【収束する事象と○○の話】
○○の部分には1~3までのいずれかが入ります。貴方がこれだと思う単語を入れなさい。
1.性癖 2.シモ的事情 3.好み
…ということで、シモ要素ありです。何か色々ごめんなさい。
決して軽くはない重さの勉強机が動いたのを見て、私は腹をくくった。
噛み締めていた唇を開いてすっと息を吸った直後…――― 突然、音がぴたりと止んだ。
浮いていた筆記用具や本、雑貨の類が重力に従って床へ落ちていく。
勿論、体の芯を揺さぶるような衝撃や子供の嗤い声も綺麗に消え去ってまるで、やたらリアルな夢でも見ていたんじゃないかとさえ思ってしまった。
急激すぎる変化に一瞬呆けたものの、慌てて周囲の状況っていうか主に靖十郎や封魔、葉山寮長の無事を確かめようと振り返ってみると彼らも私と同じように呆然としている。
「なん、なんだ…?」
ぽつりと靖十郎の呟きが響いたかと思えば、また新しい音が耳に入ってきた。
ガチャっという金属のドアノブを回し開ける音に視線が唯一のドアへ向かう。
誰かが息を飲む気配が聞こえて言いようのない緊張感が漂ったところでドアが開かれた。
「ちょーっと失礼するよーって…うっわ、お前ら部屋でなにしてたんだ?!」
心底驚いたように素っ頓狂な声を上げたのはラフな服装の上から白衣を着た葵先生だった。
明るく朗らかで親しみやすい声の主は、部屋の惨状に心底驚いたらしい。
ある程度綺麗に片付けられていた室内だったのに、今は散乱した本やノート、ひっくり返った椅子やテーブル、壁には筆記用具がささり、ベッドは横倒し状態だ。
強盗や戦闘部隊が押し入ってきてもここまで散らかったりはしないだろうなぁなんて人ごとのように考えつつ、視線は窓へ。
窓からはうっすら拭いきれなかった泥のように澱んだ霊力がこびり付いているくらいでその残った霊力も修行前の私なら確実にわからないレベルのもの。
なのに、これほどの実害をもたらすのは少し変わってるな、と内心首をかしげていた。
「喧嘩してたってわけじゃなさそうだし、本当に何があったんだ?」
心底不思議そうに首をかしげながら室内を見回す葵先生に周囲の空気が緩んだ。
私は無理矢理窓から視線を意識を引き剥がして、改めて葵先生を見る。
彼は入口から中へ入ってきて私や靖十郎たちをじっと観察していた。
「葵ちゃん、ナイス!いやー実はよくわかんないんだけど、色んなものが急に飛んできたんだよ!すっげぇやばかったんだぜ?なんか前にホラー映画鑑賞大会でみた…ええと、ポルターなんとかってやつみたいでさ」
パッと明るさをまとった靖十郎が話し始めたのをきっかけに葉山寮長や封魔もそれぞれ説明を続けた。
「信じられないんですけど、編入してきた江戸川に栄辿七つ不思議を話してたら突然、筆記用具が飛び始めて、最終的に椅子や勉強机が動いたんですよ。あ、そういや封魔、お前確か江戸川を庇って椅子ぶつかってなかったか?折角だから葵先生に見てもらえ」
「あ?あー…大丈夫っす。俺、マジで頑丈なんで。それに休み明けプール授業も控えてんのにオチオチ怪我なんてしてられませんって」
ハハハっと本当になんでもないことのように笑う封魔だったけど気になったので椅子がぶつかった場所を見せてもらったけれど、彼の言うとおり本当に赤くなってさえもなかった。
「封魔ってなんか色々頑丈なんだね」
「ちまっこい上にふにふにのお前と一緒にすんな。もう少し筋肉つけた方がいいんじゃね?いや、俺的には抱き心地最適だしそのままの方がいいけどよ、舐められそうじゃね?特にプール授業とか」
しれっとした顔をしてとんでもない事を口にした封魔の頭をとりあえず軽く小突いた。
「ふ、ふにふにで悪かったな!筋肉つきにくい体質なんだよ!ほっとけ。あと、俺、プール授業は全部見学だし」
性別が君たちとは違うからね!と思いながら、明日から甘いものを少し減らすことを決める。
ふにふに…そうか、ふにふになのか。
やっぱり最近お腹のあたりとか二の腕とかヤバイかも?なんて軽く考えてた私を殴りたい。
小さくないショックを受けつつ封魔に言い返すと靖十郎がええ、と残念そうに声を上げた。
「マジで見学?!嘘だろ…プール授業って言ったらこの時期の醍醐味なのに」
「(普通は、そうだよね。うん。でも入ったらバレるから。流石に上半身丸出しにするとバレるから)醍醐味っちゃー醍醐味だけど、その、傷があるから入れなくてさ」
あれ、葵先生と話して決めた設定ってどんなだっけ?!と冷や汗を掻きつつそう漏らせば靖十郎だけじゃなく他の二人も私の全身をまじまじと観察し始める。
(あ、やば。墓穴掘ったぞ完全に!)
