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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
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【夢と授業】

 毎度毎度遅くなって申し訳ありません。


更新ペースは落ちるものの必ず完結させてみせ……ます、ええ、完結目指しますとも!!

気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

すすまねぇなぁ…(遠い目



 ああ、これは夢だなぁと人ごとのように理解と納得をした。



深い闇の中で、底も天もないような空間で誰かの声がする。


 苦しそうで、悲しそうな声は男でも女でも大人でも子供でも老人でもない。

なんだかなぁ…って困ったような、でも惚けたような言葉は暗闇に、静寂に押し込められる。



(こういう夢って大体起きた時に覚えてないんだよね)


下らない、何の関係もなさそうな夢なら覚えてるのに、と思いながら目覚めを待っていると新しい展開が。



 蝋燭のような、音。



聞こえてくる音の中で一つだけ強い感情を訴えてきたのは、



(若い男の子…だ。声変わりが終わって少ししか経ってない…高校生、くらいの)



縋るような男の子と男性の狭間にいる、年若い声。


蝋燭から蝋が滴るようにポタポタと痕を残していくような声は徐々に輪郭を持ち始める。


より大きく、より強く、より明確に、より強い感情で。



 一方通行な訴えは徐々に勢力を増して周囲の闇がざわめき始めた。


反響して、反芻しながら広がっていく。

じわりじわりと一部を見せつけるように近づいてくる感じは正しく、あれだ。



(昔サメに食べられる系の映画でBGMに使われてた曲みたいな?)



うわーと思わず現実逃避を試みるのが私にとっての精一杯の抵抗。


夢の中の私は無力だ。


 ううん、夢の中だけじゃなくって現実でも無力で情けなくて人に迷惑ばかりかけてるけど。


容赦無く剥き出しの感情をぶつけて、押し付けてくる声は確かに怒りや憎しみに満ちていたけれど悲しみや寂しさという胸をキュッと締め付けられるような感情も見え隠れしていたから…少しばかり余裕があったのかもしれない。



たすけて



意識が浮上する間際に聞こえたのはこの言葉だった。





◆◆◇




 自分の席で机の引き出しから筆記用具やノートを出しながら、何気なく周囲を見渡す。


学生独特の熱気というか元気というかパワーというか…とりあえず今の私には到底出せないような眩しさに目を細める。



(学生時代に戻ったみたい、なんて思ったけど…やっぱ時間って戻らないもんだなぁ)



そりゃ元々元気爆発!な感じじゃなかったけどさー。

順応力が高すぎるってよく友達には言われるけど、年相応のテンションを再現するのはちょっと無理だ。



(そういえば高校の時は修学旅行中に迷子になって、交番でお巡りさんと事情聴取待ちの人を相手に大富豪したっけ。楽しかったなぁ、お菓子も食べられたし、最後は事情聴取されてたツルツル頭のオジサンに車で集合地点まで送ってもらえて助かったし!)



 懐かしいなーなんて思いながらクラスメイトに話しかけられて無難に会話を楽しみながらふと気づいた。



(って、あれ?いい年して男装してる上に自分よりも年下の男の子達に囲まれても違和感なく馴染んできてるって女として色々ダメなんじゃ…?)



なんて声に出さないまま頭を抱えているとトイレに行っていた靖十郎と封魔が戻ってきた。

 靖十郎は二時限目の途中で帰ってきたんだよねー…昨日は病院に一泊したらしい。



「あー…次は日本史か。昼飯の後の日本史とか完全に昼寝しろって言ってるよーなもんだろ」


「日本史っていえば確か須川センセーの初授業だよな」


「……いわれてみれば、そうだった」



やっばい、お腹いっぱいご飯食べてちょっと眠くなってきてるんだけど。

 タラリと背筋を汗が伝落ちていく。



「舎監になった無駄に美人な教師だよな。話ししたことはねェけどよ、日本史なんて誰がやっても可もなく不可もなくっつー内容になんじゃねェ?」



俺ァ寝るぜー、なんて言いながらあくびをしている封魔に靖十郎も気のない返事を返している。



「だよなー。延々と教科書読み続けられると考えるだけで眠くなるし。昔の偉人がどうのーとか年号がどうのーって興味わかねぇんだよなぁ。絶対寝る。それにさ、須川先生って優しそうだし寝てたらほっといてくれそうじゃね?」


「い、一応起きておいた方がいいんじゃない?どんな授業するのかもわからないし…先生の人柄とかもわからないわけだからさ」



人柄は嫌という程知ってるなんて言えやしないから、私にできるのはこの程度の助言。

寝たら即お仕置きコースな私には絶対にできない所業だ。



「人柄ねェ…確かに、ああいう綺麗で考えが読めない感じの教師って意外とアレだったりするよな。一応頑張って起きとくか。あと、靖十郎は起きとけよ。お前、前回も赤点だったろ」


