【告白は保健室で】
遅くなってすいまっせぇぇえええん!!
うう、誰だ、一週間更新を目安にするとか言った奴!
自分だ!!
ほんとすいません
生活感のない無機質な白い空間の中で靖十郎が佇まいを直した。
表情は真剣そのもので、釣られて私も無言になる。
「変なことを言ってるっていう自覚はあるし、俺のことオカシイとか変な奴だとか思うかもしれないけど…優には聞いて欲しいんだ」
追い詰められたような声から不安や怯えだけじゃなくて、期待が込められているような気がした。
不安と期待で揺らぐ夕日みたいな瞳を見つめながら靖十郎が口を開くのをただ待っていると、彼は私の想定外どころか頭にもなかった爆弾を投下した。
「実は俺…幽霊だとかお化けっていう奴らが見えるんだ」
ちょっと待て。
今、なんか私聞いちゃまずいことを聞いたような気がするんだけど。
予期せぬ告白もといカミングアウトに口だけじゃなくて目もぱっかーんと開いたまま、脳内で彼の言葉を繰り返し再生する。
目の前の靖十郎は視線を伏せて力なく自嘲めいた笑みを浮かべていた。
「やっぱ、信じらんねーよな。俺が優だったら“こいつ何言ってんだ”って思うし」
「いやいや!ちょっと驚いて…っていうか、え、マジで?もしかして今まで見えてたの?!」
ついさっき彼が言った視える発言が本当ならプールにいたものも見えていた可能性が高い。
もし、これが本当なら須川さんに報告しなきゃ!
そういう力がある人って色々危ないらしいんだよね。
勿論力の強弱はあるけど、引きずられる確率が見えない人の二倍以上だとかって小耳に挟んだような記憶もあるし。
(何せよ今回の場所が場所だし…視えるって言うなら要注意っていうか完全にレットカード的護衛対象だよ。絶滅危惧種並みの保護しないと)
「……信じて、くれんのか…?」
どこか呆然とした響きの声に私は思わず首をかしげる。
風で揺れる彼の髪を眺めながら思っていたことがそのまま口をついて出た。
「信じるもなにも靖十郎が視えるって言うなら疑う必要ないじゃん。嘘かもなんて思わないよ」
何言ってるのさ、と付け足せば靖十郎の瞳がじわりと滲んだのがわかった。
ほっとしたというか…緊張の糸が解けたんだろうなーなんて思いながら私は改めて靖十郎に聞いた。
「嘘じゃないんでしょ?」
そうわかりきった答えを口に出せば靖十郎は一度だけ首を縦に降った。
少しの間、沈黙があって再び顔を上げた彼は普段通りの表情に戻っていた。
「嘘は言ってないケドさ。でも、そんな簡単に信じていいのかよ。そのうち騙されるぞ」
「失礼だなー。俺は信じられるから信じただけだって。だってさ、例えさっきのが嘘でも“この嘘は”誰も傷つけないし、あーんな真剣な顔で嘘をつくような芸当ができるようには見えないんだよ」
正直な話、しれっと嘘をつく人はかなり身近にいるからわかったんだけどね。
本人曰く『表現を変えただけで事実でしょう』とのことだし、考えてみると間違ってはいないんだけど、やっぱり騙された感がすごい。
もし靖十郎も同じ系統の人間だったら確実に人間不信になれる。
「で、どのくらい見える?やっぱ、クッキリはっきりバッチリ?」
「は?あ、あー…時々黒い影みたいなのが見えたり、ヒトっぽいのがうろついてたり…そーいや、最近は前よりも見えるようになってきてるな」
ぽつりと自分の中の事実を確認するように告げられた言葉に私は思わず椅子から腰を浮かせていた。
プールでもなにか見えた?と言いかけて、ハッと思い直す。
(って、危ない危ない。視える人って“見えない側”から“視える側”への転身を果たしてしまった私にだって十分すぎるほど分かってるじゃないか!)
