【隠された“事実”】
いよいよ佳境だなぁ、と書いていて人ごとのように感じます。
終わり近いよーっていう終わる終わる詐欺にならないように気を付けよう。うん。
しばらく続きます、シリアス展開。
あ、今回怖い表現はありません。
ただし、虐めの表現や呪いに関して独特の設定はあります。
呪いの手法に関しては完全に妄想の産物なので「へー」くらいに考えてもらえれば。
どこから話そうか、と葵先生が小さく呻いた。
一拍、二拍置いた彼は静かに話し始める。
整った顔に浮かぶのは哀憐とも、苦悩とも、後悔とも言い切れない、苦々しさを滲ませている。
ただし、彼の目だけは真剣で真っすぐだった。
「簡潔に言えばアレは事故ではなく“事件”だ。加害者は三年野球部の一部メンバーでレギュラー争いに負けた素行の悪い生徒を代表に、同じく素行の悪い生徒数人だった」
この先は、聞かなくてもなんとなく予想ができた。
息を詰める私たち四人を真っすぐに見据えながら葵先生は滔々と、言葉を紡いでいく。
――…その日はライバル関係にある学校との練習試合だった。
負けが続いていた苛立ちを被害者にぶつけただけだ、と青年たちは口をそろえて証言した。
当時流行っていた学校の七不思議になぞらえる様に青年たちは被害者に暴行を加えていたという。
被害者の少年は活発で正義感も強く、先輩たちの行動に苦言こそ言わなかったものの気の弱い同級生を庇うことも少なくなかったらしい。
少しずつ、被害者生徒だけが執拗に“虐め”られるようになっていった。
後で聞いた話によると教師に訴えた生徒もいたようだが、リーダー格の青年は教師ウケが良かったらしく、当時の担任は全くと言っていいほど相手にしなかったらしい。
その教員は後に辞職して今はどこに勤めているのか俺は知らないけど。
徐々に暴行や暴言が酷くなっていく中、事件が起きる。
リーダー格の青年は色々な鬱積が重なっていたこともあり、タイミング悪く趣味の悪い、危険極まりない『度胸試し』を思いつく。
両手両足を縛り、不安定な椅子の上に立たせて、桜の枝からぶら下げたロープに首を入れて目を閉じ、一分耐える。
ちょっとした度胸試しだった、と加害者生徒は最後までそう主張していたそうだ…―――
話し終わった葵先生は目を閉じていた。
体の中に溜まった色々な感情を吐き出す様に、深く、長く息を吐いて笑みを浮かべる。
「聞いたことがあるだろう、この話。七不思議の『首吊り桜』自体は前にもあったらしいが、今伝わっている内容にすり替わったのは三年前のこの事件がきっかけだ。誰が広めたのかまではわからないけどね」
分からないといいながらも、推測はできるだろうと笑っていない目が私たちに訴えていた。
私もここまで言われて分からないほど鈍くはない。
登場していない“発見者”が誰なのか聞けずに、助けを求めて靖十郎と封魔に視線を向ける。
二人は凄い勢いで首を横に振っていた。
私も二人から同じような視線を向けられたので、慌てて首と両手を横に振る。
そんな、気まずく居心地の悪い空気を震わせたのは淡々とした声だ。
「この年の文芸部が出している冊子に『栄辿七不思議について』という題の作品がある。その中に書かれている内容は、今伝わっている怪談を事細かに書き記したものだ。数日前、学校関係者をあたって作品を書いた生徒に連絡を取ったが本人からは『クラスメイトから聞いた』という情報と『新しく書いて欲しいと頼まれた』という事しか聞けなかった」
禪が言うに、その作品を書いたのは当時三年の生徒だったとか。
「わざわざ怪談の内容変えるなんて、よく引き受けたね。多分頼んだのって発見者で当時一年生の子でしょ?」
「僕も気になったからその時に尋ねたんだが『俺も嫌な思いをしたことあったし、今でも恨んでる。だから、少しでもあいつらが怖がればいいと思ったんだよ。当時密かに流行っていた“オマジナイ”もやったくらいだしな』という返答が帰って来た」
今、なんだか禪の口から嫌な予感しかしない単語が聞こえてきた気がする。
引くりと引きつった口元をそのままに
「ごめん。今の説明で日常生活であんまり耳にしない単語聞こえた気がするんだけど」
そう素直な気持ちを伝えると禪は軽く息を吐いた。
