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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
83/112

【溶解する恐怖心と説得と】

今回は長いです、ええ、文字数もすごいです。びっくりしました。

会話多めなので話のテンポ自体はあまり悪くない、筈。

 いっぱいお話してます。


あと、それっぽい用語についてはwi●i先生によるものやらネットからの知識に妄想を取ってつけたものがほとんどなので「へー」くらいで流していただけると嬉しいです。



 何も言えない自分からいう事ではないけれど、と前置きして口を開く。



今伝えられることがどこまでなのか私では判断できないから、言えることだけを先に伝えておきたかった。



「七不思議の場所に近寄らないで…話題をだしたりそれに参加するのも控えて欲しい。急に何をって思うかもしれないけど、靖十郎がプールで溺れた事件あったよね。アレさ、助かったのは単に運がよかったからなんだ―――…飛び降りや首吊り、他の手段だったら助けることすら出来なかった」



靖十郎の、他の二人の顔を見て居られなくて視線を下げた。


 テーブルに置かれたカップと自分の拳が見える。

気持ちを落ち着けようと、小さく深呼吸をした瞬間にある映像が脳裏に浮かんで、私は思わず唇をかんだ。



―――…死にゆく生徒たちの顔が靖十郎や封魔、禪や葵先生にすり替わっては飛び起きる、みたいなことがここ最近増えていた。


 学校での転寝や点呼までの僅かな間に一人でうっかり眠ってしまった時には必ずそんな性質の悪い夢を見る。

普通にベッドで眠る時には今回の七不思議に関連しているような夢が多いのも気になるけど、より鮮明に覚えているのは死んでいく新しい友人たちで。



「もし…また誰かが犠牲になったとして、それが靖十郎や封魔や禪、葵先生だったら立ち直れる気がしないんだ。勝手なことを言ってるのは理解してるし、突然こんなこと言われてもって思うのが普通だっていうのはわかるよ。でも、全部終わって“解決”するまでは」



それまではどうか、関わらないで。


 緊張と不安で無意識に握りしめた手が小さく震えているのが見えた。

俯いている私は、ただ誰かが何かを言ってくれるのを待つしかできない。



(須川さんが戻ってきたら全部分かってることを話して、それから二人にどこまで話していいのか確認しよう)



