【上司様同行の夜間調査】
お化けは出てきません。
怖くも……ない、かな?と思います。ハイ。
次回は授業と高校生組とのわちゃわちゃとした話の予定です。
更新速度が遅くなってしまい申し訳ないです。せっかくの怪談シーズンなのに。
「そろそろ、行こうか?」
と、私が禪に聞けば彼は無表情のまま「ああ」と短く同意の返事を返してきた。
点呼が終わり消灯時間に入って間もなく、こうして私と禪は部屋を抜け出した。
雑木林がある付近で須川さんが立っているのを見つけたんだけど、月明かりに照らされた美形って色んな意味で凄いと再認識することに。
(わかってはいたけど、ちょっと人間離れした美形だよね)
ラフなVネックのシャツとスーツのパンツという在り来りな格好なのに驚くほどに様になっている。
やっぱり神様って不公平だよなぁ、なんて思いながら駆け寄ると須川さんがふわりと“営業用”の笑顔を浮かべた。
「時間通りに来たようですね。さぁ、早速いきましょうか。禪君、今回のルートなどについては?」
「聞きました。時計回りに校内を回り、途中で調査用として貸出している物置に結界を張る、ということであっていますか」
「はい。装備に関しては…見たところきちんとしてきているようなので問題なさそうですが…七不思議や実際に血が流れた場所を通るので気をつけるように。私も同行はしますがギリギリまで手出しをするつもりはありません」
「はい、父からもそう聞いていますので理解しています」
「よろしい。といっても、今夜はまず霊現象は起こらないでしょうから、改めてどこが危険なのかということがわかればいいでしょう。結界については私が張りますから見学していてくださいね」
行きますよ、と雑木林へ向けて足を踏み出した須川さんに私と禪も続く。
乾いた枯れ葉と濡れた土や葉の音が3つ分響いては消え、を繰り返している。
不思議なんだけど、須川さんと一緒にいると懐中電灯などを使っていないのに障害物などにぶつからずに済むんだよね。
(というか、月が隠れて暗くなっても何となく“わかる”のはなんでだろう?葵先生と歩いた時は明かりがなくなると見えなくなるのに)
不思議だなぁ、と思いながら雑木林を進んでいくと夜の校舎が見えてきた。
校舎は相変わらず不気味で静かだ。
正面玄関に立った私はぼうっと大きな建造物を見上げる。
暫く誰も何も言わなかったけれど、皆が皆、霊視をしていることだけはわかった。
「―――…なにも、いない…?」
信じられないようなものを見たように目を見開いている禪に私は最もな反応だなぁ、なんて思いつつ頷いた。
「いない、っていうかいなくなったんだよ。須川先生がいるから」
自然に私と禪の視線が黙って校舎を眺めている須川さんへ向かう。
普段よりも存在感のようなものが増しているように見えるのは彼が普段よりも霊力を抑えていないからなのかもしれない。
「なる、ほどな…父が“正し屋さんは本物だ”と言っていたのはこういうことだったのか」
相変わらず淡々とした声でひとつ、頷いた禪は時計回りならあちらからか、と校舎の右側へ視線を向けた。
「先頭は優君が歩いてください。七つ不思議は殆どが外ですから、まずは外を回ってしまいましょう。校内はその後の方が望ましい」
「はい、じゃあ早速回りましょう!禪、迷子になりそうだったらさりげなく教えてね」
「…地図は」
「地図には頼らないのがポリシーなんだ」
「………忘れたのか」
「ごめんなさい。ついうっかり」
仕事道具は持ってきていたんだけど地図だけすっかり忘れたんだよね…用意はしてたのに。
あはは、と誤魔化すように笑えば冷たい視線が隣から、小さなため息が背後から聞こえてきた。
禪に地図を持ってもらって誘導を頼んだんだけどこれが的確なナビみたいで中々に素晴らしかった。
「えーと、まずはどこ?」
どこへ向かうのかわからないままだと道順を覚えられないので聞いてみる。
覚える、っていう点で言えば夜に来てる時点でダメな気がするけどね。
ほら、夜と昼じゃ見え方が違うし雰囲気も違うから色々一致しにくいんだよ。
「『咲かない花壇』『首吊り桜』『届かない声』『閉ざされた焼却炉』の順で、校内に入ってから『底なしプール』『喚ぶ屋上』だな」
「了解。でもさ、こうやって聞くとなんか定番の学校の怪談とはやっぱり違うよね」
定番中の定番、トイレや音楽室なんかが全く入ってない上に、妙に話がリアルというか実際に起きたと言われても素直に納得してしまうようなものばかり。
「他校との交流行事があるが怪談自体がないところも珍しくはない。浮遊霊などの数もまるで違うからこの場所自体が特殊なのだろう」
土地絡み、だとしてもそれだけなんだろうかと首をかしげる。
まだまだ、何かが隠れているような、隠されているような気がしてならない。
そんなモヤモヤした気持ちのまま校舎の壁を伝うようにして進み、花壇へ。
花壇は相変わらず土しかなく、雑草すらも生えていない。
花壇から一歩分離れた場所に立っていた私の足首を何か―――冷たいものが触れた気がした。
(え…?)
