【顔合わせと規約確認】
やっと生徒会長くんが出てきました。
すっげー苗字です。
多分次回…夜の調査に…いきたいです。
実に美味しくて満足のいく夕食後、私は割り当てられた部屋でいち早くシャワーを済ませた。
まだルームメイトの姿は見ていないけれど、必ず一斉清掃の時にはいるってことだったから今日中には会えるとは思う。
話ができるかどうかは別だけど、時間がないわけじゃないから早めに時間をとってもらえないか聞いてみるつもりだ。
(協力者って時点で話は聞かせてくれるだろうけど、どこまで知ってるか、だなぁ)
須川さんチョイスの椅子に座って、机の上に並べた仕事道具を見つめながら考える。
生徒会長だっていうルームメイトの真行寺院 禪君の実力もわからないし、そもそも、どこからどこまで協力してくれるのか確認するのが一番しなきゃいけないことだ。
「須川さんが許可するとは思えないけど、夜の調査に同行ってことになったら万が一に備えて私の方も色々準備しておかないといけないし。少なくとも護符の類と神水は多めに作っておかなきゃ不味いよね。あと、自衛できない前提で考えないようにしないと」
御札や護符を作る専用の紙を用意して専用の墨を用意する。
早い時間にシャワーを浴びたのは体を清める必要があったから。
バレないのも大事なんだけど、護符を作るには結構神経を使うんだよ。
「…護符、苦手なんだけどね…丸文字だし」
どうしたって、格好がつかない私の護符。
多分丸文字なのが災いしてるんだと思うんだ…威厳に欠けているというべきか、緊張感が欠如しているというべきか。
効果は一応あるんだけど信用を得づらいんです、兎に角。
「自分で使う分には問題なし、っと」
パシッと両頬を軽く叩いて気合を入れてから私は、椅子に腰掛けて護符の作成に入った。
作る護符は三種類。
攻撃用、防御用、結界用といった具合だ。
まず最優先の結界用を書き始める。
筆に墨をつけて一気に書き上げるんだけど、細かな書き順に細心の注意を払う必要があるので精神力が結構削られる。
一筆でサラッと書いているように見えても書いている本人としてはかなり必死だ。
どうにか集中して三種類の護符を十枚ずつ用意した所でスマホのアラームが鳴る。
時間は七時十五分。
慌てて片付けをした私は急いで舎監室へ向かう。
実はシャワーを浴びている最中に須川さんから管狐を通して伝言を受けたのだ。
七時半に舎監室へ来るようにとのお達しだったので遅れるわけには行かない。
どうにか片付けを終えて護符を乾かしている間に晒しの緩みがないかもう一度確認をする。
シャワーを浴びた後だし、ほかの生徒からの目を考えても制服じゃ目立ちそうなので私服なのだ。
まぁ、私服って言ったってTシャツとゆったり目のジャージなんだけどね。
体のラインを出さない服装って言ったらこれが無難だろうって判断。
おしゃれ?そんなの二の次三の次。
「後はメモ帳持って…スマホも一応いるかな」
ジャージのポケットにメモ帳とスマホを入れた私は念の為に部屋に鍵をかけてから舎監室へ向かった。
舎監室への道のりは簡単なので覚えているので問題はなかった。
多くの生徒が戻ってきた寮内は賑やかで、廊下にもたくさんの生徒がいる。
私が割り振られた寮では先輩後輩関係なく仲がいいらしく授業や部活での出来事などを話していたり、世間話をしている姿が見られた。
中には私に話しかけてくる人もいたので編入生だと告げると納得したように私の頭を撫でたり、親近感がわく親しげな笑顔を浮かべて挨拶をされたり暖かな歓迎を受ける。
(これならバレないで仕事が出来そう、かな)
友好的な返事を返して足をすすめると、寮のデイルームでシャワーを浴びて来たらしい封魔と靖十郎にあって呼び止められた。
「あれ?優どこいくんだ?シャワーは…浴びたみたいだな。まだ髪濡れてんぞ、ほら、ちょっとこっち来いよ」
