁度、花の植え替え時期ですから花も植わっていないでしょう。量は、そうですね……こちらの袋三つ分といった所でしょうか。目立つ場所から採取しなくてはいけませんから、こちらの腕章をつけて何か聞かれたら『環境美化の為に手伝いを頼まれた』とでも説明してください」
「は、ハイッ」
「いい返事ですね。ああ、種はこれです。袋に土を入れたら種をその中に撒いて私の所へ。土を詰める作業は優君が手伝っても構いませんが、種をまくのは必ず君が担当してください」
水は禪、金は葵先生、火は封魔、土は靖十郎が担当して、木は須川さんが校長室にある槐の枝を貰うことで揃うとのこと。
その間に私がしなくてはいけないのは、霊刀の手入れと『大祓いの祝詞』を確認らしい。
まぁ、暗記はさせられたけど頻繁に唱える祝詞ではないから素直に頷いた。
ぶっつけ本番で失敗したら目も当てられないしね、流石に。
「ああ、皆さん服装は制服で構いませんが、浄化に向かう前には身を清めるように。身を清めるというのは冷水で体を洗うだけでいいですよ。優君は今夜から明日儀式が終わるまで断食してください。いつものように水と塩は摂取しても構いませんが」
「はぁい……うう、断食かぁ。お昼ご飯一杯食べておけばよかった」
項垂れはするけど、文句を言わないのは必要性を理解しているからだ。
数日の断食じゃないだけ全然いい。
皆が皆、この後にすべき事を理解した所で須川さんは広げていた紙を回収した。
そして淡々と明日の予定を口にする。
「明日は早朝の三時から準備を開始します。終了時刻は長くて二時間といった所でしょうか。それが終わったら私と優君は依頼者である校長に報告をし、葉山 誠一が入院している病院に向かいます―――……月曜から元の先生が復帰します」
その声は思ったよりも大きくて、誰かが息を飲む音が聞こえた。
動揺と緊張で始まった潜入生活は意図も容易く終止符を打たれる。
始まりが須川さんの一声ならば、終わりも同じ。
そっと目を伏せた私は心のどこかで“寂しさ”に似た感情が芽生えていることに気付かないように意識を逸らす。
「じゃあ、優は……っ」
「日曜の昼にはここを出ます。他の生徒たちには月曜の朝にでも各教室で伝えられるでしょう」
元々臨時の教員と突然転入してきた異質な生徒ですから、すぐに忘れられますよ。
そういって微笑んだ須川さんは時々“人以外の存在”に見えることがある。
一緒に生活を共にしてみて分かったんだけど彼は、完璧ではない。
仕事も出来るし、お金もあるし、家事だって役割分担通りにしてくれる。
私に出来ない多くのことができて、人が難しいと思うことを容易くこなす。
唯一の出入り口であるドアを開いた須川さんは“普段通り”の笑顔を浮かべて振り返った。
「――…仕事に取り掛かりましょうか、歪んだものを正す為にも」
何処か愉しそうな上司に逆らえる人がいたら私は是非、お目にかかってみたい。
複雑そうな表情で部屋を出ていく高校生組と感情が全く読めない白石先生の背中を視界に入れながら、私は机の上のライトを消す。
きちんと施錠を済ませた所で禪は須川さんと神社へ向かい、封魔と靖十郎の二人は校門の方へ、葵先生は古井戸に向かうことに。
「優はどうするんだ?」
「じゃあ、最初は靖十郎の手伝いをして完成したら封魔と合流、かな。良ければ白石先生のキーホルダー探し手伝わない? 見つけても触らなきゃいいだけみたいだし」
「賛成っ! キーホルダーって小さいから探すの大変だしな」
「俺の方は割と早く終わるだろうから、俺からそっち行くわ」
階段を下りながら“こういう風に話せるのもあと少しか”なんて考えていると先ほどまで元気に話していた靖十郎の声のトーンが変化した。
どうしたんだろうと彼の隣へ並ぶ。
真面目な表情で前を見据えていた。
「俺、優はずっとこの学校にいて一緒に卒業するんだと思ってたんだ」
(もし私が靖十郎達と同じ年だったら、多分同じように感じてたんだろうな。今も時々居心地が良くて忘れそうになるけど)
想っている言葉は口に出せないので曖昧な笑顔を浮かべつつ、相槌を打つ。
「封魔や生徒会チョーは違うかも知んないけどさ、なんていうかこの三人でいると妙に馴染むっていうか落ち着くっていうか」
「あー、二人よか三人の方がバランスいいからじゃね? 俺も靖十郎もどっちかってーとツッコミ属性だしィ」
「封魔、それツッコミ待ちの発言だよね?」
「お前は結構なネタキャラっつーか色物キャラだろ」
