【大祓いの儀式 前】
生徒会長である真行寺院 禪視点でお送りします。
文章が堅苦しく説明口調で…次回も続きます(ぁ
お付き合いいただければ嬉しいです
入学した時からこの学校が“普通”ではない事だけは分かっていた。
不穏な空気、多い浮遊霊、続く死亡事故。
寮でそれらを見ることは少なかったものの、先輩から後輩へと語り継がれるこの学校独自の“七不思議”とまぁ、この時点でかなり普通ではないことは確かだ。
一人部屋であることや実家が“そういう”系統であったこともあって時折“浄霊”や“お清め”をしたが、間に合っていない事だけは間違いなかった。
(気を付けろ、近寄るな、用心しろ、気付くな…――― 後は、何と言っていたか)
知り合った浮遊霊たちは皆口々に告げていた。
“一般の浮遊霊”とでもいうべきか、生きている普通の人間のように思考し、行動できる幽霊は皆、僕にそのようなことを告げて皆が皆、学校の敷地内に数か所あるらしい抜け穴から逃げていく。
人と関わるより霊と関わる割合が多い日々を過ごしていたある日の事。
浮遊霊たちが一斉に、騒ぎ始めたのだ。
“入れるのに、出られない”と。
どういう意味なのかと問えば文字通り、外――学校の敷地外から敷地内へ入ることはできるらしいのだが、その逆はできないというのだ。
出る方法は敷地外へ出ていく人間に一時的に憑依するしかない、というのだから思わず顔を顰めた。
流石に一般の生徒を憑代代わりにする訳にもいかず、ランニングがてら可能な限り霊を憑依して敷地外に出していたが徐々に追いつかなくなってくる。
入ってくるモノの数が明らかに多いのだ。
それも、時間を追うごとに一般的な霊ではなく、悪質な者の割合が増えていった。
どうにかしないと支障が出ると考えていた矢先に担任の教師やその場に居合わせた教師にお祓いなどができるのかと聞かれた。
何故そんなことを聞くのかと問えば“幽霊を見た”という。
それは教師だけでなく、一般の生徒たちからも目撃談が上がっているらしく不気味に思って、実家が寺である僕に聞いてみようと話していたらしい。
実家が寺である僕に”そういったこと”をしているか確認した上で、僕に電話を掛けてほしいと頼んできた。
あまり気は乗らなかったが当主である父に相談するといくつかの解決策を提示される。
結果、僕は教師らに『正し屋本舗』という会社に依頼してはどうかと提案することになった。
父曰く『正し屋本舗』という会社は縁町にある小さな会社で、“その筋”での知名度と実績は非常に高いという。
経営者は年若く会社が立ちあげられて十年と経っていないにも関わらず、実力は業界一とも言われているらしい。
和と洋が調和した縁町という土地に会社を構えるだけあって、神事にも深く関わっているとも聞いていた。
縁町は古来より強い力を持った十二の土地神が街をぐるりと囲むように存在している特殊な地だ。
ここは人間と妖怪、神仏、霊などが交わり共に共生している特殊で稀有な土地である為、ひと月に一度その月を司る土地神を労わり、楽しませる祭りが開かれる。
この祭りは“必ず行わなければならない”とされており、長い歴史の中で祭りが行われなかった翌月には大規模な災害が各地で甚大な被害をもたらした。
縁町で災害が起こらないのは神々が自分の愛する土地を壊したくない、傷つけたくないからであろうと言われている。
そんなことから、年中祭りを体験できる場所としても有名なのだが……
新参者と言ってもいい『正し屋本舗』が広く知られるようになった切欠の一つに“神降ろしの儀”が関係していた。
長い歴史の中で十二月祭りで神降ろしの儀を行う会社や神社は三つほどあったらしい。
けれど、『正し屋本舗』ができた年に後継者の問題で一つが無くなった。
これを切欠に残りの二つも後継者争いや不幸が続き、神降ろしの儀を行う者がいなくなるという事態に陥る。
この二つの神社が神事を行えないと言い出したのが、祭りの一週間前のことで、混乱を極めたという。
―――…その混乱を収め、神事を滞りなく行ったのが『正し屋本舗』を立ち上げたばかりの見目のいい男。
その人物は、齢を判別しにくい作り物のような美しい容姿と穏やかな口調と物腰、なにより人を従わせる雰囲気を持っていたと皆が皆、口を揃えて言っていたそうだ。
この件以降、トラブルが絶えなかった二つの神社を助言のみで立て直し、神降ろしを担う“祭り当番”として広く認知されたという。
(正し屋ならば、と……思ったんだが)
初めから無駄だったのかもしれない、とその時の決断を一瞬後悔した。
