【露見してた秘密と知らない顔】
アテンションプリーズ!ちょっと怪しげでありがちな展開入りまーす。
エロくはない。トキメキも…ないかな。メキメキです。
文中、浄化の儀に関する説明がありますが脳内で勝手に作り上げたものですので、ご了承ください。
協力者でもある禪に今夜の報告をすることになった。
本当は後回しにして寝ようかとも思ったんだけど、疲れ切っている私を見た禪が報告書を書いてくれるというので有難く申し出に乗っかった。
ベッドに寝転んだ瞬間に寝落ちすることが分かっているので、椅子に腰かけペットボトルのお茶を口に含んで飲み下す。
こんな時にコーヒーが飲めたらいいのになぁ、と欠伸を噛み殺してまた、お茶を飲む。
視線を下げると、足元では気持ちよさそうに目を伏せてすやすや眠っているシロとその毛皮に埋もれて眠るチュンの姿があった。
可愛いし和むけどそれ以上に今は羨ましく思う。
(もうちょっとで眠れるはずだし、我慢だ。目を閉じるな、閉じても考えてるふりが通用する5秒にしておかないと)
私に向き合うように背筋を伸ばして座っている禪は、珍しく藍色のタンクトップと紺の七分丈のズボンという薄着だった。
意外と筋肉質でがっしりしている若者に彼らを見る度『若いとやっぱり筋肉つきやすいんだろうな、羨ましい。私の贅肉が筋肉に置き換われば幸せなのに』なんて現実逃避していると禪の薄い唇が動いた。
「僕が穢れに対処したのは今回が初めてだから良くわかっていない事も多い。そのうえで聞くが、顔がある穢れは珍しいのか」
「珍しいなんてもんじゃない、初めて見た。上司というか須川さんに色々と見せられてきたけど、穢れに顔があるのを見たことはない。アレきっとっていうか確実に普通じゃないね」
「なるほどな。穢れの大きさや見た目などは間違いないか」
「アレを間違えろって方が無理だって。式がシロでほんと良かったと思ったもん。絶対生半可な式じゃ勝てないし。呪符なんか全滅だっ……いや、ちょっと待って」
ふと思い浮かんだのは封を解いた禪の護符。
洗う前にポケットから出した道具の中から私はソレを見つけて、妙な納得をした。
「禪。定期的にバイトする気ある?」
「バイト? なんだ藪から棒に」
「さっき報告したと思うんだけど、穢れに捕まりそうな時に周囲が光って何かが手を弾いた様だって話したの覚えてるよね」
ああ、と頷いた禪は真顔だ。
真顔なんだけど何となくで戸惑っているのが分かり、苦笑する。
時々須川さんにも“優君、貴女は話のはじめに主語を付ける癖をつけた方がいいですよ”とか言われるんだよね。須川さんとか友達はわかってくれるんだけどさ。
「自作の呪符は一瞬で燃えたんだ。で、ダメ元で使った禪の呪符はちゃんと機能した」
見て、と取り出した呪符の成れの果てを机に乗せる。
呪符だとわかるのは辛うじて墨で書かれた文字が見えるから。
惚れ惚れするほど達筆で様になる呪符は一種の憧れだ。
(私書くの下手だもんね、呪符。須川さんも苦笑してたし)
手に取ってもいいか、と聞かれて頷けば物珍しそうに呪符を裏返したり透かしてみたり暫く熱心に見ている。
なんだか子供っぽい行動が可愛らしく見えて目元と口元が緩む。
「だから、今後というかこの依頼が終わっても定期的に護符を書いて売って欲しい。仕事道具として使うから料金はちゃんと払うし、自分で書くより効果あるなら護符書く時間を業務とかに充てられるから助かるんだよ。自分でも護符作るの向いてないのわかってるし」
「なるほどな。そういう事なら構わない。親も反対はしないだろう」
料金については上司である須川さんに現物をみて査定じゃないけど値段をつけてもらおうという事になった。
一息ついた所で、机の上に置いたコインに視線を向けると釣られるように禪の視線も映る。
並べたコインは全部で六枚。
細かく彫られた装飾はどれも同じように見えるけれど微妙に違っているようだ。
ぼんやりと卓上ライトに照らされるコインを眺めながら明日の予定を告げる。
「明日は、葉山寮長に直接聞きに行くよ。発端から現状に至るまで、知っていることを話してもらえないかって。まぁ、さっくり話してくれるとは思えないけどね」
「時間は放課後若しくは夕食の前後といった所か」
「須川さんも戻ってくるし、それを踏まえて放課後がいいかなって。個室とかより人が多い学校の方が都合いいんだよね」
