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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
75/112

【大祓いの儀 後】

 禪視点の後篇です。

何とか今月中に更新できてよかったなーという想いで胸いっぱい。

一応、虫的が出てくるので苦手な方は目を細めてみなかったことにするか、シックスセンスを働かせて回避するかしていただけると嬉しいです。

……書いていて自分なら御免だと心から思いました。


※18/11月14日に一部加筆しています。




 顔に浮かんだ汗がまた一筋、輪郭をなぞる様に伝い落ちていく。



 長く複雑な祝詞を絶え間なく紡ぎながら、印を結ぶ。


本来ならば二人で分担する作業だ。

一人で出来るようには仕込まれてはいるものの、中々に堪える。

集中力を保つのに必死で他の思考が全くできない状況だった。


そんな状態でも確実にわかることがあった。



(完全に魂を取り込もうとしてるな)



ベッドに四肢を拘束され苦悶の表情を浮かべているルームメイトは手首や足首に御神酒を染み込ませた麻縄を今にも引きちぎらん勢いで抵抗している。


 首から上はまだ“優”のままらしく体から魂を引き剥がそうとしている“なにか”と戦っているようだ。

大きな瞳と小さな唇は何かに耐えるようにきつく閉じられ、眉間には深い皴。

目尻からは絶え間なく涙が伝い落ちている。



(侵食のスピードは少し落ちてきたが…まだ一、二割といった所か)



詠唱を続けながら対象者である優に御神水を振り掛け、右手側に置いた十はある榊を一つ手に取る。


 赤黒い穢れに覆われた体の中をみまわし、一番瘴気の薄い右手に榊の葉を触れさせて、少しずつ穢れを移していく。


葉は触れた傍から萎れ、そして枯れる。


それを繰り返し、榊の葉を三つ使用した所でようやく右腕の瘴気が取れたが、右足は五つも使用した。



(侵食が深いな……媒介を少し大きくするか)



榊の葉ではなく、木皮で作ったヒトガタに替えて左足に御神水を振り掛けてから札を足に触れさせると触れた傍から黒く焦げたような臭いがし始める。


 続いてヒトガタを三枚使った所で左足も綺麗に取れた。


後は胴と首、そして左腕。

胴は六枚。

首には十枚使って清めた所で残った左腕を見据える。



(今の所は“順調”で失敗もないか)



 事実を確認して、最後に左腕に移った。

御神水からお神酒に換え、木皮で作ったヒトガタを翳した瞬間に弾けて粉々になった。

飛び散った木片は黒く変化している。



(わかってはいたがまさか木端微塵になるとは)



 次に手に取ったのは数珠。


手元に在るだけ用意してはいるが数は七つしかないのでこれで間に合わなければ、須川先生から貰った札を使うしかない。


 一つ目の数珠は三秒で真っ黒になり、二つ目は十秒。

三つ目でようやく半分が染まった所で優の左腕を覆っていた穢れが一部を除いて消え去った。


 左指に残る小さな傷痕に数珠を触れさせ、上からお神酒を掛ける。

抵抗するように震える指先から じわり と靄のようなものが滲む。



変化は急速。



それは徐々に量を増し、形状はきりとももやともつかないままだが、ヒトのような形を創り出す。

ヒトの気配がしない赤黒い色のソレを優の中から引きずり出すべく、祝詞を切り替えた。



(掴んだ…ッ!このまま引きずり出せば……)



引き剥がそうとする力――つまり祝詞と僕の力に抵抗するように、ソレは抵抗する。

目には見えない力の駆け引きの中で感じたのは、強い大地……いや、樹に似た気配。



(樹だとすれば神木か?)