上司である彼の指示を仰がなければ動けない自分にも腹が立つけれど、契約の問題もあるから生徒への情報開示については私が勝手に判断するわけにはいかない。

禪と葵先生は協力者だけれど、靖十郎と封魔は違う。


 黙り込む私に視線が注がれていることだけはわかった。



「優は……?」



靖十郎の声だった。


鋭い、遠慮をどこかに放り投げた真っすぐで強い声。

ギュッと心臓を絞り上げられるような痛みにも似た感覚に体が小さく跳ねたのがわかる。



「本当なら―――万全を期すなら、わた…俺にも関わらない方が、いい。傍にいると巻き込まれる可能性が高い上に厄介な奴に狙われでもしたら困る」



そうだ。

気づかないふりをしていたけれど、七不思議から遠ざけたいなら私の傍にいるのもダメな筈。


 解決の為とは言っても自分から七不思議に首突っ込まなきゃいけないわけだし、影響受けやすいらしい私といて怪異と接触するようなことがないとは言い切れない。

ザッと音を立てて引いていく血の気を実感しつつ何とか笑顔を取り繕って、顔を上げる。



「ごめん、忠告するなら“七不思議”と“俺”にかかわるな、が正しかった」



靖十郎も封魔も葵先生も何故かギョッとした顔で私を見ていて戸惑っていると、一瞬俯いた靖十郎がすごい勢いで立ち上がってこちらへ回り込んでくる。


 テーブルをはさんで向かい合っていた私のすぐ横に来た靖十郎は妙に赤い顔をしているのに、目だけはギラギラと輝いていて口を噤む。

意外に大きな手が私の両肩を抑え込む様に置かれていた。



「んな顔して言うなよ、馬鹿だろお前!」


「え」



予想の斜め上からの言葉に固まる私の脳内には靖十郎も本気のトーンで「馬鹿」とかいうんだ、ってちょっとずれた感想が思い浮かんだ。


 理解不能と書いてある顔を靖十郎に向ける。

靖十郎は私を見下ろしたままギュッと眉間に皺を寄せて、着ていたシャツの裾を掴んだ。


何事かと彼の動きを注視しているとそっと目元を拭われる。

ふわりと靖十郎がつけている香水と彼の匂いがした。

ちらっと見えた腹筋がうっすら割れていてついガン見したのは黙っていよう。


 離れていくシャツと匂いを視線で追いかけていると追い打ちをかけるように、背中に手が回り、腕を引かれ―――…視界がオレンジ色に染まった。



「そんな顔するくらい嫌なら離れるとかいうな…ッ!第一、俺らだけじゃなくてお前も危ないんだろ?俺が聞きたかったのは『優は安全なのか』ってことだよっ!大体、自分の心配もしろよ!迷惑だなんて俺も封魔も葵チャンも思ってねぇ。んな風に思ってるなら心配して様子見に行ったり声かけたり点呼前に規則破って探しに行くわけないだろ」



そんな顔ってどんな顔だ、と言いかけたけれど視界がうるんでいたことは確かなので黙り込む。

深く突っ込んだら負ける気がした。

 …まぁ、言おうとした段階で靖十郎にはガッツリ睨まれて心が折れたっていうのもあるけど。

可愛がってた親戚の子に反論されるってこんな感じなのかな。



「そもそもお前が何か隠したがってたことくらいわかってんだよ、こっちは。そりゃ何を隠してるのか気にはなってるし聞かせてくれるなら聞くつもりだけど、強引に口割らせるような真似するように見えるのか俺ら」



色んなものから目を背け始めていた私の耳が薄い布越しに早い鼓動の音を拾う。

じわりと伝わってくる温度は自分の体温よりも高いらしくて触れている部分から熱が広がってくる。

 ぐっと込められる掌の力が強くなって、私は我に返った。



「ぁ、違…っ!そういうつもりじゃ」


「お前の事だから隠し事してるのがキツくて、俺らに悪いからとかそういう負い目があるんだろ。今回の提案だって“言えないこと”なのは間違いじゃないにしても自分の所為で巻き込まれたらとかそんなしょーもねーこと考えてんだろ…違うか?」



違うなら言ってみろと挑む様に言われて思ったことがそのまま言葉になって滑り落ちた。



「せいじゅうろうがかしこい」

「………」


「いだだだだだ!いったいってば!本気のマジで痛いからっ本気でつねらないでぇぇえ!悪かったから、謝るから力緩め…っひぎゃあ!?」



うっかり口走った言葉が癇に障ったらしい靖十郎に両頬を思い切りつねりながら引っ張られた。


 ため息と共に離された手を警戒しつつジンジンと熱を持っている頬を自分の手で包み込んでいると今度はグッと頭を押さえつけられる。

何事かと顔を上げようとすれば呆れ顔の封魔が私を見下ろしていた。



「危なかったのは靖十郎だけじゃなくてお前もだろうが。あのままロッカーに閉じ込められて気づかれなかったら確実に死んでたぞ」


「そ、れは―――…」



正し屋に入って須川さんの弟子的立場になった時に覚悟はしたんだよ、とは言えなかった。

死ぬかもしれないって思ったことは何度もあったし、その度に死にたくないって思ってきたから。



「優はそんなの分かってるとか思ってるかもしんないけどさ」



封魔に潰される私を見ていたらしい靖十郎はもう普段の彼だった。

 ほんの少し目元を優しく緩めて、どこか寄り添うように告げられた言葉は確かな暖かさがあった。



「頭でわかってて、腹が決まってても…―――怖いもんは怖いだろ。お前は何も悪くないし間違ってもないよ」



俺だって“あいつら”見ると怖くてたまらなくて、情けないって分かってても全力で逃げ出したくなるからな


 そういって笑う靖十郎に、私の意地と決意が溶解する。

崩れるように跨った私の頭をなでる二つの手と裏腹に交わされる会話は普段通りで、靖十郎に封魔が今までどんなものを見たのか、とかどんな体験をしたんだとか冗談めかしながら聞いて、靖十郎も特に気負う様子もなく懐かしそうに話し始めた。



