【ナイショの提案】
ようやく更新です。
次回、二人きりの校内デート!…嘘です。
ホラー要素は…たぶんはいらない、かな?雰囲気は怖いのを目指します。
翌日は土曜日で学校が休みということもあり、寮に残っている生徒は少なかった。
長期といっても友人の家に泊まりに行くとか少し遠い実家に帰るだとか皆それぞれに突然降って湧いた休みを満喫しているらしい。
靖十郎や封魔も今日はそれぞれ自宅に帰って明日の夕方に戻ってくるとのことだったので私は昨日買って浄化を済ませたパワーストーンをブレスレットに加工することにした。
「そういえば禪は家に帰らないの?」
自分の机に向き直って何かを読んでいるらしい禪に話しかけると彼は一瞬私を見て、すぐに視線を戻した。
「午後に戻る予定だ」
「そっか。まぁ、調査は月曜だし少しゆっくりしてきなよ、まだ数日しか見てないけど、禪って完全に仕事中毒者ぽいからね。ここが会社なら完全なる社畜だよ、ブラック企業が喜ぶ人材にしか見えないし」
真面目なのはいいけど何事も程々が大事だよ、と伝えると彼は表情を変えないまま面倒そうに私を見据える。
「今まとめていたのは、寮長から改めて聞いた怪談だ。学園祭や体育祭、学校行事は独断で進められるものではないからな…怪談についてだが、もう少し詰めてから資料として渡す。月曜の点呼前には渡せるだろうからそれまで待ってくれ」
「待つもなにもやってくれてるだけで有難いよ。一応、こっちでも調べようとは思ったんだけど、意外と広まってるらしくて皆話すの渋っててさ」
気持ちは分からないでもない。
好奇心があって話を聞いてみたり知っているのを話してみた、という生徒もいるけれど何も起こらなかったという報告もチラホラ。
多分、それは須川さんが結界を貼ったっていうのが大きいんだろうけど、ただ単にあの場所・時間で偶然条件が重なって起こったのかもしれないし。
「優は何をするつもりなんだ」
「お守りのブレスレット作るくらいかな、呪符は揃ってるし、あとは室内で素振りくらい?基本的には部屋から出ないつもりだけど…なにかやっておくことがあれば言ってよ」
出来ることならやっとくし、と言えば禪は一瞬言葉を詰まらせて直ぐに首をゆるりと横に振った。
「部屋から出ないなら、いい。僕よりも実力はあるのかもしれないが…妙に空気がざわついているから気をつけろ」
「部屋から出ないつもりだし、大丈夫だとは思うけど気をつけるよ。改めて確認するけど寮内で怪談はないんだよね?」
「ああ。寮での怪異は今まで一度も起こっていないようだ。死亡事故もない。寮自体は開校当時からあったようだが」
「それも妙な話だよね。まぁ、学校は大人の目もあっただろうし、一人になれる場所とか少ないだろうから起こらなかったのかもしれないけど」
うーん、と腕を組んで色々と理由を考えてみるものの証拠もないしただの憶測の域を出ないので早々に考えるのをやめた。
「で、まだ帰るまで時間ありそうだけど…なんでジャージ?」
「時間に余裕があるから少し運動場で走ってくる。実家に帰るとすることがありすぎてランニングはできないからな。大会も近いし少し体力をつけておかないと本番でも力が出せないだろう」
「大会っていうと部活のこと?」
「それ以外に何があるんだ。この学校は剣道部も強い。いい鍛錬になるからと父にも勧められたし、精神修行の一環にもなるからな」
そう言うと禪はハンドタオルとペットボトルを持って部屋を出ていった。
よくやるなぁ、なんて感心しつつ私は私でやるべきことをこなしてしまうことにする。
テーブルの上に並んだ石を一つ一つゴム紐に通してブレスレットを作成していると、あっという間に時間がすぎて午後のおやつの時間になっていた。
昼食を食べ逃したことに気づいて食堂の自動販売機でサンドイッチと野菜ジュースを買って部屋で食べようと足早に廊下を歩いていると前方から難しい表情をした長身の男性がこちらへ向かってくるのが見えた。
「あれ、葵先生?」
思わず名前を読んだ私に彼も気づいたらしく、険しかった表情が一瞬で普段浮かべている温厚な笑顔に変わった。
「ちょうど良かった、もしよかったら俺の部屋で少し話ししない?紅茶も買ってきたし」
にこやかに笑いながら近づいてきた先生は時折周囲に人がいないかどうか確認しているようだった。
一瞬どうしようかな、と考えたけれど用事もないので頷いた。
「わかりました。でも先に部屋から取って来たいものがあるので、それからでもいいですか?」
「いいよ。それに俺も飯まだだから、話し相手も欲しかったし丁度いいや。それ持ったままでいいから部屋に入ってて。俺は軽く自動販売機で買ってから行くからさ」
にこやかな笑顔で話している葵先生と約束をして部屋に戻ろうとする私にだけ聞こえる音量で葵先生が
「相談したいことがあるから、絶対に来て欲しいんだ」と囁いた。
