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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
96/112

【報告という名の懺悔と】

 解決未遂。

次こそは……!!!

しれっと上司が戻ってきています。しれっと。


あ、呪いの解除方法とかは創作です。



 その日、夕食は唐揚げ定食にした。



むしゃむしゃと同じ内容の夕食を無言で咀嚼する封魔の皿に、お詫びを兼ねてこぶし大の唐揚げを2つ進呈する。

 ざわつく食堂内では私たちのやりとりを見ている人はそう多くない。

でも、隣に座っている靖十郎は私たちを見て何かに気づいたみたいだった。


 容赦なく突き刺さる視線に耐えかねた私は、少し早めに離席することをやむなく選択する。

本当はクリームプリンを食べたかったけど我慢だ。

これでも、私は自制心のある大人の女性ですからね。


 逃げるように自室へ戻り、シャワー室のドアを開ける。

この時、私のベッドの上でシロとチュンが私をじとーっ半目で眺めていた。

服を脱いで首に巻いた包帯を解けばそこにはくっきり指の後。



「そういえば首絞められるのも二回目だ。あんまり出来ない経験ばっかしてるような気がするなぁ」



やれやれ、とため息一つはいた所でシャワー室のドアを開ける。

ちょっと広めの一人用シャワー室は流石というか元舎監室だけあってちょっぴり豪華だ。


 サラシで潰している所為で胸元も蒸れる。

このクソ暑い夏には地獄だと改めて実感しながら、泡だらけになった体を労わる様に軽くマッサージ。



(マッサージの仕方教えて貰ったけど、気持ちいいし朝とか体軽いんだよね。持つべきものはいい友達といいご近所さんだ。今度、なにか縁町のモノ差し入れしよ。お肉好きだからお肉にしようかな。焼肉したい、久しぶりに)



霊能者とかって割と体力と“ムラ”や影響を受けにくい男性が多いから、女性にはあんまり出会わないんだよね。


 いてもおばあちゃんとか、大分年上の人。

須川さんを『怜坊ちゃん』っていう凄い人もいたけどね。

「三十路近い男に坊ちゃんは、少々違和感が」って当人が苦笑してたけど結局呼び名は変わらなかった。


 凄い上品で優しいおばあちゃんで時々お気に入りの和菓子を差し入れに行くと美味しい大福とかくれたりする。

ご飯も美味しいから、煮物の作り方習ったんだよ。


 全身マッサージをしてから泡やら何やらを流し、体を拭いている段階で足やら腕やらお腹やらに痣ができているのに気付いた。



「夜間調査ハードだったからなぁ、最近。コイン見つけだしてから色々想定外すぎる感じだし」



今までにないパターンが多くて戸惑う事ばかりだ。


 大まかな流れやパターンは動向調査で色々見てきたけど、こんな風に実害があって、当事者もわかってるのにイマイチ全容が掴めないっていうのもかなり珍しい。



(まぁ、依頼者が学校っていう大きい組織と現場だからっていうのもあるのかな。こういう調査って基本は個人で規模が大きくてもホテルや旅館程度だったし)



