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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第一章 就職にまつわるエトセトラ
2/112

【棚ぼた的、就職 2】

 少々、すさんでいる主人公内部。


令和元年6月1日に丸っと書き直してます。




 ウロウロと歩きながら、昼食を食べる所を探す。



お店はいくつかあったんだけど休憩中だったり営業時間前だったりして、かれこれ一時間彷徨っている。



「スマホの充電し忘れてたのは痛いなぁ」



幸い今日はもう面接予定がないので、行き当たりばったり君にアポを取って面接をお願いするローラー作戦で行くつもりだった。



(コンビニのバイトを四件断られた時点で色々不味いよね)



人手不足ってニュースでやってたじゃないか!なんて部屋で一人憤った記憶はまだ真新しい。残念なことに。


 ガソリンスタンドも駄目、経験を問わないという介護施設も駄目、飲食店もアウト、大手企業は完全スルー、中小企業にはお祈りされるっていう凄まじい敗北率。



「なんか“君は社会にいりませんよ”って言われてるみたいで流石に凹む」



だからこそ、と意気込んで私は両手をグッと握り締める。



「やっぱりやる気と気力を充填する為にも美味しくて量があって、あわよくば安いご飯を食べるぞーって考えてたんだけど」



握った拳は、直ぐにへなへなと降ろされた。


 だって肝心のお店が見当たらないのだ。

最悪、次に見つけたコンビニで適当に買って終わらせる?なんて考えていたのが悪かったのかもしれない。

コンクリートの歩道を見つめながら真っすぐに進む。


 丁度曲がり角になっていたので何も考えずに結構な速度で曲がったんだけどそれが間違いだった。

曲がり角を曲がり終えたか否か、という所で衝撃。


 え、と目を見開いた私の視界に、鞄が鈍く重たい音を立ててコンクリートに叩きつけられた。


続いて体全体に走る鈍い振動。


 鞄ほどじゃないけど結構な音と共に熱と痛みが臀部と咄嗟についたらしい両手に広がっていった。

贅肉という不名誉なお肉がついていても痛いものは痛い。



(まさか出会い頭で何かにぶつかるとは思わなかった)



 強打したおでこを右手で抑えると、直ぐに痛みは引いた。

歩道とはいえ道端でいつまでも尻もちをついて通行の妨げになるつもりは早々なかったので、立ち上がろうと思ったんだけど。



(何にぶつかったんだろ?)



立ち上がるより先にそれが気になって顔を上げた。上げてしまった。







「―――……申し訳ありません、お怪我はありませんか?」




 まず飛び込んできたのは、モノトーンが多い都会でも珍しいであろう色。

光に照らされてキラキラと淡く輝く抹茶色の髪だった。

 

ぼうっと綺麗な髪を眺めながら、帰りに抹茶ラテを買って帰ろうと心に決める。

黒や茶色以外の髪色が珍しくないこの世の中だけど、薄緑系の髪を持つ人はかなり珍しい。


 次いで見慣れない男物の着物が目に付いた。

着物に詳しくない私でもわかる高そうな雰囲気に冷たい汗が噴き出る。

彼の着物が汚れてないことを全力で祈りつつ全身チェックしてみるけれど、今の所、目立つ汚れはなさそうだ。


 ホッとして息を吐いた所で私は、気づいてしまった…――――


逆光の所為で表情こそ見えないけれど、ぶつかったのが人であることは間違いない。

それに、着物を着て街を歩くような人だから多分、普通の会社員ではないだろう。


 私が尻もちをついていた時も思ったけれど、その人物は立ち上がってみても大きかった。

どちらかと言えば細身なんだけど頼りない雰囲気ではなくて、何とも言い難い存在感が更に“普通”という概念が音を立てて遠ざかっていく。



(ど、どうしよう。就職活動失敗続き以上に人生史上というか生命的に最悪な状況じゃないこれ……ッ!?)



産まれてから一度もドラマや漫画、小説といったものでしか見たことのない職業の方に遭うことになるなんて。

 言葉も出てこない私の不審者っぷりを見て小さく首を横へ倒した。




「す、すいません。内臓売り飛ばすのだけは勘弁してください」

二つある腎臓も将来かかるかもしれない病気に備えて大事に揃えておきたいんです!




 立ち上がった私は頭に浮かんだ素直な気持ちを叫びながらその場にひれ伏した。

熱いコンクリートに足と手の平を付け、ついでにおでこを擦り付ける。

日本人ができる最上級かつ最終形態の謝罪スタイルを選択した私には人の目を気にしている余裕は微塵もない。


 頭の中で渦巻くのは、一般市民を脅して何やかんやするっていうサスペンスドラマの危機的場面。



(顔を上げるんじゃなかった!!)