(ごめん、ごめんなさい。須川さん、私、多分『正し屋』失格なんです)



 だって、怖い。


何度死にそうな目にあっても何度“ありえない”物を見ても。

幾度となく“ありえない”体験をしても、幾度となくそれらを捻じ伏せる体験をしても。

今、こうして息をして日常の中にいても。


――…異形で負の感情しか感じられない“穢れ”や堕神、悪霊怨霊、不意打ち的に襲ってくる予想外の恐怖には慣れなくて。


 須川さんがいれば安心感で恐怖が少しだけ鈍るけれど、それでも恐怖自体がなくなるわけじゃない。

 考えないようにしていた“死ぬまで見え続ける”ことへの不安も恐怖も戸惑いも、全部泣き言に変わって流れ落ちていく。

我慢できずに“怖かった”という言葉を口にすれば止まらなくなった。



「っ……寝る度に死ぬ夢を見るのも、死んでく人を見るのも、こわ、くて」



ん、と靖十郎の声。

おう、と封魔の声。


 小さい子を安心させるように規則的に叩かれる背中。

生きている人の温度と匂いに色々と持て余していた感情を受け止めてもらえるという喜びは、久しく感じてなかったせいで私の感情に追い打ちをかけてくる。



「冷たくて暗くて重たい感情を押し付けられるのも、無理やり体験させられるのも、嫌なのに…辛いし訳わからないし、自分が自分じゃなくなるみたいで、すごく嫌なのに」



逃げられなくて、と要領を得ない私の泣き言をただ聞いてくれるのが有難くて。

みっともなく私は近くの布を掴んで縋り付いていた。

 びくっと縋り付いた対象が揺れたけれど直ぐに体を抱えるように暖かなものに包まれたから、止まらなくなる。



「もう知ってる人が死ぬのは…嫌だ。白いマネキンみたいな手も動かない体も聞こえない声も温度のない存在感も見えるのにいないのも…っいやだ。嫌なのに、だれも死なないで欲しいのに…おいてかないで、帰る場所を奪わないでほしいのに…っどうして」



多分、この時の私はもう正気じゃなかったというか理性をゴミ箱に超ロングシュートしていた。

この時に何言ったのかって記憶が見事にない。


 ずっと言えずにお腹の底に溜まっていた恐怖とそれに付随する様々な感情を堰き止める気も起きなくて、あれが怖かったとかあれは嫌だとかこんなのを見た、こんな体験もしたと今まで遭遇してきた対象について今まで黙っていた感情を吐き出していく。


 吐き出した泣き言は心地いい温度と匂いに包まれながら意識と共に解けていった。

ただ残ったなけなしの意地と理性で涙を流すことだけはしなかったけれど。



靖十郎の慌てたような声が遠くから聞こえる。

でも、その声はロッカーの中で想像以上に精神力を消費していた私には子守歌にしか聞こえなくて…―――。




◇◆◇




 どうやら靖十郎の腕の中で爆睡したらしい。



ハッとして上半身を起こすと、見慣れないベッドに横たわっていた。

布団カバーが見覚えのある色だったので周りを見るとどうやら葵先生の私室にいるらしい。



「そっか、寝落ちしたんだ」



服は大きめのシャツと短パンという見覚えのあるものだったし、記憶もちゃんと残っている。



(靖十郎と封魔にはいっぱい謝って、感謝しないといけないよね。菓子折りでも用意して土下座すれば忘れてくれるかな……あの大失態)



思い出すだけで恥ずかしい、と身もだえつつベッドから立ち上がった所でガチャっという独特の金属音が聞こえてきた。

 音の方に視線を投げると、疲れた顔をした葵先生が部屋のドアを閉めようとして居る所だった。



「ああ、起きたんだな。丁度よかった。須川先生と連絡付けられるんだけど、どうする?」


「ぜひお願いします!って言いたいところですけど、あの、どうやって……」


「先生の同行者がスマホを持っているみたいだからスピーカーで話せないかって聞いてみたんだよ。実験を兼ねて少し通話もしてみたけど、問題なく会話はできたから安心して。部屋も俺の私室なら生徒が入ってくることもない―――俺も同席させてもらうけど、それは構わないよね?」