目の前には“侵食”された『正し屋本舗』の従業員で同級生兼ルームメイトの姿。
初めて江戸川 優という人物を見た時に抱いた感想は“大丈夫なのだろうか”という疑問だった。
平和ボケしたような“こちら”側の人間らしからぬ空気を纏う同級生は『正し屋本舗』唯一の従業員であると経営者兼責任者でもある須川先生から保障されたのだが、少なくとも優秀そうには見えない。
実際、行動や言動などを見ていても居たって普通の生徒でしかなかった。
見直したのは初回の夜間調査に同行した時。
霊刀を使いこなし、意図も容易く“穢れ”を祓ったことに正直、驚いた。
本来“穢れ”が形を取ると一気に払うのが難しくなる。
悪霊や怨霊でいうならば中の上程度の力がある為、素人や見習い程度では祓えず、安定して祓えるのは一人前若しくは実力者からとされているのだ。
―――…意図も容易く、躊躇もせず、恐怖することもなく穢れを斬り捨てていく姿は頼もしくもあった。
(実力があるからこそ“侵食”もこの程度で済んでいるのか)
青白い顔でベッドに横たわるルームメイトの額には脂汗が浮かび、表情は苦しげだ。
保健医である白石先生を呼ぶにしても検温などがしやすいようにしておいた方がいいだろうと、学生服の上着を脱がせた所ではっきりと首に残る痣が視界に入る。
よく見ると左手首にも同じような痣が認められた。
その指先は既に赤黒く変色してきているのを確認し……―――式神を喚んだ。
音もなく現れた式が普段とは違う様子に一瞬戸惑ったような様子を見せたものの、大人しく僕の足元で指示待つ体勢を取っている。
「―――… 治せるか」
簡潔な問い。
それだけで付き合いの長い彼には十分だった。
『申し訳ありません、今の私には進行を抑えるだけで精一杯です』
「ということはお前よりも格上か……確か優の式もお前と同等程度の力だったな。流石に防げなかったか」
水虎は本来、治癒や防御の力に長けた種だ。
大昔の日本では子供や人の命を奪う河童たちを使役していたとされているが、後に神格化されこのような力を身に着けたと言われる。
こういった経緯で力をつけ神格化された妖怪や存在はそう珍しくはない。
ちらりと優のベッドの足元を見ると今にも消えてしまいそうな白い狛犬の姿と夜泣き雀の姿があった。
“枯れ井戸”で倒れた優を部屋まで運んだのはシロという名を与えられたこの式だった。
まぁ、ベッドに横たえてからはずっとこの調子だが。
(主人を護れなかったという事実は式神にとってかなり堪えるというのは事実らしいな)
アレだけ警戒していた僕や僕の式がこれほど近くにいても悔しそうに睨みつけるだけで動かない。
それは狛犬である“シロ”の能力が治癒に向かず、万が一にもこの状況を打破することができないと知っているからだろう。
弱弱しく苦しげな呼吸音に感じたことのない居心地の悪さを覚えつつ、足元にいる式が時折心配そう視線を優に向けていることに内心とても驚いた。
自尊心の高い僕の式が見返りを求めず、指示もないのに“侵食”を食い止めているという状況は恐らく今後、滅多なことでは遭遇することはないだろう。
須川先生からも事前に聞いていたが目の前の同級生は目に見えない生き物に好かれやすい体質だというのは本当の事だったようだ。
まさかこのような事態に陥って実感するとは思わなかった。
「“碧玉”に問う。成功率は如何ほどだ」
『……今宵なれば五分五分、夜明けであれば三割七分かと』
想ったよりも確率がよかったことに驚いたがこの言葉が決断の切欠になった。
やるべきことを定めてしまえば用意は後は行動するだけなので、川蛍に伝言を乗せて当主である父に“実行”を知らせる。
「これより、僕は真行寺院に伝わる“祓いの儀”を執り行う。時間が時間だ、来訪者はないと思うが室内に結界を貼る。これは結界内部場を清め、穢れや悪霊邪神等の類には効果的だが、外部からの干渉にはかなり脆い。つまり、ドアを開けられたらお前たちの主の命はないと思え」
事実を伝えると優の式達は直ぐに部屋の外へ出て行った。
どうやら、彼らは部屋の外を警戒することにしたようだ。
「主の指示がなくともこの程度ならば理解できるようだな」
基本的に指示がなければ式は動かない。
というよりも、具現化すること自体が稀だ。
「碧玉。お前はそのまま進行を食い止めておいてくれ。可能なら…そうだな、ある程度瘴気を祓ってくれると助かるが無理はするな」
指示を出しながらクローゼットの奥から“万が一”の為に持ち込んでいる儀式のための道具を取り出す。