 気を遣わなきゃいけないことがいっぱいありすぎてポロポロ取りこぼしてる気がするけど、それに気づけたら修行なんていらないよね! と前向きに考えて置く。

そうじゃないとあの上司の下でやってけない。


 サラシを巻いて、簡単に短パンと大きめの半袖シャツを身に着けた所で最終点検。

サラシ巻いて男物の服を着ることにも馴染んできたな、と感慨深さのようなものを感じつつ溜息を吐いてシャワー室を出た。



「で、なんで須川さ……須川先生と葵先生がいるんですか!? 報告なら点呼後にするって知らせましたよね?!」


「早い方がいいかと思いましたので。喚くのは後にして、座って報告を。今夜の調査には私も同行します」


「え、やったー! じゃなくて、禪たちもいるのに報告って」



二人分の部屋だから10畳はあるけど、ベッドも勉強机も2つ入ってるからそう広いって訳でもない。


 そんな部屋に成人男性2人と男子高校生3人+私ってどう考えても人口密度が高すぎる。

とりあえず、空いている所を、と視線をさまよわせてみても座れる場所がない。

立ち尽くす私に須川さんはいい笑顔で自分の前を指さして



「優君。君はここで静かに正座してくださいね」



といい笑顔。



「ハイ、承知シマシタ」



両サイドをベッドに挟まれた通路に座るよう言われたので大人しく正座する。


 誰も止めてくれない所を見ると皆さん機嫌があまり宜しくないようだ。

戦々恐々としながら、絨毯の上に正座すると前に須川さん、後ろに葵先生。

学習机の前にある椅子には封魔と禪。

靖十郎はその間に生徒会準備室から持ち出したらしい椅子に腰かけている。



(不良につるし上げ喰らう子の気持ちが少しわかった気がする。何この殺伐とした空気。怖いんですけども)



恐る恐る優雅にベッドに腰かけている須川さんに視線を向けるといい笑顔で見下ろされた。

反射的に土下座しそうになるのを何とかこらえる私に須川さんは口を開く。



「まずは、祀りの準備で不在にしてしまい申し訳ありませんでした。神卸しの儀も祀りも無事に執り行うことができました」


「良かった。無事に終わったんですね、お疲れ様でした。神様お元気そうでした?」


「ええ。貴女がいない事で少々拗ねておられましたね、まぁ事情を話すと渋々納得してくださったのですが。ただ『次の祀りには必ず参加させよ』という、貴女宛ての言伝は賜りましたが。拗ねてしまわれては色々困るので、仕事が終わったら神社へ足を運ぶように」


「わかりました。何か持って行かないと」


「新酒がいいでしょう。新しいものを作ったという知らせもありましたから」



返事をして、手帳に忘れないよう神社に行く旨を書いておく。


 少しだけ正し屋にいる時みたいな空気にホッとして肩の力が抜ける。

手帳に書き終えた所で、須川さんの笑顔が質の悪いものへシフトチェンジしたのが分かった。



(あ、やばいやつだこれ)



ひゅっと息をつめて、縮こまった私。


須川さんが浮かべる笑顔は一見穏やかなのに、目が微塵も笑っていない。

冷え冷え通り越して凍り付くような氷点下の視線。



「では、私がいない間の行動を全て報告してください。勿論、貴女が見たもの感じたものを嘘偽りなく、そして省くこともなく“全て”ですよ。ああ、意図的に隠すことも禁止します。破ると……どうなるかわかりますよね?」


「ひゃい! あ、あの、……ええーと」



ちらっと禪と封魔に視線を向けて、それから靖十郎を見る。


 禪に性別がバレて、ついでに封魔にもバレているっぽいことも言わなきゃいけないのかなーって思ったんだよね。

葵先生は協力者だから知ってるし、須川さんは言わずもがなだ。


 私の視線の意味を須川さんは何故か理解したらしく笑顔が深まり、ポケットから取り出した扇子で口元を隠した。



「全てを報告するように、と伝えたつもりですが理解できませんでしたか」


「しました大丈夫です何の問題もありませんごめんなさい!」


「わかればよろしい。ああ、いずれ露見するであろうことは容易に想像できていたので、上出来の範囲内ですよ。実をいうともう少し早くにバレるかと思ったのですが……優君は順応能力が高いのをすっかり失念していました」


「それ、あの、褒められてます?」


「さぁ。どうでしょうね……戯言はここまでにしましょう。報告を」



ゆるりと首を傾げる麗人を前に私は項垂れる。



 自分の両膝とそのうえで握りしめた掌が小さく震えているのはご愛敬ってことで見逃してほしい。



(久々だけど須川さんやっぱり怖い)



