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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
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【騒がしい部屋】

サービスシーン?じゃないけど果敢に少女漫画的ときめきエッセンスを…入れようとした罠。

無理だわ、ときめきがわかんないもの。枯渇してるもの。



 得体の知れない恐怖が忍び寄ってくる、気配があった。


背中に感じる視線は紛れもなく気のせいではなくて、自然と表情が強張っていく。

 ほかの、靖十郎や封魔、葉山寮長に気づかれないようにやり過ごさなければと思うのに、視線は下がってしまうのはもう、不可抗力としか言い様がない。


絨毯と自分の手足が視界に入った。


 靖十郎と繋がっている手が小刻みに震えていることと、込められた力の強さは比例するように強くなっている。

 背後からの視線に気づかないふりをするため、意識を逸らすために震える自分の手を握る靖十郎のそれにもう一方の手を重ねてギュッと力を込めているけれど震えが止まらない。

それどころか、ますます足先から恐怖がせり上がってくる。



「優、お前ホントに大丈夫か?すっげぇ顔色になってるけど」


「寮長。こいつ、部屋まで連れてくんで話の続きは靖十郎にしてやって貰えませんかね。多分、あとで知りたいっていうと思うんで」


「それはいいけど…本当に大丈夫か?顔が真っ青だぞ」



 会話が、遠い。


近くで聞こえている筈の声がまるで湯気の向こう側から聞こえてくるような感じ。

変な反響と所々膨張しているような不気味であやふやな音になっている。



(小声でなら、お経を唱えても大丈夫…だよ、ね)



とてもじゃないけれどこの状況は明らかに異常だ。

 遠い声とは真逆の音が過敏になった聴覚が拾い上げた。

わかるのは、音の元凶が背後から…―――ううん、背後というか窓の方から聞こえてきたというだけ。


普通ならある程度、相手との距離がわかるものなのに…全くつかめない距離感にそっと息を吸い込んだ時、パッと脳裏に一つの言葉が浮かんだ。



“ 振り向いては いけない ”



短いけれど的確な言葉に私は吸った息をお経や祝詞に変換することなく、小さな悲鳴に変えてしまった。

 視野が急激に狭まって、自分の呼吸音がやけに耳についた。



(落ち着け…っ!落ち着けってば…ッ!!は、早くどうにかしないと)



じゃないと、とその先は言葉にならなかった。

 気持ちだけが急いて、やらなきゃいけないことも分かってるのに体が動かない。

振り向かなきゃいけない、確認しなきゃいけないと理性と使命感が私を叱咤しているけれど、本能と体と心の奥底は決して振り向いてはいけないと体の動きを制限しているのがわかる。


 情けないことに、この時はもう自分の職業も目的も棚に上げて、時間がこの恐怖をかき消してくれることを強く願った。


でも、世の中はそんなに甘くはない。


 次に聞こえてきたのは―――――…笑い声、だった。

性別はわからないけれど、楽しそうに笑う無邪気な子供の声は場違いで、異常で、不気味だった。



(だめ…私じゃ、こんなの)



体調を心配してくれる三人の視線が自分に向いていることは分かっていたので、凍りついたように機能していなかった声帯を震わせる。

 背後の存在にできるだけ気づかれないように、無意識に息を、声を潜めて。



「ね、ぇ……今、声が…しなかった?」


「声?いや、俺は気づかなかったけど…封魔と葉山先輩は?」


「俺も聞いてねェな」



顔を見合わせて不思議そうに首をかしげる二人とは対照的に、寮長が真剣な顔で周囲を伺うように視線を巡らせている。



「なぁ…優、一体何が聞こえたんだ?」



声は明らかに警戒と緊張が滲んでいて、彼がこの“異常”に気づき始めていることが伺えた。

 私だけじゃなく、寮長の様子を見て冗談などではないと感じ始めたらしく、靖十郎と封魔の表情にも緊張が滲んでくる。



「後ろ、の…―――― ちょうど、窓のあたりらへんから、子ど」



ド ン ッ



まるで大型車が突っ込んできたかのような大きな音と衝撃が室内を揺らした。

想定をしていなかった事態に一瞬反応が遅れ、考えていたことが頭から見事に吹っ飛んだ。

 呆然とする私たちを他所に徐々にそれは、エスカレートしていく。



 ガ ン っ



と、音がひとつ響けば



  ド ン ド ン ド ン ッ



応えるようにそれ以上の音と衝撃が帰ってくる。



   ダンっ


    ダ ン ダ ン ッ

 バンッ

      ズダダ ダ ダ ッ



ドアや窓が衝撃を受けてしなり、揺れて、大きな悲鳴を上げる。

白く小さな子供の手が窓や壁などを不規則に、それでいて楽しみながら叩いているようだった。



  ガタッ


 カタカタカタカタカタカタ



 窓や壁に気を取られていると隣にいた靖十郎の悲鳴に近い声でハッと我に返る。

靖十郎の視線は机に向けられていて、何事?と思いながら視線を走らせると私の顔の横を定規が飛んでいった。



「え…?」



それから直ぐに複数のものが飛んで、大小様々な衝撃音が部屋中で聞こえてくる。

モノが飛んでくるのには驚いただけですんだんだけど、怖かったのは殺気に似た暗く重たい敵意が体に絡みつくように四方八方から注がれていること。


 呼吸をするだけで息苦しくて視界が揺れる。

一時的に酸欠っぽい状態になっていたんだな、と頭の片隅で理解した。



(こんな時にめまい、とか…っ!)



