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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
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【薄い金属越しに悪意ある接触】

まだ、中にいます。

おかしいぞ…?助けに来させるはずだったのにおかしいぞ。

次、靖十郎視点になるかもしれません。



 唐突に意識が浮上した。




寝起きと同じようにぼんやりしていた脳みそが覚醒してきたからか、自分の状況を思い出して思わず口元がヒクッと引き攣ったのがわかる。


 目だけを動かして周囲の状況を探っては見たものの、基本的に真っ暗でよく見えない。

それでもじぃっと目を凝らすとなんとなく周囲の輪郭が分かるようになってきて、唯一外の様子が見られる隙間に目を凝らす。



(夜か。まぁ、そうだろうな~とは思ったけど……夏でよかった。冬なら凍死してそうだもんね)



でも、まぁちょこっとでも入口が開いていることはいいことだと思う。

声を出しても聞こえない可能性が高いけど、それでも聞こえるかも…っていう希望は大事だし。

 何気なく手を動かして指先に冷たい、金属の感触が伝わってきた瞬間驚いて手を引っ込めた。



「手、動いた!なんだ、このまま出られそ―――…ぐぇっ!?」



 はい。甘かったです。


失神する前には動かなかった手が動かせてロッカーの戸に触れられたから出られる!と思った私は、中から思いっきり体当たりして脱出を試みたんだけど、足が動かない。

しかも、首には紐っぽいのがかかったままで、うっかり自滅するところだった。


 恥ずかしくなって周りを見回して自分がロッカーに一人きりで閉じ込められていたことを思い出し、ほっと息を吐いた。

いや、閉じ込められてる状況で安堵するのもどうかとは思うんだけどさ。



「でも別の空間って訳じゃなさそうだし良かった良かった。あとは誰かが見つけてくれることを願うしかないけど……ここ、人来ないって聞いたしなぁ。流石に三日閉じ込められたらお迎え来るよね。あの世辺りから」



 口から出る声のトーンは自分が思う以上に暢気だった。


 引き込まれた瞬間に“アチラ側”に片足どころか全身突っ込まれる覚悟はしていた。

アチラ側っていうのは…まぁ俗にいうあの世とこの世の境目のこと。

霊道や霊場と似たような性質を持っていて一度落ちてしまうと自力では出られないことが多いらしい。


 霊道は霊の通り道、霊場は霊のたまり場を指す。

そこからの脱出するなら自分で打ち破るか“外”から助けてもらうしかない。



「これはお手上げだわ。八方どころか全方向塞がりって感じ」



 ―――…助けてくれる人なんて誰もいない。

だって、誰も、手を差し伸べたりはしてくれなかった。

声どころか視線すら合わなくて。

近くにいるのは憎くて大嫌いな奴らだけでそいつらは俺を人として認識していないから。

情けない許しを請う声も零れる呻きも涙も誰にも届かなかった。



「だから死ん…――――うん?」



自然とそんな想いが浮かんで、あれ?と目を瞬かせる。



(私、今何を考えてたんだろう?っていうか、今の思考完全に私じゃなかったよね?だって、まだ死んでない)



 呆然とした。

禪に助けられて、早速調査しようって一応できる限りの準備もしたのに、コレ?!



(こんな暗くて狭くて埃っぽい場所で死ぬの?まだ何も解決できてないどころか、何一つ出来てやしないのに?須川さんができるって任せてくれた初めての仕事で、葵先生も禪も協力してくれてるのに?あっけなくここで死ぬって…ナニそれ)



 驚愕の後に言いようのない怒りが込み上げてきた。

死の恐怖なんかよりも期待に応えられないのが悔しくて、靖十郎が危ない目にあった時の不甲斐なさを、禪に助けられた時の罪悪感と苦々しい気持ちが急速に怒りへ変換されていくのが分かる。

 怒りは―――…最終的に音になった。



「…か…、だれ、か」



冷や汗は止まらないし、息もしにくい。

心臓がドックンドックン全力で抗議してる所為で、耳の奥からも、体中にも響いてるのに。

頭にだけは恐怖や不安とは違う色合いの血が回っていく。


 そう、この空間は怖い。


暗いのは嫌いじゃないけど、この暗さは、息苦しさは、狭さは、駄目だ。

逃げ場はどこにもない。

恐怖と焦りと怒りが体の中に燻るどころか凄い勢いで陣取り合戦してるのがわかる。





「っん、の。ここから出せぇぇええぇぇぇええ!!!」





腹の底を出発地点として喉を通って口から凄い声量の怒声が飛びだした。

その思いつく限りの罵声を口にしていく内にどんどん気持ちが楽になって、不安が、恐怖が薄れていくのがわかる。


 だから「あけろ~!」だの「出して~!」だの声を出しながら全身を使って抵抗してみた。

ま、無駄だったけどね!