力を分析しつつ、少々分が悪いと思ったので今まで進行を抑えるように力を使っていた水虎に視線を向ける。

式だけあって正確に伝わったらしく、引きずり出すために使っている力が増した。


 僕らの引っ張り出す力が強くなったことで優の中に潜んでいたソレが小さな傷口から這い出てくる。


ズルリ 若しくは ぬるり だろうか。


 効果音で表すならばこういう表現になるであろうソレは、傷口からはい出した時、肥え太った蚯蚓みみずもしくは蛞蝓なめくじのようだ。


 粘着性を帯びた鈍く光り輝く赤黒い人間の皮膚に似た、得体のしれない物体。

おおよそ体長三十センチほどが細く頼りない指先から出てから、優の体から穢れが完全に消えたのが分かったので、再び祝詞を変化させる。



 現在執り行っている『大祓いの儀式』は段階に分けると大きく三段階に分けられる。


 先ずは“洗い出し”と言われる段階。

これは体や魂内部に入り込んだ異物を形代に移し、薄める第一段階。

 次いで“締め出し”と呼ばれる段階。

体内や体内に巣食うものを体外へ出す作業で、第二段階とされている。

 最後に“浄化の儀”と呼ばれる最終段階。

体外へ出したものを消滅または浄化させるのが目的で、これをする前に宿主に戻らないよう結界を張りながら眼前の者と戦う必要があるので一番難しい段階ともいえる。



 優の体を護るための結界は水虎に任せる。

今の自分の力量では同時進行はできそうにないからだ。

水虎の持つ結界術は当主である父よりも強い。

これで目の前の者が神であろうと優の体に戻ることはできない筈だ。


 案の定、気味の悪い蛞蝓なめくじ状のソレは宿主の中で増幅された穢れをとどめておくことができずに膨張し続け、やがて――――……破裂した。


幸いにも、その前に水虎が僕にも結界を張ったお蔭で血液を凝縮させたような不浄を被ることなく事なき終えたが。

 弾け飛んだ穢れの塊から発生した不浄の飛沫は、唱え続けている祝詞によって徐々に“在り方”を変えていく。



 それは壁や床に映し出される、という形に変質した。


まるで実体のないテレビ画面が室内を埋め尽くしているように途切れることなく人の歴史が映し出されていく。



(走馬灯現象か。これほどのものは初めて見たが)



 色褪せたようなセピア色のものから、白黒で今にも消えそうなもの、色鮮やかでどこか見覚えがあるようなもの。


楽しかった記憶を探す方が難しい苦痛と遺恨と苦悶に喘ぐ声と映像が床にも壁にも天井にも映し出される。

 

祝詞は唱え続けながら解決のヒントになればと目を凝らす。


 “走馬灯現象”というのは文字通り、古い映像を再生するように記憶が表面化することだ。

まぁ、時と場合と状況、対象の状態などで現れたり現れなかったりするのだが、大祓いの時には大概、視ることになる。


 室内を埋め尽くす映像たちに目を走らせていて、ふと気づいたことがある。

映像は……色鮮やかなものが多いようだった。



(生徒や教員の犠牲者はやはり三年前から不自然に増えているようだ)



調査をする過程で亡くなった時期や簡単な個人情報は調べたからこそわかったことでもある。


 全国の高校でも死者がゼロという学校は少ないだろう。

死の原因が自殺以外の事件事故病死を含めて、だ。

何せ、基本的に長い歴史のある学校には様々な生徒が集まるし、交通事故や病気などはいつ起こるとも知れない。



 途絶えることなく続けている詠唱のお蔭か、映像は徐々に少なく、飛び散った穢れも浄化されつつ在るようだ。

徐々にノイズ交じりの、古く不明瞭な映像が増えていく。



 最後まで残っていた映像には、何故か女子生徒が映っていた。

顔までは分からないが服装や雰囲気からして中学生か高校一年生だろうと推測する。



(浄化が終わり次第、三年前のことを調べてみるか。幸いにも担当教諭もいる上に閣僚の寮長に話を聞けば大体わかるだろう)



 自分にできることは限られているのだ。

目の前で眠るルームメイトが解決に向けて彼なりに考え、動いていることは知っているし実際に目にしてもいる。

依頼をしたとは言っても自分の通う学校の事ではあるし協力できることは協力したいと思っているので、情報を収集し纏めたうえで彼に渡すくらいは何の抵抗もない。



(僕の修行も兼ねているし、生徒会長として校内環境を良くするのも務めだろう)



視線を優へ向けると顔色は普段と何ら変わらないくらいまでに改善していた。

全身に広がりつつあった穢れの残滓もなく、至って健康と言った所だろう。


 一瞬の思考の後に意識を目の前のノイズ交じりの映像へ戻せば、映像が尽きる所だった。

焼き切れるように、虫に食われているかのように穴が開いていくノイズ交じりの映像を警戒しつつ、懐から『大祓いの儀』専用の憑代を取り出す。


 清められた神聖な憑代は髪を宿らせることも出来るものなので事足りるだろうと判断し、終結へ向けて祝詞を、言葉を紡ぐ。



あと一息といった所で……妙な感覚が皮膚を通して伝わってきた。

それは何処かで感じたことのある神気。

訝しさと共に違和感を覚えてそちらに気を取られた……一瞬のこと。



(―――……くっ!まずい……ッ)