「うわっ!?っと、あ、ありがとう…でも水滴は落ちてこないし大丈夫だって」
自然な動作で靖十郎が手に持ったハンドタオルを使って私の髪をゴシゴシ拭き始めたのには驚いた。
驚きすぎて抵抗らしい抵抗ができないまま髪を乾かされた私をみて封魔がやれやれ、と大げさに首を振った。
「諦めろ、コイツ、おかん気質なんだよ。んで、優はどこに行くんだ?ただぶらついてんなら俺らんトコに来いよ。先輩たちもいるし、親睦深めるのにゃいいタイミングだろ」
「誘ってくれるのはすごく嬉しいんだけど、宿直の先生に呼ばれててさ。ほら、編入したばっかりで必要な書類がちゃんと揃ってなかったらしくて、確認とかそういうのして欲しいって呼び出されたんだ」
ちらっと舎監室へ続くドアに視線を向けると封魔も靖十郎も納得したらしい。
「大変だなー…って、そういえば今日から宿直の教師が変わるんだっけ。点呼の時に各寮をその教師が顔見せを兼ねてくるってさっき聞いたんだけど」
「え?そうなの」
「おう。日本史の臨時教諭らしいんだけどさ、別のクラスの奴がすごい教師が来たって騒いでたんだよな」
「(ごめん、靖十郎。その人知ってるんだ、上司だから)へ、へぇ~?すごいってどんな風にすごいんだろうなぁ」
白々しいと思いながらも視線を逸らしてどうにかそれっぽい言葉を口にする。
「モデルか芸能人かって思うくらいのイケメンだってさ。それに、授業がわかりやすくて面白いって言ってたっけ」
「どーせなら美人の女教師採用すりゃいいのにな。男子校でイケメン教師とか誰得だっつー話だよ」
「あ、あは、あはは…ごめん、そろそろ時間だから舎監室に行ってくる。掃除の時間に会えたらまた話しよう」
これ以上、上司の評判を聞くのも精神的に辛いのでさっさとこの場から離れることにした。
幸いにも時間は迫ってきていたし嘘はいってない。
二人と別れてそのまま舎監室へ続くドアを開けると、何かの書類を書いていたらしいラフな格好をした須川さんがいた。
彼の普段着は着物なので、シンプルなシャツとパンツ姿は今まで見たことがなかったけれど恐ろしく様になっていてうっかり舌打ちしかける。
(…何着ても似合うとかホント神様は不公平だ。私なんか背の高い人が似合う服は全滅で間違ってもモデル風の格好なんか出来やしないってーのに)
体重は何とかなっても身長だけはもうどうしようもないし。
やりきれない思いを抱えつつドアを後ろ手に閉めて、室内を見回すけれど変わったものは特にない。
「遅くなりました、須川さ……須川先生」
「江戸川君ですね。五分前行動が身についているようでなによりです。書類についてですが、ここでは話しにくいのでこちらへどうぞ」
しれっとした顔で書類から顔を上げて机の上を整理した彼は、スマートに今まで私が気づかなかったドアのノブをひねった。
どうやら、生徒が出入りする以外にもう一つ別のドアがあったらしい。
不思議そうな表情で私の疑問を察したのか須川さんは微笑みながら小声で告げる。
「舎監室と宿直用の部屋は繋がっているんですよ。鍵がかかるので生徒は勝手に入れませんし、仕事の話をするには好都合です。監視カメラの映像も確認できるようになっているので生徒が来たらすぐにわかりますしね」
さぁどうぞ、と促されて室内に足を踏み入れる。
そこはちょっとした部屋になっていた。
中型冷蔵庫や応接用と思われる机にソファ、書類を入れる棚。部屋の隅、丁度就寝用に置かれたベッドから死角になる位置には、小さなテレビ画面が六つ並んだメタルラックがある。
「監視カメラ、ですか」
「ええ。基本的に部外者もしくは内部から抜け出そうとした場合センサーが反応して警報装置がなり、ついでに警備会社に連絡が行きます。まぁ、夜の調査に向かう場合は非常口鍵とセンサーを解除しておくので問題は無いでしょう。非常口は都合よく貴女の部屋のすぐ前にあるので安心してくださいね」