「う、うっせーな。歴史系は駄目なんだよ!優は?歴史得意なら教えてくんねー?」


 名案だと云わんばかりの笑顔を向けられて思わずうっと呻いた。

調査期間がどのくらいになるのかわからないとはいえ、さすがに数か月後に控えているらしい中間テストや期末テストの時期までは掛からない。

 その時期には学生生活終わってます、とは言えず学生の頃の記憶を思い出しながら答える。


…表情が少しばかり硬いのはスルーしてくれるといいな。



「いやー…テストの点数って普通だったと思うし、あんまり力にはなれないと思うよ?」


「……普通だった、って前の学校でも中間終わったばっかだろ。変な言い方すんなよなー」


「え?あ、そのさ、俺って過ぎたことは忘れる主義だから!つい」



変な言い方になって、と慌てて言い募れば二人は「変な奴だなー」なんて言いながら笑ってくれた。



(あ、危なかったー!うう、ついうっかり口から思ったことが飛びだす癖をどうにかしなきゃ)



絶対いつか誤魔化せなくなる!という危機感に冷や汗をかきつつ二人の話に耳を傾ける。


 テストについてあーだこーだと高校生らしい会話をしているのを微笑ましく思いながら眺めているうちにふと、思い出してしまった。


―――…須川さんによる、スパルタ教育ならぬスパルタ修行のことを。



 修行が開始されたのは、正し屋本舗に就職して『雲仙岳』での不法投棄もとい適性検査ならぬ適性研修の後。

本格的かつ想像だにしなかった地獄のような研修の中に歴史の授業もあった。


 “こちら側の人間になったからには、必要最低限の知識は身に着けていただきます”そう、公言した上司の姿は今でも時々夢に出る。もちろん、悪夢だ。


 整いすぎた顔は無駄に恐怖を煽るし、眼鏡の奥で物騒な光を宿した宝石みたいな瞳と貼りつけられた妖艶な微笑はもはや恐怖の対象でしかない。

トキメキ?そんなん芽生えたことは一度もないよね、うん。


 だって、阿呆な私でさえ学習するもん。

我が上司様がそういう系統の笑顔を浮かべた後は確実に地獄が待っている…ということを。



(今になって思えば逃げなかった私、偉いよなー。いやまぁ、ただ単に退路がなかっただけだけどさ)



いたたまれなくなって、窓の外に視線を向けた。


 窓から見える景色は昨日見たものと変わりないけれど、窓を見るたびに想いだす光景がある。

 地上へ吸い込まれるように落下していく生徒の顔。

ややげんなりしつつ、一瞬…本当に一瞬だけ私にこの依頼を達成することができるんだろうか、と不安になった。



(駄目だ駄目だ!私に推理力や考察力はことごとく備わってないけど、でも根性と度胸だけは一人前だって須川さんにも褒められた訳だしっ!後ろ向きに考えたってなーんもいいことないんだから、前だけ向いてさっさと解決しちゃわなきゃ)



 幽霊なんて怖くない!怖くなんか…ないよ、うん。

テレビから出てきたり、家の階段を這い降りてこない限りは。

あと、死角から出てきて脅かされない限りはね。


 窓を見つめながら拳を握りしめた私を現実に引き戻したのはチャイムの、音だった。




◇◇◇




 日直の号令に従って、礼をして着席をする。


教壇に立っているのは…見慣れない洋装をしている見慣れた上司だ。

夏だからか半袖のYシャツにネクタイ、スーツのズボン…というシンプルな服装はほとんど見ることがないけど違和感は不思議とない。



「では、全員いるようですしさっそく授業を…と言いたいところですがまず先に自己紹介をさせていただきます。学生寮の舎監を受け持っているので私を知っている人もいるかもしれませんが、改めて―――――はじめまして、須川 怜至といいます。不慮の事故で短期入院されている鈴木先生の代理として日本史と地理を受け持つことになりました。早速ですが出席をとりますね、皆さんの顔も覚えなければなりませんから」



 元がいいだけあってどんな服装をしていても様になる彼は、本当の教師のように点呼を取り始める。

この学校って必ず授業の前に点呼をとるんだよね…これでサボる生徒が少なくなったから、とかって小耳にはさんだけど本当なのかな?


 ぽやーっとそんなことを考えていると私の名前が呼ばれて、慌てて返事をしたんだけど…須川さんと目があった。

 しかも、にっこりと微笑まれる。


 いやー…体って正直だよね、心臓だけじゃなくて体がびくっと竦みあがったもん。

何が怖いって何でも見透かしてそうなところが恐ろしい。

まぁ、授業中だからか何もなかったんだけどね…うん。


 点呼を終えた須川さんは教科書や資料らしきもの、出席簿などを置き、真新しいチョークで黒板に文字を書き始める。

何度見ても教科書のお手本みたいな綺麗な字で、読みやすい。



(でもやっぱり高校教師には見えないよね…妙な色気が出すぎだもん。そのフェロモン的なの私にもよこしてくんないかなー…修行すれば身につくかどうか聞いたこともあったけど、可愛そうなものを見る目で見られて終わりだったし)