「彼の言う“オマジナイ”は一部の所為との間で流行っていた“ストレス解消”法らしいな。広まっていたのは大人しい、それでいて加害者に暴行・暴力などを受けた――…俗にいう“虐められた側”の生徒ばかり。そういう人間の元に“オマジナイ”の方法が書かれた用紙と必要なものが一式揃った封筒が届いていたそうだ。この事を白石先生はご存知でしたか」
「いや、俺もそれは初めて聞いたよ。俺が知ってるのは加害者生徒に怪我をさせられた生徒数名と相談に来てくれていた数人の生徒くらいだから」
顎に手を当てて首を傾げる葵先生の返答と表情を見た禪は、無表情で小さく頷いた。
「届くのは紙人形とマチ針、呪文と手順が書かれた用紙の四つ」
禪が話した手順は、あまり詳しくない私でもわかる依り代と血を使った“呪い”の方法だった。
呪文こそ聞かなかったけれど、紙の上に書かれた紙人形の心臓辺りに血液を数滴たらし、相手の名前を記入する、という段階で悪寒が走った。
次に、一度紙人形をぐしゃぐしゃに丸めて広げ、呪文を唱えながら手順に沿って待ち針を紙人形の手や足、頭や胴体に突き刺す。
それが終われば呪文を呟きながら紙を細かく契り、燃やし、灰は特定の場所へ捨てる。
「コレが聞きだした儀式の方法と手順だ。呪文はもう覚えていないと聞いている」
静かに話し終えた禪と頭を抱える私を見比べて、靖十郎が申し訳なさそうに聞いてきた。
「もしかしてそれってやったらヤバイ奴?」
「紙人形を媒体としてたり血を使ったりしている点もだけど、そもそも詳しい“呪い”の掛け方がわかってること自体が変だよ。俺もそんなに詳しい方じゃないけど、これ、普通にする儀式に似通ってる所もあるし、数うちゃ当たるじゃないけど何が起きても不思議じゃない」
信じない人もいるし、信じすぎてもいけないけど、“ある”ものを“ない”とは言えない。
呪いの根本は、羨ましいとか妬ましいとか憎しみとか口に出しにくい感情だ。
口に出せない感情を募らせて、こじらせて、煮詰めて、混ぜっ返して、持て余したモノ。
家族や知人や、他者や社会にぶつけるリスクはあるし不都合を置く生じる感情。
これらを溜め込んだ人は決して少なくないと私は思っている。
(で、この感情をどう解消もしくは減らしていくのかによって変わってくるんだよね)
日常の生活の中で解消する術を見つけるならいいけれど、中には危ない方法でそれらを解決しようとする、もしくはそちらへ導くものがない訳じゃない。
私は見つかる可能性が非常に低くて“冗談”や“暇つぶし”という言葉で誤魔化すことが簡単なのが呪いだと考えている。
一見リスクなしに出来るように見える”呪い”に惹かれる気持ちが分からないでもない。
私だって他者に対してそういう気持ちを抱いたことはあるからね。
「なァ、呪いったって紙切れと言葉でする憂さ晴らしだろ?なんか問題あんのか?フィクションとかゲームとかで『呪い』って言葉はよく聞くし、ある意味、馴染み深いっちゃー馴染み深いけどなァ。こう、現実でやったから“やばい”って言われるのは納得できねェし、実感もわかねェんだよ」
封魔が困ったように眉を顰めながら乱暴に頭を掻く。
靖十郎も戸惑ってはいるけれど、概ね封魔よりの考えなんだろう。
小声で「まぁ、そうだよな」なんて同意している。
まぁ、靖十郎は幽霊っていう人とは違うものが見えているからこそ断言しにくいんだろうけど。
そんな二人に私は、緩く首を振って
「匿名性が高く証拠も結果も見え難い殺人方法なんだよ、呪いっていうのは」
ため息交じりにそう、言葉を零せば視線が向けられる。
視線が集まった所で経験を交えた感想と印象を伝える為に封魔と靖十郎を固定した。
禪には態々話さなくてもわかるだろうし、葵先生は大人だからね。
「必ず効果が出る保証はないけれど、効果がない保証もない色々と未確定なものなんだ。込められた恨み辛みの数や深さだけ強力になったり、良くも悪くも向き不向きがある。知らず知らずのうちに完成することや場所によって自然発生するものもある」
研修と称して連れまわされた地獄のような依頼解決の日々。
(寝ても覚めても怪奇現象、心霊現象、妖怪、幽霊、穢れに怨霊、後は何だっけ?とにかく酷かったことだけは確かだし)
「仕掛けるとかし組むのは比較的簡単なのに、解除するのは面倒で、完成して発動または表面化するとえげつないのが呪い」
「優、その発動っていうか表面化ってのするとどうなるんだ?」
