【青い箱の底で 4】
どうしよう、改稿前の長さを超えた。
なぜだ。どうしてこうなった。
なんだか最近、内側の方から音がしてたんだ ―――――――――
体から大切なモノが逃げていく。
ぽこぽこと、それは美しい青の中で潰れかけたり、震えたり、まぁるくなったりしながら
手の届かない場所へ昇りながら離れていく
青は徐々に深くなりやがて深い深い闇へ変化して
光は徐々に遠くなり、まぁるい水泡の量が増え、そしてやがて…
光は手が届かないほどの闇へ沈んでいく
青い箱の中で意識を手放す瞬間、誰かが俺を呼んだ気がした…――――――――――――
◆◆◇
ひっそりと、這い寄ってくる危険を予知できたらどれほどいいだろうと毎回思う。
ちゃぷ、とプールにつけた足を動かした私の頬に何か冷たいものがかかった。
驚いて顔を上げると手を伸ばせば届く距離、丁度禪が立ち去ったのとは反対の位置に封魔が立っていた。
「ひゃっこいっ!うわ、しかも服がびしゃびしゃになった!」
「おう、辛気臭い顔してんじゃねーか。暇そうだからわざわざ来てやったぜ、感謝しろよ」
「感謝もなにも、びっくりしたんだけど。シャツも濡れたし」
ニヤリと口角を引き上げる独特の笑みを浮かべる彼は赤みを帯びた髪や強面の顔も手伝って不良っぽさが倍増だった。
手に持ってる水鉄砲が本物だったら確実にかかわり合いになりたくない類の人間だな、と思いながらプールを見回すと何故か先生も混じって大規模な水鉄砲での打ち合いが展開されていた。
えーと、先生も楽しそうですね。いいのかな、一応授業中だと思うんだけど。
まぁ、私がプールに入れてたら確実に参加してたけどさ。
「授業中に水鉄砲っていいの?水泳に関係なさそうだけど」
「細けーこと気にすんや。つっても、これなら泳ぐのが苦手な奴でも遊びに参加できるんじゃねってことで提案したら山チャンが乗ってきて、校長の許可も降りたんだと」
だから平気だと素知らぬ顔で水鉄砲を器用に回している。
どう考えてもこじつけのような理由だったけれど、確かに参加している生徒は楽しそうだ。
「まぁ、確かに楽しそうではあるよね」
よく見ると水鉄砲で打たれないように水に潜ったり、泳いで背後に回ったりと皆なかなかに楽しそうだった。
これなら水に対する抵抗感とか恐怖感、苦手意識なんかを減らせるかも。
ちょっぴり封魔を見直していると大きな手で頭を押さえつけられるように髪をかき混ぜられた
「オイオイ、んな顔してっとプールの幽霊に引きずり込まれんぞ?」
「俺は平気だって…え!?ここが例の場所なの!?」
「さァ?お前があんまり辛気臭せー顔してっから言ってみただけ」
「封魔ぁ~…もー、ほんっと…頼むよ」
がっくり、と思わず項垂れた私を見て楽しそうに笑う封魔にちょっぴり腹が立ったので、とっさにプール内で笑う封魔に向かって思い切り水を蹴り上げる。
勿論、制服の私に遠慮して彼が水をかけてこないっていう前提で。
驚いて後退する封魔が面白くてつい、プールで遊べない鬱憤や暑さによって溜まったフラストレーションを水飛沫に変えた。
「あははっ!あー、面白かった…ありがと、封魔。実は結構暇してたんだ」
「おう、感謝しとけ。じゃあ俺ァ禪の野郎を沈めてくるかな…ちゃんと見とけよ?」
「ん。頑張れー、封魔」
無理だと思うけど、という心の声は口に出さずにがっしりとした封魔の背中を見送った。
赤みを帯びた髪はプール内では見つけやすいから有難い。
何かあった時に発見しやすいもんって、あ、50mプールにいた禪に奇襲攻撃仕掛けて返り討ちにあった。
…禪ってこうやってみると容赦ないなぁ…周りドン引きしてるし。
で、あれ?ちょっとまって、なんで泳ぎの競争するぞ的展開になったの!?
