【洒落にならない実地研修、開始】
本編、ということですが今後不用意にホラー系の表現やら残酷表現なんかが出てくることもあります。
予めご了承ください。いや、大したことはないんですが。
ついでに、この章はお化け的な怖さはあまりないと思います。
どうやら私は大変な場所に不法投棄されたらしいです。
須川さんに置き去られた場所から移動して、森の中に入った私はまず川を目指して森の中を進んでいた。
耳を澄ませて水音を聞き逃さないようにしながら方位磁石と地図を見ながら、なんとなくこっちかな?と検討をつけて歩き進んでいく。
「川が見つかったら寝やすそうな場所を探しながら食べられるものを探すってことでいいかな。移動中に山菜とかあればいいんだけど…この辺には苔ばっかりでなさそうだし」
もう少し上流の方に行かないと山菜は期待できないかもしれない。
水辺に行けば山菜意外にも野草が生えている可能性が高いし、うまくいけば魚を捕まえたい。
魚は蔦みたいなのが結構あるからそれで罠を作った方が効率は良さそうだ。
蔦植物の中には触ると肌がかぶれるものもあるから少しでも明るいうちに、安全なものを採取しながら進んでいる。
「まさか、田舎育ちがこんなところで役に立つとは思わなかったなぁ。就職で都会に出てきたのはいいけど、今後こういう知識は死蔵される一方だと思ってたのに」
そうなのです。
私、こう見えても野生…ごほん。筋金入り?の田舎育ちなのです。
祖父母に育てられたのはいいんだけど、住んでいたところが隣の家まで徒歩10分というそこそこの田舎だったから川や山でよく遊んだんだよね。
山菜採りや渓流釣りは日常の一部でお爺ちゃんは猟師でもあったから血抜き中の鹿やら猪やらも時々見かけたし、焼肉や鍋にも時折登場していた。
「懐かしいなぁ。田舎に住んでると娯楽が少ないから、ついつい、こう…山とか川で色々採取するようになるんだよね。山菜に秋の果物…キノコとか。お陰で食べられるものとそうじゃないもの、ついでに現代社会には到底必要なさそうなサバイバル術も身に付いてたみたいだけど。キャンプには重宝されそうだなーなんて考えることはあったけど、まさかこんな風に役立つとは」
嬉しいんだか嬉しくないんだか、と乾いた笑いが浮かぶのも無理はないはずだ。
木漏れ日やマイナスイオンあふれる気楽な親睦キャンプとかなら私だって喜ぶし楽しみにだってするんだけどね。
「大体、なんでこの山はマイナスイオンを放出することを放棄してるのさ」
山を遊び場にしていた私でなくても分かる程、この場所は異常だった。
私の知っている山は、ここと同じくらい木が生えていても陽の光が差し込んでいたし、野草、野花があった。
鳥の囀りも、虫の鳴き声も、木の葉が風によって擦れることで出る心地いい音も…―――
「(ここには、ない)」
それだけじゃなくて、この場所は他の山とは“根本的なもの”が大きく違っているような気がしてならない。
一体何が違うんだろう、と考えながら足をすすめる。
岩や木の根があるものの私にとってコンクリートジャングルよりは遥かに歩きやすいことだけは褒めてもいい。
時間だけはたっぷりあったので他の山との違いについて考えながら歩いて喉を潤したついでに、時計を見ると出発から二時間近く歩いていたことに気づいた。
水の流れる音はまだ聞こえない。
耳が拾う音といえば土の上を歩く私の足音や自分の呼吸音くらいだ。
足を止めた途端、しぃん、と耳が痛くなるくらいの静寂に包まれる。