驚いて視線を落とす。
あるのは古い煉瓦で囲われた大きめの花壇。
月明かりで照らされてはいるもののどこかじっとりとして、いやに冷えた空気が地面から這うように周囲を冷やしているようだった。
霊がいないことだけはわかっていても、ヒクつく喉を気合で抑えて声が漏れないようにそっと離れた。
禪は相変わらずの無表情で周囲を見回して「なにもいない、な」と呟き、須川さんは全体を見回したあと読めない笑顔を浮かべたまま私たちを見守っているようだった。
「つ、次に行こうか。場所はわかったし」
「そうだな。桜の木はこっちだ」
私の声に反応した禪が移動を始めたので私も慌てて彼の元へ駆け寄って進む。
桜の木周囲にも逆さに咲くという木蓮もチェックしたけれど結局なにもないまま、次の場所へ。
体育館の奥にある今は使っていない『届かない声』の現場へ向かった。
葉山寮長から聞いたとおり、体育館の裏手――――…比較的新しいプレハブの部活棟に隠れるようにひっそりとそのプレハブはあった。
ボロボロになった、といっても蜘蛛の巣がかかり、明らかに錆び付いた入口には南京錠すらもかかっていなくて、出入りは簡単そうだ。
「これ、生徒がはいったりしないの?鍵もかかってないけど」
煤けたように曇った窓からは中の様子をうかがい知ることはできない。
おそらく物置小屋になっていると聞いた時、普段使わない用具などが置いてあるのだと思っていたけれど実物を見た今はそれすらもちょっと怪しいなーなんて考えてしまう。
「生徒会長の禪さんや、ここって今も使ってたり…する?」
「いや、使用しているという話は教師からも生徒からも聞いていない」
「そう、なんだ…やっぱそうだよね。錠もついてないし」
少し近づいてみたけれど人が訪れたような形跡はなさそうだ。
蜘蛛の巣には虫の死骸だけでなく埃のようなものもついていて結構古いもののようにみえる。
巣の端にいる蜘蛛も…死んでるみたいで動いてないし。
「なにか気になることでも?」
今まで静観していた須川さんに声をかけられたのでプレハブから離れながら答える。
「気になるっていうか、葉山寮長から聞いた時には物置小屋になってるらしいって聞いたので…あと、ここで去年亡くなった生徒がいたと」
「そうでしたか。記録では確かに去年一人の男子生徒がここで亡くなっていますね。結局自殺として処理されたようですが」
不可解であった、とは聞いています。
多くを話はしなかったけれど恐らく私が聞いた話と同じだったのだろう。
「―――…じゃあ、次の場所にいってみましょう、か?」
「そうですね。今日は早めに切り上げるつもりですし次に行きましょうか」
須川さんの一言で移動が決まったんだけど、途中で古井戸のことを思い出したので禪にも聞いてみた。
「あのさ、禪はこの学校に古井戸っていうか枯れ井戸があるのは知ってる?」
「井戸…?ああ、ボイラー室の所にある場所か」
「知ってるんだ」
「あそこは“溜まる”んだ。だから、月に一度は清めに行っている」
お神酒を捧げて簡単に祝詞を上げるのだそうだ。
場所的に生徒は立ち寄らないので問題はない、と言っていたので今月は?と尋ねればまだだ、という返事。
「(私が行った時は何もいなかったけどな)一応、というか念の為そこに寄ってもらってもいいかな?」
「?…須川先生、どうしますか」
「行きましょうか。学校に古井戸があるのは珍しいですし」
という鶴の一声で私たちは急遽古井戸へ向かう。
フェンスに囲まれた小さな空間にある古井戸と頼りない細い枯れ木は葵先生ときたときのまま変化はなかった。
霊視をしても何かが見えるわけでもないし、やっぱりここには何もないんだろうなーなんて思いながら禪や須川さんを見るけれど二人の反応は私とは少し違っていた。