「靖十郎の想像してる通り何かしらの不幸に見舞われるね。自分自身に降りかかることもあれば何らかの要素によって周囲にばら撒かれることもあるんだよ。死ぬこともあれば後遺症が残ったり、精神に異常をきたしたり……ケースバイケースなんだけど、幸せな未来は早々ない、かな」
回避できれば別だけどさ、と告げると今度は封魔が感心したように頷いていた。
「ふぅん?でもよォ、呪いの呪文ってのを唱えりゃ相手を殺せるんだろ?手間はかかる上に確率性っぽいが罪に問われることもないって辺り、魔法みたいだよなァ」
「封魔の言う“魔法”には代償が必ず伴うんだよ。相手に降りかかったのと同じかそれ以上の対価を払う必要があるんだ。それは、目に見えるものであったり見えないものであったりする――…目に見えないなら大丈夫なんじゃないかって軽く考える人もいると思うんだけどさ、結構悲惨だからやめた方がいいよ。今が良くても“弱ってくる”と表面化しやすいから」
年を取ったり、参っている時に一気に来ることや具体例をいくつか挙げると封魔は眉を顰めた。
隣の靖十郎は容易に想像出来たようで、可哀になるくらい顔色が白くなっていた。
「っとまぁ、呪いが危ないっていう事を理解してくれたみたいだから話し戻すけど、当時流行っていたっていう呪いが今も続いてるなら辞めさせないと」
死んでいった生徒たちに非がないとは考えにくいけど、それでも仕事で来ていることや親しくなった“友人”を守る為に私はできることをする。
「―――…葵先生。わかっていらっしゃるとは思うんですが、三年前の事件を目撃した生徒について教えてください。その人物が何らかの方法で呪いの方法を広めている可能性が高いんです」
この場で口に出すかどうか迷ったけれど、協力者である高校生三人にも知って置いて欲しかったから話すことにした。
「コインを見つけたことで大掛かりな“何か”のバランスが崩れてます。毎晩少なくない穢れが霊場でも何でもない学校に発生していることも異常だし、このままだと今まで以上に悪影響が出かねません。思春期の子供は色々と影響されやすい。それは先生が一番よく知ってる筈ですよね」
生徒のことを口に出せば葵先生が一瞬物言いたげな表情を浮かべた。
不安そうな靖十郎の視線と何かを考えているような封魔の表情、変わらない禪の三名の様子を見て葵先生は苦悩するように緩く首を振る。
「だからこそ、俺は生徒がいる場でその“生徒”の名前は出せない。協力者としては失格なのかもしれないけどね……個人的には、発見者である生徒も俺にとっては大事な守るべき対象だ」
「生徒であるこの三人がいる場で言いにくいというのも、その生徒のことを葵先生が真剣に考えているのもわからないわけじゃありません。だけど……知らないことで引き起こされる悲劇も決してない訳じゃない。怪異が絡むと予測できない方向に事態が転がることがあります。その時に“知っている”か“知らないか”で大きく未来が分かれることもあるんです」
私たちが発見者を知るよりも、発見者である生徒が『この学校に“仕事”をしに来ている専門業者がいる』という事実を知る方が早くて簡単な筈だ。
事実、何度か感じた視線やロッカーで聞いた言葉がその考えを後押ししているし、顔を確認できなかった彼が、どういう人物なのかもわからない。
排除しようとすることも十分が得られるこの状況で狙われるのが私だけとは限らないのだ。
「これ以上生徒が犠牲になるのは勿論、協力者であるあなた方に何かあってからじゃ遅いんです」
彼の表情は依然として変わらず苦しそうで、釣られるように自分の眉じりが下がっていくのが分かった。
今、葵先生の置かれている立場は難しくて、教師としても大人としても判断に困る所ではあるだろう。
彼の事情や心情が分からない訳じゃないからこっちも辛いけど、でも、ここで間違えると取り返しがつかなくなるから。
「ここだけの話です…――― ロッカーで閉じ込められていた時に、俺が調査に来ていることを知っている人物と接触しました」
薄い金属板を隔てて遭遇した顔が見えない重要人物は『正し屋』を知っていた。
(教師陣と禪くらいしか知らない情報を知っている時点で怪しさ満点だし、確実にアウトだよね)
彼が仲間や協力者になってくれないってことだけは確かだ。
「その人物は今回の依頼に関係がある。だから、俺を糸口にして、協力者を推察しその人物に対して何かアクションを起こさないという確信は持てません」
