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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
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【青い箱の底で 3】

あ、あれ…?なにゆえ、改稿前より長くなった?

なんだかズルズルと長引きそうな気配がします…お、恐ろしい子!!


 先生の指示でクラスごと、出席番号順に並ぶのを眺める。



見学の私は先生の横でストップウォッチや記録簿を挟んだバインダーを持ってワイシャツ姿で立ってるんだけど…並んだ生徒の数を見るとやっぱり迫力がある。

 簡単に授業の流れを説明した先生は、すぐに準備運動に移った。

どうやら先生もプールに入るのが楽しみらしい。



(この暑さだもんね…プールに入るの楽しみにもなるよ)



一緒に準備体操をしながら、何気なく靖十郎たちの姿を探す。

時々目があった生徒たちが小さく手を振ったり笑いかけたりしてくれるんだけど、人数が人数なので人の顔と名前がまだ一致してないんだ。ごめんよ。


 で、三人なんだけど結構あっさり発見できた。

彼らは個性的だから発見するのは山菜やきのこを探すよりも簡単だったんだよねー、実は。



(気づいてくれる、かな?)



なんとなくじっと見ていると一番初めに視線に気づいてくれたのは意外にも、禪だった。

 目が合うと少し驚いたように瞬きをしたけど、すぐに通常の表情に戻ってしまう。

まぁ、部屋で過ごしても基本的に無表情なんだけどね。

 私をジッと無表情で見据えながら準備体操をする姿は少しばかりシュールだけど、美人っていうのはつくづくお得だ。


 だって、なんかただ見てるだけでも色気が酷いし。


優等生のお手本みたいな印象のせいで気づかなかったものの水着姿になると色気は二割増異常だった。

薄っぺらくはない胸板とうっすら割れている腹筋、程よい上腕二頭筋と上腕三頭筋が惜しげもなく太陽の下に晒されている。

 いやー、こっち側の人間でもあるから一応ある程度は鍛えてるんだろうなとは思ってたけど…まさかここまでとは。



(ってか、なぜ君はそんなに色白なのさ。高級日焼け止めでも塗ってんのかな…後で聞いてみよう。一応男ってことになってるしセクハラじゃないはずだ)



 不健康な白さではない滑らかな肌。

若さだけじゃ片付けられない敗北感を覚えたのは言うまでもなく。



(一体禪は何を食って生きて…って寮生活だから食べてるものは基本的に一緒なはずなんだけどなぁ。よく見れば他の生徒も結構な量食べてるのにお腹でてないし)



こっちは食った分だけ動かないと文字通り“身”につくっていうのに!と羨ましさを抱きつつ、ムキムキ先生の号令に合わせて笛を鳴らした。



 ぞろぞろと集まってくる生徒の群れを眺めながらやや遠い目でジリジリと真上から照りつける太陽光に盛大な恨み節を心の中で展開しつつ、規則的に笛を鳴らす。


 封魔が想像以上に真剣な顔で準備体操をしていることを意外に思いつつ、何気なく視線を彷徨わせていると靖十郎は友達と小声で談笑しつつ私と目が合うとこっそり手を振ってくれた。

うん、こっちは年相応で安定の靖十郎って感じ。



「よぉし、じゃあ50mプールで水中ウォーキングの後、30分の自由時間を挟む。その後は100mプールでタイムを計測する。体調に異常があればすぐに申し出るように!」



そう大声で生徒たちに告げたムキムキ先生は驚くべきことに、先陣を切って嬉しそうにプールに入っていく。



(あぁ、暑かったんですね、先生。わかります。だって私は現在進行形でものすごく暑いから)



先生がプールに入ったのを皮切りに、次々と生徒が飛び込んだり、嬉しそうにプールへ入っていくのをぼんやり眺める。


 宙に盛大に舞う水しぶきが光を反射してキラキラと輝き、人工的に貯められた水面は人や風の影響で絶え間なく揺らめく。

 鼻を擽る塩素の匂いはどこか懐かしくて目を細める。



(今日は暑いし絶好のプール日和だよねぇ…くっそぅ。煌く水面が憎らしい!楽しそうな声は妬ましい!お休み貰ったら友達誘って絶対プールに行って泳いでやる!!)