禪は眉を少しだけ寄せて周囲を見ながら腕を組んで首を傾げ、須川さんは心なしか冷たい表情で井戸の辺りを見つめて動かない。
「禪も須川さんも…なにか気になることでもありましたか?」
「いや…いつもと空気が違うような気がしただけだ」
「―――…次に行きますよ」
たった一言そうこぼした彼に続いて古井戸がある場所をあとにした。
次々に残りの怪談がある場所を訪れ、最後に屋上を見終わるまで須川さんは何も言わなかったけれど普段まとっている穏やかさがないことが気になって仕方ない。
こっそり禪に聞いても見たけれど、須川さんの変化に気づかなかったようで不思議そうに眉をひそめられた。
「気のせいじゃないのか」
「そう、かも。ごめん、変なこと聞いて」
そういって誤魔化したけれど数年一緒にいる私にはわかってしまった。
(苛立ってる…っていうか憤っている?うーんこれっていう表現が見当たらないけど)
再びチラリと須川さんを見た時には既に普段見せている笑顔に切り替わっていて、あれ?と思った。
切り替えが上手な人ではあるけれどここまで顕著だと逆に気になる。
背後の気配を気にかけながら進んでいると須川さんが唐突に口を開いた。
「―――…ああ、そこの角を曲がってすぐのドアで止まってください」
「へ?あ、はい」
言われた通りに角を曲がると壁と同系色のあまり目立たないドアがあった。
ドアノブではなく、スライド式の入口でドア自体は一枚しかない。
足を止めた私と禪をよそに須川さんはポケットから鍵を取り出して、ドアにある鍵穴に古いやや黄色みを帯びた鍵を差し込んで回す。
「ここが休日の拠点になります。一応業者を入れて清掃はしていますし、冷房と小型の冷蔵庫は備えてます。他にあるものといえばデスク一式とソファくらいでしょうか」
カラカラと軽い音を立てて開いたドアの向こうは真っ暗で、月明かりも差し込まない純粋な暗闇が広がっている。
「窓はありませんから電気をつけても明かりは外に漏れません。ただし、この部屋を使用するにあたって書類などは置きっぱなしにしないように。施錠はしっかりするつもりではありますが、誰がいつ忍び込むかわかりませんから」
「忍び込むって、なんでそんなことを?」
「進捗状況の確認や妨害…まぁいろいろなことが考えられます。守秘義務なんかもありますし、学校側としても広まるのは困るでしょうから注意するように―――特に、優君。鍵は禪君に預けておくので鍵を借りるような事態になっても必ず返すようにしてくださいね」
そう言うと須川さんはもう一つの鍵をポケットから取り出して禪に渡した。
鍵を受け取った禪は無言で鍵を内ポケットにしまいこみ、チラリと私を見てから口を開いた。
「彼に預けておいた方が便利なのでは」
「できれば私もそうしたいのですが、色々前科があるので鍵は渡せないのですよ。落とさないように、というより落とした時のことを想定して行動したほうが確実かつ間違いが無いので……一体何度事務所の鍵を替えたことか」
「す、好きでなくしてるんじゃなくって鍵が勝手に散歩に行っちゃうんだから仕方ないじゃないですか」
「……わかりました、鍵はお預かりしておきます。返却時間を聞いてそれでも戻しに来ないようであれば本人を呼び出してでも返却するようにしましょう」
「お手数おかけします。そういうことですから、気をつけるように」
「ハイ」
思わず背筋を伸ばして直立不動になるほどに須川さんの笑顔が怖かった。
(鍵は三回無くしただけなのによく覚えてるなぁ、須川さん)
日常的に物をなくすというか、どこに置いたかわからなくなるんだけどそういう時は大概シロやチュン、須川さんが見つけてくれるんだよね。
鍵の所持者も決まったことですし、と須川さんが扉の前で微笑んだ。
「ではこれから結界を張りますが、これは目くらましと考えてくださって結構ですよ」
これ、と称されたのは4枚の手書きの呪符だった。