場所というのは意外と大事だ。
人の目や気配、または“日常”が傍にあると後ろ暗い事情がある人間はあまり過激な行動に出ない。
憑りつかれていたら無意味だけれど、まぁ、完全に憑りつかれていれば行動や言動に異常をきたすのですぐわかる。
「ほら、葉山寮長が単独でやったって証拠も根拠もないし、協力者もしくは彼を唆した相手がいても可笑しくないと思わない?普通、こういう仕事をしている高校生はいないだろうし、禪みたいに実家が寺や神社ってパターンでもないのに相手を“呪う”方法を知っていて実践して、かつ効果が表れてるなんて奇跡的なんてもんじゃないよ」
「言われてみると確かに不自然だ。ただ、その口ぶりだと一人で話を聞くつもりだな」
じっと咎めるような視線を向けられて無意識のうちに視線を逸らした。
チラッと見えた眼鏡の奥にある瞳がすぅっと細められるのが分かったので、慌てて考えを巡らせる。
考え始めて気付いたんだけど、疲れ切った頭じゃ碌に考えがまとまらないんだよね。
そもそも何で機嫌を損ねたのかもわからない。
「後輩がいる前でそういう話は出来ないでしょ。でも、俺なら“仕事”で来てるってのが分かってるだろうし、部外者の俺には話しやすいんじゃないかなーって。ほら、親しみもあんまりないだろうし、解決すれば俺も須川先生もいなくなる。話が話だから広めたくはないと思うよ」
大事な話は一対一の方が都合がいい、と口にしてから私は自分の机のライトを消した。
欠伸を一つしてから、眠っている式を“還し”ベッドへフラフラと向かう。
(もーダメだ。色々と限界を突破して眠気がやばい)
さぁ!ふかふかのベッドに心置きなくダイブするぞー!とにやける私。
身体を倒そうとした瞬間、ガッと手首をつかまれて、振り向けば禪が私の手を掴んでいた。
「例えば」
驚いて目を見開いた私が禪の瞳の中に映っている。
彼らしくない距離感に驚いていると無言で肩を掴まれた。
多分だけどマッサージしてくれるという感じではない。
動揺と疲れで判断が鈍っていた私はぼんやりと禪を見上げた。
最小限に抑えられた禪側の卓上ライトが白い壁に二人分の影を大きく浮かび上がらせている。
ぼんやりとソレを横目で確認し、視線を正面へ戻す。
さらりと禪の髪が微かに揺れた。
立っている状態だと身長差が浮き彫りになるので私的にはあまり好ましくない。
敗北感が凄いんだよ、わかっててもさ。
(初めて会った時とか今も時々実感するけど、最近の高校生ってどうしてこんなに背が高いんだろうな。無駄に筋肉がついてる子が多いし。お陰でぽっちゃりしてる子とか見るとなんかホッとするし和むんだよね。積極的に友達になって面白い漫画とか教えて貰ったけど)
いい子も多いんだよなーなんて勝手に和んでいると禪は添えた肩に力を込めたらしい。
面白いぐらい簡単に体が後ろに倒れていく。
ボスンッ
と、重たいものが、ある程度弾力のあるモノに落ちた音が響く。
賑やかとはいいがたい室内にその音は意外と大きく響いて妙な汗が滲んできたのが分かる。
背中や頭が程よい弾力と柔らかな布団の感触を伝えてきて、無意識に呼吸が止まった。
そして、最大の問題は目の前に広がるやたら整った顔のルームメイト。
現状が良くない状況であることを早急に自覚した。
(何が良くないっていうと多分倫理的な感じと絵面的なものが確実にヤバいよね、これ。今ドアが開いて誰か入ってきたら一発退場だよ私が!)
問題勃発ってなれば責任取るのは確実に私だ。
週刊誌で『自称霊能者が男子寮にもぐりこみ男子学生に悪戯?!』みたいなタイトルつけられそう。
全身にまとわりついていた眠気が一瞬で明後日の方向に飛んでいった気がする。
「あの、禪くん?君のベッドはこっちじゃないんだけども」
咄嗟に浮かんだ言葉が口をついて出てくる。
想像以上に間抜けな響きの声を耳にしてハッと自分の失態を悟る。
“あ、ごめん。口にする言葉を間違えた”なんて言い出す間もなく、反応が返ってくる。
すぅっと細まった綺麗な紫色の瞳が、感情を滲ませた。
不機嫌さを隠しもせず顰められる眉。
スッと筋の通った鼻にのった眼鏡はズレることなく、薄い唇は硬く引き結ばれている。
彼の一つ一つが美しいパーツは適切な位置へ収まっていることが間近で見ると嫌というほどわかってしまう。
それだけならいいんだけど、ストイックな色気っていうの?
