【依頼者】
学園編、じわじわいきます。
修正しながらなので、ゆっくりスローリーに。
―――――――…これはお客様が、時々厄介な依頼を持ち込む神様だと改めて認識した話。
ワサビ事件を経て、無事お祭の準備も午前中に終えた私と須川さんは午後から店を閉めようかと話をしていた。
何せ、従業員はたった二人なのだ。
それに夏といえば幽霊やら肝試しやらで依頼が多くなる傾向にある。
須川さんもその対応で連日忙しそうに働いていたし、私も溜まった書類をひたすら消化してどうにか二人共抱えていた仕事を片付けたのが昨日のこと。
「須川さん、お昼前に営業中の札裏返してもいいですか?午後は閉めるんですよね」
「そうですね。ではお願いします…ああ、食事の準備は私がするので給湯室から冷茶を出してきてください」
生活スペースへ向かった須川さんを見送って私は起動していたパソコンを閉じ、事務所を出て玄関の外へ。
玄関の取っ手近くにある営業中の木の板をひっくり返そうと手を伸ばした所で中年らしき男性の声が背後から聞こえてきた。
振り返るとそこには深刻そうな暗い顔の中年男性二人が何処か居心地悪そうに立っている。
一人は170センチ後半で白髪交じりの髪を後ろに撫で付けたひょろっとした狐みたいな印象の男性。
もう一人は160センチ後半くらいで人の良さそうな、薄い髪と丸く突き出たお腹の狸のような男性だ。
「ちょっと、いいかな?ここは、その…『正し屋本舗』という店であっているかい?」
狸の様なおじさんがハンカチで汗を拭いながら私に尋ねる。
狐っぽい方は建物を熱心に伺っているようだ。
「はい。『正し屋本舗』はここで合っています……予約や事前の相談などはされていますか?生憎、店主からは依頼があると聞いていないのですが」
「予約がいるのか。どうするか、斎藤教頭」
「―――…すみませんが、どうにか店主の方に取り付いていただけないでしょうか」
狐のような男性は教頭、と呼ばれていたことから学校関係者なんだろうと思いながら一言断って玄関の戸を開けたところで須川さんが立っていた。
いるとは思っていなかったので驚いていると須川さんは外にいるお客さんを確認したのか一度頷いて笑顔を浮かべる。
「優君、お客様を案内してください。ああ、札を裏返してからで構いませんよ」
恐らく立て込むでしょうから…という予言めいた言葉に驚きつつ、言われたとおりお客様を招き入れた。
二人共疲れてはいるようだったけれど、学校関係者にしては偏見のようなものが感じられない。
寧ろ、狸の様な体型で人懐っこそうな男性は何処か楽しそうですらあって、ソワソワと落ち着かない。
狐のような、斎藤と呼ばれていた男性はそれを見て苦笑しつつ私に小さく謝罪して靴を脱いだ。
きちんと靴を揃えた二人を事務所の応接ソファに案内して、そのまま給湯室に向かう。
二人共須川さんを見て呆けた様な顔をしていたのが面白かった。
(気持ちはわかる。お客さんの殆どは須川さん見て驚くもんね。美形過ぎるのも問題だよ、ほんと)
約二年寝食を共にしているとつい忘れそうになるけれど須川さんの容姿は異常に恵まれているのだ。
冷蔵庫から夜に茶葉を入れてお茶の成分を抽出した冷茶を大きめのグラスに注ぎ、お茶請けに水まんじゅうをお茶請けとして持っていく。
一応私と須川さんの分のお茶も用意してあるけどお茶請けはお客様の分だけだ。
お茶と茶菓子を持って応接用のテーブルにそれぞれセットして、自分の机から依頼人用の書類を一通り揃え、記録用の用紙を手に断りを入れてから須川さんの横へ腰掛ける。
「予約や事前の相談が必要だとは知らずに突然お仕掛けてしまって申し訳ない…我々はこういうものです」
私が座ったのを見て狸っぽい男性が懐から名刺を須川さんに渡し、もう一人の男性も同じように名刺を出した。
須川さんは慣れた様に名刺を受け取って自分の名刺を彼らに渡した。
「ご丁寧にありがとうございます。予約や事前連絡をしてくる方以外に飛び込みでいらっしゃるお客様もいるのでお気になさらないでください。話を聞く前に、了承していただきたいのは依頼内容を聞いてもお受けできない場合もありますが…それでもよろしいですか?」
定番の問いかけに彼らは揃って頷く。
正し屋で依頼を受けるかどうかは、必ず須川さんが判断する。
依頼が立て込んでいる時は私が情報だけ聞いておいて、後で須川さんの指示をあおぐのが普通。
そりゃね、命に関わるような案件もポロッとうっかり出てくるような業界だから新米が容易に判断できない。無理無理。
私が用意している書類は依頼者の依頼内容を詳細に記載するためのものと、後で資料化しやすいようにマークシート式にしたものがある。
私の準備が整ったのを確認したのか須川さんが微笑を浮かべて手の平を私に向ける。
「申し遅れましたが、彼女は私の弟子のようなもので正し屋の正規従業員です。今回の依頼には彼女も関わることになると思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。つい先日一人前になったばかりではありますが必要最低限の仕事はできますし、力不足だと判断した場合は私自らが対処しますので安心してください。優君、挨拶を」