「はい、それは全然平気です。あ、もしかして同行者って黒山って人じゃないですか?」



喫茶店をしている黒山 雅さんは須川さんの腐れ縁らしく、人手が足りない時に駆り出される率ナンバーワンの人なのだ。


 ごっついし、背も高いし、よく言えばワイルド系の顔なので迫力満点だけど兄貴って感じの人だ。

時々正し屋に来て仕事の話をしていくんだけど、お願いするとお昼ご飯を作ってくれたりもする。

手土産に持ってきてくれるお菓子はお店で出しているものだけど、それもまた絶品だから基本的に大歓迎。

…最近は雅さんが正し屋に来ると涎出てくるんだよね。



「よくわかったね。須川先生はスマホ持ってないみたいだから、黒山さんのスマホにかけることになってるんだ。優ちゃんが起き次第でいいってことだったからさっそく電話かけるかい?」



はい!と返事を返してスマホをいれた短パンのポケットに手を入れるけど、スマホが見当たらない。

首をかしげていると葵先生の手の中に私の探し物が収まっている。


 どうやらベッドに寝かせる時、邪魔にならないよう態々取り出してくれたらしい。

感謝を述べて早速雅さんにアプリを使って連絡をすると三コール程で聞き覚えのある低音が聞こえてきた。



『おい、優!お前、もう起きて大丈夫なのか?死にかけたんだろ、もう少し寝ていても…』


「死にかけたって言っても今回は一晩ロッカーで眠ったくらいで外傷はないですし、平気ですよ。それより、そっちの進捗はどうですか?大丈夫ですか?」



須川さんが戻った理由の一つである十二月祭りは明日が本番だったはずだ。

道具やなんかは揃ってるとしても前々日くらいから神卸しの為の準備をしなくちゃいけない筈だ。

神卸しを行う為に儀式を行う人自身がしなくちゃいけないことはかなり多い。

須川さんなら心配ないと思うけど気になってはいたので聞いてみる。



『――…ぁあ?!なんだそれ?!ロッカーに閉じ込められたぁ!?』



返ってきたのは質問の答えじゃなくて怒声だった。

思わず耳を抑えた私は悪くない。

 スマホから聞こえてくる低い声は取り立てに向いてると思う。

怖いもんね。威圧感もすごいし。



「ロッカーに閉じ込められたのは昨日の夕方から今朝までだったので大丈夫です!決壊もしなかったし、ちょっと痣はできましたけど銭湯使わなきゃご近所のご婦人方にも気づかれないですからね!流石に危ない性癖の持ち主だって勘違いはされないと思います。うん、ばっちりです!それと動かなかった腕ですけど、禪……ええと、ルームメイトで協力者の子が治してくれたんです。その子は術の反動で倒れてしまってるんですが、今のところ異常はありません。心配なのは精神ですけど、これは起きてくれないことには…――」



ただ、霊視して穢れや不浄は見当たらないから恐らく大丈夫だろうと簡単な報告をする。

須川さんも多分聞いてるはずだしね。



『いやいや、大丈夫ってお前な。トラブルホイホイの癖に何が大丈夫だってんだ―――…ん?ああ、悪い。優、さっそくで悪いんだが須川に報告して貰ってもいいか?今スピーカーにするからよ』


「あ、まだスピーカーじゃなかったんですね」



てっきり上司である須川さんも聞いてると思っていたのに、と思わず漏らすと雅さんがため息をついた。



『それを言うなら、優もだろ。お前の上司様は今さっき二日目の水垢離みずごりを終えて着替えて戻ってきた所だ―――…おい、準備できたぞ。そこ座ってろ』



電話越しに雅さんが須川さんに指示を出しているのが聞こえてきたので私もスマホを置いてスピーカー設定に。


 ちなみにだけど、水垢離みずごりっていうのは、祭りの前に行うお清めの儀式。

神様や仏様、あとは神社仏閣なんかに参詣する前に冷水をかぶって、自分が犯した大小さまざまな穢れやら罪を洗い流して綺麗な状態にするためにする。

一般的には垢離こりや水行、禊ともいう。

有名な滝行はこの垢離の一種ね。



(夏はいいけど冬の水垢離は地獄だ。私もやるけど祭りの当日だけだし、須川さんなんか祭りの三日前から1日一回だもんねぇ)