視えない人の反応で一番多いのは否定や拒否、そして無関心だと思う。
大人になっていくほど無関心な反応が多くなるんだけど、靖十郎くらいの年齢だと『否定』『拒否』といった反応の方が多いんじゃないかなって思う。
…拒否もあれだけど、否定は結構きっつい。
拒否だと一部分を受け入れてもらえないだけなら割り切り方次第では関係が変わらないことも多いし、そういった形の友人関係の築き方もある。
けれど、否定は違うから。
(特殊能力的なものに憧れる時期があるのはわかるんだけど、実際手に入れてみると見方が変わるよねぇ)
私はまだ普通の学生生活を楽しめた。
ま、ちょっと家庭環境が一般とは少し違ったけど、それにしたって私自身は普通で特別ではなかった。
中学・高校の時期って周りの目や評価が気になる年頃だから、同じ景色が見えないのは辛いと思う。
まして、寮のある学校っていう普通よりも閉鎖的な場所だから…尚更だ。
「靖十郎…その、話したくないなら無理はしなくていいし…俺、結構無神経なこと聞いちゃうと思うから」
「ばーか。んなの、気にすんなよ。俺だって覚悟して話してんだ。まさか、こんなあっさり信じられるとは思ってなかったけどさ」
そういって笑う靖十郎は妙に大人びた表情で私は少しだけ恥ずかしくなる。
年だけで言えば私の方が年上だけど…靖十郎の方が余裕っていうか、視野が広いみたい。
どっちかって言えば感情で突っ走っちゃう猪突猛進型だから余計にそう思うのかもしれないけど。
「この学校に入学してからは前よりも色々視るようになったんだよな、今思うとさ。で、特に視るってか視える頻度が高くなるのが生徒会チョーが近くにいる時なんだよ。こう、なんていうか…肩とか背後とかで人魂みたいなのがゆらゆらしてたり、遠くの方に人型の黒い影が横切ったりして。近くにいるとなんか寒いって思うのは前に話しただろ?多分、それもなんか関係あるんだと思うんだけどさ」
ベッドの上に胡座をかいて顰めっ面をしている靖十郎の言葉に私は思わず相槌をうった。
禪の周りにふよふよしてる人魂は恐らく川蛍だし、そうでなければ浄化を望む浮遊霊の類いだろう。人型の影も同じ。
(霊力自体が水の性質だから冷たい感じを受けるのはおかしくないし)
人によって霊気や霊力は違っていて、禪はどちらかといえば陽の水属性といったところだ。
いろいろな部類があるんだけど陰陽五行ってことで水属性でも陰の属性と陽の属性の2つがある…らしい。
いや、うん、須川さんに聞けば詳しく教えてくれるんだけどね…説明って苦手なんだよ。
ま。
わかりやすく言えば禪の霊力は湧水みたいに澄んでて綺麗だから成仏したいと望んでいる例は無意識的に引き寄せられるみたい。
お陰で夜中に幽霊のお客さんが何度か来ていることがあったけど、手馴れた様子で成仏させてた。
(靖十郎に詳しく話すわけにもいかないんだけどね…ほんとごめん)
曖昧に笑って頷きながら“大人って狡いなぁ”と改めて思う。
うんうん、と腕を組んで自分がいろんな意味で大人になった実感を噛み締めていると靖十郎の硬い声が響いた。
「―――…水の…中だったんだ。気づいたら」
「え、あ、うん」
唐突にそう告げた彼は天井と壁の境目を見ていた。
視線は遠く、口調はポツポツとしていて自分の記憶をたどって、それを口にしているだけなのがわかる。
そこに感情はないのでどこか他人事のようにも聞こえて胸が苦しくなった。
「元々、あのコースは好きになれなくて普段は絶対に近寄らなかった。でも、今日は……少し、一人になりたかったからあの場所を通って…ついでに、優の様子を見に行こうと思ったんだ」
それを聞いて、ああ、と納得する。
私がいたところまで来る方法はいろいろあるけれど混んでいない場所を選んだのだとしたらあのプールに入ったのも理解出来た。
「ごめん…俺があの場所にいたから」
全体を見やすくするという目的があったとはいっても、一箇所にとどまらずにプールサイドを歩いて見回ることだって出来たのだ。
こういうことを考え始めたらキリがないことくらいわかるけれどやっぱり考えてしまう。