「……ハイ。あ、この窓から全部の部屋が見渡せるんですね」
「ええ、火災や不測の事態が起きた際にいち早く状況把握ができるよう考えられて建設されたのでしょうね。さて、優君はソファに腰掛けていてください。今、資料や道具を持ってきます」
はい、と大人しく返事を返して言われた通りソファに腰を下ろせば須川さんが漆塗りの箱と数枚の資料を持ってくる。
それらをテーブルの隅におき、冷蔵庫から正し屋でよく作っている冷茶を取り出した。
グラスの数は、三つ。
他にも誰か来るのだろうかと首をかしげているとタイミングよくドアがノックされる。
「すみませんが、お茶を淹れておいてください」
「わかりました」
白石先生が参加するのかな?と思いながらお茶を淹れ終えた頃、ドア口で短いやりとりをしていた須川さんがその人物を招き入れる仕草を見せた。
で、だ。
入室してきたのは予想とは全く違う、というか想像すらしていなかった人物で思わずお茶入りグラスを倒しそうになった。
「え、あ、あれ?生徒会長の真行寺院くん?」
「おや、もう名前は知っていましたか。彼は今回の依頼者でもあり協力者でもある生徒会長の真行寺院 禪くんです。ああ、どうぞ掛けてください。優君、お茶を」
一人がけのソファに腰を下ろした須川さんは用意した資料を私と彼の前に置いて、話をはじめる体制に入る。
「は、はい!ええと、どう、ぞ…?」
「――…ありがとうございます」
慌てて普段正し屋でしているのと同じようにお茶出しをしてから自分もソファに座り資料を手に取る。
お茶を置いた時に聞こえた声に抑揚はなく、儀礼じみたものだったのが妙にしっくりくるな、なんて感心しながらどうにか意識を仕事用のそれに切り替えた。
「では…改めて、自己紹介をさせていただきますね。私は『正し屋本舗』の経営者であり従業員でもある須川 怜至です。貴方の横に座っているのが『正し屋』の従業員で事務職兼実務担当者の江戸川 優君。頼りなさそうに見えるとは思いますし、実際至らない点は多々あると思いますが元々“こちら側”の人間ではなかったので大目に見てください。必要最低限の能力は備えています」
「よ、宜しくお願いします」
中々に的確で辛辣な須川さんの紹介に慌てて頭を下げると無表情のまま視線がこちらに向けられた。
その瞳からはなんの感情も読み取れなくて少しだけ狼狽える。
(うわぁ、どうしようとっつきにくいぞ!ルームメイトとしてやってけるかなぁ)
どうしたものかと内心考えていると彼は薄い唇を開いた。
「僕は市立栄辿高等学校生徒会会長を勤めている真行寺院 禪と申します。この度は依頼を受けていただき生徒会、及び生徒一同感謝しています。正直、受けていただけるとは思っていなかったので」
つらつらと抑揚のない、感情が見えない業務的な返答に面食らって動きを止めてしまった私とは対照的に、須川さんはひどく楽しそうに微笑んでいる。
「こちらの都合や無理も呑んで頂けましたからね。この学校の校長や教頭といった教員の方が理解ある方たちで助かりました。それに、ここで起こっている状況は流石に見過ごせませんからねぇ――――…さて、初めに基本的なことを確認させていただきますがいいですね?」
頷いた生徒会長の彼と話についていけていない私を見ながら須川さんは口を開く。
まず、とひと呼吸置いて釘を刺すように生徒会長の彼を見据えた。
「一つ、私たちが『正し屋本舗』として依頼を受けこの学校に来ていることは内密にすること…これは混乱を避ける為であり、依頼解決の為に最善かつ重要なことです。生徒会だけでなく生徒の中でも知っているのは会長である君だけです。教員については皆、承知して頂いていますが彼らにも他言無用、生徒には間違っても教えないことを約束して頂いています」
「はい。校長先生や教頭先生からもその様に聞いています」
へぇ、そうなんですかーなんて流石に言わない。
空気は読みます、社会人として人として。