他にも必要な祭り前日の準備に思いをはせているとスマホから聞きなれた美声が聞こえてきた。




『――…優君、聞こえますか』


「!須川さん。聞こえます聞こえます!わー、すごい。須川さんと電話してる!スマホで!」



初体験ですね、なんてはしゃぐ私に須川さんと黒山さんの呆れたようなため息が聞こえてきた。



「す、すいません。つい。とりあえず、報告させてもらいます。須川さんが学校を出た日ですけど…―――」



話はできるだけ時系列で話したつもりだ。


 須川さんがいなくなった途端に構内にいた穢れが狂暴になって幽霊たちを食べていた事。

枯れ井戸を見に行った時に気を失って、その時にどうやら学校に関する夢を見たこと。

その夢の中で自殺した生徒の視点を体験した所で目が覚めたこと。

 目覚めて直ぐ、井戸がどうしてこの学校にあるのか調べたこと。

井戸と七不思議の関連性がわからなかったから、あきらめてコイン探しをしていたこと。


で、ロッカーに閉じ込められた経緯まで出来るだけ詳しくかつ簡潔に報告したんだけど、スマホから音が聞こえてこない。



「あれ……電話切れてた?」


『きちんと聞こえています。色々と物申したい気持ちはありますが時間は有限ですし、お仕置きは後でいくらでもできますから後にしましょうか。現時点でコインは二枚ということでまず間違いないですね?』



須川さんの重たい溜息と疲れ切った声色に戦々恐々としつつ聞かれたことにはしっかり答える。



「は、はい。見つけたのはプールとロッカー…怪談で言うと『底なしプール』と『届かない声』に該当します。残りは四か所です」


『閉ざされた焼却炉』に該当する焼却炉

『呼ぶ屋上』の校舎屋上

『首吊り桜』の中庭

『咲かない花壇』がある庭の一角


次は焼却炉を調べようと思います、と口にすると電話越しに頷くような気配。

ホッとしたついでに気になってたことを聞いてみる



「あの、七か所目って本当にあると思いますか?それに、その七か所目にはコインあるでしょうか?」


わからない、と返される前提の質問だったけれど返ってきた返事は確信に満ちていた。

 電話越しとはいっても数年一緒にいれば声のトーンで感情は伝わってくる。



『七か所目にコインはないでしょう。あるとすれば…―――……いえ、なんでもありません。現状についてはわかりました。今後もコイン探しをメインに動くのですね?』



これは聞いても答えてくれないパターンだな、と残念に思いつつ返事をすると調査前には体を清めることを新たに申し付けられた。


 お守りは所持しているのかどうか確認され、次いで自分で作ったパワーストーンを身に着けて使えるようにしておく事も指示された。

少しホッとして須川さんの声に耳を傾けていると一度会話が途切れ、須川さんがどこか改まった様子で私の名前を呼ぶ。



『――…さて。優君、君は私に聞きたいこと若しくは確認したいことがあるのでは?』



思わずびくっとソファの上で体を固くした私を見た葵先生が苦笑して、テーブルの上にある紅茶を飲むように勧めてくれた。

 乾ききった口の中にまだ暖かい紅茶が入ったことで少しだけ緊張が緩む。



「あり、ます。あの……生徒の清水 靖十郎と赤洞 封魔についてです」



どう話を持って行ったらいいのかわからなかったけれど、できるだけ了承が得られるよう順序立てて話をした。


 寮長室でポルターガイスト現象が起きた時に一緒にいたことから始まって怪談がある現場に一度は訪れたことがあること、靖十郎に関してはプールの件で深く怪異にかかわっていること、封魔は夜間に出かける私と禪、そして須川さんの姿を見ていること、今回のロッカーに閉じ込められた件で助けてくれたのが彼らであることをあらかた話した。