時系列と言われてもまとめて話すのが下手なので、須川さんが不在になった日のことからぽつぽつと話していく。



 次第に殺伐としていく室内で私は一人、体を縮め戦々恐々と自分の身を案じることしかできなかった。




◇◆◇




 最新の放課後の体育館裏で遭遇した例のモノについて話し終えた。



はぁっと長い間プレッシャーに晒されながらも話し終えた達成感に小さく息を吐いた所で、須川さんが扇子で私の顎をくっと持ち上げる。


 私の性別を知った靖十郎が途中凄い声を出していた。

まぁ、その後沈黙してるんだけど私としてはそれどころじゃない。


 気道が少し狭まって呼吸がしにくくなり呻く私を余所に、上司様の視線は首に固定された。


包帯の上からじっと何かを見透かすように熱視線を注がれる。

 数秒の沈黙の後に男らしくも美しい指が首に触れた。

微かな音と共に解かれる柔らかな包帯が自分の膝に落ちる。



「―――……随分と派手にやられましたねぇ」


「め、面目ないデス。頑張ったんですけど男の子って力強いんですね。びっくりでした。私、足で体押し返したんですよ? びくともしなくって、ジムとか通って筋肉つけた方がいいのか真剣に検討しかけましたもん」


「禪君や私が警告したというのに君は本当にどうしようもない人ですね。ここまでくると流石に呆れてものも言えませんよ」


「え、そうですか?」


「どうしてそこで嬉しそうな顔をするのです。反省なさい」


「うぐ。す、すいません」


「謝罪だけなら動物にでもできます、学習してください。依頼者側の彼らにも心労をかけた事をきちんと心に刻んでおくように」


「面目ないデス、ハイ」



ごめんなさい、と高校生三人と葵先生に改めて心を込めた謝罪をしたところで溜息と共に靖十郎がゆるりと首を横に振った。



「――……仕事で来てて、必要があって男としてここに来たのはわかった。つか、女だってわかっても優は優だなって思ったし、色々とほっとしたっつーかさ」


「とりあえず、今後もマジで気をつけろよ。お前ならうっかり死にそうだ」


「意外と生き汚いから平気だろう。それより、報告というのは先程ので終わりか」


「封魔と禪ホント酷くない?!」


「事実だろ、事あるごとに死にかけやがって」


「こればかりは封魔に同意せざる負えん。警戒がザルかワクだな」



上手いこと言った、みたいなノリになっている二人を見なかったことにして、視線を須川さんへ戻せば彼はじっと私を眺めていた。


 居心地悪くて正座をし直した私に、須川さんは扇子を閉じて指を一本たてる。



「今回の依頼ですが、実行者についてはわかりましたね」


「へ?! あ、はい。実行したのは葉山寮長―――…葉山 誠一君です。本人に詳しく聞けなかったんですけど『“報い”を受けた』だとか『もう少しで完成する』みたいなこと言っていました」



何が完成すると思いますか、と視線で問いかけると須川さんは少し目を細めてゆるりと首を横に振った。

 ふわりと品のいい香りが鼻を擽る。



「――……まずは、今回の依頼についてどのように感じているのか、またどういった経緯でこのような事態に発展したと考えているのか教えていただけますか」



はい、と返事を返しつつ心の中で苦笑する。


 須川さんはどんな依頼でも解決前にこうして私の見解を聞く。

それが間違っていても怒られることはないってわかっているんだけど、経営者で上司でもある彼に自分の考えを口にするのは勇気を消費するんだよね。


 一呼吸を置いてから私は自分の考えを口にした。

葵先生はこの部屋に入ってからあまり話さない。

机が並ぶ窓の辺りに立つ靖十郎と封魔、そして禪からの視線を感じて少しだけ、気が重くなる。


 私が考えていることは、あまり子供かれらに聞かせたいとは思えなかったから。

唇をぎゅっと結んでから私は口を開く。

視線は、自然と自分の膝の上に置いた手の平に固定された。



「生徒が亡くなるような事態に発展した原因は葉山寮長が広めた呪術だと考えています。それで葉山 誠一によって比較的定番ともいえる学校の怪談――……ここで言う所の『栄辿七つ不思議』は、岸辺 友志の死を切欠に新たな『新・栄辿七つ不思議』へと転換されたんじゃないかなって」



私が話し始めたのは確信に近い事実から。

だから、前置きがちょっとだけ言い訳めいたものになったんだけど、皆静かに耳を傾けている。



「岸辺 友志の死と元々あった被害者生徒の恨み辛みといった感情、土地柄や学校という特殊で閉ざされた場所、過去にあった事件である程度の条件がそろっていた。そこに、呪術という手法が加わって『新・栄辿七つ不思議』は不幸と穢れを身に纏った」



