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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
33/112

【僅かな痕跡】

 結構、前回のものよりも変わってきてるような気がします。

いや、大筋は一緒なんですけどね。どっちが読みやすいのだろうか…



頑丈な屋上へ続くドアの向こうに視えたのは、澱んだ赤黒い靄のようなもの。



濁った色は、穢れている証拠だ。

色は黒に近くなればなるほど、悪意とか殺意とかが強いという一種の目印になるのだと、山神様や須川さんが教えてくれた。


 青黒いのは自然発生した純粋な負の感情や穢れ、、悪意の塊。

 赤黒いのは、青黒いモノによって血が流れ、増殖し肥大化した排除すべき対象。


霊能者の間では一般常識なんだって。

色による分類は一番簡単だから多くの人がこれを参考にするとか。



「ま、人の形をしてないだけで随分気楽、かな。楽観視はできないけど」



気を引き締めてドアノブに手をかける。

 少しの力を込めて極力音がならないよう注意しつつ“立ち入り禁止”の屋上に繋がるドアを押し開く。

 開けた瞬間に真っ先に感じたのは“臭い”だ。

濃厚な錆びた鉄くさい臭いに顔をしかめつつ更に、ゆっくり人一人が取れる程までドアを押す。


 足を一歩、踏み出して防水加工の施された古いコンクリートを踏みしめた瞬間、ザワっと体中の毛穴が開いて背筋がぶるりと震える。


 景色は、至って普通の―――どこにでもありそうな、貯水槽くらいしか目立ったもののない屋上。


貯水槽の周りを2m程のフェンスが覆っているけれど、転落防止用のフェンスなんかはなかった。

立ち入り禁止にするくらいだし、ここに来るのは点検業者くらいなんだろう。


ドアを背に、私は周囲を見回す。

コンクリートの向こうには森と遠くの方に街が見える。

空は、快晴で時折吹く風はとても気持ちがいい…はずなのに、ドアの正面から見えるソレがこの空間を異様なものに変えていた。




「―――……あ」



 僅かな段差の手前には、行儀よく揃えられた靴。

ただ、それだけで遺書らしき紙は見当たらない。


(っていうか…遺書なんて多分、ないだろうな)


