【嬉しい報せとデート?】
番外編的扱いはいりまーす。
…本編すすまないな…こういった脱線が好きだから進まないんだろうなぁ。
夕食のあと私と禪はそれぞれ呪符や調査で使う物の準備をしていたんだけれど、そこへ意外な人物が訪ねてきた。
高そうなスーツは相変わらずだし周りから浮きまくる程の美貌も相変わらずだったけれど、どこか疲れたような雰囲気をまとった須川さんに私は慌てて冷茶を渡した。
このへんはもう条件反射だよね!正し屋で無駄に鍛えられたから慣れたものです。
「優君…すみません、いただきますね」
疲れたように小さく笑みを浮かべた須川さんは、壁にもたれかかった状態で一気にお茶を飲み干した。
割と行儀にうるさい彼が立ったまま飲み物を飲んだことに驚いてポカン、と口を開けたまま見目麗しい上司を観察する。
須川さんはいつもきっちりしていて立ったまま飲み物を飲む所をほとんど私は見たことがない。
だって、いたのは執務室だったからちゃんと応接用のソファもあったのに。
私の視線に気づいたらしい須川さんは小さく息を吐いて姿勢を正した。
禪は何を考えているのかわからないけど、須川さんが話し出すのを待っているようで姿勢正しく立ち上がったままだ。
「―――すみません、突然部屋に押しかけてしまいまして。単刀直入に要件を伝えると、今夜の調査は中止…というより見送ります」
「理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんです。こちらの、というよりも『正し屋』の仕事である縁町の祭りを委託していた神社でトラブルが起こりまして、至急事情を聞くのと代わりの業者もしくは神社を探さねばならないのです。遅くとも、月曜には戻ってこられると思いますので月曜の夜に改めて調査をしたいと思っています」
「その祭りというのは『十二月祭り』のことでしょうか」
心なしか神妙な顔つきになった禪に須川さんは疲れたように苦笑した。
「ええ、そうですよ。本当にあれだけ念押しをしたのですが後継だった若い神主が借金苦で詐欺を働いていたようで、事情聴取やら何やらで祭事を執り行うことが困難な状況になったそうです。もしかすると、神降ろしの儀は『正し屋』で請け負うことになるかもしれません。祭りの準備は近隣の神社に頼んでどうにかなると思いますが、神降ろしができる者は限られていますし」
「十二月祭りが関わっているならば、調査の中止も納得できます。神事は滞りなく行われなければならないですから。縁町を守護している神々の力は強い」
「ええ、その通りです。過去に祭りを行えなかった記録が二度ほどあったようですが縁町ではなく周辺の地域に多大な被害をもたらしています。現代でも同じような事態になりかねませんからね」
二人の会話を聞きながら、ふと神様立ちが話していたことを思い出した。
神様たちはよほどのことがない限り縁町に被害が出るようなことはしない、と笑っていた。
神様って面白いほどシビアというか大切なものとそうでないものの区切り方がやけにはっきりしていることだけはわかっているので、須川さんの言葉をそうかーなんて聞いていたんだけど不意に笑顔を向けられる。
あ、嫌な予感。
ひやっとしたものが背筋を駆け抜けて思わず姿勢を正す私に向けられるのは、キラキラしい笑顔。
微笑んでるし、一見機嫌が良さそうにみえるこれは結構なご機嫌ななめ具合だ。
「――…さて、優君。私に報告すべきことがあるのでは?」
浮かべる笑顔やまとっている雰囲気とは別に高まる霊圧と低い艷やかボイス。
体が咄嗟に土下座の姿勢を取ったのでそのまま勢いに任せて言葉を口にした。
「す、すいませんでしたぁああ!ちょっとうっかりすっかりわすれてたんですっ!報告するつもりはありましたよもちろん!そりゃ報連相大事ですもんね、ええ報告連絡相談の重要性は骨の髄までしみておりますとも!」
