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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
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【保険医  白石 葵】

 別テーマ:色々と残念なイケメンの話。


最近ホラー的描写が多かったのでこういう息抜き要素を入れていきます。

 次回も同じ感じです。



 ガチャっという鍵をかける音がしたのは生徒が不用意に入ってこないように、っていう心遣いだろう。


こういうさりげない気遣いが大人力おとなりょく的な数値をはねあげてるんだろうな、なんて感心しつつ彼の動向を見守っていると何故か衝立を避け始める。

そこには一枚のドア。

意外なところからドアが現れたので驚いていると先生はイタズラが成功した子供のように笑った。



「俺は基本的にここで生活してるんだよ。生徒が急に体調を崩したらすぐに対応できるしね。まぁ、今まで夜中に叩き起こされるような事態には幸いなってないから、ほぼ自室みたいな扱いなんだけど。あ、ソファでもベッドでもいいから適当に腰掛けて」


「お、お邪魔しまーす…本当にひとり暮らしの部屋って感じですね。普通のアパートみたい」


「時々生徒も来るんだよ、ま、ここの奴らは基本的に元気が有り余ってるから、大体愚痴か進路や友達関係の相談…仕事してるっぽい感じで表現するならカウンセリングをするのが主な業務内容だね」



何か飲む?と聞かれて思わずお茶がいいです、と返せば葵先生は嬉しそうに笑った。

 なんで嬉しそうなのかわからなくて首をかしげているとペットボトルのお茶を差し出される。



「いや、こういう状況だと女性は皆緊張するのか遠慮して“なんでもいい”って答えるのが殆どだから、結構気を許してくれてるのかなって」


「当たり前じゃないですか、色々協力して便宜を図ってもらってる訳ですし。何より、さっきもフォローしてくれて凄く助かりましたから」



だから、とそこまで口にして言葉に詰まる。

 感謝はしてるし嬉しかったけど、真っ先に感じたのは悔しさだった。

思わずつま先を睨みつけて、痛みを感じるくらい強く手を握り締める。



「だって…私じゃ靖十郎や封魔、葉山寮長の緊張も恐怖も、不安すらも取り除くことはできないわけですし」



ドアを開けた瞬間、葵先生が驚きながらも素早く生徒たちの表情を確認したのを私は見ている。

 部屋の状況から見て“何か”あったのは間違いない、という状態で葵先生は普段通りを心がけていた。

大人である葵先生が部屋に入ってきて、その上、日常となんら変わりない態度で接したことであの場の空気は確かに変わったから間違いないだろう。

私だったら絶対取り乱していただろうあの時の状況を思い出していると葵先生が真面目な顔で私を見ている。



「生徒の心のケアをするのはオレの仕事だから、できない方が問題だよ。ぶっちゃけた話さ、上手くいってよかったと思ってる。なんで部屋の中かあんなことになってるのか皆目見当もつかなかったしさ。顔に出さないようにするだけで精一杯。オレもまだまだだなって改めて感じたくらいだ」


「だけど、私はここに依頼を解決するために来たのに…結局なにも」


「確かに優ちゃんは“まだ”何も出来てないけど、これからどうにかしてくれるんだろ?その為に自分ができることを探してる。なによりさ、まだ調査が始まってたった二日だ。長い目で、といってもたった二日でどうこうできるとはオレも校長たちも考えちゃいないよ。今までが今までだ…――― 何十年もかけて続いてきたある種の歴史をそう簡単に片付けました!なんて言われる方が信用できない」



そう、だろうか…なんて考えていると葵先生はマグカップに入ったお茶を差し出して笑う。

 大丈夫だと包み込むような笑顔とじんわりと伝わってくるお茶の温かさにほんの少しだけ気分が上向いた。



(きっと、私の思考回路が割と単純なの、わかってるんだろうな)