だって、と脳裏をよぎるのは数十分前に見たものに思考が飛んだ。




 そう、あの時のことだ。



授業中の窓から見た、落ちていく黒い制服の彼の表情。

一瞬だったのに…いや、一瞬だったからこそ、焼き付いて離れない死に際の顔は“死”を望んでいるようには到底見えなかった。



「靴、はそのままにして置いた方がいい、よね。警察も後で現場を見に来るだろうし」



そろっと足を動かして揃えられた靴に近づけば、白い上履きの、やや潰れたかかと部分にマジックで名前が書かれていることに気づく。

 咄嗟にメモ帳を出して書かれていた文字を書き写した。



「3‐D 松下?松下て子の名前を調べてもらえば何かわかるかも」



 噂の収集と犠牲になった生徒のことを調査することが最優先だろう。

まぁ、須川さんのことだからきっといずれこの情報は耳に入るんだろうけど、報連相ほうれんそうは働く上でも大事だからね。




「取り敢えず、もう収穫はなさそうだし…保健室によってチャイムが鳴ったら教室に行こう。HRには出ないとね」



病人ではないし、そもそも放課後には校内を案内してもらいたいのだ。

夜までにある程度の場所くらいは把握しておきたい。

 うろ覚えではあったけれど、どうにか保健室へ向かったんだけど、白石先生は残念ながら不在。

多分、というか間違いなく色々な対応に追われているんだろう。

 仕方がないので、勝手にベッドにお邪魔してころりと横になった。




「あれ。今更だけど屋上で“靄”は見なかったな…形跡も、なかったし」



ドアを明ける前は明確に感じられた赤黒い穢れに首を傾げつつ、まとわりついてくる管狐をしばらく愛でているうちに…うっかり、私は眠ってしまったらしい。

 緊張感がないなーとは、我ながら思うけど仕方ない。

保健室のベッドって無駄に眠くなるよね。

寝るつもりがなかったのに、気づいたら眠ってるとか結構あったもん。




◇◇◆





 保健室で居眠りをしていた私の意識が浮上したのは、ドアが開く音のお陰だった。



ふっと目を開けてカーテンの隙間から誰が来たのか覗き見る。

そこにはスーツを着た須川さんと白衣の白石先生が難しい表情をして何か話しているようだった。

 初めに、私に気づいたのは須川さんだった。

次いで視線が自分からそれたことに気づいた白石先生がカーテンから顔を出す私を見て目を丸くする。



「優ちゃん?どうして保健室にいるんだい?」


「さ、サボってたわけじゃないですよ!ええと、授業をちょっと抜けて…屋上を見たあと、保健室で白石先生を待ってたんです。飛び降りた生徒のことを聞ければなーって」


「―――…なるほど、それで待っているうちに眠ってしまったんですね」


「ぅえ!?なんでわかったんですか須川さん!?」


「寝癖がついていますから、誰でもわかります」



やれやれと緩やかに首を振る上司様に愛想笑いを浮かべながらベッドを出てカーテンを開ける。

 管狐はいつの間にか、いなくなっていた。




「先に現場検証してきました。後で警察が入ると思ったので触ったのは屋上のドアくらいです」


「宜しい。まだ私たちも屋上には行けていないので、報告を」


「はい!ええと…屋上には上履きがきちんと揃えて置かれていました。うっすらかかとの部分に3‐D 松下って書いてましたね。ただ、遺書の類はなく、人の影も誰かがいた形跡もありませんでした。ドアを明ける前に“視た”んですけど、赤黒い靄みたいなのが少し残ってたくらいで、ドアを開けるとその靄もなくなっていました」



ふむ、と考える姿勢を作った須川さんに変わって白石先生は痛ましそうに眉を寄せた。



「三年の松下か。投身自殺するようなタイプじゃないんだけどな…ああ、俺たちはまだ現場も見てないんだ。飛び降りがあったってことで警察を呼んで、各教室や各教員に適切な対応を促しただけでさ…後は、警察が来るまで生徒も教師も校舎からは出られない」


「そう、なんですか。やっぱり混乱を避けるにはその方がいいですもんね…――あ、そうだ須川さん、案内ありがとうございました。案内がなかったら確実に迷子になって屋上には行けませんでしたよ」


「かまいません。私は授業のサポートで動けませんでしたからね。なにより、サポートはすると言った手前、何もしない訳にはいかないでしょう?」



ふっと微笑んだ須川さんは私の頭の恐らく寝癖になっているであろう箇所を手櫛で整えてくれた。

 少しだけ照れくさかったものの、ふっと思い出した怪談についての報告もしてしまう。



「あの、この学校には『栄辿七つ不思議』っていう特殊な怪談があるみたいなんです。それで、『閉ざされた焼却炉』と『咲かない花壇』っていう二つは聞きました。多分、その関連だと思うんですけど…――― 生徒が飛び降りたあと、教室にいた生徒の一人が“また『呼ぶ屋上』かよ”ってボヤいてたんです。多分『呼ぶ屋上』っていうのも七不思議の一つだと思うんですけど…」



話を聞いた須川さんは暫く沈黙をして緩く首を振る。




「話の流れ的に恐らく七つ不思議のひとつで間違いないでしょう…にしても、『呼ぶ屋上』ですか。怪談話も馬鹿にはできませんね」


「あの、白石先生は七不思議について何か知りませんか?」


「ごめん。でも、怪談があることはうっすら知ってる。内容は全く知らないんだ。多分、生徒の間だけで伝わってるんだと思う」


「今現在、栄辿高校出身の教員などはいますか?」


「それがこの学校出身の教師っていうのは今まで一人もこの学校には赴任してないそうです。引き継ぎの時に聞いた話なんで真偽のほどはわからないんですが、現在いる教員は間違いなく他校出身者ばかりです。ああ、でも校長や教頭は例外らしいんですが」