 電話の向こうからは声も身じろぎも聞こえてこない。

だからなんだ、と一掃されても仕方がないけれど…交渉してみると決めたから。



「彼らは私が何らかの事情を抱えることに気づいています。周りに相談なんかされて噂のような形で潜入がばれるのを防ぐためにも話せる範囲で潜入調査の事を話したいと思っているんですが……話してもいいでしょうか?」


『話すことで得られるものがあるのでしょうか。私には情報漏洩だけでなく一般生徒を巻き込んでしまう結末しか見えないのですが―――…何の為に私たちが動いているのか、依頼を受けているのか忘れたわけではないですよね?』


「っ…そ、れは…わかって、ます。でも」


『貴女が彼らと仲良くなったことは知っていますが、庇護の対象である彼らを危険に晒すような真似は許可しかねます。第一どこまで話すつもりですか?』


「学校から依頼を受けて、期間限定でここにいる…ってことだけでも」


『なるほど。それで彼らは引きますか?手伝う、などと言い出しかねないと私は思うのですが』



須川さんの声は静かだったけれどまるでこっちを見ているようだった。


 靖十郎と封魔ならきっと、コイン探しを手伝うと言ってくることは予想できる。

言葉に詰まった私の耳に聞こえてくる須川さんの声はどこまでも正しくて、甘い私の考えをことごとく打ち砕いていく。



『コイン探しを手伝う状況に陥ったとして、彼らに害意が及ばない保障はどこにもありません。優君もわかっているでしょう?私たちの仕事は“小さな接触”が命取りになりかねないことを。貴女が責任をもって彼らを守り通せるというならば許可も出したかもしれませんが……そうではないでしょう。現時点で怪異の影響を強く受けている状態に置かれているのは他でもない優君、貴女なのですから』



死者の視点で体験する夢を一つとってみてもそのことは容易に判断できる、と彼は言う。

黙り込んだ私に須川さんは小さく息を吐いた。

呆れられたんだろうな、と頭の片隅で考える。



『護れますか、彼らを』



未だに正体を掴めない、そして解決手段も見えていない貴女に。


 そう言われているような気がして、一瞬呼吸を忘れる。

甘い自分に対して湧き上がる不快な感情を抑え込もうとする私を須川さんは見透かしているらしかった。

声に優しさが混じり始める。



『―――…優君。貴女の想いを否定する権利は私にありませんし、するつもりもありません。ですが、考えてください。彼らの安全を。彼らの将来を。貴女は自ら“こちら側”へ足を踏み入れることを決めた。でも、彼らは違うでしょう…潜入調査について話すのはすべてか片付いてからにした方がいいと私は考えています。コインを見つけていくにしたがって抵抗は激しくなるでしょう』


「コインを全部探せば依頼は解決する、んですか?」


『いいえ。言ったでしょう、あのコインの役割は強化や増幅の役割を課せられた“媒介”であると。このような現象を解決する解決方法はさまざま在りますが、基本的に“元凶”であり“基礎”である“もと”をただすのが一般的な手法になります。力でねじ伏せる方法もありますが、これは優君には向かないですから』


『……捕捉しとくが力でねじ伏せられるのは日本に数人いるかどうかって所だからな』



気の毒に思ったのか随分と優し気な雅さんの声が聞こえてくる。

思わず返事を返した私に疲れたような声で雅さんが口を開いた。



『俺も大体概要は聞いてる。優、お前も此奴の部下やって数年経ってるからわかるだろうけど変に融通聞かない頑固者だからなー…俺としちゃ、事情を話すくらいは問題ねぇと思うぞ?かかわるかどうかを決めるのは話を聞いたその二人が決めることだ。乱暴っちゃー乱暴だがな、若いころじゃなきゃ体験できないことってあるだろ。今回の事はその二人にとってそういった類のもんだと思う。人の縁ってのは選べねぇし、一瞬目が合うだけでも縁はできちまうもんだ。危険だから排除するのはまぁ、経営者で契約主の須川からすりゃ真っ当な選択だが、お前さんはあくまで従業員で現地責任者だ。いいんじゃねーか?まぁ、さすがに性別と年齢ばらすのはアウトだろーが』