おいおいおい!!禪は貴重な戦力なんだからそっちに引きずり込まないで!ほんと人手不足なんだってば!!
嫌な汗をかきつつ、慌てて周囲を見回すとどうやら生徒の大半が勝負に注目しているようで100mプールにいるのは数人になっていた。
そちらにいる生徒はどうやら水泳部か何からしく、フォームのチェックや泳ぎ方の指導を先生がしているので監視はあまりいらなさそうだ。
上空からはチュンが見てるしね。
「50mプールにいった方がいい、のかな?いや、でもあれだけ人がいれば異常があったらすぐわかるよね」
自分の頭で考えられるあらゆる状況を想定して身の置き場について考えつつ、監視を続ける。
一度、ここから離れてぐるりと全体のプールを見て回ろうと足をプールから引き上げて簡単にタオルで拭きながら、視線の先に勝負の行方を見守って盛り上げる生徒たちを眺めて…胸騒ぎを覚えた。
(あれ…?なんか、変な感じが…落ち着かないっていうか)
大勢いる生徒たちを見て感じる違和感とも胸騒ぎとも表現し難い感情に首をかしげること数秒。
(わかった『何かが足りない』んだ。何がって言われると困るんだけど)
何せ、生徒の顔を全員覚えているわけじゃない。
それでも感じる違和感にじわりと冷たい焦燥感が足元から這い上がって、たまらず人の多い50mプールと100mプールの真ん中にあるタイルへ向かおうと数歩進んだところで気づく。
違和感の、正体に気づいてしまえば不安と恐怖に似た感情が一気に膨れ上がった。
ああいう賑やかな場所にいる筈の人物がいくら探しても見当たらない。
50mプールに集まった生徒の顔が見える位置まで移動しながら端から端まで目を凝らしてみるものの、その姿は見つからなかった。
「ッそうだ!チュン、靖十郎がいないの!靖十郎はわかるよね?」
出来るだけ声量を落として声を上げると、チュンが降りてきた。
チュンはグルグルと私が目視できる高さで周囲を飛び回りながら、チュンは鳴き声を上げずに2周した所でちゅんが戻ってくる。
「あっちの人ごみに靖十郎がいるか見て。私もそっちに行く」
任せろ、と言うように可愛らしく鳴いたチュンを目で追いながら、念の為に100mプールも見てみるけれどそこに探し人である靖十郎の姿はない。
背が低くて見えないとかだったらいいんだけど、と思いながら再び50mのプールに視線を移す。
今、2クラスの生徒はほとんどあの場所に集まっている。
お祭りやイベントが好きだと豪語していた靖十郎があの場所にいたいのはどう考えても不自然で考えにくい。
待っている間も落ち着かなくて、3つのプールを囲む緑色のタイルを進んでいく。
(無事ならそれでいいんだけど、七つ不思議の件もあるし)
調査のために潜入して間もない内に怪異の影響を受けて死んでしまった生徒を見ている分、不安と焦燥感は強い。
普段の私なら「休憩でもしてるのかな」で片付けていた自信がある。
のんびり探していなくなったら本格的にっていうのが通常だけれど、今回は何せ場所が悪い。
「ってか、封魔に無理にでも七つ不思議があるプールの場所聞いておくんだった…!」
今更後悔しても遅いことは分かっている。
自分に対する怒りと後悔を胸に、50mプールに近づいていたとき、悲鳴にも聞こえる大きな声が体を貫いた。
一瞬身構えたものの声の方向に意識と視線を向けるとそこには、想像とは大きく異なる光景が。
「……靖十郎になにかあったって訳じゃなさそう、だね」
どんな状態なのかまではわからないけれど、恐らく決着がついたんだろう。
ひどく盛り上がる男子生徒の集団が上げる声の合間から先生の大きな声で水分補給を促す声が聞こえてくる。