 自慢じゃないけど、私は水泳とマット運動だけは得意だった。

理由は放っておいても水に浮くことと体が柔らかかったから…それだけなんだけどね。

ちなみに陸上競技は壊滅的だし、球技は相性最悪だ。

あ、ウインタースポーツは結構得意。

山登りとかもそうだけど自分のペースでできるのって得意みたい。

代わりに人と競ったりするのが苦手なんだよねぇ。



「プール…気持ちよさそーでいいなぁ」



50mプールで泳ぎ始めた生徒たちを眺めていたら心の声が口からこぼれ落ちる。


 3つあるプールはそれぞれ長さと深さが違っていた。

1つは長さ50m深さ2mの公共施設やジムなんかでも見るタイプ。

2つ目は長さ100m深さ2m30cmのプール。

 たった30cmだけど実際に見ると結構深く感じる。

基本的に100mの方はタイム計測や競技用として使われているらしい。

 最後、3つ目のプールは長さ50m深さ7mのプール。

これはもっぱら飛び込み用らしくかなり深く、注意書きのパネルも複数箇所に設置してあるし、近くには浮き輪も常備されている。

AEDやタオルなんかもあって緊急時の備えはきちんとされていることがわかった。


 流石、世界に通用するような人材を輩出しただけあるなぁ…と思いながらボンヤリとプールの冷たさと暑さによる温度差で揺らめく遠くのタイルを見つめる。



(暑さで脳みそが煮立ってそうだなー…授業終わる頃には)



 直射日光が白いシャツ越しにも辛くなってきたから遮光的な意味で学ランを羽織ってみたけど、暑さは変わらなかった。

まぁ…サラシもがっちり巻いてるし、髪が黒に近いからかジリジリじりじり熱を帯びて……なんていうか……絶賛発熱中?そんな感じだ。

 日焼け止めは塗ってあるとは言ってもこれだけ日差しが強かったらマメに塗らないとアウトっぽい。



(日焼け止めが汗で流れて変な模様に焼けてたらやだな)



そんなことを考えた所で自分が少し暑さでおかしくなってるのかも?なんて思いながら次回からは冷たい水かお茶を持ってこようと心に決める。


 だってこれ、授業終わる頃には蒸発して干からびてそうだもん。


視界に入った時計と生徒の動きを見ると30分の自由時間に入ったのを確認したので呼ばれるまで計測地点のプール脇に腰を下ろして揺らめく水面を見つめていると、ふわりと何かが降ってきた。



「ん…?タオル?」



手で頭の上に乗ったそれを見える場所まで持ってきてみると洗剤と太陽の匂いがする見覚えのないタオルだった。



「ったく、それ頭に巻くとかしとけよ。ぶっ倒れるぜ?」


「いや、でもこれ靖十郎のタオル、だよね」



 声のした方へ顔を向けるとそこには水を滴らせた靖十郎が私を見下ろして顔をしかめていた。

下から見上げると、靖十郎が知らない人みたいで少し驚きつつタオルを返そうとしたんだけど私の手からタオルを受け取ってまた頭に被せてきた。

 タオルの隙間から見えた靖十郎の顔は赤くて、なんだか照れているらしい。



「お、俺のが嫌なら他のやつに借りてもいいケドさ。熱中症で倒れたヤツだって少なくないし、水くらい持ってきとけよ」


「水の重要性はさっきから実感してたとこなんだ。ちょっと暑くてぼーっとしてた気もするし」


「げ…っ!危機一髪だったのか。危ねぇじゃん!休憩時間になったら俺予備で水一本多く買ってあるからそれ飲めよ。あと、次からジャージにしとけ。それと具合悪くなったりしたらすぐ先生に言えよ」