一口お茶を飲めば冷え切っていた体にじんわりと熱が戻ってくる。

 ふっと息を吐いたところで冷蔵庫の上の戸棚にずらりとお酒が並んでいるのが目に入った。

生活スペース、って言ってたっけ。



「お酒もいろいろあるんですね。好きなんですか?」


「いやーははは。まぁ、ついつい書類仕事しながら飲んだりとか…生徒にはもちろん飲ませてないよ?未成年だし、法律で禁止されてるから。もし良かったら飲むかい?」


「これでも私、現在進行形で仕事中なんですケドも。何よりお酒あんまり強くないですし」


「全然飲めないんだ?少しも?」


「そうなんですよね、飲めたら楽しいだろうなぁって思うんですけど免疫みたいなのがないらしくて全くダメなんですよ。一口飲んだら記憶飛びますし」



そうなんだ、と相槌を打ちながら葵先生はコーヒーを飲みながら色々と話を振ってきてくれた。


 どうやら『正し屋本舗』での生活や仕事に興味があるらしい。

好みのお茶やお菓子の話から住み込みで生活していることを話したけど仕事の内容は大雑把な、それこそ一般のお客さんにするような返事しかしなかった。

一応守秘義務があるしね。



「じゃあ、明日ちょっと街に出る用事があるからアールグレイ買ってきとくよ。おすすめのお菓子もね。紅茶は昔飲んでたんだけど今は殆どコーヒーか酒なんだよなぁ…ここで暮らしてれば飯は食堂だし、休みは外…っていっても大体コンビニ弁当だけど。居酒屋に行くのなんて学校関係者との打ち上げやら飲み会くらいだし…オレも結構いい歳だから恋人とか欲しいんだけどさ」



そもそも出会いがないんだよ、ここ男子校だしなんてぼやく葵先生は年相応の男の人でなんだか親近感が増した。



「さっきの、話だけどさ。この学校って生徒の半分は寮生だろ?だからさ、ストレスも知らない間に溜め込んでることが多いんだ。特に新入生と受験生あたりな。友達や親兄弟に相談できないことって誰しもあるだろうけど、ストレスは蓄積していくからあんま身体にも心にも良くないんだ。相談に乗ってる、とは言うけど相談できるヤツはまだいいんだ。どんなに普段から声をかけて気にかけて、親しくなったと思っても、相談できないで悩んでいる生徒も少なくないと思ってる。だからちょっとした会話の端々から察する必要もある―――――…自殺防止のためにも、な」



脳裏によぎったのは二件続けて起きた事件のこと。

 部屋の空気に張り詰めた、緊張感のようなものが漂い始めた気がした。



「正直さ、この学校は異常だと思うんだよな。オレも出来るだけ気をつけてはいるけど、限度があるし……これでも責任は感じてるんだ。ストレスやショックを和らげるのも俺の仕事のウチだってわかっちゃいるんだけどさ、やっぱ、やりきれないんだよな」



コーヒーカップに口をつけながら目を伏せる葵先生を眺めながら須川さんに言われたことを思い出した。

 林の中で、須川さんが仕事の時に良く見せる顔で告げたのは『白石 葵の動向に気をつけろ』という漠然としたもので、理由も教えてはくれなかった。



(須川さん、葵先生は生徒想いのいい先生にしか見えないんですけど)



だから、もうちょっとだけ話してみようかな?と考えた。


 目の前でコーヒーカップを持つ大きな骨ばった手、上下する喉仏に、高い身長。

細身というより筋肉質な体つきと触り心地の良さそうなふわサラの髪。

顔も整っていて、須川さんとは違うタイプの所謂イケメンという部類の人間であることに改めて気づいた。

性格だって私から見る限り、話しやすくて親切で、私が親だったらお見合いの相手に猛プッシュしたくなるような好青年だ。



「ちなみに、ですけど…葵先生はこの学校に初めて来たときに何か感じたりしました?ほかの学校と違うなーとかそういったことでもいいんですけど」



視線を葵先生から手元のマグカップに向けて少しずつ飲んでいると葵先生も何かし始めたらしい。

 移動する衣擦れの音が彼のいる場所を教えてくれている。



「オレには霊能力とかないからなぁ。まぁ、長く勤めてる教師ほど生徒の死に対する受け止め方が随分希薄、いや希薄っていうか…まるで面倒な業務が増えたみたいな感じで違和感はあったかな。今でも時々。ついでに言えば――――自分自身が前よりも動揺しなくなって“慣れ”つつあるのが少し怖くなることがあるよ」



それ以外は普通なんだけどね、と改めて気づいたとでも言うように呟いた。

 葵先生の言葉で依頼しに来た校長先生たちが似たようなことを言っていたことを思い出した。



(学校でこれだけ死者が出ているなら少なからず影響はある、よね)