なんか高校生らしからぬ色気めいたもの禪は纏っているように思う。
現実逃避を始めようとする私を現実に引き戻すのは“水”のイメージを前面に押し出した爽やかな香り。
(――…こんなこと、考えてる場合じゃないのはわかるんだけど)
化粧すらしていない上に最近眉毛整えてないなとか歯は磨いたけど大丈夫かな、とか頭の片隅で考えつつ、いつの間にか顔の横に置かれている腕を抗議する意味合いを込めて軽く叩く。
「難しい話なら明日でもいいかな。ぶっちゃけ体力も気力も限界突破して、て」
ホントに悪いんだけど、と穏便かつ平和に事態を収束させようとする私の努力を禪はガン無視して言葉を紡ぐ。
「例えばだ。こういう状況下になった場合はどうするつもりだ」
冷たく平坦で普段通りの声には何処か愉しそうな色が混じっているようだった。
彼らしからぬ声にびくりと体が小さく跳ねる。
それが恥ずかしくて顔に熱が集まって、周りの空気が突然変わったような不思議な感覚に襲われた。
動揺や戸惑いは確実に相手に伝わっているのが分かるのに、肝心の彼は私を見下ろしたまま動く気配がない。
相手の出方を窺っても解決しそうにないので仕方なく、口を開く。
これが靖十郎や封魔なら冗談はやめろよー!って冗談にも出来たんだろうけれど……相手が相手だ。
(あ、でもこれ捕まえた昆虫とか種から育てた朝顔とか飼育してる熱帯魚を観察してる系の視線じゃない?)
近距離から見る禪はいつもと雰囲気が違って少しだけ落ち着かない。
細身にみえるけれど近くで見ると結構筋肉あるんだよね。
「つまり、禪は逆上した寮長若しくは闇落ちした寮長に俺がフルボッコにされるかもしれないのを心配してくれてるってことでいいのかな」
「……暴力沙汰で済めばいいが手遅れになったらどうするつもりだ」
「手遅れって寮長そんな暴力振るうようなタイプに見えないし、渾身の力で数発ブン殴られたくらいじゃ死なないって」
どうにもならなかったら大声を出すし、シロも喚ぶから平気だよと続けた。
話し合う場所も比較的人目に付きやすい場所を選ぶつもりだ。
明日は須川さんも返ってくるから話す場所については報告もしておくし、禪が心配しているような流血沙汰にはならないように最大限の配慮はする。
だって、寮長は受験生でもあり就職するにしても進学するにしても色々と気を遣う時期だからね。
問題を起こして就職失敗なんて洒落にならない。
実際に就職に苦労した身としては同じ思いはして欲しくないんだよね。
「そういうことだからさ、殴られるのは嫌だけどお化けより怖くないから平気平気。あと、怪我してもいつか治るし…――― それよりちょっと退けてくれないかな。禪、自覚ないのかもしれないけど俺より大きいんだから伸し掛かられると威圧感と圧迫感が半端ない。あとプライドが傷つく」
だからほら、どいたどいた!と普段の調子で返したんだけど、私は此処でも間違ったらしい。
禪から感じる “ 圧 ” が質を変えた。
心配とかそういった気遣いが綺麗に怒りに似た熱に変化するのを肌で、空気で、自分の目で目の当たりにして絶句する。
―――――……禪は私を見下ろして嗤っていた。
涼やかな目を僅かに細め、口角を少し持ち上げて。
今まで見たことのない類の笑みに私の体から血の気が引いていく。
乾ききった喉を潤そうと体が勝手に生唾を飲み込んだんだけど、そのゴクリという音が妙に生々しく空気を震わせてひゅっと息を飲んだ。
「寮長も、僕も、男だ。ここまで分からないのか」
「男なのは見ればわかる、よ?ほら、ここ男子校だしさ」
ジワリと腹の底から俗にいう“嫌な予感”というものが湧き上がってきて、このままじゃ不味いと体が動いた。
軽く押し返すように両手で禪の肩の辺りを掴もうと手を動かして――…裏目に出る。
(どうしよう。めっちゃがっしり両手首掴まれた上に一つにまとめられた。え、何この鮮やかな犯行。って、そうじゃなくて!話の流れが凄く不味い方向に転がり落ちてってる気が)
どうにかしてこの妙な空気を壊したいけれど失敗したら目も当てられないことになりそうで言葉に詰まる。
シャワーを浴びて汗を流したばかりなのに嫌な汗が全身から滲み出てきているのが分かる。
対処に困っている私を余所に禪はいたって通常運転の様だった。
行動をきちんと知覚させる意図があるのか、ゆっくりと整った顔を近づけてくる。
ぐんと近くなる人がもつ熱と存在感。
ふわりと香る彼の香水が爆風の様に一気に広がって、倒れ込んだ状態なのにくらりと眩暈にも似た感覚に襲われた。
「そうか。ならば、僕に襲われる危険性を考慮したことは」
「……………ハイ?」
え、いまなんか不穏かつ禪の口から聞くとは到底思わなかった単語が出てこなかった?