「わ、わかった」



 慌てて返事をすると靖十郎は満足したのか普段と変わらない笑顔を向けてプールで彼の名を呼ぶ友人たちの元へ向かうのを見送った。

頭にタオルを乗せた所で靖十郎と視線が交わったけれどすぐにそらされた。

あれかな、意図せずに目が合うって結構気恥ずかしいコトもあるもんね。



「に、しても靖十郎も男の子だったんだなぁ。普段あんまり意識しないけど」



 チラッと脳裏によぎった柔らかさとは反対にある骨ばった手と自分よりも大きな手の平。

体つきも男の人のソレで子供っぽさはなく意外にもしっかり筋肉がついていて…声も普段より少し低くて…うん、男って感じ。

 男の子の成長は早いわよー、なんて近所のお母さんたちが話してたけど、なるほど、こんな感じか。



(見上げた時の顔はちょっと男らしくてカッコよかったな)



うむ。将来有望だね。

…まぁ、将来っていっても後2~3年後だろうけど。


 日差しがタオルで遮られ多少気が楽になった所で、本来の仕事を思い出し霊視をすることにした。



(ん?可笑しいな…浮遊霊が一向に見当たらない)



プールを囲うフェンスの向こう側には浮遊霊や動物霊っぽい気配がある。

でも、いくら目を凝らしてもプールの敷地内には何もいなかった。



(七つ不思議のこともあるしやっぱり注意しとかないとね。チュンの反応は今のところないけど)



計測が終わったあとは自由時間らしいから気をつけなきゃいけないのはその時間だろう。


 今いる、三つある内の丁度真ん中にある100mプールの端にいれば全体が見渡せるから計測が終わったあとも此処に留まろうと考えているうちに自由時間が終わった。


 ずらりとスタート位置に並ぶ生徒たちを見て少しげんなりする。

手元の名簿には2クラス分の生徒の名前は59人分。

コースは5つあるから全員の計測を終えるまでそう時間はかからないと思う。


 あ、封魔が隣のクラスの生徒に勝負ふっかけて怒られた。





◇◇◆




 今、私は100mプールの端っこで授業見学中です。


まだ休憩に入ってそれほど経っていないものの楽しそうな声はひっきりなしに聞こえてきて、盛大な水飛沫や何故か水鉄砲を使った銃撃戦も白熱してて面白そう。

先生がノリノリで参加してるのが謎だけど。

 そんな様子を遠くの方から観察するしかないという孤独感ったらない。



(まぁ、参加するのは勿論近くで鑑賞するわけにもいかないんだけどね)



何せ現在進行形で仕事中だから。

 チュンには指示を飛ばしていて上から異変がないか見ていて欲しいとは伝えてある。

飛び込み用の深いプールに人はいないみたいだし、50mのプールには禪が、100mのプールには先生がいる。



(七つ不思議に“ナニカ”があるのはハッキリわかってるから気を引き締めないと)



贔屓って程でもないけど人情的に自分のクラスと禪のクラスの合同授業で怪我人は出したくない。

 異変を探知できるように霊視モードを保ちながら不自然にならない程度に監視を続ける。

流石に暑さに負けて足をプールに浸してるけど、このくらいは大目に見て欲しい。



(今のとこはホントにふつーの大きいプールなんだけどな)