「色物いうな。ほっとけ―――……おい、優。須川センセーはいつもああなのか? だとしたら優、お前相当苦労してんなァ」
大丈夫なのか、とぶっきらぼうだけれどちゃんと“心配”を含んだ声に思わず笑う。
封魔は見た目怖いけど面倒見が良い。
小さな気配りができて“こう”だって決めつけないあたり、そこら辺の大人よりも出来てるなーって思う。
「ああいう事をぺろーっという感じじゃないんだけどね。ほら、須川さんって見た目が色々と突き抜けてるでしょ? だから女性のお客さんも多いし、やっかむ男の人もいるんだけどああいう対応してるの見たことないんだよね。葵先生がいたから、かな? なんかあの二人相性悪いみたいだし」
ちょっとそういう人がいるんだって分かってホッとしたような気がしないでもないけど、とと思っていることをそのまま口にすると二人は顔を見合わせて何かに納得したみたいだった。
「だけど今回、私だけじゃなくってほんとによかった。須川さんがいたこともだけどさ、禪や葵先生も色々手伝ってくれて……巻き込みたくはなかったけど、靖十郎と封魔がいてくれたから色んなものが見えて、聞こえて、楽しくて。靖十郎は視えるから全部説明しなくても想いを共有出来て、それが嬉しくて」
怖いものを素直に怖がっていいと言われたのが嬉しかった。
全く同じものが見えている訳じゃないとしても、近い景色を近い場所で見てくれる人がいるっていうのは凄く有難くて、嬉しくて。
「お、俺だって……その、視えるのは隠してたから優が視えるってわかって……う、嬉しかったし」
何が照れ臭いのかは分からないけど、顔を赤くしてそっぽを向く靖十郎をにやにやしながら小突いている封魔に苦笑しつつ言葉を続ける。
終わりが近いってわかると言いにくい言葉もスラっと口に出せるから不思議だ。
「封魔もさ、視えないものなのに否定しないで話聞いてくれたから……凄く、救われたっていうか」
正し屋本舗に足を運んでくれる人が全員、私のしているような仕事に理解があるわけじゃない。
結構な確率で疑って、訝しんで、警戒している。
あまりに酷い場合は“どんな状態でも”お帰りいただいているけど、否定されたり攻撃されたり貶されるのは腹が立つし悔しいし、悲しい。
視えないくせに、って言葉を何度飲み込んだだろう。
そんなことを想いながら、封魔には改めてお礼を言った。
「ありがとね、封魔。視えない人が否定しないでいてくれるだけで、なんていうかなー……“話して良かった”って思うんだ。馬鹿にされたり“こいつ何言ってんの?”って言われるの覚悟して話するのも結構きつかったりしてさ……それが、友達とか大事な人だと余計に」
「優の言ってること、分かる――……俺も成り行きで話したけど、正直、封魔に話すつもりなかったんだよ。お前が見えないのは知ってたしさ。俺、死んだばーちゃんが見えてたからばーちゃんには言えたんだけど、やっぱ親兄弟には言えなかった」
「……べ、別に大したことじゃねーだろ」
言いにくそうにボソッと口にした封魔の目元と耳がちょっと赤い。
歩く速度が速くなって、封魔は私たちを追い越した。
がっちりとした背中を見上げながら私は口元も目元も緩んで、暖かな気持ちがじんわり広がっていくのを噛み締める。
「大したことなんだよ、私にとっては」
「俺にとってもな。ま、俺は優みたいに戦えないし祓ねーけど」
照れんなって!っと、封魔の背中を叩く靖十郎に倣って私も封魔を弄ろうと彼の横から顔を覗き込む。
目元を赤くして、むすっとした表情を浮かべてはいるけれど口元はわずかに緩んでいた。
「おい、優ッ! 夏休み覚悟しとけよ」
「ふふ。そうだね、じゃあ遊びに来たら縁町はりきって案内しようかな。仕事が入ってなければだけど」
この後、無事に素材を集め、キーホルダーも日没前になんとか見つけることができた。
素材たちを見た須川さんは「ひとまず安心ですね」とほっとした様子だった。
(あともうひと踏ん張り、か。なんだか須川さんが戻ってきてから怒涛の勢いで解決してったような)
部屋の中、霊刀の手入れやその他装備品を確認しながら私はこっそり苦笑する。
雅さんが前に『実際に調査している間は目の前のことで手いっぱいになって、気づけない』なんて言っていたけれど、その言葉の意味を痛感した。
客観的に見て、情報を整理するのって意外と難しいんだよね。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
あともうちょっとで学園編が終わります!
次は色々ほのぼのとか書きたいなー。日常とか…