【男子高校の怪談 3】
今回は短めです。
ホラーさんは相変わらず出勤中。
学校に伝わる七不思議っていうのは、どこにでもあるものだと思う。
小学校には多分、どこにでもあるんじゃないかと思う。
定番のものだったり創作が混じっていたり、一部だけ違ったり…必ず一度は流行って話題にのぼったことがある筈だ。
特に『トイレの花子さん』系は有名だし『動く人体模型』は多分ネタのような扱いになってるんじゃないだろうか。
音楽室の肖像画とかは授業中に意味もなく見つめてみたり…そういう何気ないものから、「コックリさん」「エンジェル様」「お稲荷さま」ほかにもいろんな名称の簡易版降霊系のおまじないも同時に流行ったりして。
勿論、流行る流行らないには波みたいなのがあって突然流行して気づけば終わってると言うような不思議な話題。
子供の間だけで広がり伝わっていく怪談はよく聞くと、その時のブームや土地柄、噂、子供の不安やストレスが色濃く反映されていて聞いてみると面白かったりもするんだけど…―――殆どがあくまで『噂』なのだ。
「次の話はココだな」
「ここって体育館ですよね、授業でも使ってる」
「ああ。この体育館の奥…丁度裏手にある部活棟に隠れるように昔使われていたロッカーがあるんだ」
今では体育館に併設した更衣室があるそうなので使われなくなっていて、物置小屋になっているそうだ。
簡易地図をまじまじと見つめていると靖十郎がポツリと口を開いた。
「―――…思い、出した。ここってボロいプレハブがあるところだ。普段全然使わないし、用もないから近寄らないけど…ここ、隣のクラスの奴が去年死んだとこ、だ」
「え……?」
驚いて靖十郎を見ると眉を寄せてプレハブがあるという場所を見つめていた。
予想どころか想像すらしていなかった言葉に絶句していると、靖十郎が当時の記憶を辿るように一つ一つ言葉にしていく。
普段の親しみ易くて、世話焼きで、なんだかお母さんみたいなクラスメイトの面影は微塵もない。
「入学して…三ヶ月くらいの時に初めて俺らの学年から死んだ奴が出た。体育館横の、ボロいプレハブの中にあるロッカーで死んだって河村が慌てて飛び込んできて…紐みたいなので全身縛られた痕があったのに凶器も長い紐も見つからなかったから校内で凶器探しが流行ったんだ」
「…た、宝探しみたいなことしたんだね」
「いや、間違っちゃいねーけど不謹慎だろ、それ」
「ご、ごめん。つい」
決して靖十郎のシリアスな表情や雰囲気に違和感を覚えて、とは言わなかった。
でも言わなくても察したらしい靖十郎が「折角話してやったんだから真面目に聞けよな」とかなんとか言いながら拗ね始めてしまったので先ほどの雰囲気はなくなった。
何とも言えない空気が漂い始めた時にパンパンと乾いた手を叩く音。
音の主は葉山寮長で彼は微妙な空気を吹き飛ばすように話を引き継いだ。
「実例から入ったが、まぁ靖十郎が言っていたのが『届かない声』って七不思議だな。放課後、部活終了のチャイムが鳴ってもまだ体育館の用具入れにいると知らない間に、暗くて狭い空間に押し込められる。体を締め上げられ、肋骨が折れても巻き付いた紐は締まっていき……やがて、最後は口を何かに塞がれる」
「そのロッカーがこの使われてないロッカーですか?」
「ああ。で、不思議なことにこのロッカーの中からどんなに叫んでも暴れても、音も声も外に漏れないそうだ。だから、助けが来ないままジワジワと絞め殺されていく―――…警察は、ロッカーが開かないのは、ロッカーの前に置かれている跳び箱やマットが積み重なっているからだって言ったらしい。ちなみに一番初めに死んだ生徒は縄跳びでグルグル巻きにされて、喉が潰されていたそうだ」
閉じ込められた生徒は、必死に叫んだんだろうなぁ。
寮長の最期の言葉で死んだ…ううん、殺された生徒がどれほど生きたがっていたのかが胸が苦しいほどに伝わってきて思わず目を伏せる。
寮長の話はまだもう少しだけ続いた。
なんでも、その男子生徒は自分を助けてくれる誰かを探してロッカーの中に通りがかったりその場に居合わせた生徒を引きずり込むそうだ。
でも、その引きずり込まれた人間はロッカーから出られない。
(そりゃ、そうだよね…全身を縛られて、ついでに口も塞がれてるんだから。おまけに人が近づかない場所ときたら発見されるのがいつになるのか…)
少しだけ想像してみた。
暗くて、狭い、自分以外の音がしない場所で…気配がする。
これがどれほど怖いのか私には想像するしかできないし、実際に体験したいとは露程も思わないけれど。
そんな風に死にたいと思う人間はそういないだろう。
ふぅっと息を吐いたのは誰だっただろう。
自分の中に降り積もった恐怖や重たい感情を吐き出すような、深いため息。
視線の主を探す気にはなれない。
だって、無意識にしていた自分のものかもしれないから。
しぃんと静まり返った部屋。
時計が秒針を刻む音も、廊下の外からも、物音も、虫の声も、何も。
あまりに静かすぎることに気づいた私が視線を上げた時、すすっと太ももの上を何かが滑っていく。
「っひゃああ?!」
「うぉ?!ど、どうした、優!」
「い、今太ももになにか………って、封魔かい!」
ぼんやりと自分以外に向いていた意識を引き戻したのは私の右隣にいる封魔だった。
左隣には靖十郎がいて何事かと目を丸くしている。
さっきまでふざけていた所為で私を真ん中にして左右を二人に囲まれてる状態なんだけど、正直暑苦しさがないわけじゃないんだよね。
彼はニヤニヤしながら私の太ももを撫で回しながら私の反応を伺っていた。
って、お前はどこぞのエロ親父か!