 霊視だけど、最初は要領が掴めなくて“いろんなもの”を見る羽目になったっけ。

 あの頃は大変だったなー、なんてうっそり回想しつつ、視線を生徒たちに向けたまま水面を足で蹴り上げる。

ズボンは膝上まで捲り上げてはいるけど、濡れると乾くまでが不快だから控えめに。

 一瞬だけ宙に放り出された水滴たちはあっさりと元の場所へ還っていく。



「ちょっと、寂しいというか虚しくなってきた」



水音と遠くで聞こえる賑やかな声が疎外感を演出している気がして思わず苦笑いが浮かんだ。

 思わず小声でなんだかなぁ…とつぶやいたのを見計らったように、私を覆うように影が光を遮った。

広範囲じゃないことから太陽に雲がかかったわけじゃないことはわかったし、なにより頭上から冷たさを前面に押し出した声が降ってくる。



「随分暇そうだな」



声の主は同室者だった。


 でも、その顔を見て一瞬脳みそが働くのをやめた。

青みがかった髪からぽたりぽたりと水の雫が落ちて薄緑のタイルに濃い染みを作ったあたりで、我に返る。

 ほどよく付いた筋肉と憎たらしいほどの肌の美しさ、あと男にしては綺麗すぎる足。



「禪どうし……ええと、禪クンでしょうか」


「この学校に禪という名の生徒は僕以外にいないが」


「ごめんごめん。眼鏡かけてないから一瞬自信なくしてさ……にしても、なんか随分険しい顔だけどなんかあった?」


「封魔の奴が五月蝿かっただけだ。沈めてきたから少しの間は静かだろう」


「(ちょ、沈めてきたって何したんだ君は!)む、無表情で恐ろしいこと言わないでよ…夢に出そうだから」



冗談半分本音半分で怯えた振りをしてみたものの相変わらず無表情だった。

 濡れた髪を鬱陶しそうにかきあげて、小さく息を吐いた彼は周囲に聞こえないように声を潜めて問いかけてくる。




「―――…僕が帰省している間、何をしていた」



 紡がれた声は想像以上に硬かった。

驚いて禪の表情を見るけれど一切動いていなくて心情を推し量ることは私には出来そうにない。



「何をって…ブレスレット作って、葵先生の用事に付き合ったくらいだけど」


「用事…?白石先生は協力者の一人、と言っていたがその関係か」


「(まぁ、その延長線上みたいな個人相談だったし)うん、そうだね」


「……そうか。もし須川先生に言いにくいなら僕から伝えてもいい、何かあったら必ず報告してくれないか。僕も関係者の一人で父に最大限の協力をしろと念を押されたからな」


「ん、わかった。でも、詳しく説明できない時は深く聞かないようにしてくれると助かるよ。その場合は“話さない”んじゃなくて“話せない”時で、そういった事態になったら禪は協力者から保護対象になる―――…これは『正し屋』の仕事だから」




申し訳なく思う気持ちがないわけじゃないけれど怪我だけはさせられない。

 須川さんも最初の方で言っていたけど、改めて情報の共有について話せば顔色一つ変えることなく頷いた。



「わかっている。ただ、協力者としての協力は惜しまないつもりだということを覚えていればいい。今日、僕がすることはあるか?」


「あ、じゃあプール楽しみながらでいいから異常がないかだけ気にかけてくれる?小さくても変だと思ったら教えて欲しいかな…一応、チュンは使ってるしずっと霊視はしてるけど」


「わかった。僕の方でも不自然にならない程度に周囲に目は配っておく」


「ごめん、たのむよ。こんなにプールが広いとは思わなくってさ…」


「構わない。優、次回のプール授業ではもっと涼しい格好で水分やタオルを自分で持ち込むんだな。熱中症になったら監視もできないだろう」


「…最もなご指摘でございます…」



返す言葉もない禪のアドバイスに項垂れれば、少しだけ目を細めて満足そうに頷くのが見えた。


 禪はそのまま歩いてきたプールサイドを歩いて、元々いた場所のであろう場所へ戻っていく。

背筋をしゃんと伸ばして歩く姿は凛としていて武人です!みたいな感じがする。

 あ、須川さんは着てる服によって微妙に歩き方違うんだよね。

着物って着物の歩き方があるらしい。

ま、それでも歩き方が綺麗で様になってるっていうのは二人の共通事項だね。

…あとメガネかけてるとこも同じ。



「協力は惜しまない、か…ほとんと、いい子だよなぁ…皆」



 遠くからでも存在感がある小さくなった背中を見て“ありがとう”と聞こえないと分かっても、お礼を言った。

無表情で、とっつきにくそうな雰囲気を醸し出してるけど、禪は優しい。

いつだって人に気にかけてもらえるのはありがたいことだって思う。


 プールの揺れる水面に映った私の顔はだらしなく緩んでいた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字変換ミスなどがあれば教えてくださると幸いです。

…自力で見つけるように努力はしてます、ええ、してますとも。

…よく見つかるんだよなー実際。

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