「だ、駄目か…やっぱり」



ぜぇ、はぁ、と全身で息をしながらぐったりと自分を雁字搦めにしてる紐に体重をかける。

わかってはいたけど脱出は失敗。

ちょっとやそっとの事じゃ外れないのは分かったからもうハンモックの代わりにさせてもらうことにしたよ。

 どーせ中からは出られないんだし。



「シロとかチュンも喚べないみたいだし、どうしよっか」



カラオケやら修行やらで日頃から声は出してるから声出すだけなら長時間でも問題はない。

 でも、喉は乾きそうだから朝になるまでは黙っておくつもりだ。

体力は温存しなきゃね。

散々叫んで暴れた後だから今更感が否めないけど!


 首に巻かれた紐も余裕がないわけじゃなさそうだから体重のかけ方を少し変えて、頭を支えるちょっとした枕に成り果てた。油断すると締まりそうだけど割と快適だ。

紐だけど、首以外の箇所に巻きついた紐はじわじわ体に食い込んできているから絶対痕になってる。



「絶対痣が無くなるまで銭湯には行けないなぁ。体中縛られたような痕が残った状態を見たおばちゃんたちの反応が怖すぎ……る…?」



ご近所さんにあらぬ性癖の持ち主だと言われるのは色々とキツい。

須川さんだって面白がって私のことを弄るだろうし。

 そこまで考えてロッカーに引きずり込まれた時以上の寒気が全身を襲う。

脳裏によぎるのはキラキラした上司様の笑顔。




「い、嫌だぁぁぁあ、上司や地域の人にドM認定されるのだけはぁぁぁあ!!ああ、もうほんとにだーしーてぇぇぇえ!!ああぁああぁ、もう誰か通んないの?!」




声にならない声を出し続けてしばらく、耳が聞きなれない音を拾った。


 はっとして耳を澄ませると確かに聞こえる、草を踏む微かな音。

じぃっと探る様に意識を研ぎ澄ませてジッと外の様子を窺う。

目を細めて微かな隙間から変化を見逃さない様に目を凝らしていると確かに、自然のものではない明かりが見える。


 明るい範囲からすると恐らく、スマホか何かのライトだろう。

懐中電灯のものではないが眩しいその光に私は思わず声を出していた。



「っ!よかったぁあぁぁあ……ねぇ、そこの君!悪いんだけど、一番端っこのロッカーを開けてくれるかな?出られなくなっちゃったんだ」



情けないけどこれしか言いようがない。

 時間外に何やってんだ、とか言われるかな?なんて思ったけれど夜に出歩いている時点で人のことをとやかくは言えないと思うし。



「はぁ。ホントもう助かった……流石にこのまま閉じ込められるのはキツくって」



嬉しさのあまり滲む視界と足の力が抜けていくほどの安堵感に口元どころか表情が緩む。


 近づいてくる気配と光にじぃっと見入っているとスニーカーを履いた靴がぬっとプレハブの中に入ってくるのが見える。

だけど、顔だけは深めにかぶられたパ帽子とライトの所為で上手く見えない。

 初めは幽霊とかかも?なんて考えもしたけど霊的な気配はないし、幽霊は多分スマホを持ち歩かない。



「――― こんな場所でさ、何してたの?」



少し高めの男の子の声。

高校生であることは分かるけれど隙間から見える人物はどちらかと言えば線が細くて文系っぽい。


 背は低くも高くもない、平均。

 特徴らしい特徴もないんだけど、妙に目が惹きつけられる変な感覚。



「何、って……ええと、その…ゆ、禪から!じゃなくって生徒会長からプレハブに何があるのか見てきて欲しいって頼まれて手伝ってたんだ」



我ながら上手い言い訳だと思った。

禪には後で勝手に名前出したことを全力で謝るけど。


 第三者に割と説得力のある言い訳ができたことに胸をなでおろす私をよそに、顔の見えない“彼”は私の想像の斜め上をいく言葉を口にする。




「ふぅん。ってことは、生徒会長も『正し屋』の協力者ってことか」



妙に静かな声だった。

数秒を置いて彼の口から利くとは思わなかった自分の所属する会社名を認識して、思考が一瞬停滞する。



「………はい?」


「見た目通り鈍いね。大した実力もない癖によくもまぁ、あの『正し屋』に取り入れたもんだよ。ってか、あの須川って男も見る目ねぇんじゃん」



あーあ、つまんねーの!