「詳しく何が起こったのかこの場で説明を」
「はい!直ちに報告させていただきますっ!」
さっと立ち上がって事の発端から順を追って説明をする。
まあ、説明って苦手なんだけどそこは気合だ。
葉山寮長に怪談を聞きに行ったことや怪談を寮長経由で新入生に話すという少々変わった伝統があること、聞いた怪談の種類と内容、そしてプールの話を聞く直前でポルターガイスト現象が起きた事を私なりに説明する。
「そういえば、禪も聞いたことあるんだよね?怪談」
「入学して入寮したその日に聞いたが異変が起きたりない」
きっぱり言い捨てられて思わず「だよねー」と同意していると何か考え込んでいるらしい須川さんが口を開いた。
「ポルターガイスト現象が起こったことは分かりましたが他に異変は?」
「定番ですけど気温は下がってましたよ、寒かったし。あと、ラップ音もしました。他には子供の声、とか」
「具体的にお願いします」
「はい。背中…丁度窓を背にしてたんですけど、そこから視線を感じたんです。次に子供の笑い声が聞こえてきて、直ぐに窓や壁がドンドンって叩かれました。そのあとは文房具が先に飛んで、次々に部屋中のものが向かってきました」
話しながら、葉山先輩と靖十郎に多くのモノが飛んでいたような気がしてきた。
私に飛んできたモノは封魔が処理してくれていたってだけかもしれないけど、それにしたって靖十郎や葉山寮長の周りの方が多くのモノが散らばっていたっけ。
「わかりました。こちらにいられない間は寮の敷地に結界を貼っておきます。学校の方は手を加えませんが、月曜になるまでは授業や補講、一切の部活動は禁止ということになっていますから一応は安全でしょう。余計なことをしない限りは、ですが」
余計なこと、というのはなんだろう?
そんな疑問を持った私と禪は顔を見合わせたけれど結局何も聞かずに終わる。
「では、すみませんが調査の件は先程の通りです。くれぐれも昼夜問わず自分たちだけで現場を確認しに行こうなどとは考えないように。いいですね?」
はい、と首を縦に降った私たちを見届けて、須川さんは部屋をでていった。
一瞬見えた美しい横顔は険しくて不愉快そうに眉をひそめていたのがやけに気になったけれど、確認する術も度胸も私にはない。
(まぁ必要だと思えば教えてくれる、だろうし。須川さんも人間だもん、疲れたり機嫌が悪いことだってあるさ)
きっとそうに違いない、と考えて私は書いていた呪符を完成させて後片付けをすべく動き出す。
この日、寮長の部屋であった異変を除けばかなり平和で一般的な日常を送ることができた。
夜眠れるってだけでありがたいよね、うん。
◆◆◇
翌朝、点呼を終えて食堂へ朝ごはんを食べに行った。
靖十郎と封魔が迎えに来てくれたので今日も仲良く朝ごはんだ。
大好きなブリの照り焼きをご飯と一緒に咀嚼していると定食を食べ終えて二杯目の大盛り卵かけご飯を食べている封魔が何かを思い出したようにポケットから一枚の紙を取り出した。
「上が買い出しリスト。下が俺のお使い」
「上はわかったけど下の物品っているの?」
「菓子をつくる材料が足りなくなったからついでに頼むわ。費用は後でレシートくれりゃ払うからよ。重たい物はねぇし平気だろ?」
「まぁいいけど…あ、ちゃんと買える店も書いてくれてるんだ」
「おう。靖十郎にポイントカードは渡しておくから頼むわ」
「持ってるんだ、ポイントカード。随分と主婦っぽいね、見た目に反して」
一枚の紙、といってもルーズリーフを開いてみると意外にも綺麗な字で買い出しリストが書いてあった。
読みやすい文字に驚きながら個人的な買い物リストの所に視線を走らせて、これなら大した重さもないかと承諾した。