特殊な用紙に特殊な墨を用いて書かれた呪符は相変わらず綺麗で思わず感嘆の声を上げる。
年頃の女として、御札見て感動するってどうなんだろうね。
「これだけでも効果はありますが、これとは別に結界を張りますから安心してください。万一、妨害工作等で呪符を剥がされても全く影響は出ません」
この符だけでもある程度の効果はありますが…オマケ程度に考えていてください、とのこと。
簡単な説明を終えた須川さんはさっさと慣れた様子で真っ暗な室内に入っていく。
間近で結界を張っているところを見るのは実はこれが初めてなんだけど…須川さんは呪符を張っただけですぐに出てきた。
「えっと…須川さん、結界は…?」
「既に張り終えていますよ。わかりませんか?」
よく見てごらんなさい、と言われたので霊視モードでじぃっと観察すると確かに目の前に広がる8畳ほどの室内は安全な箱と化していた。
その部屋だけを切り離すように四面の壁と天井、床を結界で囲っているのでパッと見は長方形の安全な箱だ。
「須川さんて結界張るのに印を切ったりとか呪文唱えたりとかしないですよね」
「必要ありませんからね。パフォーマンスとしてやる者もいるようですが、基本的にイメージするだけでできますよ。優君の場合は……まぁ、向き不向きがありますから」
「私には難しいんですね、理解しました」
「禪君はこういったことは得意でしょうね、性質的にも」
じっと結界を見ていたらしい禪だったが静かに首を縦に降った。
「はい、結界や祓いの関係は比較的得意です」
「血筋的にも祓う力が強いですし、君の場合は当主並みの素質がある。真面目に修行すればいずれお父上を超えることもできるでしょう」
頑張ってくださいね、と笑う須川さんに禪ははい、と真面目に返答をしているけれど私にはわかった。
(須川さん、絶対禪が“使える”ようになったら活用する気だ)
流石我が上司様!未成年であろうと使えるものは有効に使うんですね!
あー普段からこう言う感じで見てるってバレたら怒られるかな、やっぱ。
暗く静かな校舎の中で何馬鹿なことを考えてるんだろうと冷静な私が心の中で突っ込むけれど、この余裕は全て今この場に須川さんがいてくれるからこそだ。
そうじゃなきゃ私も禪も全力で警戒しながら口内の見回りをしていたはずだからね。
「この作戦本部って休日にしか使わないってことでいいんです、よね?」
「作戦本部ではありませんが一般の生徒や教員がいる間の使用は禁じます。休日とあとは夜間調査の間に不測の事態が起きたり、手に負えない事態が起こった場合はここに逃げ込んで“知らせて”下さいね。ここの結界は中級程度の堕神ならば侵入を防げるようにしましたから」
「……堕神って、紛いなりにも神様で倒すの大変だって雅さんが言ってた気がするんですけど」
「おや。ちゃんと勉強しているようで何よりです」
自分以外の二人の背中を追いかけなが歩く。
階段を下りて暗く空っぽな教室の前をいくつも通り過ぎる。
(学校って面白い位に雰囲気が変わるよね…それが特徴なのかもしれないけど)
不気味だとか侘しいとか、いろんな表現が似合う夜の校舎。
長い廊下はなんだか先が見えなくて須川さんや禪から離れないように少しだけ足を早めた。
反響して響く足音を聞きながら、二階廊下の途中に差し掛かった時のこと。
「―――…恐らく、ですが私が夜の調査に同行できるのはこれが最後になると思います」
「突然どうしたんですか…?」
驚いてそう聞くと須川さんは足を止めることなく言葉を続けた。
「前回のトラブルですが“妨害”の一種です。探ろうとすると結構な抵抗を受けますし、残念ながら私は殆ど手を出せません」
禪は何も言わずに、背筋を伸ばして歩いている。
私といえば想像以上に衝撃を受けていた。