それが何故か物凄く嫌だったけれど無理をすると後でキツくなるので、近くにあった大きな岩に腰を下ろして五分だけ休憩を取った。
軽く足をマッサージしてから地図と方位磁石を頼りに山を進む。
「久しぶりの山歩きだけど身体も馴染んできたし、まだ疲れはないけど…先のことを考えると日が沈む前には川を見つけないと。食料は最悪携帯食料を食べればいいし」
山の標高からすると多く見積もっても五日もしないうちに頂上へたどり着けると思う。切り立った崖なんかがないとは限らないけれど、流石の須川さんでもそんな山を研修場所には選ばないだろうし。
「(嬉しくはないけど、崖を登る必要があるなら確実にロッククライミング用の用品を揃えて渡してくれてるもんな)」
鬼上司様といえど、必要最低限の安全管理はきちんとしてくれているので命の危険はあまりないと今のところは思っている。
何だかんだで出来ないことは指示しないんだよね、須川さんって。
ただ、その見極めがギリギリ際どかったり、途方もない労力だったりと経過はするっと無視されるんだけど。
そんなことを考えながら再び緩やかな斜面を登る。
整備された道ではないので歩きにくさはあるけれど、まだ疲労感はない。
土や木々の様子から雨が降った直後というわけでもなさそうなので、川付近で休憩しても平気そうだ。
おじいちゃんも野宿するなら川辺がいいって言ってたしね。
理由は飲み水の確保と魚という食料確保率が一番高いこと、水辺で取れる野草の類が多いこと。あと、搜索の時川って上からも見やすいらしいんだよねー。
暫く無心で歩いて何気なく足を止めた私はふっと違和感の理由に気づいた。
「あ……そ、っか。変だ変だって思ってたけど、生きてないんだ。この山」
生きてるんだけど、活きてないって言った方が正しいのかもしれない。
厳密に表現しようとするなら山―――――…木とか森を構成している一つ一つは生きてる。
例えば土の中の微生物や私の大嫌いなミミズとかね?確認してないけど、それらはきっといる。木も苔も、時々見える草も生きてる。でも、森自体は活きてない。
あー、うーん…上手に言えないけど、生き生きとしたマイナスイオン溢れ心安らぐ素敵な山じゃないことだけは確かだ。
できるだけ長居はしたくないのでキリキリ歩こうと思います。
ええ、キリキリ歩きますとも。必死こいて。
◇◇
決意を固めて歩くこと三時間。
時刻は午後三時半を回ったところだ。丁度おやつの時間です。
お昼ご飯を我慢して無心で歩いた甲斐もあって、うっすら水の音が聞こえてきた。
ちなみにご飯は(カ○リー○イトのチョコ味!結構好きなんだよね)は一日二本。
つまりはひと袋。それで計算すると十二日は持つ筈、食欲にさえ敗北しなければだけども。
やっぱり、もっと食べたいんだけど、何があるのかわからないから余裕を持って考えておくのが一番いいと思うんだ。
「だけどお腹は空くし、カロリー補給も兼ねて飴玉は一日3つまで、っと」
チョコレートは一日1つだ。
飴玉とチョコも大袋で1つずつ入れてくれた須川さんに感謝しながら、レモン味の大きな飴玉を口の中でコロコロと舐め溶かす。
遭難したとき、飴やチョコがあるのとないのじゃ生存率がごばーっと違うってテレビの特集でやってたっけ。
低体温予防にもいいらしいし、流石だ。
いくら鬼上司といえどギリギリ死なないような対策はしておいてくれるんだよね。
……って、あれ、これ感謝すべき?