「二つ、限られた場所以外では私はあくまで教師、彼は生徒としての立場であることを認識し、そのように振舞ってください。こちらもボロは出さないように気をつけますが、優君は潜入調査自体が初めてですし少々抜けているところがあるのでフォローしていただくこともあるとは思いますが、その点は?」
「了承済みです」
どうしよう、なんか完全に私ってば蚊帳の外だ。
そんなことを考えつつ、冷茶を飲みながら話に耳を傾けた。
「三つ、協力者としての立ち位置ですが…お父上から修行の一環として式を使った情報収集と私の許可の元での夜間活動のみが認められています。優君は別として、君の身体もしくは精神に負荷がかかっていると判断した場合や対処しきれなくなる可能性が見えた時点で夜間の活動は私の方で禁止します。この三つ目に関しては決定事項ですので異論は認めません」
「はい、父から聞いています。未熟な修行中のみではありますが、できる限りお役に立てるよう精進いたしますので宜しくお願いします」
スッと綺麗に座ったまま礼をした彼はぶっちゃけ、私より社会人だった。
ぽかーんとマヌケにも口を開けて二人のやり取りを見ていた私に須川さんの一瞥が。
「優君、惚けていないで気を引き締めなさい。今ここに集まっていただいたのは、資料を見ていただければわかると思いますが―――――…今夜の夜間活動についていくつか話しておきたいことがあったので呼びました」
資料に視線を落とすと、そこには文章のみのものが二枚と図が入ったものが四枚あった。
図というか完全に校内外についての簡略化された地図だ。
校舎の一階、二階、三階がそれぞれ一枚ずつ、そしてグラウンドや部活棟、寮まで簡単にされたものが一枚という充実のラインナップ。
見やすく書かれたこの図があれば迷うことはおそらく、ないだろう。
教室の名前やなんかもきちんと書かれているし…先ほどちらっと話をしてくれたセンサーを切っておくという寮の非常口には赤く丸が書き込まれている。
「監視カメラは作動させておきますが学校のセンサーは一時的に切っておくので安心して調査に当たってください。寮に関しては赤く印がついている場所のみセンサーを切ります。監視カメラは回しておくので万が一にも他の生徒がその場所から抜け出すという心配はないでしょう」
「須川さん、夜間活動というか夜間調査って何時から何時くらいまでが目安ですか?」
一番気になっていたのは時間だ。
「点呼は九時、消灯が十時とのことですので十一時から午前二時までがタイムリミットです。調査範囲ですが…今日は校舎内を軽く見て回るだけで構いません。ただし、校内の屋上は立入禁止とさせていただきます。校舎外については危険があるのでまだ手を出さない方がいいでしょう。私たちが来てすぐに“反応”があったことを考えるとかなり強い相手だと考えられますので十分注意するように」
「はい。今日は屋上を除いて校内を見て回って雰囲気や気になる場所がないか確認するに止めておきます。多分、そんなに時間はかからない、ですよね?」
「ええ、見て回るだけですから…一時には戻ってこられるでしょう。戻ってきたらそのまま休んで構いません。念の為報告書は書いて、明日のこの時間までに提出してください」
私たちが頷いたのを見てから須川さんは漆塗りの文箱を目の前で開いた。
そこには、私にとって見慣れた…それでいて頼もしい“相棒”と須川さんの手製らしい護符や御札などが入っていた。
隣にいる生徒会長くんがこの時初めて人間らしいというか年相応に驚いた表情を浮かべたのを横目で見ながら有り難く“相棒”を受け取るべく須川さんに手を差し出した。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
誤字脱字変換ミスなどがありましたら是非教えてください。
気づいたら自分で修正します…できるだけ。