「ばか、謝んなって。んなの、お前の責任でもなんでもないだろ。封魔みたいに普段使ってるコースから行けば溺れなかったし、そもそも生徒会チョーみたいにプールから出れば良かったんだよ」
「そ…っそうだとしても!やっぱ、原因のひとつになったことには変わりないし」
「ったく。優ってさ、変なとこ頑固だよな。俺からしてみたら助けて貰っただけで充分すぎんだよ」
だから気にすんなって!と靖十郎は普段通りの笑顔を向ける。
眩しいくらいに明るい靖十郎の笑顔に心が軽くなっていくのが分かって、やっぱり自分は単純だなと苦笑した。
「あーと…それで、プールでの話なんだけどさ…なんか、プールん中に黒い靄みたいなのが見えたんだ」
靖十郎によると深いプールに入ってすぐ、足元―――というかプールの底が揺らいだ気がしてじっと思わず見てしまったらしい。
すると、プールの排水口付近に黒い靄のようなものが見えたそうだ。
危ないと思って移動すべく一度空気を吸うために顔を出したところで足首に何かが巻き付いた。
「で、そのままスッゲー力で水の中に引きずり込まれたんだよ。見てみたら靄みたいなのから黒い手が生えててさ…俺の方に蠢きながら伸びて、気づいたら捕まって…気が遠くなって―――…で、気づいたらベッドの上だった」
ホント参るよなーなんて軽く笑っているけれど、彼の手が小さく震えているのが見えた。
無理しなくてもいいと言いそうになって私はその言葉を飲み込む。
(私、が清十郎でも同じように笑うんだろうな)
我慢することがいいことだとは思わないし、美徳だとも思わないけれど…でも、性分みたいなものだからどーしようもない。
少しだけ、ほんの少しだけ寂しくなったけれど靖十郎の期待に応えられるように私は笑顔を貼り付けた。
「なるほどね、でも俺そういうの見えなくてよかった。プールのそこから黒い手が映えて足掴まれるとか完全トラウマもんじゃん。夢にでそー…」
「うげ、そ〜ゆうこと言うなって。マジで今夜の夢に出たら優のせいだかんな」
「あはははっ!ごめんごめん、その時は責任もって添い寝でもしてあげるから許してよ」
一度寝たらよっぽどのことがないと起きないけどね、なんて付け加えると何故か靖十郎は顔を赤くして黙り込んだ。
「いやいや、なんでそこで顔赤くするのさ」
「そ!それはお前が添い寝するとかいうからだろ!」
「添い寝がダメなの?えーと、じゃあ寝るまで手でも握ってようか。あ、子守唄がわりに全力で俺の好きな歌もついてくるよ」
「いや、それ絶対嫌がらせだろ。寝れねーよ!どっちにしても!」
大体な、と今まで彼が視たものを事細かに、それでいて身振り手振りを交えて詳しく伝えようとする姿は普段の彼らしくはあったけれど、なんだかちょっぴり寂しくもなった。
(わかってほしいから、知ってほしいから、一生懸命伝えようとしてくれてるんだよね)
それはこの世の者でも、あの世のものでも同じ筈なのにどうしてこうも、違うんだろう。
悪霊と呼ばれるモノだって初めは純粋な“想い”を抱えていた筈だ。
でも、歳月や色々な想いや要因を受けて悪い方へ歪み―――…戻れなくなってしまったのだろうと時々思う。
勿論自業自得だっていうケースもあるけれど、そうでないことも少なくはなくて、その度に切なさにも似た感情が湧き上がってくるのだから堪らない。
「視えるって…大変なんだよね」
口をついて出た言葉は本音だった。
本来なら隠さなくてはいけない言葉だったんだけど靖十郎はそれを聞いた瞬間、本当に嬉しそうに、安心したように笑ったから。
私も今この少しの間だけは仕事のことを忘れて笑い返していた。
(ほんの少しでも気休めでもいいから、役に立てたら嬉しいな。ずっと一緒にはいられないけど、視えることを受け入れてくれる他人がいるって知るだけでも違う筈だから)
靖十郎は、なんだか弟みたいで可愛くて、面白くて、ついつい構いたくなるんだよね。
まぁ、おねえちゃんって柄じゃないことくらいわかってるけど。
「って…靖十郎、どうしたん?上半身捻って枕に顔埋めるとか器用だとは思うけど、体硬い方だって言ってなかったっけ」
