【疑惑の種】
あれ…おかしいな。
オカルト要素どこ行った?
うっかり紛れ込んだ日常編です。次こそは…オカルト要素を…!
あっという間に、というか気づいたら放課後になっていた。
机には授業で使う教科書がちゃんと出してあったことに少し驚きつつ、鈍いながらに動き始めた思考に我ながらげんなりする。
(任せてもらってるのに…結局、というかやっぱり須川さんがいないと何もできないのかな、私)
妨害が激しくて調査に同行できないと言われたのは、確かにショックだったけど…それ以上にこの学校、校内に須川さんがいないっていうのが一番堪えている。
私が呑気にしてられるのは須川さんがいるからっていうのが実は一番大きい。
元々呑気な性格だけど…でも“現場”では怖いことばかり起こるから、少しでも安心が欲しくて。
(これじゃあいけないのは、わかってる。わかってる、けど…)
須川さんが学校の敷地からいなくなったことはすぐにわかった。
理由?そんなの簡単だ。
「…ざわざわ、してる」
HRまでの短い休憩時間。
賑やかななのは生徒だけじゃなく、今まであまり目につかなかった浮遊霊や霊的な気配が一斉に活気づいたのが分かる。
時間帯が昼だからまだ大人しいけど夜だったら?
そんなことを考えてどうしよう、と声にならない声で呟く。
「?優なんかいった?ってか、さっきからボーっとしてるけど大丈夫か?熱中症とかになったらまずいし、俺なんか買ってきてやろうか」
私の様子に気づいたのは靖十郎だった。
心配そうに私の顔を覗き込む。
「え?あ、あー、うん、平気。ごめん、ちょっと眠くて」
「そーゆー感じには見えなかったけどな…ま、いいや。折角だしHR終わったら自販機めぐりにでも行こうぜ。この学校、色んな所に自販機あるんだ」
な!と嬉しそうに笑う靖十郎に私はうん、と特に何を考えるでもなく頷いた。
すると前の席に座る封魔も一緒に行くと言い出したので三人で校内の自動販売機を巡る謎のツアーが決行されることに。
いったいなんでこうなった?と首を傾げているとHRの時間になり、教員が教室へ入ってくる。
その様子を眺めながら内ポケットに入れている護符と鞄に入れている350mlのペットボトルを確認した。
(自作のやつだけど無いよりはマシ、かな)
陽が落ちている訳じゃないから危険度は高くないだろうと判断しつつ、気持ちを引き締める。
(不安に思ってても解決はしないし、この状況をどうにかしない事には帰れないもんね。頑張らないと)
丁度HRが終わったのでポケットからスマホを出し、メールや着信の有無を確認するけれど特に連絡はないようだ。
連絡って言っても須川さんは滅多に精密機器の類を弄らない…いや、弄れないから殆ど個人用のメールなんだけどさ。
画面を決してポケットにスマホを入れようとしていると後ろを振り向いた封魔がん?と何かに気付いたように声を上げる。
「あ?お前、こんなストラップつけてなかったろ」
「封魔…よくそんな細かいこと覚えてるね。まぁ、昨日の夜に付けたばっかりだけどさ」
見せて、というように手を出されたのでスマホを乗せると物珍しげにマジマジと香玉を観察し始める。
…多分だけど、お菓子のこと考えてるんだろうなー。
目がギラギラしてるもん。
「細かい細工だ…中に入ってんのは…香水の類か?どっかで…」
ぶつぶつと解析を始めたのでいつでも席を立てるように身支度を整えていると先生に呼び止められていた靖十郎がこちらへ向かってきて、私のスマホを持っている封魔をみて首を傾げる。
「なにしてんの、封魔。それ優のスマホじゃん」
「コイツが珍しいストラップしてたからよ、菓子作りのヒントになればと思ってよー。マジ細工がやべぇわ」
「どれどれ…あ、ホントだ。すっげぇなこれ。梅の花、か?」
香玉自体珍しいモノなので好きにさせておきながらちょっとドキドキしてる。
いやだって…値段が値段だし。
「おい、優。これどこで売ってんだ?」
「実はそれ貰いものだからわからないんだよ。あと、買うのはちょっと難しいと思う…高いし」
高校生でぽんっと10万出せる人間はかなり少ないと思うんだよね…成人してて稼ぎがあっても簡単に出せない金額だもん。