(なによりこれって私の口に入るものっぽいし)
果物の横に上限○○○円までと書かれていて、結構細かいというかしっかりしている性格だってことがわかった。
思い返すと、着てる服とかもちゃんとアイロンかけしてあるっぽいんだよね。
…アイロンなんてしばらくかけてないな、そういえば。
今はほら、形状記憶とかあるしさ!文明ってすごいよね、うん。
「あながち間違いじゃねぇけどな。俺んち、親父と姉貴、あと俺の三人なんだけどよ、家事できんのって俺だけだったから自然と出来るようになっちまっただけだ。ま、家事も結構楽しいからいいんだけどよ。掃除とか次々に色んな便利グッツ出るからマジで面白ぇし」
「靖十郎、どうしよう封魔が俺の理解できない話を始めた」
「そのうち慣れるって。あ、アイロンがけとかも上手いんだぜ、封魔のヤツ」
「お菓子作りだけじゃなくて家事もできる万能系の強面男子高校生って需要あんのかな」
饒舌、かつ機嫌よく話している掃除グッツについての愛を聞き流しながら味噌汁を味わっていると靖十郎が少しだけ体を寄せて、小声で囁いた。
「あ、あのさ…もしよかったら飯食って一時間後くらいに出発しねぇ?色々寄りたいところもあるし、外出許可は朝から出だしてるから折角だしさ」
「そうだね。いいよ、用事もないし昨日ぐっすり眠ったから元気だし」
ついでに言えば今日と明日の夜もぐっすり眠れる予定だから、と心で付け加えながら笑顔で返事を返すとわかりやすく靖十郎の顔が嬉しそうに綻んだ。
「じ、じゃあ一時間後…ええと9時に玄関に集合な!」
「了解。今日って暑いんだっけ?靖十郎はどんな格好で行く?」
「どんなって…まぁ、普段着だけど」
「涼しそうな格好を心がけるよ。うん、折角のデートだしね」
茶化すという性別は同じってことになってはいるけど、このくらいの言葉遊びはいいよね?
なんて出来心から発した言葉だった。
封魔はそれが分かっているみたいで付け合せのお浸しを咀嚼しつつ靖十郎の反応を伺っている。
あー、目が完全に楽しんでる。気持ちはわかるけどさ。
「で?!で、ででぇとっておま!なにいって…ばっっか!」
問題の清十郎はデートという単語の意味を数秒後に理解したらしい。
まぁ、聞きなれないっちゃ聞きなれない言葉か。
男子校だもんね、完全なる。
彼が何を考えたのかはわからないけど顔どころか首から腕まで真っ赤にして面白いくらいに動揺していた。
「ふたりっきりで出かけるんなら確かにデートだわなぁ。おい、優、折角だから仮装用のスカート出すか?ふりっふりのやつ。お前女顔だしちっさいから似合うんじゃね?」
「悪乗りした俺も悪かったけどそれは勘弁して」
身バレしかねん、と内心冷や汗を掻きつつ楽しそうに会話に入ってきた封魔を睨んでみるものの軽く笑って流された。
靖十郎が正気に戻ったのは、封魔の前にあった食べ物が完全に姿を消して、私が追加で買ったデザートの大福を食べ終えた頃。
「なんかごめん、靖十郎」
「マジで勘弁してくれ…俺にその気はないんだ、絶対にない」
「(その気ってどのけ?)うんうん、それはわかってるからとりあえずご飯食べちゃったら?」
「おう…そうだな…先に準備してていいから、俺もう少し喰ってから行く」
机に突っ伏したまま顔を上げることなく淡々と話す靖十郎は少し、不気味だった。
引きつった顔をどうにか隠しながら席を立った私は封魔が靖十郎の耳元で何かを囁いていたことには気付かなかった。
「だ、だからちげーっていってんだろぉおおぉ!!こんの、色ボケ封魔!」
「ぶっは!おま、全身真っ赤になってんぞ!ウケるっ、くっくっく、は、腹いてぇっ」
ここまで読んでくださってありがとうございました。
じわじわ更新がんばります!