「いま、おそ……え、だってここ男子校で禪も男で、俺は」
設定とはいえ男ってことになってるから、と脳内で考えているとそれを見越したかのように耳元で
「女、だろう」
そう耳元で囁かれた。
耳と首筋に彼の吐息を感じたけれど、もうそれどころじゃなかった。
完全に眠気は驚愕にとって代わった。
禪の声が消えた後には自分の鼓動の音が嫌に大きく響いて一向に収まらない。
「な、なに、言って……女、だったら男子校の、男子寮に入れるワケが」
「調査の一環として特例で許可されたんだろう」
「………」
どうしよう、反論できる材料が何もない。
絶句する私を見て禪は呆れたように息を吐いて、徐に私が来ているシャツの裾に手を入れた。
ヒヤッとした冷たくて骨ばった手が自分の腹部に触れた瞬間、情けなくも体が強張った。
禪の顔と腹部からゆっくりと胸部へ這い上がる手を見比べていると禪は私を見下ろしたまま、ぺろりと自身の唇を舌で舐める。
(おぉう。仕草が完全にエロい人のお手本みたいになってる。生徒会長なのにいいのかな、こんなに色気あって)
「なるほどな、サラシを巻いていたのか」
「いや、あの、何でもないみたいに人の服捲らないでくんないかな。これセクハラ案件まっしぐらだからね。社会人なら確実に首飛んでっからね。自分に部下出来てもしちゃ駄目なやつだから一発で強制退場喰らうやつ」
「優だから問題ないだろう―――……存外、あっさり認めるんだな」
普段の不愛想な表情に戻っている禪を半目で睨みながらため息を吐く。
(この状況で誤魔化そうとしたら、次はサラシ毟り取られる確信があったんだもん。流石に頷くわ!)
若干開き直りつつ、小さく息を吐いた。
禪がこういう意味不明な行動をとった理由に漸く私は気づいてしまったのだ。
だから、認めざる負えなかった。
「心配してくれたんでしょ、禪は。確かに考えてなかったけどこうやって伸し掛かられたり力で抑え込まれたら手に負えないのは事実だよ」
私の負け、と体の力を抜くと彼は驚いたように目を見開いて、小さく頷いた。
「わかったならいい。明日の放課後は生徒会があるから協力は出来ない。清水も所属している委員会の会議があるから行動を共には出来ないだろう。唯一暇な封魔に隠れて待機するよう伝えて置く。無駄に力は有り余ってる上に事情もある程度知っているから、都合がいい。上手く使え」
滔々と告げられる情報に目を白黒させているうちに気が済んだのか禪は私の全身を見下ろして、満足げに
頷いた後、まくり上げた裾を直し、立ち上がった。
そのまま無駄な動きをせず、卓上ライトの灯りを落としさっさと自分のベッドへもぐりこんだかと思えば
「話は以上だ。ああ、報告書は朝練前に書き上げて優の机に置いておく。おやすみ」
普段通りの平坦な挨拶を一方的に済ませてそれっきりだ。
色々やらかした後なのにそこは普段通りなの?!なんて戦慄する私を余所にルームメイトは静かな寝息を立て始めている。
膨らんだベッドの塊を眺めて凄い脱力感とモヤモヤッとした感情を覚えつつ、何とか就寝前の挨拶を返す。
もう聞こえてないだろうけどね。
心身ともに疲弊した上に新たな精神的な痛手を負った私は深いため息を一つ零して、ベッドの中へ。
(最近の高校生って怖い。色気とかどうなってるの。未成年だよね?年齢詐称してない?)
寝る直前までそんなことを考えていたからなのか、ホラーな怖い夢は一切見なかった。
代わりに、色気爆発な禪が須川さんと一緒に私を扱き使っている怖い夢なら見たけど。
うっかり泣いたよね!朝起きたら枕も目元も涙でびしょぬれだよ!