「……今更性別と年齢を暴露する勇気はありません」



勘弁してください、と思わず頭を下げると雅さんと葵先生が吹き出した。

 色々私の失態を知っている葵先生が笑うならわかるけど、雅さんは数々の失態を知らない筈だ。




『――…改めて、君の意向を確認します。今後どうするつもりですか?』



ため息交じりの言葉に私は一瞬思考を巡らせるけれど浮かんだ結論は変わらなかった。

 自身も実力も、それこそ覚悟すら足りていない私だけれど。



「話を、したいと思います。私がこの学校へ来た理由が仕事であることと七不思議によって亡くなる生徒がいなくなるように調査中であること、今現在コインを探していることを。手伝う、という旨を言われたらそれに伴う危険性と私じゃ実力が足りなくて守り切れない可能性が大きいことも―――二人に怪我をしてほしくないことも、ちゃんと」



まっすぐな二人の気遣いに報いたいと思ってしまうのは私が甘いからだ。

 危険だとわかっているのに巻き込んでしまう危険性が高い行動をとるのも全部、私が悪い。

だから、彼らを守ることに関しては今まで以上に頑張ろうと思う。



「あと…来週の月曜日から授業には出なくてもいいでしょうか。時間割を見て、見つからなさそうな場所でコイン探しをしたいんです」


『理由は?』


「勘、なんですけど―――…今を逃すと手に負えなくなるような気がするんです。夜は積極的に穢れを払いながら、コイン探しを続けていくつもりです。井戸に何かがあるのは間違いないですけど、井戸に近づくのはコインがすべて見つかってから、と考えています」


『―――…今回の件を貴女に任せたのは私でしたね。いいでしょう、情報開示を許可します。ただし、他言無用である事と危険性を伝えるのは忘れないように。私が貴女を雇っていることは伝えても構いませんが社名は伏せて下さいね。社名を明かすのはすべて片付いて学校から去る時だけです。色々と面倒ですから。 授業に関しては、今まで通り参加するように。私も月曜にはそちらに戻りますので、その日の点呼後に直接あなたの口から進捗を聞かせて下さいね。今日と明日はくれぐれも死なないように』



話は以上です、と告げた須川さんに続いてプツン、と通話が切れた。


 え、と目を丸くする私たちが数秒、テーブルに置いたままのスマホを見つめていると着信があった。

慌てて電話を取ると雅さんが出て



『悪い、霊力に当てられて勝手に切れた。須川の許可も下りたことだし、ちゃんと話してから動けよ。わかってるとは思うが……その二人の生徒を連れて歩くなら夕方6時までだ。それ以降はやめておいた方がいい』


「ありがとうございます。でも、調査には連れて行く気ないんです……私じゃ何かあった時フォローしきれないし、一人は“視えない”みたいだから」


『視えない?あー、なるほどな。まぁ、無理はすんな。ここだけの話だがな、お前の上司様は“どうでもいい”部下に態々お守り作るようなお優しい人間じゃないことだけは保証する。それと死んだら死んだでお前大変な目に合いかねんからな……マジで死ぬな』


「?死んだら堕ちるってことですか?」


『いや、それより性質が悪……ごほん!とにかく、がんばれ。じゃあな』



何かあったら連絡してこい、と言い残して今度こそ電話は切れた。


 とりあえず、許可は下りたのでこれから二人に話と謝罪をしに行こうと思う。

どんな反応が返ってくるのかはわからないけど、夕方になったらまたコインを探しに行かないと。



(だって、須川さん……否定しなかったんだよね)



時間がないことは確かなんだろう。

この学校で起きていることを止めるなら、今が踏ん張りどころだ。

その為には一刻も早くコインを見つけなくちゃ。


ここまで目を通してくださってありがとうございます!

違和感などがありましたら予告なくぺぺぺーッと書き直しますのでご了承ください。

誤字脱字があればこれもこっそり書き直します。恥ずかしいんで…ハイ。


 ブックマーク・評価ありがとうございます!読んでくださるだけでもありがたいのに……!

南無南無。


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