校長にでも聞いてみましょう、と白石先生が話したところで須川さんから指示が出た。



「では残りの怪談については同室の生徒――…生徒会長の真行寺院くんに聞くようにしてください。彼が知らなければ寮長あたりに聞いてみるのもいいでしょう」



はい、と返事をした所で須川さんから生徒会長であるその生徒が今回、協力してくれることになっていると告げられる。


 そうだよねー、事情とか性別とか隠して生活するのって大変だし、休んだ気がしないもん。

寝るときくらいダラダラしたいし。

って、夜は監視しなきゃいけないんだろうな。



「ああ、それから先に言っておきますが話してあるのはあくまで私と優君が仕事としてこの学校に来たことと依頼内容についてです。性別に関しては一切話ししていないので十分に気をつけてください」



 ニコニコにっこり。

周囲に星と花のエフェクトでも飛んでいそうな華やかな笑顔を向けられて、思わず後ずさる。




「(なんで私の考えを見通したように釘さしてくるかな?!この上司様はっ!怖いわッ!)じ、じゅーぶんに気をつけマスっ!」


こええーと内心ガクブルしている私をよそに、須川さんのものとは違う美声が鼓膜を震わせる。



「――――…昔、イジメを受けていた生徒が雲一つない快晴の14時20分に屋上から身を投げた。奇妙なことに、地面に叩きつけられた生徒の両手首は赤紫色の紐で後ろ手に結ばれたままだった」


「え…?」


「紐をといても尚、手首には鬱血した赤紫の跡が残り、消えることはなかったという。その生徒が死した数日後にイジメの加害者達は同じように屋上から転落。その手首には赤紫路の痣が残っていたという―――…どうやらこれが『呼ぶ屋上』の内容らしいね」



目を伏せ、どこか物憂れいにふけったような表情を浮かべていた白石先生の淡々とした声はメディアで聞く怪談よりも生々しく、怖かった。

絶句し口を開けている私を見て白石先生は漸く苦笑を浮かべ、何かを私たちに見せた。


 その手にはスマートフォン。


見てみると無料アプリのグループメッセージチャットが開かれていた。



「少し前に授業が終わったことだし、寮長たちのグループチャットでちょっと聞いてみたんだ。あ、まだ続きがある…えーと…――― 今はもう、イジメの加害者はいない。だが、屋上へ続く階段を登る人間を見たものは、呼ばれるように屋上へ向かい」



一度ここで途切れたらしい。

 ポロンっという着信音とともに新しく文章が書き込まれたらしく、それを白石先生は読んでくれた。



「―――…地面へ叩きつけられる。両手首を縛られ、死の恐怖に顔を歪めて」



これで全部らしいね、と小さな溜息とともにスマホを操作し、彼はポケットへスマホをしまう。

 自然と凝視してしまっていたらしい私をみて、彼は照れたように微笑んだ。



(あー、うん。不謹慎だけどこれだから美形って奴は!ってボヤいてもいいかな。何なんだ、ホント須川さんといい白石先生といい…視線ホイホイだな)



うっかり半目になった私をどこか面白そうに見ている白石先生も、自分が恵まれた容姿の持ち主であることを自覚しているらしい。



「あ。ええと、すいません。もし詳しいことがわからなかったら内容をメモしてもいいですか?」


「それなら俺が紙に書いて後で渡すよ。結構いろんな部屋の見回りとか生徒会長に頼まれもの渡したりもしてるからさ」


「いいんですか?ありがとうございます!」



基本的に噂とかクチコミの類は依頼の遂行にあたって参考にすることはあっても、全てを鵜呑みすることはできないから自分で詳細を調べないといけないんだよね。

 ここからが大変だぞー、と考えてアレ?と首をかしげた。



(でも、なんでだろう。さっき聞いた話…本当にあったことだってあっさり信じちゃってる自分がいる)