ホッとしたものの未だに見つからない靖十郎を探すため、50mプールに近づいていた私のもとに一羽の雀が舞い降りる。
チュンは懸命に羽ばたいていたけれど、そのまま私の肩に止まり、小さく柔らかな体をすり寄せた。
この間、声は一切上げていない。
「靖十郎は…50mプールにいなかったんだね?」
確かめるように声に出せばチュンが小さく鳴いた。
チュンは特定の…―――といっても、私が顔と名前を正確に覚えている人を的確に探すことができる。
最近は修行の成果か、レベルアップしたらしくて探したい人が身につけていたものの霊力を覚えてたどることもできるようになったばかりだ。
チュンは可愛くてもふもふで有能な自慢の式ですとも。
「でも、50mプールにいないってことは100mか深いプールのどっちか、もしくは更衣室とかにいるってことになるけど」
深いプールは、基本的に部活でしか使われないのだという。
水深が深いから教員が付けるような状況でという暗黙の了解と生徒たちも遊ぶには向かないこのプールにはほとんど近づかないそうだ。
となれば、だ。
100mプールの方にいる確率の方が高いと判断してまず、チュンに捜索を頼んだ。
不審がられない程度の速度で熱い、薄緑色のタイルの上を進む。
足裏から伝わる熱も、照りつける太陽光も気にならないほど気が急く。
揺らめく空色の水の中を覗きながら100mプールと深いプールの間を進んでいると、小さな水泡が目にとまった。
それはチュンが飛んでいる100mプールとは別の、深いプールの一角。
全12列あるプールのうち、フェンス側から2番目の丁度10レーン目の片隅。
飛び込み台のすぐ横に位置する場所から、小さな気泡がぷくぷくと上がっていた。
静かな、風もほとんどないこの状態でその泡は不自然にしか見えなくて慌てて走り寄った。
100mや50mのプールでも気泡は見たけれど、排水口らしき場所で発生する泡はもっと連続して、細かい規則的で機械的なものだったように思う。
もつれる足を必死に動かして、10レーン目をのぞき込める位置についた私は深い、水の中を覗き込んだ。
5mという水深は想像以上に深い。
聞いたときは何とも追わなかったけれど私二人分以上の深さだ。
水が澱んでいるわけでも濁っているわけでもないのに、水底に近づくにつれて水と床の境目が曖昧になっていくような気がしてならない。
耳元で、心臓が激しく脈打つ音が聞こえる。
カラカラに乾いた喉は痛みすら訴えてくるけれど、完全に意識は水の中のソレにとらわれていた。
―――― 澄んだ、水の中には特徴的な明るいこげ茶と肌色が揺らめいていた。
信じたくないけれど、目の前にちらつく色を私は確かに知っている。
「ッ…靖十郎!!」
見覚えのある、暖かい橙と赤みを帯びたような黄色を混ぜた茶色の髪は間違いなく靖十郎の髪色で。
咄嗟に出た声は大きくはないものの悲鳴に近かった。
上がってくる気配のない靖十郎に一瞬“怪異”が見せる幻覚かとも思ったけれど、こぽこぽと時折上がる気泡は確かに人でなければ上がらないもので。
いつの間にか、頭上で悲痛な鳴き声を上げてクルクルと回るチュンを見て確信した。
靖十郎だ、と小さな疑惑が確信に変わった瞬間、私は思い切り息を吸い込んで薄緑色のタイルを思い切り蹴っていた。
後先考えず、飛び込んだ水面は不気味に静まり返っていた
ここまで読んでくださってありがとうございます。
UPが遅くなりましたが、とりあえず書き続けてますので!ハイ。
気長にお待ちいただければ幸いです。




