【重なる視界】
大変遅くなりましたが、またまた少しだけ進みました!
これからどうしようかなぁ……(遠い目
ちょっとだけ残酷表現があります。残酷、だとは思わないけど一応、念のため。
色々と衝撃的だった昼食を終えた私たちは一度部屋に戻り、再び非常口から学校へ。
三時のおやつは私の部屋で食べる約束もしたので2時間一本勝負だ。
これから私たちは『首吊り桜』がある場所でコインを探す。
早く見つけられれば、最後の屋上を調べに行くということで話はついている。
(見つからなければ私が夜に調べればいいだけの話だもんね)
チュンがいれば割と見つけやすくなるし、シロはいると安心して捜索できる。
本当は昼間に探さなくてもいいんだろうけど、時間は有限だし、なにより早く集めるに越したことはない。
(須川さんが急げって遠回しに言うくらいだから、明日の夜までにはどうにか見つけたいな。月曜には戻ってくるし、それまでに解決に近い所まで色々分かるといいんだけど)
今夜書かなくてはいけない報告書にどうやって書くべきか、なんて考えつつ小さく息を吐いた。
「それじゃあ、行くけど少しでも危ないと思ったら見つからなくても帰るよ。夕暮れ時も危ないから、できるだけ校舎近くにはいない方がいい。あと禪は体調悪くなったら我慢も無理もせず帰ること」
「わかっている」
「無理したら直談判して協力者から外してもらうから、そのつもりで」
隣を歩く禪が頷いたのを確認してから視線を前に。
念の為にチュンは呼んであるし、護符は高校生三人にはしっかり持たせた。
考えうる最大限の予防はしたけれど安心感とは程遠い感情が付きまとって離れない。
何処か落ち着かない気持ちのまま、私たちは午前にも通った道を歩いて『首吊り桜』がある場所へ向かった。
十分程度で目的の場所に到着したんだけど、まず、周囲に人がいないかどうかを確認することに。
『七不思議』の場所で何かを探す姿を万一にでも見られたら言い訳できないしね。
二人一組で簡単に周囲を見て回る。
私は靖十郎と、禪は封魔と組んで『首吊り桜』周辺を軽く見て回るのに五分ほどかかった。
「こっちは誰もいなかったぞ!そっちはどうだ?」
「誰もいねェな。静かなもんだ」
「こちらも問題ない」
「わかった、じゃあこっちに戻ってきて。場所は…そうだな、この辺りに固まってて。結界だけ先に貼るから」
葵先生から過去の事件を聞いたこともあって、桜と逆さ木蓮が見えるギリギリの場所で待機していてもらう。
(結界の範囲としては広い、けど仕方ないか)
持ってきた鞄から午前中使用したものと同様の道具を取り出した。
結界を張るのが得意な禪に視られているのは気になるんだけど、文句は言ってられない。
作業をしながら時折、校舎に視線を向ける。
私たちがいる場所からは窓のない壁面だけでなく、当然窓がある場所も見えるんだよね。
でも、その窓からは普段あまり使わない特別教室のプレートがかすかに確認できる程度。
恐らく、普段から人は通りかからないのだろう。
人目につかない場所だからか、木々の手入れも中庭とは違って少し雑に見える。
七不思議や事件のことを知らなければただの立派な桜の木なんだけど、知ってしまった今はどこか薄気味悪く映った。
「こうやってみると普通の桜の木だよな」
「うん、どうみても普通の木だよね」
今の所は、というニュアンスが伝わったらしい。
靖十郎が立っている方からゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。
(やっぱり昼間というか明るい内は“視えない”し“いない”みたい)
少し大変だけど、今後は日常生活でも霊が見える状態にしておいた方がよさそうだな、なんて考えて…気づく。
(あれ。部屋に帰ってた時点で霊視できないようにしてた筈なんだけど、ゆーくんは見えてたよね?結構霊力が強いってこと?)