思わず遠くを見つめてしまった私の様子を見て二人が眉を寄せたり、首を傾げたりした。
「高いって…いくらするんだ、コレ。そりゃ、細工は凄いけどさ」
「一つで10万だってさ」
「じゅ…?!はぁあぁああ?!おま、そんなんスマホに付けんなよ!ってか、10万のストラップ貰ったって誰に!?」
ヤバい相手に無理やりとかそういうんじゃねーよな!?なんて慌てる靖十郎と若干引き攣った顔で「10万か…流石に買えねぇーわ」とぼやきつつ熱心に観察している封魔を見ながら私はゆっくり首を横に振った。
貰った相手が須川さんであることは言えないからだ。
…だって、一応教師と生徒ってことになってるし。
「色々あったの心配してくれたんだけどさ、お蔭でスマホなくせなくなったよ。スマホより高いんだもん。正直言うと持ち歩きたくない」
「だ、だよなー…10万か…値段聞くと途端に光って見えるっていうか畏れ多く見えるよな、コレ。盗まれないようにしとけよ」
うん、と頷いてスマホを返してもらうために手を封魔へ差し出すと無言で返してくれたんだけど…すぐにその動きが止まった。
「―――…なぁ、優って」
そこまで言いかけて周囲を見回した後、誤魔化すように髪を掻いた。
なんでもねぇ、と行ったっきり口を噤んだ強面の友人を見て靖十郎も首を傾げていた者の、すぐに気を取り直したらしい。
「とりあえず、HRも終わったし自販機巡りに行こうぜ!好きなの買ったら寮に戻ってさ、なんか食いながら…」
「悪ィな、ちょっと野暮用ができた。先に購買に行っててくんねぇ?後で行くからよ」
私と靖十郎は違和感を覚えたものの無理に引き留めることもないかと頷いた。
っていうか、最初は購買からスタートするんだね。自販機めぐり。
軽く手を挙げて廊下を進んでいった強面でがっしりとした背中が遠ざかっていくのを見送って、私たちはのんびり購買へ向かう。
廊下を歩いていると靖十郎が同級生や上級生、先生たちからプールでのことを心配されたり、無事だったことを喜んだり安堵する声なんかが多く聞こえてきた。
「(それはいいんだけどさ、なんか私…凄く見られてるんですけども)あのさ、靖十郎」
丁度、階段の踊り場に一足先に降りていた私は数段上にいる靖十郎を見上げた。
ついさっきまで同級生と楽しげに話していたからか少しだけ顔が赤いけど、私の声にきちんと足を止めてくれた。
私が声をかけて直ぐにちょこんと首を傾げる動作は…やっぱり女子力的なものが高く見える。
「どうした?あ、もしかして俺だけ話し込んでたのが気になったか?悪ぃ、今度…――」
「違う違う!ってか、それでイチイチ文句言うってどんだけ心狭いのさ。そうじゃなくて…その、一緒に歩いてた時に凄い視線というか好奇心丸出しって感じで見られてた気がして…あ。えっと、ごめん、自意識過剰っぽい発言で」
深い意味はないんだけど、と誤魔化すように笑うと靖十郎は何故か視線を泳がせた。
じっと動向を見守っていると靖十郎は頭を掻きながら階段を下りて隣に立った。
「靖十郎?」
「っ、プールで俺を助けたのが優だって広まってるから見られてるだけだろ。それに時期外れに編入してきたってことで珍しがられてんだよ」
「なるほど!それでか」
ぽんっと思わず手を打った私の横を靖十郎が通り過ぎ、数歩階段を降りた。
もう話は終わったのだろうと私も足を踏み出したところでぽつりと靖十郎がちょっと聞きづてならない事を口にする。
「―――…優は、その小さいだろ。それにどっちかっていうと女顔だし、ここ男子校だからさ、珍しいんだと思う。肩も薄いし、なんか体つきがやわらかそうだし…雰囲気もちょっと違うっていうか」
踏み出した足がピタッと止まった。
冷たい汗と妙な動悸で一瞬息が止まるのが分かる。
(どうしよう、これ。疑われてる事を喜ぶべきか、未だ疑いでとどまっていることを悲しむべきか…いや、仕事としては大変いい働きに分類されるかもしれないけど。っていうか体つきが柔らかそうって遠回しどころかダイレクトに肥えてきてるって意味だよね?!そ、そういえばこの学校に来てから高カロリーなものを摂取する機会が多くなってるような…!!)