此処で言葉を区切って視線を持ち上げると須川さんは一度頷いて、声を出さずに“続けて”と唇を動かした。

 読唇術なんて大層なことはできないけど、寝食と仕事を共にしてればこの位はわかるようになるもんだよ。



「コインは、呪術を葉山 誠一に教えた何者かが指示したんだと思います。普通の高校生にはこんなこと絶対に出来ないから」


「なぁ、優。なんで寮長が“普通”の高校生だって言い切るんだ? こっそり調べてたかもしれねーじゃん」



不思議そうな靖十郎の声に私は首だけそちらへ向けて首を振った。



「調べるとしてもネットやなんかには載せられない。こういったことを生業としてる人だって、自分が呪われるリスクは減らしたいだろうしね。呪い代行なんかもあるけど、ある程度までは依頼者にやらせるけど呪文を唱えたりする本格的な作業は呪術師が行うものなんだ。あと、寮長の部屋に入った時にそういう系統の本や道具はなかった。隠してるのかもしれないけど、大勢の人が常時出入りする部屋にそういったものを置いておくとは到底思えないんだよね」


「だから普通って言ったのか」


「そう。普通っていうか素人って言った方が良かったかなぁ……とにかく私たちが見つけたコインは術の効力を高めるものだった。コインを見つけた辺りから穢れや幽霊の動きが活発になったのはバランスが崩れたから。寮長の言う“完成”も近かったみたいだし、狂暴性を増した穢れ――…んと、わかりやすく言うと悪意とか負の感情の塊のことを穢れっていうんだけど、それが共喰いを始めた。多分、“完成”するために」



「あれ。でもさ、優は“術”っていうのを壊したんだろ? もう大丈夫なんじゃ」


「ダメなんだと思う。というか、ダメだったからこそ――……アレが出てきた」




 脳裏によぎるのは体育館裏で現れた異質な存在。

人の皮を被ろうとして失敗した樹、という表現が一番近かった。



(あんまり思い出したくない。絶対夢に見る造形だったし)



被られた“人”は、女だった。


 どこかで見たような、でもどこでも見た覚えのない顔その人は、黒くただの穴と化した目の部分から枝を生やしていた。

赤黒い液体に塗れた枝の葉はカラカラに乾ききっていた。


 体中にある穴からは枝や根のようなものが出ていて、もれなく血だらけ。


千切れかけた肩と腕の間からは腕を繋ぐように蔦の様な枝が今にも落ちそうな腕を繋いでいた。


太腿と腹からは太い枝が突き出て、足と足の間から太い幹が生えていた。


幹の下には八本の根。 


顔をかぶろうとしている幹とも枝ともいえない場所には人の顔のようなものがあって。


裂けた口のような場所から、黒く澱んだ穢れが絶え間なく、周囲に悪臭をまき散らしていた。



 思い出して青ざめる私に靖十郎が気づいたようで慌てた様に近寄って顔を覗き込む。



「だ、大丈夫か?」


「大丈夫……ちょっと、えぐいの思い出しただけだから。ありがと」


「いや、大丈夫ならいいんだけどさ。でも、その出会ったやつって倒したんだろ? なら、あとは寮長をどうにかすればいいんじゃないのか?」



なぁ、と振り返った靖十郎の言葉に頷いたのは封魔だけだった。


 禪は無表情のまま腕を組んでいる。



「優君」


「っ……!! い、いやぁ……あは、あはは。実は、その、倒してない、んだよね」



言いにくい、と思いつつ事実を告げると目を丸くした靖十郎と何処か納得したような封魔、無表情のままの禪から視線が突き刺さる。



「……は?」


「攻撃手段がなくって、封魔と寮長逃がすので精いっぱいだったんだ。二人がいなくなった後に、ソレが井戸の方へ消えて後を追ったんだけど……見当たらなくって。簡易の結界は張ったんだけど、この後張りなおしに行こうかなぁーって。えへ」



誤魔化すように笑ってはみたものの二人は口を開けたまま私を眺めている。

禪に至っては額を抑えてゆるりと目を閉じ、何も言わない。



「ご、ごめんって。流石に須川さんじゃないんだから霊刀もなしに戦えないよ。あと、この依頼なんだけど……呪いを解いて漸く解決ってことになるだろうから“これからが本番”なんだ」