怨霊や穢れより怖かったとだけ言い残しておこう。
◇◆◇
机の上にあった報告書をチェックして、昨日すっかり忘れていた大事なことに思い至った。
「禪に、口止めするの綺麗にすっかりさっぱり忘れてた」
須川さんにはばれないようにって散々釘を刺されてたから、凄く気を付けてたのに。
いったいどこでバレたんだろう、と部屋の中をうろついているとタイミングよく朝練を終えたジャージ姿の禪が不思議そうな顔で私を見ていた。
「何をしてるんだ」
「っナイスなタイミングだよ禪! あのさ、昨日聞き忘れてたんだけどなんでわかったの?!自分でも珍しく隠し通せてたと思うんだけどっ」
「シャワーを浴びてから話すから離れてくれ」
駆け寄る私を気に留める様子もなくシャワーを浴びに行った禪をの背中を見送った私は項垂れつつ、大人しく待っていた。
学校に行く準備は終わったからご飯食べるだけだし、そもそも朝食になるまで一時間はある。
本当に汗を流すだけだったらしく早めに戻ってきた禪はきっちりと半袖のYシャツと制服のズボンを着用していた。
髪は湿っているようだったけれど、乱暴にガシガシとタオルで拭きながらドアを閉め、私に目を向ける。
「で、話というのはなんだ」
「いや、その何で女だってわかったのかなーって。須川さんには命に代えても隠し通せって厳命されてるから周りにバレてたら嫌だし、禪ならしないとは思うし一方的に信頼してるんだけどさ、やっぱ、その、周りに言いふらされても困るから口止めっていうか。だ、黙っててくれると非常に助かるんですが」
支離滅裂になっている自覚はあったけれど、上手く言葉がまとめられなくて感情のまま口を動かせば禪は普段通りの無表情を浮かべて小さく頷いた。
小型冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一口で半分ほど飲み干した後、私に向き直る。
「“浄化の儀”を施した際にサラシが緩んでいたから気づいた。女だとわかったから本来使わない方法を取ったが、そのお陰で助かったんだ。僕も君も」
「意識ない間だったら不可抗力ってことで……うん、よし。問い詰められても何とか言い逃れできそう。あ、参考までに聞きたいんだけど本来使わない方法ってなにしたの?」
「口から直接息を吹き込んだ。相手が同性だった場合、陰の性質を持つ呪符などを口に当てて霊力を送り、完全に体に残った不浄を吸い出すんだが異性である場合は直接息を吹き込んだ方が早いと教わった」
人工呼吸の様なものだ、と告げられて納得する。
「なるほど。男は陽、女は陰の性質を持ってるって聞いたことあったけどお祓いにも影響あるんだね」
「ああ。基本的にバランスが崩れることで支障をきたすことが殆どだからな。怨霊や悪霊、不浄の類は陰の気質を持ってはいるが、陰は陰の気を引き寄せやすい。優の場合は陰の気が増幅されてバランスを崩していたから男の僕が陽の気を直接体内に吹き込んだんだ」
改めてその節はお世話になりました、と頭を下げたんだけど禪は小さく鼻で笑って私を見下ろす。
あ、ちょっと生徒会長様っぽいぞ。その顔。
友達に連れていかれた恋愛ものの映画で俺様?系の生徒会長がいたんだけど、そんな感じ。
人の悪い笑みっていうのかな、心臓がヒュンッてなるヤツ。
「世話をした傍から死にかけにいくんだから、もう少し自重することを覚えろ」
「自分でも気を付けてるんだけど」
「気を付けている割に危険行動が多すぎる。もう少し考えて動け。単純すぎる」
「き、肝に銘じマス。って、そうじゃなくて!その、私が女だってことなんだけど」
黙っててくれる?と聞けば少し考えた後に
「羊三つでいい」
「……羊」
「羊だ。リストは夕食後にでも渡す」
先に行くぞ、と鞄を手に食堂へ向かったらしい禪の背中を呆然と見送る。
ハッと我に返ったのはそれから丁度三分後。
靖十郎と封魔が部屋のドアを開けたからだった。
「はよーって、ぼけっと立ってんだ?」
「おはよう。俺、羊三匹分の価値しかないみたい」
「いや、お前何言ってんだよ。まだ寝ぼけてんのか?いいから飯食いにいこーぜ!」
ずるずると引きずられて向かった食堂は今日も大盛況。
特に、期間限定新メニューとして加わったジンギスカン丼は物凄く人気だった。
無心でジンギスカン丼を書き込む私を靖十郎と封魔がおかしなものを見るような目で見ていた事には、気づかない振りをする。
私の秘密は羊グッツ三つ分の価値しかないらしい。
……なんか色々と、ショックだ。
想像以上に早く書きあがったのでアップしました。
誤字脱字のチェック絶好調に不十分なので明日とか直せたら直します。ハイ。
読んでくださってありがとうございます。