「に、しても疲れのせいかなぁ…?歩けば歩くほど、空気が重苦しくなってる気がする」
呼吸がしいくい感じっていうのかな。
むわっとしたサウナに入った瞬間の質量がある重さの、熱が伴わないバージョンと表現してみるとしっくりくる。
語録が少ないから言葉にするのは難しいんだけど、あまりこの場に留まりたくないなーとと感じる程度には嫌な雰囲気だった。
つまりは、と足を動かしながら結論を出した。
山を登れば登るほどに空気が澱んでいくんだろう。歓迎できないことに。
暗さは森の中に不法投棄された時よりも深まって、空を仰いでも相変わらず青空は拝めない。
広がるのは生い茂った木々の葉っぱだけだ。
周囲に目印になるようなものもなく、周りは気ばかりなので方位磁石や地図がなければ、自分がどこにいるのかもわからなくなっていたのは確実だった。
なんせ、持っていても現在地と進行方向がわからなくなることが度々あったからね。
「今のところ食べられそうなものもないし、早く川に行かなくちゃ」
雨が降らなければ水の確保が難しい山の中で今の目標はとにかく川への到達だ。
こんな状態で頂上にたどり着けるんだろうかっていう不安が首をもたげてくるけれど、思い悩むよりも進んだ方が断然いい。
自殺するにしろ肝試しにしろ、こんな暗くて陰気な山に入ろうって人の気がしれないよ、と考えて――――自分みたいに不法投棄された人は心の底から可愛そうだなぁと同情した。
文句と山に関する疑問を口にしながら進んでいく。
いや、だって淋しいんだもん。
なんにもないんだよ!?人だっていないし!
水音と地図で川があるとされる方へ歩くこと三十分。
「ん…?あれ、なんだろ…」
何かが、遠くの方で揺れた気がした。
一瞬見間違いかとも思ったのは山の中が暗いからなんだけど、目を擦っても頬をペチンっと叩いてもソレは消えなかった。
遠目から見ても、その黒い影のようなものはゆらゆらしている。
「(進行方向だからこのままいけばよく見えちゃうよね…なんだか、凄く、近づきたくない)」
心ではそう思うのに体は目的地の川に向かって進んでいく。
スピードは落ちたけれど、確実に近づいていく。
しっとりした腐葉土の土と時々踏むパキパキという声出の音、ふーふーという今まで気にならなかった自分の呼吸音。
これらの音は近づけば、近づくほどにシルエットがはっきりしていて、ものすごく、嫌な予感が形をなしていくように思えた。
太い木の枝から垂れ下がる紐状のモノの先端には大きな、そう ――――― 人の、形をしている。
だらんと両腕を体の横に垂らして。地面から離れた足は頼りなさ気にゆらゆら振り子のように揺れていた。
顔が見えないのは救いかもしれない。
頭では見えているものが“かつて人であったモノ”だと分かっているのに、認めたくなくて、この目で…そう、すれ違うほどの距離になるまでは前方の影について深く考えないように努めた。
黒い影に近づくごとに体中の毛穴から威嚇するように脂汗がにじみ出る。
体を出来るだけ縮めてぶら下がる黒いものから身を守るような姿勢で歩いていることにふっと気づいた。無意識だった。
「(もうこれ以上近づきたくないのに…離れないと、とか迂回しなきゃって気にはなれない)」
なんで、と半ば呆然としながら進む。
裏雲仙岳と呼ばれる山は、全国的に有名な霊山で自殺のスポットだ。
だから、自殺したいって人が来るのは知っているし、理解もしているつもりだったけれど実際に見るのでは話が違う。
「す、須川さぁん…なんだってこんな所で実地研修なんですかー!うぅ、絶対あれでしょあの黒いの絶対あれだよね?!こんな所で野宿ってっ!私に何かあったらどうすんですかー!」
自棄になって叫びながらも脳裏に過るのは裏雲仙岳に関することばかり。
裏雲仙岳はときどき、メディアで取り上げられる。
勿論ニュースで取り上げられることもあるけど、主に心霊番組ご用達の場所なのだ。
自殺の名所って基本的に特番で取り上げられることが多いみたいなんだけど、この山に関しては必ず何かの映像や写真が撮れるってことで人気らしい。
「は、はははは…もうこれあれだよね、確実にお化けがいるパターンだよね、間違いなく」
チーンというレジの音と同時に脳内で導き出されたのはこの図式。
自殺の名所=仏さんごろごろ。
超有名心霊スポット=お化けさんうろうろ。
山の頂上に行くまで安眠は諦めた方がいいかもしれない。
いや、でも私のことだから絶対朝まで目が覚めないパターンだ。いっぱい歩いてるし。
「(せめて朝まで熟睡できればいいけど、ああ、金縛りとか初体験しちゃったらどうしよう!?須川さんに呪文的なもの聞いておきべきだったか。いや、もう須川さんを盗撮してお守り替わりに持ち歩けば…って、そういえばリュックの中にお守りがあったはず!やった、助かったー!!)」
喜び勇んでリュックからお守りを外して手首に巻きつけ、その上、ぎゅっと手で握った。
で、そこまでしてから気づく。
「あれ。お守りってことは須川さんこの場所にお化けがいるのわかってたってこと?」
がっくりと肩の力とついでに膝の力まで抜けかけ、なんとか根性で持ち直した。
半泣きになりながら、ジリジリと黒い物体を睨みつけつつ前進する。
御守りもあるし、なにより女は度胸だ!根性だ!