だらっだらと先程までとは違う系統の汗を掻く私にすかさず助け舟を出してくれたのは葵先生だった。
「ここだけの話にしとけよ?江戸川は胸から背中にかけて結構深い火傷痕があるんだよ。本人の希望と、まぁ前の学校で色々あったみたいだから包帯や専用のベストの着用と着替え…トイレも基本的に決められたところを使うように配慮してるんだ。呼び出しも頻繁にあったらしい。あんま、そのへんは突っ込んでやるな。誰にだって聞かれたくないことの一つや二つあんだろ?」
「(葵先生ナイスフォローですホントありがとうございますついでにすいませんでした!)まぁ、その普通に生活する分には大丈夫だからさ、あんまり気にしな…うごぉっ?!」
「っ優!お前なんだかんだで苦労してたんだな…ッ!」
鳩尾あたりに激突してきた靖十郎に思わず変な悲鳴が漏れた。
うぐ、完全にこれ入ってるからね?!悪気なくても倒しに来てるでしょ!?
「こらこら、靖十郎。構うのもいいけど、普通通りでいいっていってんだろ?ほれ、離れた離れた。まずはこの部屋の家具だのなんだの戻すぞ。同室の奴ら戻ってきたら驚くだろ?」
場の空気を変えるように大きく2回手を叩いた葵先生に私たちは異論もなく素直に散らかりきった部屋の片付けをはじめる。
本を拾って本棚へ戻す作業をしているとそっと葉山寮長が近づいてきた。
「優、ごめんな。最後の怪談は後で紙に書いて点呼の時にでも届けるよ」
「いや、わざわざそんな…!ええと、最後の一個なら誰かに聞いて見れば分かりそうだし、平気です。すいません、俺の方こそこんな…」
「何言ってんだ。部屋が散らかったのはお前が悪いわけじゃないだろ?気にすんなって」
ぽんぽん、と頭を優しく叩く葉山寮長はどこからみてもいいお兄ちゃんそのものだった。
私と寮長、封魔と靖十郎の二手に分かれて片付けていると、葵先生は壁や床などの破損もしくは損傷箇所を調べていた葵先生が壁からコンパスやカッターを抜きながらよく怪我しなかったな、と疲れたようにため息をついていた。
「葵ちゃん、明後日の麻雀大会なんスけど、明日に変更になったんで頼んます」
「へ?麻雀大会?そんなのも寮対抗でやってるの?」
麻雀といえば賭け事のイメージが強かったので驚けば隣にいた寮長が苦笑して違う違う、と首を横に振っている。
「俺らの寮で時々やるんだよ。麻雀大会とかホラー映画鑑賞会とか反復横とび選手権とか、くだらないけど妙に熱くなる、もしくは親睦を深められる大会みたいな奴。多少だけど寮長権限で経費も出せる…っていっても飲み物代とちょっとした菓子買うくらいの金額だけどな」
「へぇ…なんか楽しそうですね。でも、なんで葵先生に声かけたの?」
審判かなにか?と気になって封魔を見るとニヤッと凶悪な笑みを浮かべ、それを見た葵先生がバツが悪そうに視線をそらしたのが視界の端に映った。
「葵先生も麻雀仲間だし、麻雀だのトランプだのそういうのが好きな教師も結構いるんだよ、この学校。独身者多いからな―――…で、得点が高い順に景品をもられるっていう大会式。ま、あれだ…消灯時間はうっかりすぎるけど、大目に見てもらえてる。あくまで寮内のコミュニケーションを図るのが目的だから」
「消灯時間過ぎるならちょっと参加はできないかな。うん。ルールもわかんないし…ところで景品って?お菓子とか?」
お菓子ならちょっと参加したい。
そんな思惑を察したのか封魔がますます楽しそうに笑い、葵先生は妙に慌てて話を止めに入った。
「お、おい!とりあえずその話はあとで…――――」
「ばっか、お前景品が菓子って誰得だよ。あれだよあれ、秘蔵DVDとか写真集とか、そのへんだな。ああいうのって単価がたけぇから基本教師のカンパで賄ってんだ……あ、葵ちゃん好みのコスプレもの仕入れてますんで安心して次回もカンパ頼んます。ばっちり巨乳のMっぽい女優ピックアップしたんで」
「ああ、うん…なるほど…そーゆー感じなんですね葵先生」
封魔の隣で顔を真っ赤にしている靖十郎を妙に可愛らしく思いながら、動きを止めた葵先生を半目で見る。
いや、まぁね?