「そういえば、個人的にあまり近づきたくないのは校舎のボイラー室裏にある枯れた古井戸かな。結構目立たない場所だから知らない生徒も多いんだけどさ、用務員のオッチャンはあそこを通るのだけは仕事でも嫌だって良くボヤいてて…警備会社入れてから点検する頻度が減ったから嬉しいって喜んでたっけ」



一度だけ行ったんだよね、と軽く言われた言葉に思わず顔を上げた。



「あのっ!それってどこら辺に…………せ、先生、あの、何をしてらっしゃるので?」


「何って見て分からない?補修だよ、制服の」


「や、それはわかるんですけど、一人や二人の量じゃないですよね」



青い先生の定位置らしい簡単なデスクの上には制服のズボンや上着、シャツ、ユニフォームがあった。

 それらを縫い合わせる大きな手は迷いなく、ついでにいうと淀みなく素早い。

手馴れているのが丸分かりで口元がヒクっと引きつったのがわかった。



「いや、実はさ赴任したばかりの時に保健室に来た生徒の制服を補修してたんだけど、気づいたら色々と頼まれるようになったんだ。お陰で手芸同好会の顧問になっちゃってさ」



手芸が得意な男性っていうのは初めて見たけど、偏見があるわけじゃないので少し驚いただけだ。


 個人的には非常に好ましいと思うよ。

何せ、私は縫い目に笑われる女だからね!不器用なわけじゃないんだ、違うはずだ。

 ふっと視線を泳がせたところで黒い制服やユニフォームとは違う生地がやけに目に付いた。

それがエプロンであることがわかったのは、葵先生が瞬く間に3着目の制服を手にとったからだ。



「……先生、あの、制服じゃなくてエプロンっぽいのが混じってる気がするんですけど」


「ん?ああ、これな。これは調理実習で使うエプロンだ。つっても、自分用のエプロンを忘れた生徒用な。このデザインいいと思わない?オレが考えたんだけど、ちょっとこのあたり物足りないから刺繍でも入れようかと思ってさ」



楽しそうに白いエプロンを広げてみせた葵先生はどうやら巫山戯ているわけではないらしい。

心底楽しそうに、誇らしげに自作のエプロンを広げている。



「言いたくないんですけど葵先生、ちょっとどころか盛大に方向性を見誤ってます。ゴツイ高校男児が白いフリルとレース盛りだくさんのエプロンつけて料理ってどんな悪夢ですか」



問題は、エプロンにいらないオプションがふんだんに盛り込まれていること。


 細かいレースに見事なフリル。


それだけでも十分すぎるのに更に刺繍を入れるとか一体何を目指してるんだろうかと本気で思った。

 そりゃさ、普通の女の子が着るならいいよ?可愛いだろうさ。

だってサイズからして可愛くないんだよ?でかいし!肩幅!腰紐!長さなんか完全ちょっとしたスカートになるよ!?

 可愛いっていうのはある程度の、適切な大きさだから“可愛い”と思うのであって、でかいと不安とちょっとした恐ろしさしか抱けない。



(うぅ、今このエプロンつけてお菓子を作成する封魔の姿が脳裏をよぎった。脳みそよ、ほんとろくな仕事しないな!)



鬼も逃げ出す怖さだよ!三日三晩夢に出そうだ。



「ちなみに試作品一号は寮対抗のじゃんけん大会で封魔の手に渡ったんだ。強度はバッチリだから使い勝手はいいらしい」


「いらない!いらないですその情報!くっ、絶対夢に見る…っ」



やだぁあ、と思わずソファにすがりついた私を見て葵先生が楽しそうに笑っているらしいことだけはわかった。


 須川さんもそうだけどイケメンって呼ばれる人って、ズレた人が多いのかもしれない。

この葵先生の意外な一面のおかげで『イケメン=変人もしくはそれに類するもの』として脳内インプットが完了した。


 そのあと、冷蔵庫から出してくれた手作りだというお茶菓子をひとつ口にして吹き出しはしないものの、壮絶な表情になった私に葵先生はやっぱりなーと一人で納得していた。

チラッと見えた冷蔵庫の中身は、おおよそ色々と組み合わせが想像できないものが複数入っていたので見なかったことに。



「せん、せい…なんで、クッキーに梅干とチョコチップいれたんですか…?」


「甘いもの食べたあとにさしょっぱい物食べたくなるじゃん?だから一緒にしてみたんだけど…封魔にも怒られたんだよな。別に食えないわけじゃないけど確かに旨くはなかった。あ、それ最後の一枚だから大丈夫。他のは何か、味しないんだよ。砂糖入れてるんだけど少なかったみたいでさ」