須川さんが持たせてくれたお守りだから効果(?)は超絶にある筈!あってくださいお願いします!
深呼吸をしてジリジリ進んで…50m先になってから足元を見て足早に進んで……流石に通り過ぎただろうと顔を上げた。
恐る恐る振り向いた私は目を丸くして、ついでに口もぽかーんと開けてしまった。
「あ、あれ?あの黒いの何処いった?!おっかしいぞ、まさか空でも飛んだ!?えええ、ま、まさかついてきてるってことはないよね?!右、よし!左、よ、よし!下上斜め異常なし!!!って、ことは見間違いだったの、かなぁ」
首を傾げてうーんと腕を組んで考えてみるけどやっぱり分からないものはわからない。
心霊初心者の私には到底わからないので考えるのをきっぱりやめた。
恐る恐る、正面に向き直って盛大なため息をついた私は再び足を動かした。
いや、ほら、よくあるパターンでしょ?後ろ向いていなくて、ホッとして正面を向いたらドーンっ!っていうの。
あれはないわー、ほんっとないわー!
ぶるっと体が震えて、今更ながらに寒気がしてきたので見間違いだと言い聞かせながらも私は必死の形相でザッカザッカと川へ向かって猛進した。
怖い思いをしたところにとどまり続ける理由はどこにもない!
ということで方位磁石と地図を左手に、右手にはお守りをがっちり握ったまま、お化け(仮)がいた場所から逃走を図った。
好き好んでお化けがいる所に居座る人間の気が知れないよ!!
最後には森の中を全力疾走して、走って、進んで、筋力と体力の限界を悟る前にスライディングするかのように崩れ落ちた。
もう、服が汚れるとかそういうことすらどうでもいい。
息がしにくいどころか、空気を肺に入れる度に「つかれたよー!働かせるなよー!やすませろよー!」って悲鳴を上げている。
つまり、痛い。
息苦しいを通り越して呼吸をするっていう行為が痛みを伴っている。
こればかりは運動が得意な人にはわかるまいよ。
「っげほ、ごほ…ッ。ぜひゅー、ぜひゅー…う、うんどう…ごふっげほっ…不足、だ」
深呼吸を繰り返して、ようやく落ち着いてきた私はのろのろと立ち上がる。
膝が笑って生まれたての小鹿みたいになりつつ、周囲を見回す。
相変わらず木はあるけれど、雰囲気が違っている。
土の感じも少しだけ砂っぽさがでていて、小石も増えているように思う。
なにより、水音がかなり近くから聞こえてきているので、ほんの数メートル進めば川も見えてくるだろう。
「ふぅ、なんとか今日中に見つかったぁー…ああ、よかった。次は寝床探して、乾いた木を拾って、ついでに集めてた蔦で罠を…いや、川確認してからだよね。綺麗なら魚も期待できるけど汚れてたら罠作るだけ無駄だし」
目的を達しかけていることで少しだけ余裕が出てきた私は、さっきの怖かったことも綺麗さっぱり忘れて川へ向かった。
この時の私は、本当にすっかり忘れていたんだ。
私がいる場所がかなり特殊だってことも、ついさっき見た影のことも、一流と名高い我が上司様がなぜこの場所で実地研修なんて胡散臭いことをしているのかも。
多分、これからが私にとっての本当の始まりだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
話の長さは…まぁ、バラバラです。はい。