穢れの中で腰を抜かして怯えていた姿からはとてもじゃないけど、強い霊には見えなかった。
でも、よく考えると記憶が新しいだけじゃなくて自我もハッキリしている辺り、弱くはないのだろう。
今夜あたり、ゆーくんにも聞いてみないと。
(答えが返ってくる可能性は低いけど、ね)
塩と御神水で結界の基礎を作り終えて結界を張る為の祝詞を口にしつつ振り返る。
まず、私を興味深そうに見つめる靖十郎と封魔と目が合った。
二人ともまた汚れることはわかっているからか、午前中に来ていたものと同じ服を身に着けている。
禪は靖十郎や封魔から少し離れた場所でじっと桜の木を見上げていた。
「禪、何か見つけた?」
長くも短くもない祝詞を唱え終え、先ほどから微動だにしない同室者に近づけば顔を動かさずに一言。
「わかっていて一緒に閉じ込めたのか」
「閉じ込めた?閉じ込めたって何を…――あ」
視線を辿ると桜の葉の影から私たちの方向を見ている顔見知りの幽霊が気まずげな笑顔を浮かべてひらりと手を振った。
(忘れてた!禪がいるからゆーくんには待機しておいてもらった方がいいかなって考えてたんだけど綺麗さっぱり忘れてた!ゆーくんって靖十郎と微妙に似た所がある所為か禪が苦手っぽいんだよね)
まぁ、禪の霊力が苦手な霊は結構多いらしい。
産まれが神社なのもあるんだろうけど、元の性質で浄化や成仏を求めていない幽霊は避けたくなる類の性質を持っているそうだ。
須川さん曰く「霊力の相性がそのまま相手の印象に影響されることはそう少ないことではありません」とのこと。
禪の視線から逃げる様に桜の木から降りてきた彼は私を見ながらそーっと靖十郎と封魔の後ろへ隠れてしまう。
「霊を入れない為の結界に霊を閉じ込めてどうするつもりだ」
「ゆーくんは大丈夫だって。午前中も手伝ってくれてたし、いても害はないからさ」
「確かに害はないだろう。ただ、状況を分かっているのか。ここは“死んだ場所”だぞ」
知っている筈だ、と静かな声が聞こえてきた。
私は頷いて靖十郎や封魔、そして“ゆーくん”こと岸辺 友志に注意しながら呟く。
「死者にとって死んだ場所は大事な場所で、拠り所で、変化しやすい所だってわかっている」
自然死で会ったとしても自分が死んだ後は一時的にその場に留まるんだって。
死を自覚してからの変化はそれぞれ。
自我を取り戻した後は死んだ状況や個人の感情に大きく左右されるそうだ。
「死因が死因だ。変化してもおかしくない状況だというのはわかるだろう」
「わかってる。もし悪い方に変化したら、ちゃんと対処するよ」
「未練や心残りに見当がついたのか」
「まだなんだけど、でも幾つかの見当は付けてるよ。ここで確かめてもいいんだけど、夜に話を聞いてみるつもり――…まずはコイン探しに取り掛かろう。早いこと見つけて、須川さんが帰ってくる前に出来るだけ集めたいし」
コインを全部集めればわかる、みたいなこと言われているから全部集めて……後はもう対処療法で行くしかない。
「わかった。どの道、あいつらがいる場所で話すのは止めた方がよさそうだな」
「時間も惜しいし、コイン探し始めよう!まずは、どのあたりから調べようか?」
思わず腕を組んで考えた私と無表情のまま動かない禪。
封魔も靖十郎も話し込む私たちを会話しながら、さりげなく伺っていたみたいだけど、会話が途切れたのが分かったのか少し大きめの靖十郎の声が響く。
「―――…やっぱ桜の木からじゃねぇ?」
七不思議の現場にもなってる場所だし、と靖十郎が口にした。
背後に隠れていたゆーくんも頷いている。
他の意見もなさそうだったので私たちは桜の木を中心に地面や木の枝なんかを調べて回った。