靖十郎なんか私の声に驚いて腕にしがみついてるじゃん。
あれ。なんか靖十郎が可愛く見えてきた。
ついでに敗北感がじわっと来てるんだけど。
「お前触り心地いいな。ほれ、もっとこっち寄れって、あと筋肉つけろ。ぷにぷにだぞ」
「う、うぅうううるさいな!筋肉付きにくいんだよ!あと、太もも撫でるのやめろ!気色悪いからっ!あと、ほら、靖十郎も離れて。大丈夫だから…ちょっと驚いて変な声出ただけだし」
「お、おう。そうだ!怖いだろうしな、俺、手ぇ握っててやるよ!」
どう考えても靖十郎が怖いだけだよね、手すごい震えてるんだけど。
あと手汗ひどいよ、靖十郎。
「はいはい、ありがとう。って、こら!尻を触るなって!!」
「チッ、気づいてたか。ちょっと気を紛らわせてやろうと思っただけだ。ついでに反応見て遊んでやろうと思っただけだ」
「…ついでが本音だな」
靖十郎の手を握り返すと彼は満足したのか少し顔を赤くして私がいる方とは反対の方を向いてしまった。
小さな声で「さんきゅ」と言うあたり靖十郎らしいけど、なんか…やっぱり女子力的なものが高い気がする。私よりも遥かに。
問題の封魔も舌打ちをしつつお尻を撫で回していた手を止めて、大人しく太ももの位置に置いた。
いや、だからなんでそこ?
「はぁ、お前らが仲いいのはわかったからせめて聞き終わってからにしろよ。見てて面白いけど、ちょっと興が削がれるだろ。で、次は『底なしプール』ってのだな」
気を取り直したらしい寮長が再び姿勢を正して静かに語り始めた。
反芻するようにプール、と私の唇が動く。
でも、声はでなくてかすれた音が吐き出されただけだった。
自分の目の前にいる寮長は、怪談を話すとき表情が欠落するらしく、比較的整った顔ということも相まって肝が冷えていく。
なにより、六つ目の階段の名前を口にした瞬間に背筋を、汗が一筋伝落ちていった。
これ以上聞いてはいけないと意識の深い部分が警鐘を鳴らしている。
無性に、後ろを振り向きたいのに振り向きたくないという矛盾した衝動が生まれて、じわじわと思考を侵食していく。
(確か、私の背後にあるのは…窓)
カーテンは閉めてあったっけ?
ちゃんと、外から見えないように、外が見えないようにしてあったっけ?
「プールのある場所はわかるな?この体育館の奥にある建物だ。水が入るのは夏期」
靖十郎と封魔が触れていない場所から音を立てて血の気が引いていく。
寒い、と思ったときには自然と靖十郎と握った手に力が入っていた。
頭の中を占めるのは“どうしよう”“どうしたらいい”そんな意味のない、自分の気を急かすだけの言葉たち。
「おい。優、お前なんか顔色悪ぃけど大丈夫か?」
ふと耳元で低い封魔の声がした。
ふっとかかる吐息の暖かさで体がビクッと小さく跳ねる。
「そう言われれば確かに……おい、無理すんなよ?なんなら俺が寮長から話し聞いて後で教えてもいいわけだし」
「―――だい、じょうぶ」
心配しないでと言いたかったのに口が動かない。
寒気が、どんどん増してきて小さく体が震え始めるのがわかった。
この時既に、異常事態、緊急事態、危険、逃げろ、そんな言葉が頭の中を支配していた。
次回は超常現象?回の予定。
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