「葵先生には大変申し訳ないんですけど二度と作ったお菓子と食べ物進めないでください」


「あはは。それ良く言われる!別に食べられないわけじゃないんだけどな」



そのあと葵先生が小声で「…ウマくはないけど」と呟いたのを私は確かに聞いた。

 お茶を飲み終えて立ち上がった私はそろそろ部屋に戻ることを伝えるとちょうどいいから一緒に食堂に行こうと誘われた。

私としても拒否する理由がなかったので肯けば葵先生は嬉しそうに笑った。



「先生、そういえばまだお礼をいってなかったですよね。あの時、部屋にちょうどいいタイミングで入ってきてくれて助かりました。危うくバレるところだったので」


「丁度用事もあったから気にしなくていいって。それより、本当に大丈夫だった?ポルターガイストっぽい現象があったみたいだけど」


「実害があったので大丈夫とは言い切れないんですけど、とりあえずはなんとか。ちなみに用事ってどんなものなのか聞いてもいいですか」


「優ちゃんのことでもあるからね。コレ、各寮長に配ろうとしてたんだよ。学校や寮での着替えやトイレとかそういったことに対する配慮を促すものなんだけどさ。一応、特別措置ってことで普通なら本人の了承を得るんだけど、優ちゃんの場合は先に須川先生に許可はとってるから」



手渡されたのはプール授業や裸になるようなイベント行事に参加できない理由、トイレや着替えに対する配慮について書かれた書類だった。

 読んでもいいとのことだったので目を通したんだけど…読んでいくに従ってプルプルと手が震えてくる。



「ちょ、なんつー壮絶な人生歩んでるんですか私?!可哀想すぎて笑えて来るっていうかこの不幸の親子丼定食みたいなのどう見たって盛りすぎです!これ、親子丼の横にチキン卵スープと生卵と焼き鳥が付いてきてるくらいひどいですって!しかもこれの最後殆どポエムじゃないですかっ!こんなんだから苛められるんですよ、この書類の私!」


「ぶっ!や、やっぱりそうだよなぁ。どっかの昼ドラみたいな展開のやばい仕上がりになったんだけど…あ、他の寮の寮長にも見せたけど絶句してたっけ。その後かわいそうにって顔してたから平気だって。うん、多分完全に信じてるから。安心していいよ」


「安心できないです。ってか昼ドラのシナリオ並の作文書ける保険医ってどうなんですか」



 一枚目は酷い内容だったけれど、二枚目からは本来の書式に則ったもので見事にまとまっていて、これならいいかと納得もできた。

 書類にはプール授業に参加できない理由とそれを認めるという理事長、校長、教頭のハンコ。三枚目には診てもらった覚えのない診断書までついている。



「?あの何かメモが挟まってますよ」


「それはあげるよ。例の古井戸がある場所の地図。簡単に書いただけだけどね」



参考になればいいかなと思ってさ、と葵先生は背を向けたまま片付けを始めていた。

 だから、表情はわからなかったんだよね。

声は普通だったし…。


 数分後には私は葵先生と一緒に食堂へ向かったんだけど、その様子を舎監室から出てきた須川さんに見られていたことには全く気付かなかったんだよね。

食堂で靖十郎や封魔と合流しご飯を食べたんだけど、何故だか靖十郎と二人で明日の昼から買い出しに街まで降りることが決定していた。

 なんでも、次の寮に置いてある備品の買い出しをする当番なんだとか。

荷物も多いからできればついてきてほしいってことだったので二つ返事で了承。


(調査は、今日の夜だし…昼からなら少しはゆっくり眠れるかな?)


そんなことを考えていた私の横で、やけに嬉しそうな顔をした靖十郎をからかう封魔がいたとかいないとか。





ここまで読んでくださってありがとうございました!

誤字脱字変換ミスなどがありましたら教えていただければ幸いです。


靖十郎との外出が終わったら七つ不思議が再びという予定。

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