桜を傷つけない程度に幹の周りを掘ってみたり、その周囲の草むらを探したりもしたけど結局見つからなかったので逆さ木蓮も調べてみた。
(時間の制限もあるので若干気が急くけど、そういう時に限って見つからないんだよね。忘れ物とか無くしたものを探してる時と一緒だ)
手あたり次第探し始めたんだけど、成果はなさそうで。
(七不思議の現場付近にあるのは間違いない。でも、これだけ探してもないってことは、見当違いの場所探してる?見落としてるってこともありそうだけど、結構しっかり調べたよね)
掘っていた地面を埋めて立ち上がると、丁度頭上に桜の木の枝があった。
他の枝もしっかりしているけどこれは他のより少し低い位置にあって、封魔や禪なら背伸びすれば届きそうだ。
よく見ると一部分に擦れたような跡が残っている。
何だろう、と目を細めてみるとどうやらそれは縄の痕のようで、思わず自分の立っている足元を見た。
(この下に、あったりして)
一歩下がって丁度死体の足元になるであろう場所にシャベルを突き立てて掘り返してみた。
踏み固められた土の表面を浅めに掘り返して人ひとり分のスペースが出来上がる。
「下にないなら、上?」
頭を悩ませていると丁度いいタイミングで封魔がだるそうに近づいてくる。
暑かったのか頭にタオルを巻いていて、したたり落ちてくる汗を面倒そうに掌で拭っていた。
「お前ちゃんと水分とっとけよ。熱中症で倒れんぞ」
ほれ、と渡されたスポーツドリンクを受け取って一口飲む。
生ぬるい液体が喉を伝い落ちていく感覚に少し眉をしかめていると封魔が笑う。
「スポドリってぬるいと不味いよな。ホットってのもあるみてェだけどよ、俺はキンキンに冷えたやつがいいわ」
ってことで、それやる。
と笑う封魔に礼を言って、ボトルを足元へ置いておく。
これから先のことをするにはちょっと邪魔になるんだよね。
木の上確認したら一気飲みかな!
「封魔。木の上みたいんだけど持ち上げてくれないかな。自力じゃ登れなさそうだし、確認してないの木の上だよね?下からはみたけど一応確認したくて」
お願いッと手を合わせると封魔は少し驚いていたけど、納得したらしい。
で、直ぐに首を傾げた。
視線の先には靖十郎と一緒にいるゆーくん。
「木の上確認すんなら幽霊に頼めばいいんじゃね?浮けるんだろ、幽霊って」
「そうなんだけどこの桜の周辺にはあまり近づけたくなくってさ」
声を潜めると封魔は数回目をしばたかせて、何かに気づいたらしい。
「今いる幽霊は此処で死んだんだったか。そーゆーことならしゃぁねェか。ほれ、前に立て。抱えてやる」
「お願いします。帰ったら冷たい飲み物驕るよ」
軽口を叩きながら封魔の正面に背を向けて立てば、背後でしゃがむ気配がして、ふくらはぎの当たりに腕が回った。
てっきり腰のあたりを持たれると思っていたので、驚いている間に浮遊感。
視点が一気に高くなり、目の前に枝が見えた。
お尻の当たりに封魔の顔があるのが少し気になるけど、そんなこと気にしている場合じゃないので素早く枝に視線を走らせる。
ついでにがっしりと枝に腕をかけて、封魔の負担が少しでも減る様に努力はしておく。
「どうだ?コインありそうか?」
「ううん、ないみたい。ごめん降ろし…――」
て、という前に感じる嫌な気配。
一瞬視界が揺れたので慌てて霊視をしたけれど見えるものは何もなくて。
不思議に思いつつ封魔に降ろしてほしいと告げると一瞬の間が。
「……あ?ああ、悪ィな。降ろすから動くなよ」
ゆっくりゆっくり視線が下がって、ある場所に顔が来た時、突然頭痛に襲われる。
思わず、止めて!と声を荒げれば降下が止まる。
訝しげな声封魔の声が何故か遠くから聞こえてきた。
(この、位置は――…首を吊った生徒の目線?)