 少しだけ騒がしかった教室内は須川さんの程よく低い、艶やかさを帯びた声に支配されているようで酷く静かだ。

で、時間が空いてしまった前回の授業について復習…という形で授業が始まったんだけど…なんというか見事だった。


 まるで高校生クイズをしているようなそんな感じ。

気づけば私も含めて生徒たちは授業にどっぷりはまり、真剣にあーだこーだと話し合う始末。

苦手だの眠いだのと言っていた靖十郎や封魔も割と積極的に発言をしていて、いろんな意味で須川さんが怖くなった。

 いや、流石に多才すぎでしょ…私にも分けて欲しい、切実に。



(実は須川さんってロボットか神様だったりして)



だとしても、驚かない自信があるなーなんて馬鹿なことを考えているとあっけなく授業終了のチャイムが鳴った。

 起立、礼、とお決まりの挨拶に従った後、机を上を片づけていると靖十郎が興奮したように封魔と私の席に近づいてきた。



「須川センセーの授業めっちゃわかりやすくねぇ?!俺、初めて日本史楽しいとか思った!」


「まァな。でもよ、このままだと鈴木チャンが復帰した時やりずれぇだろうなー」


「あー……確かに。俺が教師なら須川センセーの後に授業は絶対したくねぇや」



 キラキラ瞳を輝かせて楽しげに話す靖十郎とクツクツと喉で笑いながら周囲の様子を窺い今後起こるであろう教師の苦悩についてどこか楽しそうに話す封魔。


 それを眺めていると、まだ教室内に須川さんがいることに気付く。

どうやら、生徒数人に呼び止められて授業についての質問などを受けていたらしい。

周りを囲んでいた生徒がいなくなったらしく書類や教科書などを持ったところで私と目が合う。

目をそらすに逸らせず、どう反応をしたらいいのか迷っていると頭の中に声が響いた。

 少し話があります、との事だったので私は咄嗟に教科書をひっつかんで立ち上がっていた。



「…優?」


「あ、えっと、須川さ…須川先生に質問してくる!前の学校でどこまでやったのか教えてほしいって言われてたの忘れててさ」


「あー、なるほどな。行ってこいよ、靖十郎の相手は俺がしといてやるからよォ」


「はぁ?!なんだよ、それ」



ひらひらと手を振る封魔と明るい靖十郎の声を背中で聞きながら私は廊下に飛び出した。

廊下に出ると須川さんはこちらに向かって歩いてきていた。


 時折擦れ違う生徒に挨拶されてはにこやかに返事を返している。

人が途切れたのを見て回りに聞こえるように声をかけた。



「須川先生!あの、前の学校でどこまで授業が進んでいたか話があると聞いたんですが…」


「君は…江戸川君でしたか。そうですね、丁度休み時間ですし少し教えていただきましょうか。職員室まで来ていただけますか?」


「はい、わかりました」



この会話は周囲にも聞こえるようにしていたから、職員室に辿り着くまで呼び止められることはなかった。

 職員室に入って直ぐ、彼の机に向かい、そこで少し声量を落とした…私に聞こえる程度の音量で告げられる。



「禪君には先に伝えているのですがやはり妨害が入りました」


「ってことは…?」


「ええ、夜の調査は貴女と禪君で行ってください。ただし、七つ不思議の場所に行くのは一回の調査で多くても2ヶ所とした方がいいでしょう。一つ一つが“強化”されているようですから」



やれやれと疲れたように息を吐き頭を振る須川さんの言葉に思わず首を傾げる。



「強化って、いったいどういうことですか?七不思議の場所ってそもそも強化できるんですか?」


「強化、増幅、もしくは…――いえ、表現の問題ではありませんでしたね。元々、あまりよくない気が溜まっている場所ではあるようでしたが、意図的な介入により怪異が発生しやすくされているのです。コインのようなものを拾ったことを覚えていますね?」


「プールの底に落ちてたやつのこと、ですか」


「恐らく、というよりも十中八九あれが媒介です。アレを見つけてください…恐らく、怪異が起こる場所の近くに隠されているでしょう」



戸惑いながらも頷いた私を見て須川さんはふっと表情を緩めた。



「媒介を除去できれば怪異の発生を低くできる筈です。全部見つけたらチュンか禪君の川蛍を飛ばしてください。新たな媒介を設置するようなことはないでしょうが、媒介を排除することで視えてくるモノもある筈ですから」



わかりました、と頷いた私に須川さんは困った様に笑って手を出すように告げる。

 疑問を覚える前に手を出した私に須川さんは何かを手のひらに乗せて笑った。




「―――…色々、想うこともあるとは思います。ですが私は、本当にできないことを貴女に強要したことはないでしょう?」



掌には縁町でしか売っていない私の大好きな限定の柚子飴が3つ。

 残りは部屋に置いておきます、と告げて時計に視線を向け、もう戻りなさいと優しく背を押される。




 呆然としたまま、教科書と貰った飴を手に廊下を歩く。

正直、何も考えられなくて次の授業は殆ど頭に入らなかった。





ここまで読んでくださってありがとうございました!

誤字脱字変換ミスには気を付けているのですが、発見されたら見なかったふりをするか、親切に教えてくださるとうれしいです。

…自分で見つけたらこっそり直します

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