「気にすんな。ホント気にしてくれない方が助かるんだ。ちょっとその、柔軟体操に目覚めただけだから……と、とりあえず着替えねぇ?」
「あー…確かにさっきTシャツ着たけど寒いか。そりゃそうだよね、結構体温下がって冷たかったし」
よいしょっと立ち上がって近くに置いてあった自分の学ランを手にとって靖十郎のいるベッドに放り投げる。
行儀が悪いのはわかるんだけど、投げちゃうよねー。
「いやいや!俺じゃなくて!俺はいいんだよ別に!お前が着替えるんだよ!そのままだと風邪ひくだろ!大体なぁ、そ、そんな格好でウロウロすんじゃねーよ!か、隠してんだろッ!」
ガバァっと突然上半身を起こして私を指差した靖十郎の剣幕に思わず一歩後ずさる。
プルプル震えている指先を見ると…濡れて張り付いたシャツ越しにサラシが見えているようだった。
「(あ、やば。これでバレたら須川さんに確実に殺られる)濡れ鼠だったことすっかり忘れてたや。やっぱ寒そう?」
ごめんごめん、と誤魔化すように笑ってみるものの靖十郎の視線はすぐに私から外されて、赤い顔をしたまま上ずった相槌を返される。
シャツやズボンが張り付く感覚にも慣れ始めていたからすっかり忘れてたよ。
本当ならここで靖十郎よりも恥じらって見せるのが女として正しいんだろうけど…一体どういう反応を取ったら合格がもらえるのかわかんないから諦めたんだ、昔に。
「もふぉ!?な、なに!?」
「そ、それ貸すから着てろよな!」
「いっていいって。どうせこれから寮に帰ってシャワー浴びるし、洗濯物増えるじゃん」
「マジで頼むから着てください」
「そ、そこまで?!真顔で頭下げないでよ!問題ないって、この時間寮に戻るの俺だけだから誰にも会わないし」
「……問題なのは俺の方なんだよ」
「ごめん、なんて言ったか聞こえなかったんだけど」
「なんでもない。とりあえず、いいから着とけよな!どうせ寮に帰ったら乾燥機もあるしそのまま返してくれてもいいから。俺の所為で風邪引いたなんて言われたくねーし」
納得はできなかったけれど投げられた薄手のパーカーを見つめていると、シャッという軽快な音が聞こえてきた。
驚いて振り返ると白いカーテンを開けている葵先生と目が合う。
「そろそろお喋りは終わりだぞー。それから、そのパーカー借りておくこと。これ保健医命令な。靖十郎はこの程度で興奮してると大人になったとき大変だぞー」
「こうふ…ッ?!」
「葵先生、一応病み上がりなんで靖十郎で遊ばないでくださーい。じゃあ、ごめん、俺そろそろ寮にもどるよ。早く戻ってこれるように祈ってるからさ」
「お、おう。その、ありがとな…色々、と」
ぼそぼそと小声でお礼を言われたので軽く頷いてから、私は荷物を持って保健室をあとにした。
帰り際、葵先生が廊下に出た私の全身を上から下まで眺めてどこか愉しそうに笑う。
後ろ手で保健室のドアを閉めてそっと私の耳元で囁く。
「水で濡れた服が肌に張り付いてるのって、妙にエロくみえるから悪い狼サンに食べられないようにね」
「私じゃ美味しそうに見えないと思うんで平気ですって。それにここでは男ってことになってますから」
食べたらお腹下しますよ、と胸を張れば葵先生は苦笑して腕を組んでいた。
「そういうことじゃないんだけど…ま、いいや。とりあえずシャワーは浴びて体温めること、いいね」
「はーい」
行儀よく返事をした私は拾ったコインがあるかどうか確かめてから寮へ向かって歩き始めた。
数秒後、背後でカラカラカラと軽快な音を立てて保健室のドアが閉まる音が聞こえる。
(そういえば私のいたところ水浸しだよね…ごめんなさい、葵先生。声かけてくれたら掃除は手伝います)
そんなことを考えながら私は一人、寮の自室へ戻った。
この時はまだ、自分の身に起きている異変に全く気づいていなかった。
私の鈍感力ってどんどんレベル上がってるんじゃないだろうか。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
とりあえず、このあとはちょっぴり進展。
靖十郎サイド書くだろうか…?ちょっと未定です。