「へ!?あ、ええと、はい…江戸川 優といいます。依頼が受理されたら、全力で依頼にあたりますのでよろしくお願いいたします」
急に話を振らないで!と心の中で若手芸人みたいな想いを抱きつつ、出来るだけきちんと挨拶をした。
(そういえば、私、こうやってきちんと須川さんと一緒に依頼人の話を聞くの初めてだ。いつも衝立越しに聞いてたり、仕事机でBGM代わりにしてたけど)
難しい話じゃなければいいな、なんて思いつつ私はペンを握り締めた。
須川さんも雰囲気を凛としたものにしたことでその場の空気が引き締まる。
ごくり、と依頼者の生唾を飲む音がして一瞬の沈黙。
「――――…では、まず依頼の内容をお話ください。彼女に記録を取らせますが、依頼を受けないと判断した場合その書類は破棄します」
「わかりました。ええ…では、そうですね…どこから話したものか――――その、実は、私が赴任している『市立栄辿高等高校』の調査を依頼したいのです。問題自体は数十年前からポツポツと起こってはいたのですが、近年少々頻度が、ですね」
躊躇いつつも話さなければ始まらないと狸のような中年男性は重い口を開く。
彼の名は坂上 三平といい、現在は『市立栄辿高等高校』の校長として働いている。
元々は他県で教頭や校長の経験を経て最終赴任地としてこの高校で校長を務めることを決めたそうだ。
困惑と戸惑いを隠さないまま彼は意を決したように私たちを見た。
「――――…三年前から不自然な自殺が、多いんです」
どう受け取っても不穏さしか感じない言葉の組み合わせだった。
自殺が多い、というのはどういうことなのだろうかと思ったのが表情に出ていたらしく坂上校長は少し言いにくそうに私が受けた印象ですが、と前置きして話し始める。
「赴任当初は、進学校で立地的にも孤立している学校だからノイローゼになる生徒も多いのだろうと考えておったんです。でも、その、首を吊るならまだしも、複数箇所で自殺する生徒が必ず何処か縛られたような不自然な痣があるんです。警察は首を傾げはするものの、ノイローゼになった生徒のすることだからとあまり気にしていないようで」
ここで言葉を区切った校長はちらっと斎藤教頭の顔を見る。
彼は頷いて話を引き継いだ。
「私は校長よりも二年ほど長く学校にいますが、その間一年に一人は必ず自殺、死ななくても不登校や自主退学といった事態になっていまして…三年前から年に二~三人亡くなるか不登校や自主退学になっているんです。新任の教師などは不気味がったり不審に思って自主的に原因を探ったりしているのですが、古株の教員や関係者は何をしても無駄…いえ、というよりあまり不思議には思っていないようなのです。私もはじめこそ色々探ってみたのですが、最近は『またか』位にしか思わなくなってしまって…それが、一番恐ろしいことのように感じています」
一度ここで会話が途切れて数秒の沈黙の後に坂上校長が一枚の書類を私たちの前に差し出した。
須川さんが受け取った書類になんて書いてあったのかはわからないけれど、チラッと見えた書類の末尾には『栄辿高等高校 生徒会一同』と書いてあった。
しばらくその書類を見ていた須川さんだったけれど、数分間目を閉じて考えをまとめるような仕草をした後に目を開けた彼はふっと微笑んだ。
「―――…こちらの条件を飲んでいただけるのでしたら、この依頼『正し屋本舗』が請け負わせていただきます」
優君、と静かな声で名前を呼ばれて私は条件の欄が空白になった契約書を須川さんに差し出す。
懐から愛用している万年筆を取り出し条件の欄に何かを書いていくのをおとなしく視界の端に収めてつつ、依頼者の二人が不安と微かな期待を滲ませているのを見て少しだけ肩の力が抜けた。
この二人…特に校長の方は霊能者だとかそういう学校関係者ならあまりいい印象を抱かないであろう私たちにもそういった一面は見せなかった。
(前に来た学校関係者はかなり胡散臭そうに私たちのこと見てたっけ。結局、契約違反で高額な違約金を払った上で須川さんに事態を収束して貰ってたけど……アレはいい意味でも悪い意味でも勉強になった)
一人回想をしている間に、契約書が完成したらしく校長へその書類が手渡されるところだった。
初め、校長は不安そうだった表情が次第に困ったような、戸惑ったようなものになり、最終的に何故か物言いたげに私へ視線を固定。
その様子に教頭が書類を受け取って同じく確認を始めたものの、同じような反応が返ってくることに。
「この、条件で本当にいいの、でしょうか?その、彼女の承認などは…」
「彼女にしかできないこともありますし、ウチは見ての通り少数ですから、大規模な学校という場所であることを考慮すると必要な立場かと」
(え、なにそれちょっと詳しく聞かせてくれません?本人的に言えば承認必要ですよ、須川さーん!)