驚いて振り向いたけれど彼はもう、食堂から出てきた生徒に軽く手を挙げて、普段通りに気安い笑顔を浮かべている。
朗らかに会話をする背中を一度視界に入れて、私は踵を返した。
取りに行くのは作ったばかりのブレスレットだ。
葵先生は私が女であることを知っているせいか一番話すのが楽な相手なんだよね。
先生は俗に言うイケメンなのに、イケメンであることを忘れて楽しく会話できるという素晴らしい相手でもある。
須川さんのイケメンというか整いすぎた顔は“相変わらず美人だなー”くらいしか思わないけど、葵先生は“あ、この人かっこいい人だったんだ”と再認識する感じ。
(ま、葵先生や須川さんがイケメンでも私にはなんの関係もないんだけどねー。須川さんがカッコいいとバレンタインとかにたくさんチョコとか届くから私は嬉しいけど、それ以外に私にとってイイコトはない)
依頼人の中には私に嫉妬みたいなものを向けてくる人もいるんだけど、ぶっちゃけ須川さんみたいな完璧超人が私みたいな不完全の見本市みたいなのを相手にするとは到底思えない。
須川さん早く結婚してくれないかなぁ…そしたらそういう敵意を向けられることもなくなるのに。
「葵先生のは…これだったよね。色味は割と落ち着いた感じだし学校の先生が身につけててもおかしくはない、筈」
そんなことを呟きつつポケットの中に葵先生用のブレスレットをいれてサンドイッチと飲み物、ついでにお茶菓子を適当な袋に入れて部屋を出た。
医務室のドアを開けるとまだ葵先生はいなかったので、私は言いつけ通り彼の私室と言っても過言ではない部屋のドアを開けた。
部屋の中は相変わらず片付いていたけれど、テーブルの上には作業途中と思われるぬいぐるみのパーツとド派手な色をした封筒が一通置いてあった。
(ショッキングピンクっていうよりマゼンタっていうんだっけ、この色。すっごい色の封筒)
鮮やかな紫色を帯びた赤、という色をマゼンタと称することを知ったのは友達が教えてくれたからだけれど…なんか、随分と毒々しい色に見えた。
友達が選んだ小物もこの色だったんだけどその時受けたイメージとは違って、非常に近寄りたくない感じ。
チラリと見えた封筒はあけた形跡があって、あまり見かけない封蝋で止めてあったらしいことだけがわかった。
(人の机だしあんまりジロジロ見るのも失礼だよね)
そう判断して私は視線をそらした。
どこで待っていたらいいか考えつつ邪魔にならなそうなドアの横に移動した直後、葵先生が戻ってきた。
「よかった、来てくれたんだ」
「暇を持て余していた上に寂しく一人でご飯食べようと思ってたので、私も誘ってもらえて良かったです」
「そう言ってくれると助かるよ。あ、紅茶淹れるけどアールグレイでいいんだよね?初めて紅茶専門店に行ってみたんだけど、アールグレイっていっても何種類もあったから迷って、試飲した中で一番好きだったの買ってきたんだ」
これ知ってる?と見覚えのある専門店の缶を差し出されたのでラベルを確認したんだけど少しだけ驚いた。
「これ、私が好きな銘柄です。でもこの茶葉って結構高いのに…」
「いいのいいの。俺、これでも公務員だし、給料はなかなかいいんだ。この学校っていろいろ手当が充実してるし、使うところもないからね」
好きなところに座ってよ、と言われたので葵先生に向かい合うソファに腰掛けると彼は持っていたビニール袋から次々にパンやおにぎり、お菓子に惣菜、弁当を出して机に並べていく。
「随分と買ったんですね」
「コンビニで新作とか見つけるとつい買っちゃうんだよなー。まぁ、喰いきれなくてもここには腹ペコな野郎どもがウジャウジャいるから無駄にはならない上に餌付けもできて俺にとっては何の問題もないんだケド…あ、これなんかどう?優ちゃん好きそうだけど」
「期間限定のフルーツサンド!え、いいんですか?これ、皮ごと食べられる高級ぶどうと話題の高級苺を使ってて美味しすぎるってテレビで話題になってからすぐ売り切れてるのに」
「ははっ、すっげぇ食いつきっぷり。いいよ、たまたま目に入って買っただけだから。封魔や他の野郎に食わせるより優ちゃんに美味しく味わって食べられる方がコイツも幸せだろうし」
どうぞ、と差し出されたフルーツサンドを受け取って、丁度いい機会だとポケットから作ったばかりのブレスレットを取り出す。
「お礼じゃないんですけど、私から葵先生にプレゼントです」
引っ込められる前に葵先生の手のひらを捕まえて、そこにブレスレットを乗せた。
紐は伸びるタイプだから多少小さくても問題なく着けられる筈だ。
「プレゼントって、これパワーストーンだよな?こういうのって結構な値段するんじゃないの」