ほんと使えないな私の体っ!と苛立ちもあって歯を食いしばっていると机の方から何かが飛んでくるのが見える。

 引きつった声が喉から溢れて、自分がどんな顔で、どんな声を出して――…どんな体勢をとっていたのかすら、わからない。

ただ、反射的に痛みを覚悟して体を固く縮め、瞼をギュゥッと閉じたことだけは覚えている。



「ッ……!」



ぶつかる、と思った瞬間に体中の筋肉が収縮した。

それに気づきながらも頭の冷静な、というか妙に覚めた部分で椅子がぶつかった時の衝撃とそれに伴う痛みについて考え始める。


 避ける、という選択肢を選ぶ時間も余裕も能力も私にはない。

普段は転びそうになったり飛んでくるものを避けるくらいならできるんだけど、異常なこの状態で私の意外に優秀な反射神経は沈黙したままだ。



(あ、あれ?なんか衝撃が…)



そろそろぶつかるかな、というタイミングを過ぎても……衝撃は、こなかった。

 一瞬このポルターガイスト紛いの怪異が収まったのかとも思ったけれど、ラップ音や窓や壁を叩く音はまだまだ現役で盛大に活躍していらっしゃるので違うだろう。

普通なら、両方ピタッと止まるはずだからね。



「ッ……てェ。おい、優、大丈夫か?」


「は?え、ちょ、封魔?!何してんの!」



 視界いっぱいに広がるのはタンクトップと男性らしさが強く滲む胸元。

薄い布越しに感じる独特の圧迫感とほんのり鼻をくすぐる封魔が好んで付けている男物の甘くない香水。

太い二の腕にはしっかりとしなやかで実用向きといった感じの筋肉がついている。


「あん?ナニってあぶねぇと思ったら反射的に体が動いちまったんだよ、気にすんな。昔よく暴れたときにゃ、こんなん日常茶飯事だったし椅子なんざ可愛いモンだって」


そういって目を細める顔は、どこかホッとしているようで一瞬息をするのを忘れた。

顔は相変わらず怖いのに細められた瞳はとても穏やかで優しい。

一瞬、彼の年齢を忘れかけた。



「いや、椅子が飛んでくる時点で警察が総動員しても可笑しくない事態だと思うんだけど」


「そぉーかァ?俺の中学、相当荒れてやがったからなァ。三日に1度は椅子か机が飛んでたぞ。時々人も飛んできたな」



私を庇うように大きな体で抱きしめるように床に倒されていたことに驚きつつ、改めて封魔の凶悪な顔を観察してみる。

 こんな時だけど、よく見ると…整った顔立ちをしていることがわかった。

高校生らしからぬ低音の腰に響くような声が耳元で聞こえてきて少しだけくすぐったい。

最近の若者はなんだか無駄に色気垂れながしてるんだなぁ、なんて関心とちょっとの嫉妬を覚えつつ改めて封魔の心臓には毛が生えてるんじゃないだろうか、なんて思いが芽生えてくる。


 だって普通、突然こんな怪奇現象に見舞われたら驚くなり取り乱すなり、逃げ出すなりするでしょ。

なのに日常ではまず遭遇することのないであろう状態で顔色どころか表情一つ変えないんだからびっくりだよ、おねーさん。


 庇われている私が大きく取り乱さなかったのは、封魔に怯えや恐怖の色が一切なくて通常となんら変わらない雰囲気のままだったおかげだろう。

何気なく彼が片手で掴んでいる椅子を視界に入れて、サァッと血の気が引く感覚に見舞われる。



(うん…これ直撃したら死んでたかもしんない。死ななくても絶対痛い)



封魔は私を庇うように体を覆ったままだったけれど、本やら筆記用具が飛んでいるのが音や靖十郎、寮長の声で分かった。

 しかも、私以外の三人はこの状況に意外にも順応し始めたらしく、飛んでくるものを避けたり掴んだりと目立った怪我をしている様子もない。

最近の若者の順応力半端ないです。流石脳みそが柔らかい時期なだけある。



「封魔、もう庇わなくて大丈夫だよ。ごめん、俺…」


「あ?いいから、お前は俺の下で大人しく泣いとけ」


ったく、どーなってんだこれ…?等と怪訝そうにしながらも封魔は飛んできた本を叩き落とした。

 私といえば彼の下から抜け出そうとしてみたんだけど、封魔がガッチリと腰に腕を回しているお陰で活きのいい魚みたいにビチビチと上半身と下半身を少し動かすくらいしかできなかった。

…高校生の力って強いんだね、知らなかったよ。



(でも、困ったな…いるのが禪ならまだしも“一般人”の前で術を使うわけにはいかないし、符も部屋だから無理でしょ?んで、シロを喚ぶ訳にもいかないんだよね…喚んだら部屋半壊しかねないし)



 どうしよう?と少しずつだけど、確かに激しく過激になっていく現象を横目にない知恵を振り絞ってみる。

簡単に解決策なんか見つかるとは思えないけど、諦めるわけにはいかないのだ。

このまま激しくなれば彼らが危ないし、既に怪我をする可能性も十分すぎるほどあるのだから。



(どうにか…―――最悪、身バレ覚悟で術を使って収めないと)



 視界の隅で、ガタリ、と大きな勉強机が揺れたのをみて私は腹をくくった。

封魔も同じように大型の家具が動いたことに気づいたらみたいで一瞬、拘束していた腕の力がゆるんだその隙に大きな体をぐいっと力任せに引き剥がす。



 私がその場に立ち上がった瞬間、勉強机が大きくガタリと音を立てて動いた。

室内に響く音は、子供の狂ったようなけたたましい嗤い声とラップ音、手で壁や窓を叩く衝撃音で混沌としたままだ。


読んでくださってありがとうございます。

時々思い出したようにオトメ的表現及び状況にチャレンジしていきます。

需要は…なさそうですけど遊び心とチャレンジ精神って大事ですよね?ね?

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