締め付けるような頭痛と霞む視界。
息苦しさを感じて無意識に首元へ手を這わせると、皮膚ではないものの感触。
ギリギリと少しずつ布のようなものが首に食い込んでいく。
締まっていく喉に呼応するように残った酸素が口から吐き出される。
目や口の端から液体が伝い落ちる感覚が気持ち悪いのに対処する術はない。
視界の両端が黒く狭まって、考えるという事ができなくなってきた。
(こんなところで死ぬとは思わなかった、な)
狭まっていく世界の中で見えたのは“桜の木”と“逆さ木蓮”を直線で結んた場所。
中央付近の土を眺めたまま黒く塗りつぶされていく視界。
意識を失う直前、びくっと体が大きく痙攣して……徐々に力が抜けていく。
「――…優!おい、大丈夫か?!」
瞼を閉じる寸前に浮遊感を感じ、次に封魔の怒声と頬を軽くたたかれる感覚に目を開ける。
クリアになった視界一杯に封魔の顔が広がっていた。
短く吊り上がった眉と真紅の瞳。
高い鼻と薄い唇。
私のほっぺたを簡単に包み込んでしまう大きな手。
思わず息を思い切り吸い込んで、直ぐに咽た。
ゴホゴホしつつ、首元に触れるとそこに紐のような感覚はない。
「たす、かったよ。ありがと、封魔」
「何があった?降ろそうと思ったら“止めろ”っていうから止めてたら急に体が強張って、驚いてるうちに小さく痙攣し始めたんだぞ」
ビビるわ、と呟く封魔は本気で焦っていたらしく眉をひそめている。
「んで、大丈夫か聞いたのに返事はねェ。しかも痙攣がどんどん大きくなったかと思えば、いきなり体が弛緩しはじめやがった。流石に不味いと思って勝手に降ろした」
何かあったんだろう、と強い光を宿した目に見据えられて黙っておくことでもないかと小さく息を吐いた。
ただ、話す前にすることがある。
時々咽つつ先ほど見た場所をゆっくりと指させば、私から指先の示す方へ視線が動く。
「おい!優、大丈夫か?!何があったんだよ!」
『うわ、なんかすげぇやばっ!よっく生きてるなぁー……俺の仲間になる所だったんじゃない?』
「首にひも状の痕があるという事は……首を絞められた、といった所か」
パニックになりかかってる靖十郎と本気で引いているような顔のゆーくん、そして無表情の禪に苦笑しつつ、要件を口にする。
「後で話すよ。でも、先に指さす方向掘ってみてくれるかな…?ちょっと体だるくて」
立てそうにない、と途切れ途切れに口にすると彼らは顔を見合わせる。
移動したのは意外にも禪だった。
無言で立ち上がり指さすあたりをシャベルで掘り始める。
数分が経った頃、ぴたりと禪の動きが止まり、ほじくり返した土の中に手を入れた。
固唾を飲んで見守る私たちに、禪はそれを見得るように持ち上げてくれた。
すらりとした人差し指と親指で摘まみ上げられた鈍色のコインは太陽光を浴びてキラキラと輝いている。
「コインは、あと一つ」
達成感のない疲労と恐怖だけが蓄積した調査だったな、なんてコインを持つ禪を視界に入れながら考える。
いやー、まだ一枚あるんだけど死にかけた直後だから気持ち的にはハッピーエンド的な感じだよね。
誰もハッピーにはなってないけどさー、今の所。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
誤字脱字変換ミスなどは見つけ次第こっそーり直します、ハイ。