先生もいい年って言ったらあれだけど立派で健全な成人男性なわけだし、そういうのを持ってるのも別に悪いことじゃないとは思うけど…まさか性癖を聞かされることになるとは思わなかった。
なんだかなーと思いながら手を動かす私の横で葉山寮長がお腹をかかえて必死に笑いを堪えていた。
背後ではまだ封魔が機嫌良さそうに口笛を吹きながら報告もしくは大きな独り言という名の公開処刑を続けている。
「葵ちゃんが前回メイド物持ってねぇって言ってたのを思い出したんで、今回はメイド中心っす。クール系と可愛い系の新作を3つと写真集は前に“イイ身体”してるよなーっていってたグラドルの…いでででで?!ちょ、何すんですか!マジでいってぇ!」
「く、口動かさんでとっとと片付けろ!ほら、封魔!お前そっちの机直せ」
「げ。これ流石に重…あだだ。わーった、わっかりました!ったく、今更照れなくてもそのウチ、絶対バレるんすから」
保健室の先生って色んな手段を使って生徒との交流を図ってるんだな、と割りと前向きな解釈をしつつせっせと手を動かした。
靖十郎を見るといつの間にか葉山寮長と仲良さそうにあーでもない、こーでもないと模様替えを始めている。
本棚の位置を変えるつもりはないようなのでそのまま収納し、靖十郎たちに合流する頃には部屋はすっかり片付いていた。
「よし、やっと片付いたか。悪かったな、怪談最後まで話せなくて。でもまぁ、俺としては意図せず大掃除と模様替えができたから助かった。じゃあ、お前ら夕飯食いっぱぐれないようにな。それと、江戸川、お前もさ何か不安とかあればいつでも話してくれて構わないし、俺じゃなくて別の先輩でもいいから相談しろよ?」
すっかり片付いて綺麗になった部屋に満足した葉山寮長に挨拶をして部屋を出る。
廊下は普段通りといった様子で和やかに雑談する生徒や食堂で飲み物や軽食を買いに行く生徒などが楽しげに歩いていた。
(やっぱり、あんなに凄い音だったのに外には聞こえてなかったんだ)
部屋では煩いほどの物音がしていても外には一切聞こえていない、というのは結構あるパターンなのでもしかしたらとは思っていたけど…ここまで日常と非日常がたったドア一枚隔てただけで入れ替わるものなのかと改めて不思議で怖いなと思う。
「さてと、何かはあったみたいだけど問題はなさそうだし江戸川は借りてくぞ。プール授業のこととか色んな後遺症の関係で話を聞かなきゃいけないから」
「わかりました。優、もし飯の時間になってたら俺ら席取っておくからまっすぐ食堂に来いよな。封魔、とりあえず部屋に戻ろうぜ。まだ飯まであるし」
「あー…そうだな。そうすっか。流石に疲れたしなー。んじゃ、後で」
部屋で話を聞く前と変わらない靖十郎や封魔の態度に内心でひどく安堵しつつ葵先生のあとに続いて廊下を進む。
向かっているのは医務室のようだった。
大人しく後ろをついて歩いてわかったけれど、白石先生は生徒との距離が近いらしくすれ違う生徒皆が会釈をしたり挨拶をしたり和やかで少し羨ましい。
「先に入っててくれるかな?カウンセリング中の札かけてくるからさ」
ドアを開けた葵先生は白衣のポケットからドアノブに引っ掛けるらしいプレートを取り出して部屋を出ていった。
私は白い室内と鼻をくすぐる消毒液の匂いに思わず深い溜息。
ここでようやく私の中で張り詰めていたモノが緩んでいくのがわかった。
生徒の目がない、私が私であると知る葵先生との時間は、自己嫌悪と後悔と葛藤で忙しい私にとっては救いといっても過言ではないのかもしれない。
また、私は だった。
はい、やっぱりなんだかすいません。突然妙に生々しい話をぶっ込むのが趣味です。
真面目な話って…こう、なんか…書いてると緊張しちゃいまして……悪い癖です完全に。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
話が急に進まなくなってきたぞ…おかしいな。