「マジかよ」


「マジも大マジ。呪いっていうのは結構厄介な上に面倒なの」



靖十郎や封魔に聞かせるために呪いについて簡単に話をする。


 呪術に手順がある様に、実は解呪にも手段がある。

事務として入って、実務担当になった際に一番初めに“呪い”について勉強したから忘れる筈もない。

色々衝撃的だったし。


 須川さんは素人の私に一から呪いの掛け方と効果を一通り具体例を事細かに朝から晩まで話してくれた。

その後、解呪の仕方を手法や発動した際の対処法、解呪に必要な情報の集め方などを教えてくれたんだよね。

………実体験付きで。



(必要なことだったってわからないでもないけど、鬼の所業だと思う。須川さんにとっては遊びみたいな効力だっていうのはわかるけど……三日三晩どころか解ける迄永遠に悪夢見続けて死を運ぶ精と仲良く生活っていうのは勘弁してほしかった)



 あの時の須川さんは輝いていた。

綺麗な笑顔を浮かべて淡々と手品を見せる様に部下に呪いをかける。

かけた呪いの効力を歌う様に私に聞かせて最後に「自力で解いてくださいね、ちゃんと見ていてあげますよ」とのたまう。


 ええ、始終とても楽しそうな笑顔でした。

お陰でイケメンの笑顔に恐怖を覚えるようになったんだけどね。


 解呪の方法を探らなければいけないという事だけ話して、私は忌まわしき記憶に蓋をした。



「他に報告することはありませんか」


「事件とは関係ないかもしれないんですけど、枯れ井戸での事件が気になってるんです。関係ないって言い切るにしては気持ちが悪いというか」



話してみて下さいという須川さんの言葉に私は素直に口を開いた。


 枯れ井戸という珍しい場所が埋め立てられずに残っている理由と自治会長から聞いた昔話を話す。

そして話しながら思い出した。



「―――……あ。あの人だったんだ」



話の途中で思い出したのは井戸に落とされた女の人の顔と姿。


 樹に取り込まれかけていた女は服を着ていたんだけど、その服装が記憶の中の身投げした女の人のそれと同じだった。

破れて汚れてボロボロにはなっていたけど間違いない。



「何か思い出したのですか」


「実は体育館裏で見た樹の様なモノ……井戸に投身自殺したっていう女性だと思います。正確に言うなら樹が寄生というか被ろうとしていた亡骸が、ですけど」


「顔を見たという訳ではなさそうですね」


「そうです。禪に助けてもらう前に見ていた夢でみたってだけなので、私の思い込みかもしれないんですけど着物の柄が一緒なんです……ただ、そうなると枯れ井戸で亡くなった男性がいないのも気になってきちゃって」


「体育館裏で出たものは枯れ井戸の中に入っていったんですね?」


「ええと、はい。飛び込んだように見えました」



優雅に足を組んでいた須川さんが鷹揚に頷いて、口の端をくっと持ち上げる。


 私にはさっぱり分からないんだけど須川さんにはわかったらしい。

扇子で再び口元を覆った彼は視線を私を見た。



「貴女は枯れ井戸での出来事と七不思議との繋がり――……いわば共通点が見当たらなくて悩んでいる、といった所ですか」


「どうしてわかるんですか?! 私何も言ってないのに」


「貴女に『複数の事柄が重なり合って発生する事件もある』ことと『別々の事柄を結びつけるのには共通点や刺激が必ず必要になる』と教えたのは私ですからね」



分かりますよ、と目を細める須川さんにちょっと居心地が悪くなりつつ小さく頷く。


 私に須川さんが考えている事とかが何となくわかるように、須川さんも私と同じように考えている事が分かるのかもしれない。



(いずれ私も須川さんみたいに仕事バリバリできる感じになったりして! あ、そう思うとやる気出てきた)



おお、と一人感動している私を余所に須川さんの耳障りのいい声が響く。



「大体概要はわかっているようですし、話しても良さそうですね―――……依頼解決まであと一歩です。本当はヒントを出すだけにしようと思っていたのですが、思った以上に事態が進行していたので口出しさせていただきたいのですが……どうでしょうか」