一体何をさせる気なのかはわからないけれど、須川さんの最もらしい言葉に彼らは納得したようで頷き、サインをした。
私としてはかなり、嫌な予感しかしない。
でも依頼者の前である以上は『嫌だ』とか『無理だ』とかそういったことは言いたくないし、言うべきだとも思わないからグッと我慢する。
(ぶっちゃけると、心の平穏の為には目を通さない方がいいような気がするんだよね。大概、ロクな目に遭わないもん。悲しいかな、いくらか経験済みだしこんな感じの事後承諾)
現実逃避をする私をよそに、須川さんと依頼人は依頼料について話をしていた。
『正し屋本舗』の料金設定はかなり細かい。
個人依頼とその他依頼でまず二種類。
続いて調査対象の規模と現状での被害状況などをチェックしていく。
チェックごとに料金が決まっているんだけど、これは実際の現場で起こった現象も加味される。
勿論、死にかける確率が高いほど高額になるのは言うまでもない。
あ。正し屋で販売している御守りや御札といったモノは数量限定入荷未定で販売中です。
一律500円ね、御守りは。清め塩は10gを三包装セットで200円。
高いのは…須川さん印で効力が確実にあるから。
これでも、一般の人向けとして安くしてるんだよ?
効果は、そりゃ見えないし実感わかないだろうけどさ。悪い縁は全部跳ね除けちゃう訳だから。
で、専門的な人たちに売る御札の類はかなり高額で効力が上がれば上がるほど凄いことになる。
一枚で車が買える値段のも普通にあって、それが月に一枚は売れてるある意味人気商品だし。
使用用途によっては須川さんがガッツリ準備をして用意するものもあったりなかったり、だ。
……神様にも効果があるらしいそれはもう素晴らしい値段だけれど、二年の間に一度だけ須川さんがそれらしきものを作っている気配を感じたことがあったなぁ。
ちなみに一般向けの商品はかなり激レアで補充すると閉店までに必ず売り切れるという恐ろしい売れ行きです。
購入者は主に縁町の人で、御守り目当ての人が買える確率はかなり低い。
電話予約もしてないしね。
運良く依頼に来てた人が買うってパターンが数回あったけども。
正し屋の金銭的な事情はざっとこんな感じで毎月かなりの黒字です。
須川さんが経営している限り倒産の危険はなさそうなのでそこだけは安心してる。
「この金額で本当に宜しいんですか?普通、もう少しかかるのでは…?」
訝しげな斎藤教頭が見積もりと須川さんを確認するように確かめている。
チラッと見えた金額は…なんか、一般企業に勤めてる人の年収は軽くあった。
やっぱり高いよねー、と思いつつこっちは本当に命懸けだから仕方ないんです、ごめんなさい。と内心謝罪していると須川さんが笑顔を向けた。
「そうですね、通常であればこの二倍は頂戴しています。こちらの案件は実際に死者も出ていることですし…それに、これは最低ラインの見積もりです。調査中や解決時の状況によって増えることはあれど減ることはまずないとお考え下さい ―――…減額の理由についてですが、我々にとって面倒なマスメディア関係の処理もしてくださるようですし、調査中にも色々と便宜や協力などをしていただく、という所が一番大きいですね。基本的に学校関係の依頼は仕事への理解と協力が得難いのであまり受けないのです。ですが、お二人の姿勢を見る限りでは十二分に理解力もあるようですし。何より、彼女のスキルアップや経験にもなりますので、色をつけさせていただいています」
須川さんの煌めいた笑顔付きの説明にあっさり納得したらしい校長と教頭がそれぞれサインと捺印を済ませるのを見て、自分が間違いなく逃げられない状況に追い込まれたのを理解した。
減額の理由に私のスキルアップと経験って……やっぱり、嫌な予感しかしない。
笑顔を引きつらせる私と対照的に依頼人たちは足取り軽く、正し屋を後にした。
私と須川さんは二人で玄関の外に出てお見送りをしている。
「須川さん…あの、条件って一体何を」
「さて、まずは昼食にしましょうか。話はそれからです」
恐る恐る上司様の顔色を伺ってみるけれど、彼は何事もなかったようにあっさり台所へ向かった。
わかってはいたけどね、直ぐに教えてもらえないことくらい。
経験に裏打ちされた確かな嫌な予感をヒシヒシと感じつつ、私も建物の中へ入ることにした。
そうそう、モヤモヤな気持ちも美味しそうなご飯の匂いで頭の中から綺麗に吹っ飛んだ。
自分の食欲が時々怖くなるけど、それすらご飯で忘れられるんだよね。
あー、お手軽すぎて涙でそう。
出るの、涎だけだけど。
読んでいただきありがとうございます。
日に日に読んでくださる方が増えている(のかな?)みたいで嬉しいです。
感謝しかない。変換ミスにも気をつけます。