変だな、と改めて腕を組んだ。

 そりゃ、考えが浅い自覚はあるけど七不思議っていう広く浅く広がる一首の都市伝説のような話をあっさり信じてしまえるなんて少しだけ、妙だと思った。

ありそうな話だからかな?と一応自分を納得させたもののモヤモヤした思いは残る。



「そういえば、屋上に向かう生徒を見たってだけが飛び降りる条件なんですか?」


「ん?言われてみれば…変だよな。でも、実際に何人か飛び降りてるんだ。警察はノイローゼだって言ってるけど、この数は正直異常だと俺は思うよ。先生たちも同じみたいで、早々に立ち入り禁止の紙と屋上のドアを封鎖したんだけどねぇ」



ああ、確か引き継ぎの時にその時の生徒たちは肝試し感覚で噂を試していた、とかなんとかって聞いたことがあるな。

 そう続けた白石先生に私は思わず黙り込んだ。



(どうしよう。あの赤黒い靄だけでも嫌な予感しかしないのに、依頼解決するのが見習い卒業したばっかりの私でいいのかな)



正直手に負える気ががしない、と青ざめていた私の頭の上に何かが乗った。

 驚いて見上げると眼鏡の奥でそうっと細められた綺麗な瞳に私が映っている。


どうやら、乗せられたのは須川さんの手だったようだ。


頭に乗っている大きな手がゆるりと髪の上を滑り、同時に澄んだ霊力が送られてくる。

優しく純度の高い須川さんの力は私にとって酷く心地いいものであることは、修行を通して知っていたけれど今ここでそれをされるとは思っていなかった。

 まぁ、お陰で手指がじんわり暖かくなってくる。



「少しですが影響を受けてしまったようですね。今後の調査は十分に気をつけるようにしてください。何かあれば直ちに連絡するように―――…いいですね?」



優しく囁くような須川さんの声は、もう最終兵器に近い。

 滅多に向けられることのない優しさと気遣いにちょっとした恐怖を覚えるのはもう、末期なのか。

感謝はするけど、じわじわ追い詰められている気がするんだよね。



「ハイ、承知シマシタ!」


「呪符の類などは必ず持ち歩くようにしてください。貴女にとってこの依頼はかなりの危険を伴いますから」



人が絡んでいるのだと、遠まわしに言われて小さく頷いた。

 嫌な予感は、してたんだよ。うん。

小さくため息をついた私とどこか満足気な須川さんを観察していた白石先生は、このやりとりをみて思わず、といった風に口を開く。



「―――えーと、もしかしてお二人は恋人とかそういった関係、なのかな?」


「とんでもない何血迷ったこと言ってるんですか!須川さんみたいな無駄に綺麗な人の眼中に入る容姿に見えますか?!月とスッポン通り越して月と小石くらいの差ですよ!そもそも恋人に男装させるってどんな性癖の持ち主!?」


「優君は時々、人の好意を踏み躙る天才になりますね」


「え、何言って…いだだだだだだだ!!ちょ、須川さん頭ッ!頭破裂しますっ!!見た目に反して凄い力持ちなんですから私の頭力の限り掴むのやめてくださぃいいぃ!!浮くッ!床から足が離れそう!頭と胴体離れちゃいますからぁああぁ!いででででっ」


「あはは、面白いことをいいますね。ちゃんとギリギリのラインを見極めているので大丈夫ですよ」


「なにそれひどい!久々に優しいと思って油断したぁあああぁあ!」



いやぁああ、と頭を片手で掴まれてて悶絶する私と素知らぬ顔をして鷲掴んだ頭にギリギリ力を込めてくださる須川さん。

その様子を、白石先生が何か面白いものでも見つけたような顔をして眺めていたことに私は全く気付かなかった。


 できればもっと早く助けてくれても良かったんじゃないかなーって思うんだよね。

漫才でも見世物でもないんだけどなー…内容的には似たものがあるけど。





 ここまで読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字などあれば教えてくれると助かります。自分でも見ているんですが…うむ。


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