じっと目を見つめられて言葉に詰まる。


 どうしよう、という迷いが生まれたのは“初めて任された仕事”という思いがどこかにあったから。

言葉に詰まった私の返事を須川さんは促すようなことしなかった。

ただじっと私が結論を出すのを黙ってみている。



(―――……断ったら、どうなるのかな)



ふとそんな思いが芽生えた。


 聞くべきか否か迷っていると私の考えを呼んだみたいに須川さんが扇子を畳んで、困ったような笑みを浮かべる。



「断っても構いませんよ。貴女に任せると決めたのは私ですからね」



声色は柔らかいし、怒っているわけでもないようだった。

 動きを止めた私に須川さんは続ける。



「人の助けを借りることも必要なことです。私も調査の際に他の方々に助けてもらうこともありますから……貴女にやり遂げたいという思いがあるとわかっただけでも私としては十分な収穫ですし、自分で解決したいというなら私は必要最低限のフォローだけさせてもらいます」


「最低限のフォローって」


「聞かれたことに答える、指示されたことを遂行するといった所でしょうか。まぁ、サポートですね」


「指示って私が指示を出す、んですか? 須川さんに?」



想像しなかった言葉に思わず聞き返すと彼は頷いて一言“そうですよ”という返事が返ってきた。


 どうしよう、と返事に困っていると窓際から会話が聞こえてくる。

その内容は主に私と須川さんが“上司と部下”なんだと再認識したというもの。



(私に指示を出せばいいだけの話、なんだよね。だって部下だし)


「多少の無茶なら聞けますし、困ったら上手に“使って”下さいね」



ふふふ、と微笑んだ須川さんを見て……申し訳ないことに鳥肌が立った。

ぶるっと震えて思わず後退った私に須川さんがきょとんとした表情で小さく首を傾げる。



(どう、しよういい上司だ。良い上司なんだけど、いい上司過ぎて怖い。多分、お仕置きはされないと思うけどなんか……これ、一人でやるって言わない方がいい気がしてきた。色んな、意味で)



 自分の上司を顎で使う部下って、色んな意味でダメな気がするし。

そもそも、私のプライドなんていうちっぽけな我が儘で誰かを怪我させる訳にはいかない。

人を危険に晒してまで拘るものでもないよね、と気づいてしまえば切り替えるのは簡単だった。



「―――…折角、初めて任せてもらった仕事なのに最後まできちんと遂行できず申し訳ありませんでした。今後の指示出しをお願いしてもいいでしょうか。須川さんが提案してくれたのって急がなきゃいけない理由があるから、なんですよね?」



 床に手をついて頭を下げた後、顔を上げると須川さんは勿論周囲が酷く驚いたように私を見ていた。

そして、ポツリとまるでキツネにつままれた様な顔をして目を瞬かせて視線を彷徨わせる。



「てっきりこのまま『頑張ります』と言って後で泣きついてくるかと思ったのですが……私が不在の間に何があったのか小一時間問い詰めたくなってきました。まさか私にも見えない何かに取り憑かれている、とか」


「もしかして寮長に首絞められた時に中身入れ替わったとか!?」

「マジでか。言われてみりゃ、俺もあんときゃ必死だったからよく覚えてねぇんだよな」

「朝起きた所までは普段通り間が抜けていたが……やはり、寮長の一件で何かあったと考えるのが自然か」


「首以外にも外傷があったとなると、精密検査の用意をした方がいいかもしれない」



須川さんの言葉に続く、靖十郎と封魔、そして禪の発言。

葵先生まで私の全身を見回して、男五人が真剣に話し合う姿は楽しんでいるようにしか見えなくて思わず顔が引きつった。



「アンタら全員、私の事なんだと思ってんのかちょっと聞いてもいいですか」



 答えは、まぁ敢えて聞かないで置いた。

聞いてしまえば立ち直るのに盛大な時間を要しそうだったからね、うん。

………泣きたい。


 ここまで読んでくださってありがとうございます!

終わる終わるって言いながらあと何話続くのだろう……(苦笑


誤字脱字などチェックしておりますが抜けがあれば教えていただけると嬉しいです。



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