 対象は 一瞬の気の緩み、綻びを見逃さなかった。


優から僕へと標的を変えていたソレは最後の抵抗若しくは悪あがきと言わんばかりに、僕へ乗り移るべく此方へ向かってくる。


 水虎が慌てて結界を強くするのを感じながら、印を、呪文を唱える速度を上げる。

終わりまではあと少しだ。


 僕を覆う結界を破るには時間がかかるのは分かっているので破られる前に儀式を完成させるしかない。

仕上げをしくじれば、今までしてきたものが無駄になる。


 消滅しそこなったそれは優の体へ戻り、再び蓄積し増幅していく。

始末が悪いことにこの術が失敗すると祓いの儀式に対する“耐性”を付けてしまうことも多いので、僕より力の強い者が再び『大祓いの儀』を執り行わなければならなくなる。

僕より力の強い術者は兄二人と当主になるだろうが、今年儀式を行えるものはいない。


 襲い掛かる穢れは、僕や水虎と対極の性質を持っているので失敗は僕の命にも関わってくるだろう。

後遺症が残るだけならまだいいが、楽に死ねないことは確実だ。


 なけなしの意地とプライドで詠唱と印を切っていると、突然僕から穢れを遠ざけるように光が走った。

 術に影響がないよう、最大限に考慮されたその攻撃は姿を消しているはずの優の式が放つものであった。

 僕の式は結界を張るので力を使っているので攻撃などは到底できない。

優だけでなく僕までも護る様に結界を張っているので余力などないのだ。


 シロと呼ばれる式が放った雷は穢れを消すことがないよう加減されていたらしい。

最終的に穢れを消し去ったのは完成した『大祓いの術』だった。


 水分が蒸発するような音を立てて呆気なく消え去った不浄なるもの。

暫く気配を探り、完全にその形跡が消えたことで漸くずっと唱えていた祝詞を終わらせた。

 達成感と脱力感に今にも倒れ込みそうになるが、儀式は片付けるまで続くのだ。

気合を入れて、気力だけで二礼二拍手一礼をし最後に大きく柏手を打ったところで視界が揺れた。



 激しい眩暈と平衡感覚が狂ったような、視界がまともではない中、鈍くも鋭い頭痛に耐えきれず床へ倒れ込みそうになる。

 とっさに腕をついた所は優の体の上。

軽く沈み込む柔らかな感触に目を向けると丁度胸のあたりに自分の手があった。

微かな違和感を覚えつつ“仕上げ”の為に重たい体を引きずって顔を優のそばへ近づける。


 本来の儀式ではあまり使わない手段だった。


自分とは異なるまろい頬。

ふっくらとした唇を完全に覆うように気を付けながら、自分のそれで完全にふさぐ。

 固く閉ざされた唇を舌でこじ開けて、隙間を作ってから思い切り息を吹き込んだ。

息を吹き込むのは、大きく3回。

微かな甘さと名残惜しさを感じつつ唇を話した瞬間、優はゴホッと体に溜まった空気を吐き出した。

 空気と共に体内に残っていた穢れの”残滓”が空気中に放出されてあっけなく溶けていくのを見届けてから、体が崩れるようにベッドへ沈んでいく。


 

 目を閉じて自分の体内を視る。

赤黒い靄はないモノの、疲労と消耗が激しい。

抗いがたい眠気が押し寄せて、僕は素直に目を閉じた。



(被ったか。ああ、だが……この程度で済んで よ  か  っ  た  )



式である“碧玉”が慌てているのを感じるが声を出すことも、指示を出すことも出来ない。

混濁していく意識と暗転する視界の中で珍しく楽天的な思考が脳裏をよぎる。



(――― 目が覚めたら、説教だからな……優 )



微かに感じるのは安堵感。

項垂れる情けないルームメイトの姿を想像して思わず笑みがこぼれた。



ここまで読んでくださってありがとうございます!

次は本来の主人公である優視点に戻ります。

さー……イベント山済みだぞー!(あ

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