「バカみたいに高いわけじゃないですし、気にしないで下さい。プレゼントなんて言い方しましたけどお守りなんです。御札や一般的なお守りは濡れないように気をつけなきゃいけないですけど、これなら濡れても大丈夫だし学校でもつけられるでしょう?だから」
葵先生はどの教師よりも生徒に近い。
だから、巻き込まれないとも限らないと思ったのと便宜を図ってもらっているお礼っていう意味合いが強い。
そういった事情を話して漸く葵先生はブレスレットを受け取ってくれた。
「こういうの初めてつけたけど意外とつけ心地いいな。これなら仕事中でもつけてられそうだし、ありがたく貰っておくよ。こういう石には詳しくないけど色合いも気に入った」
ありがとう、と笑顔を浮かべた葵先生はとりあえず食べようか、とおにぎりの袋を破り始める。
私も買った昼食を口に入れてお腹を満たしつつ、持ってきたお茶菓子を机の上に並べた。
暫く談笑して食事が終わり、食後の紅茶を有り難く頂いていると葵先生が急に真顔になって口を開く。
「腹も満たされたし、早速相談したいことがあるんだ。聞くだけ聞いて断ってくれても構わない。相談っていっても提案に近い上に俺の私情と仕事が絡んでるから申し訳ないんだけど」
はい、と肯けば難しい表情のまま少し言いにくそうに葵先生が口を開いた。
私に向けられていた視線が一瞬、窓際の作業机に向けられたものの直ぐにテーブルの上にお茶菓子に固定された。
「―――…古井戸の話をしたのは覚えてるかい」
「ああ、はい。昨日メモも貰いましたし、覚えてますよ。学校が始まったら見に行こうかと思ってたんですけど」
「実は、俺、生徒に古井戸の所で大事な物を落としたからできれば探しておいて欲しいって頼まれたんだ。しかもその後、古井戸のすぐ横にあるボイラー室の点検を頼まれてさ」
本来なら保険医である葵先生ではなく用務員さんがする仕事らしいんだけど、不幸があって用務員さんがいないからと頼まれちゃってさ、と葵先生は項垂れている。
「情けないとは思うんだけど、できればついて来てくれないかな。時間は片付けなきゃいけない仕事があるから夕方の五時くらいになるから無理なら無理って断ってくれてもいいんだ。夕食は六時からだし」
「なんだ、そんなことでしたか。そういうことなら私も行きます。探し物をするなら人手も多い方がいいですよね?どうせ見に行こうと思っていたので大丈夫です。ご飯は買ったものでも全然大丈夫だし」
少し暇を持て余していたこととまだ三日目とはいえなんの進展もない調査状況にしびれを切らした、というのもある。
喜んで葵先生の提案を私は引き受けた。
「忘れないうちに聞きますけど生徒の落し物って何ですか?」
「古いキーホルダー。サッカーボールのチャームと銀の鈴が付いてるらしい」
「見つけられるかどうかはわかりませんけど、出来る範囲で探してみましょうか。懐中電灯は念のため持っていったほうがいいですよね?」
「時間が時間だし、俺の方で用意しておくよ。一応暗くなる前には戻ってくるつもりだけど校舎まで結構時間かかるし」
帰り道は必要だろうという結論を出して私は一度部屋に戻ることにした。
葵先生は申し訳なさそうな表情をしていたけれど、私が同行することに安心したのかホッとしているようだった。
「夕方の5時頃にこの部屋に来たらいいでしょうか?」
「いや、俺が優ちゃんの部屋に行くよ。あまり頻繁にココを使っていると色々言う奴も出てこないとも限らないし。生徒会長宛の書類もあるから丁度いい。なにより、優ちゃんの部屋から直ぐに外へ出られるから都合もいい」
夕食間近になると生徒は食堂付近やデイルームなどに集まっていることが多いらしい。
勿論、帰省や外泊している生徒も多いから普段より生徒の数自体は少ない。
だから誰かが外へ出たりすると目に付きやすいとのこと。
一応監視カメラは一箇所だけ切っておくし、臨時で夜まで宿直をしてくれている教師には事情を話しておいてくれるとのこと。
「七つ不思議の場所じゃないし、いいよね」
須川さんには学校には入るなとも言われていないし。
(余計なことをしなければ、みたいなこと言ってたけど探し物をするだけだし、大丈夫だよね?)
念のため、御神水、清め塩だけは用意した。
校舎に行く時は七不思議がある場所は通らないようにするつもりだしと言い訳めいたことを考えながら部屋でのんびり自分で入れた紅茶ととっておきのチョコレートを取り出して、怪談のメモを眺めたり、読みかけの本を読んだり部屋の掃除をして時間を潰した。
いやー、人の目を気にしないでくつろげるのはいいね!
夜のバスタイムが楽しみでつい気合を入れて風呂場を掃除してしまうくらいには満喫した。
だからかな、この時の私は禪とした会話を綺麗さっぱり忘れてたんだよね。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字変換ミスがあれば教えてください。
一応、見返しますけれども。