そもそも怪しまれたところで仕事としても駄目じゃないの?なんて考えていると
「って、悪い。そういう風に言われるの嫌だよな…俺も小さいとかからかわれるといい気はしねぇし」
忘れてくれると助かる、と元気のない声で言われてはっと我に返る。
(危ない危ない、うっかり靖十郎に来た時よりも太ったか聞くとこだった)
私も靖十郎も妙に真面目な顔で階段を降り、購買へ向かった。
妙に気まずい雰囲気を纏ったままだったけれど賑やかな購買でどうにか普段通りの雰囲気を取り戻した。
「期間限定の商品って時々とんでもない味がでるよね」
「だな。ここの購買って結構変な味の商品仕入れるんだよ」
「仕入れ担当の人が好きなんだろーなぁ、こういうの」
私と靖十郎はしばらく、期間限定のコーナーから移動できずに並べられたいくつかの商品を眺めていた。
スルメのゲソとマーマレードジャムの奇妙なコラボって…いや、もう何も言わない。
背後でネタとして買って食べたらしい生徒が猛烈な勢いでトイレに行ったことも、なんかすごい匂いがしてることも。
「これ、ちょっとした兵器だよね」
「だよな…なんか見てるだけで想像したくもない味が…」
◇◇◆
優が持っていた馬鹿みたいに高くて精巧なストラップの送り主に思い当たる節ができた。
居ても立ってもいられずに職員室へ向かったのだが、目的の相手は所用で一週間ほど学校を出ているらしいことを保健医である白石から告げられる。
「で、封魔は何か須川先生にどんな用事があるんだ?急を要するものなら俺から伝えるけど」
「大したことじゃ……いや、丁度いいか。葵ちゃん、優と須川先生って“繋がり”があったりするか?」
真っ直ぐに向けられる深い赤の瞳と確信を持った硬質的な声に白石は内心目を見張った。
うっかりしている優のことを一瞬考えなかったわけではないが、確信は得られなかったために封魔に疑問をぶつけてみることにする。
「まぁ、編入生と同時期に編入してきた先生だから話す機会も多いのかもしれないけど…封魔はなんでそう思うんだ?」
なにかあったのか、と尋ねられた封魔はポケットに手を入れたまま煮え切らない表情を浮かべる。
話すかどうか迷っている様子に白石が首を傾げると観念したようにぽつりと言葉を発した。
「新しいストラップをしてたんだ。一つ十万っていう馬鹿みてーな値段の。貰いものだって言ってたんだがよ…そのちょっと変わったストラップから匂いがして」
「匂い?」
「あァ。どっかで嗅いだ匂いだと思って考えてたんだよな…そこらにある香水の匂いじゃなかったから思い出したってのもあるんだよ。優が持ってたストラップからした匂いは間違いなく須川先生のつけてる香水の匂いだった」
ただ、とそれが分からないんだと封魔は眉を寄せる。
白石はその様子を“保健医”の顔で聞き、不思議そうな表情を取り繕いながら内心では舌打ちとドロリとした重く醜い感情を持て余していた。
(須川先生も案外余裕がないというか…いや、むしろあれか…俺に対する警告、ついでに周りに対する牽制)
危なっかしくいい意味でも悪い意味でも素直な“部下”を心配しているのだろう、と事情を知る白石は察しがついたがそれを生徒である封魔に伝える気などはなかった。
「―――…うーん、もしかしたら遠い親戚とかそういう感じなのかもしれないぞ。まぁ、ないとは思うけど教師と生徒の間で何かあるんじゃないかって噂が広まるだけで江戸川にとっても須川先生にとってもいいようには働かない事だけは確かだ。だから、あまり広めんなよ」
「…はぁ、見くびんなよ、葵ちゃん。んなことする訳ねーだろ。優は大事なダチだぞ?」
「封魔ならそういうと思ったけど、一応な。念の為だ」
「っと、そろそろ行かねぇと…あいつらが待ってるし。んじゃ、葵チャン、あとでな」
慌ただしく購買がある方へ走っていく封魔に「廊下は走るなよー」と意味のない注意をして、周囲に人の気配がなくなったことを確認する。
「ったく、須川“先生”ってばどんだけご執心なんだよ。牽制が過ぎるっての」
面倒そうな、苛立ちを含んだ声は小さく、広い廊下に響くことはなかった。
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