「確認させて欲しいんだけど、そのロッカーで接触したっている人物は生徒だったのかい」
「少なくとも大人ではありません。それに、関係があるといっても呪いを広めた本人なのかどうかもわかりませんし」
黙り込んだ先生は気の毒だったけど、私が口にしているのは事実を元に考えた推測だから正解なのかどうかまではわからない。
「ただ、呪いを広めた相手が誰であれ、呪いの代償が気になります。術の進行度合いや種類、本人の状態によっては軽減させたり試行している術を解除すれば術もあるので、出来るだけ早く―――…手遅れになる前に何とか悪いサイクルを正さないと術を施行した人が一番危ないんです」
勘だから口にはしてないけど、今回術を使ったのは確実に生徒だ。
霊や穢れの影響を一番受けやすいのは未成年、老人、大人の順らしいから発見して対処するのは早い方がいい。
(ただ、影響を受けやすいってことは回復も悪化も早いってことだから、色々と間に合えばいいんだけど)
呪いを施行したなら、本人が責任を取らなくてはいけないっていうのは大原則だ。
だけど、今回の場合は逆恨みとかじゃないみたいだし、動機事態は人としてある意味“正しい”感情だと“私”は判断している。
「お願いします、白石先生」
どうか、と願いを込めて頭を下げる。
他の先生に聞くという手段がない訳じゃないこと位、わかっている。
でも、私はどうしても葵先生の口から聞きたかった。
(葵先生がこれでも話してくれないなら当時勤務していた先生をあたってみないと)
頭を下げたまま微動だにしない私に注がれる複数の視線。
沈黙と視線にめげず頭を下げ続けていると、誰かが動く気配がした。
なんだろう、と思ったのもつかの間靖十郎の声が聞こえる。
「俺からも頼みます。先生、俺らが話しちゃいけないことは誰にも言わないし広めないの、知ってるだろ。普通の相談話は勿論だけどさ、今回のは言いたくても言えないし……もう誰かが死ぬのは嫌だから」
「そう、だな。葵チャン…―――いや、白石先生。発見者が誰であれ、それを態度に出さないのは約束するし、できるだけ接触しないように気を付ける。何かまずいことになれば優か白石先生か須川先生を頼る。禪は別として、俺や靖十郎に出来んのはコイン探しを手伝うのと優がいなくなった時に探すこと位だから無茶もしねェ」
あまり、というか潜入してから初めて聞いた封魔の真面目な声と言葉に頭を下げたまま驚いていると禪の声も聞こえてきた。
頭を下げたままだから葵先生達がどんな顔をしているのかわからないけど、三人が頑張ってくれていることだけは確かだ。
「白石先生、ここで教えていただけない場合、優は依頼解決の為に当時いた教員をあたるでしょう。それにも時間がかかります。事態は急を要するようですし、依頼している側としては可能な限り協力する方が賢明では」
それぞれらしい言葉に関心しつつ、耐えていると観念したような葵先生の声。
「わかった!参ったよ、お前らには。話すから顔上げてくれ、生徒に頭下げられるの一番嫌なんだよ」
偉いオッサンに頭下げられるなら気分いいんだけどなぁ、なんて軽口を叩いている葵先生は頭を掻きながら困ったように笑っている。
少しだけ緩んだ空気の中で、こっそり息を吐いた私だったんだけど直ぐに息を飲んだ。
「発見者は二人のうち、一人は岡村 恵里っていう女の子だ。その子は練習試合をしていた野球部の観戦と応援に来ていたらしい。他校の生徒だったけど、被害にあった生徒の幼馴染で恋人だったという噂だ。真偽の程はわからないけどあまり探らない方がいいかもしれない」
忘れないように名前を覚えつつ、話を促すように頷いて相槌を打った。
葵先生は冷めているだろうコーヒーを一口飲んで唇を濡らしてから声を潜めて、予想もしなかった人物の名前を口にした。
「葉山 誠一。それがもう一人の発見者の名前だ」
その人物の名を聞いた瞬間に反応したのは私以外の三人だった。
禪ですら驚いて目を見開いて、声も出さずに絶句している。
どうしたんだろうと小さく首を傾げる私を見て葵先生は困ったように笑った。
「山桜寮の寮長なんだよ、例の事件の発見者は」
これでわかっただろう、という副音声がその言葉の裏に隠れている気がしたのは私だけじゃない筈だ。
ここまで目を通してくださってありがとうございます。
誤字脱字、変換ミスやら怪文章は発見次第すみやかに!迅速に!こっそり直します…ハイ