まるで子供が八つ当たりするような、拗ねたような声と共に小さな舌打ち。


 え、と思わず口の中で呟いた私の声が聞こえたのかどうかは分からない。

甲高く耳触りの悪い大きな音が響いてびくっと体が跳ねる。

どうやら、隣のロッカーを少年が蹴り飛ばしたらしい。



「ははっ!ビビッてやんの。あ、そうだ。江戸川、お前そっから出たいんだよな?プレハブの鍵と入口は開けといてやるから、頑張ってさっきみたいに声だしとけよ。もしかしたら『オトモダチ』が助けに来てくれるかもしれないし」



口元が辛うじて見える彼から紡がれるのは明確な悪意を持った言葉。

嘲笑に似た笑顔を張り付けてロッカーの中の私を見ているのがわかった。



「いやいやいや、君が誰なのかは知らないけど、折角来たんだからロッカーのドア開けるくらいしてくれても」


「はァ?なんでオレがそんなことしなくちゃなんないワケ?見た目も大概能天気だけど、頭ん中までお花畑かよ」



付き合ってらんないね、と吐き捨てて少年はあっさり踵を返した。

何処か楽しそうな鼻歌と共に遠ざかる足音。


 ドアに鍵を掛けたり入口を閉める音は聞こえなかった。

一体なんだったんだろう、と思いはしたけどショックは思ったよりもない。



「……うん、とりあえずよく分かんないけど考えてみよう」



時間だけはたっぷりあるし、と立ち去った少年の言葉から読み取れることを整理していく。



(まず『正し屋』の存在を知ってる。私の名前も、須川さんの名前も知ってたのを見ると顔も知ってる。ウチってHPなんて作ってないからお客さんだった、とか?あ、でも男子高校生なんて店には来てないしなぁ)



私の知る限りでは、と彼の言うお花畑な脳みそを使ってあーでもない、こーでもないと色々考えてみる。

 でもどれだけ考えたって、該当する人物には思い至らなかった。

声も聞いたことがない声だったし、顔はそもそも見えなかったから分からない。

背格好だけは分かったけど標準体型の高校生なんてたくさんいる。



(まぁ、彼が二度と私を助けに来ないってことだけは確かだけどね)



助けを求めるのをあきらめてため息を着いた私は、目を閉じて体の力を抜く。

怒った後って凄い疲れるんだよね。

声も出したし。



「そういえば明日ってお休みだっけ?ああ、でも朝練してる生徒がいそうだし……なんとかなるかも。葵先生だって私がいないことに気づいてくれるだろうし」



寝転がることも出来ないミノムシ状態の私だけれどもう今日はこのまま夜を明かさなければいけない。


 晩御飯も食べ損ねたし、お風呂だって入れてない。

ついでに言えばいつトイレに行きたくなるのかもわからないある意味究極の最悪な事態。

発見された時に色々漏らしてたら色んな意味で生きていけないかもしれない、わりと切実な問題にも気づいたけど、これもやっぱりどうしようもないんだよね。



(なんかもう笑うしかないや)



今を時めく七不思議の現場で一人、暗く狭いロッカーに閉じ込められたまま…―――ずぅっと気づかれなかったら?

 考えないようにしていたもっとも可能性の高い事態が脳裏をよぎったけれど、気付かなかったふりをして私は目を閉じる。




鬱々とした負の感情や、悪意を伴う異常現象がひたひたと忍び寄ってくる足音が、気配がすぐそこで聞こえる気がした





ここまで目を通してくださってありがとうございました!

誤字脱字変換ミスがあればお気軽に!あと、メッセージとかなんかがあればお気軽にペロッとどうぞ。


ブックマークとか評価がじわーっと増えて嬉しいです。ありがとうございます!やっほー!

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