頭のどこかに、万が一の事態になれば須川さんがどうにかしてくれる、という考えがあったからだと寝る前に気づいたんだけど、この時はそれどころじゃなくて。
「手を出せないってそれだけ強い相手…ってこと、ですか?」
「強さで言えば、弱くはありませんね。今後も妨害行為はあるでしょう…どのようなものなのかはわかりませんが私を遠ざける為に」
絶句する私をよそに禪は疑問を口にする。
「須川先生ならば元凶を絶つこともできるのでは」
「!そう、そうだよね。っていうか、わた……俺には今回の依頼、絶対荷が重いと思うんです」
「元凶を絶つのは簡単です。ですが、それではダメなんですよ。『正し屋』としてそれはできないのです―――…人には向き不向きがあると先ほど言いましたが、これも同じことです。少なくとも私が直接関わってもいい事案ではない」
こういう言い回しをすることが時々ある。
多分、私には理解できない何かがわかるんだろう。
他の人に言われると納得できないことも須川さんが言うと妙に納得してしまうんだよね。
そうですか、と言葉を返せば須川さんは困ったように笑う。
「すみません。脅かすつもりではないのですが…知っておいて欲しかったのです。禪君も私の指示を仰がずに自分で判断しなければならないような事態に巻き込まれることもあるでしょうが、貴方が思う最善の行動をとってください。それがどんな結果につながろうとも誰も貴方を責めはしません」
まるでこの後に起こることを知っているような口ぶりに私も禪も思わず顔を見合わせる。
戸惑う私たちに須川さんは苦笑して再び足を踏み出した。
「行きましょうか。あまり長居しては明日に差し障りますからね」
揺れる長い抹茶色の髪と広い背中が遠ざかっていく。
それだけなのに、じわりと胸の中に黒いシミのようなものが広がったような気がした。
校舎を出て、雑木林を抜けた所で夜の調査終了を告げられたあとも私の中には表現できない感情が居座って中々寝付けずにいた。
何度目かの寝返りをうった所で淡々とした、声が室内にポツリと響く。
「―――…眠れないのか」
「眠ろうとはしてるんだけど妙に目が冴えててさ」
もう寝るよ、と明るい声で答えたものの眠気は訪れない。
どうしたものかなぁ…なんて思いながら天井を眺めていると再び禪が口を開いた。
「清水を助け出したように出来ることをしていくしかないだろう。依頼している僕がいうことでもないだろうが」
「それはわかってるんだけどさ…やっぱり、ね。あの時は必死過ぎて気づかなかったけどああいう事態が起こらないようにするために呼ばれてるのにって考えちゃってさ。早く解決して安心して欲しいのに、何をしていいのかわからないのが不安なんだ」
漏らすべきではない弱音を思わず口にしてから慌てて自分の手で口を抑えた。
やばい、依頼者に何を言っちゃってるわけ?!
「ごめん、忘れ……あれ?」
忘れて欲しいと口にしようとした時に違和感を覚えて思わずそれが口をついて出た。
おかしいな、と首をかしげて両手を開いたり、閉じたりしてみる。
左手の人差し指がうまく曲がらない気がした。
右手は曲がるんだけどな、とベッドの上で自分の両手を観察していると怪訝そうな声。
「何をしている」
「いや、なんでもないよ。って、そろそろ寝ないと…明日は須川さんの授業があるし…居眠りでもしたら大変だ」
自分に言い聞かせるように言った言葉は意外と効果があったようで目を閉じる。
すぐに睡魔が、というか意識がなくなったので眠ったんだと思うんだけど…今思うと普通に眠りに落ちる感覚ではなかった。
静まり返った部屋の中、禪は寝息を立て始めた優の方をじっと見つめていた。
「……まさか、な」
ここまで読んでくださってありがとうございます!
誤字脱字なんかは気づいたらこっそり直します。…気づかなかったらそのままか…痛いな。