僕の実家である真行寺院にのみ受け継がれる“大祓いの儀”という最上級の祓いの儀式がある。
邪神すら落とすことができると言われる秘術だが一度使えば最低二年は使えない。
父も二人の兄も今年は術を使えない。
今現在使えるのは僕一人だが、今まで“術の使用”を許可されていなかった。
けれど、高校二年生になってから当主から許可が条件付きでおりたのだ。
術が失敗した場合はそれなりの代償が必要だということで術を使用する際は許可を得なければならない、というのが条件の一つなのだが……それに非常事態は含まれていない。
(ルームメイトが死の淵にいるという状況は緊急事態、非常事態に十分該当する)
だから、と改めて気を引き締めた。
失敗はそのまま優の死だけでなく自分の命をも脅かすものだ。
実家で『大祓いの儀』を手伝ったり見学する機会もあったが、兄二人、真行寺院の血と名を継いでいる親族たちが様々な形で代償を払ったのを見てきた。
失敗の程度にもよるが症状や対象の強さで変わってくるが、命を落としかけ、今現在も静養している人間だっている。
当主曰く、失敗すると大体が式を抑えきれずに式もろとも喰われたり、対象が受けている呪いや祟りといったものを数十倍にしたものが降りかかる……というのが一番多いそうだ。
そういった事情もあって、一人前と認められていても一人で施術をすることは避け、複数で執り行うのが慣例であり暗黙の了解でもある。
(当主は恐らくこの学校に入った時からこういう事態を想定していたんだろう)
だからこそ、必要な道具を持たせ“条件”付きで許可を出した。
持たされた道具や祭具を机に並べた所で自分の体を清める為に清め塩とお神酒を手に風呂場へ向かう。
見慣れたユニットバスに水を張りながら服を脱ぎ、浴室内で禊を兼ねた精神統一を図りつつ、
目を閉じて手順を確認する。
万一にも道具などの不足がないか照らし合わせたが問題はなさそうだった。
「まずは……結界だな」
濡れた体をタオルで拭いて儀式用の服に着替え、身なりを整える。
結界を張るのは簡単なので唱えなれた呪文と使い慣れた道具で四隅に結界の基盤となる物を配置していく。
全ての配置が終わり、結界を張った後、そのまま新たに場を清めた所でベッドに視線を向けると先ほどよりも状態が悪くなった優の姿。
「考えても解決はしない、か」
覚悟はした。
少なくとも自分は目の前のルームメイトに命を懸けることができる程度には情を感じているようだった。
正直な所、優の煩わしくない距離感と気の抜ける能天気さに戸惑ったり呆れたりすることも多かったが……妙に居心地がいい。
(同じ世界を見ているという点でも貴重な人物だからか)
釈然としないが自分の中に在る感情に理由を付けて、最終点検を済ませた時の事だった。
怒りとも焦りともつかない咆哮にはっとして外部につながるドアへ向かう。
防音性が高い部屋なので、万一の為を考えたのが功を奏した。
全力でドアが開けられないよう抑えながらひやりとした汗が背筋を伝い落ちるのを感じる。
(今、この室内に入られると手遅れになる)
分厚いドア越しですら伝わってくる気配は『アイツ』のもので……何故、こんな時間にこの部屋に訪れたのかまでは分からない。
赤洞 封魔という男には強い力がある。
それは何度か顔を合わせた封魔の家族を見ても明白で、アイツの家の人間は他の者よりも“退ける”力が強い。
霊的なものを良くも悪くも排除してしまうので“視る”力はまるでないのだが、コイツの傍にいると視える人間が視えなくなることがあるのだ。
清水がそのいい例だ。
(声を出せはギリギリ…聞こえるか?)
整えた場を乱されては時間的に間に合わなくなるのは明白。
考えている時間などない。
ドアノブが回されるのが見えた。
「ッ……開けるな!!いいか、絶対に開けるな!!」
出来る限り声を張り上げると微かにでも聞こえたのかドアノブの動きが止まった。
数秒、回されたままのドアノブが動きを止め、小さな金属音と共に回されたノブが元に戻る。
息を顰めてじっとドアの向こうの様子を窺っていると諦めたのか気配が遠くなっていく。
この時気付いたが清水の気配もあった。
時計を見ると11時になってから5分ほど経過している。
急がなければ連れて行かれる。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
続けて投稿できるように頑張ります、はい。
…休みの日に書き溜めようとしてもなかなかストックができない……何故だ