 ぶつかったのが人間じゃなくて看板だったらどんなに良かっただろう、と戦慄する。

全身が恐怖と緊張と訳の分からない感情で震えている。

多分、スマホのバイブ機能にも勝っているであろう見事な震えっぷりだった。




「内臓……ですか」




頭上から降ってきたのは戸惑ったような、困ったような柔らかい美声。

咄嗟に謝罪の言葉を口にすると目の前の人物が動く気配。



(このまま頭を踏まれる?もしくはスルーされる?あ、通報とかされるのかな)



グッと唇をかみしめて目を閉じる。

来るなら来い!と覚悟を決めた時だった。




「内臓がどうの、というのはわからないのですが謝罪しなくてはならないのは私の方ですよ。ですから、顔を上げて下さい。貴女は怪我などしていませんか? 地面に膝をつけては貴女の服が汚れてしまいますし、熱いでしょう」



立ってください、と想像以上に近くから聞こえてきた声。


 それは間違いなく先程かけられた美声だった。

あまり聞かない類の美声に弾かれたように顔を上げる。

物理的距離が近くなり、見えなかった顔がしっかりと見えてしまう。

秒で後悔した私は悪くない。色々と失礼ではあるだろうけど。



 ―――……危ない職業の人の方が、良かったかもしれない。



そんな想いが素直に表情に出たのも自覚済みだ。



「もし自力で立ち上がれないようでしたら、私が」


「全然大丈夫です本当にありがとうございます御手を煩わせてしまうようなことではありませんのでどうぞお気になさらず」



 差し出されたのは大きくて骨ばった手。

手の持ち主は高級な着物を着こなした二十代半ばに見える妙齢の男性。



 彼は、現実離れした容姿の持ち主でした。



 嫌な予感がして周囲に視線を走らせると、速足に通り過ぎていた筈の人々が好奇心丸出しで私たちを注視しているように見えてくる。勘弁してください。

足を止めているのは殆どが女性で、中にはスマホをもって頬を染めている人もいる。

 居た堪れなくて途方に暮れつつ立ち上がると今度は男物のハンカチが差し出された。



「どうぞ、汗を拭くのにお使いください。今日は暑いですから」



眼鏡の奥にある綺麗な緑色の瞳が心配そうに私を見つめていて、非常に居心地が悪い。

逃げるように視線を逸らした私は少数派ではない筈だ。




「(ど、どうしよう、どうしたらいいのかな、どうしたもんだろうかこれ! 不味いよね?やばいよね、どう考えたって! これで危ない組織的なのの若旦那っていうより、芸能事務所とかそういう系のファンに報復される可能性が爆上がりなんだけど)ハンカチなら自分のがあるので気にしないでください」



 彼のハンカチを使った日には闇討ちされる未来が確定だ。

少女漫画やドラマなら花や光のエフェクトが乱舞してるんだろうな、なんて現実逃避しつつ笑顔を浮かべてポケットからハンカチを取り出す。


 眼鏡の奥で心配そうに細められた緑の瞳がこっちを見ているのが居た堪れなくて、視線を落とした。

ふぅっと人知れず息を整えている私に再び声をかけられた時、私の視線が彼の手元に釘付けに。



「申し訳ありません。どうやら私とぶつかってコンクリートに落ちた際、持ち手部分が壊れてしまったようです……弁償させていただきたいのですが時間はありますか?」


「いっ!?いやいや、ぶつかったのは私がぼーっとしていたのが悪いんです、だから気にしないでください。その鞄も新品ではないですし、弁償してもらうようなものでもないので」



元々、近所の人がおさがりでくれた鞄だったしガタもきていたんだろう。


 私が喜んで受け取った時にすごーく申し訳なさそうな顔で“もう数十年タンスの中に入れっぱなしだったのよ。男物だし。それでもいいなら使ってくださいな”って逆に謝られた。

ちなみに、鞄の持ち主は離婚した旦那の私物だそうだ。


 捨てるの忘れてたんだって。

近所でも評判の温厚で優しく面倒見のいいおばあさんなんだけど“何度か、憂さ晴らしを兼ねてバットでサンドバッグにしたんだけど、やっぱ本人じゃなきゃダメね。十発くらい殴っておけばよかったわ”なんていい笑顔で言っていたのが妙に頭に残って怖かった。



 そんな年季と因縁がこもった鞄に連日大量の求人誌やら面接の心得的教本を詰め込んで歩いていた私も悪い。


 お尻なんかについてあるであろう砂利をパタパタと叩き落しながら、失礼にならないように御断りをさせてもらった。

私としてはここまですれば目の前の凄まじい美形の彼も立ち去ってくれる、と思ったんだけど……花発はなひらいて風雨多しとはよく言ったものだ。


 私たちの間に響いたのは空腹を訴える音。

誤魔化しきれない大きさのソレに顔を赤くするでもなく青くした私。

おや、と目を少しだけ丸くし、緩やかに目元と口元を緩ませた美麗な眼鏡の人。



「昼を少し過ぎてはいますが空腹のようですしお詫びに食事を奢らせてはいただけませんか?丁度、いい店を知っているので是非」


「(ほらやっぱり来た!この善良そうな芸能人もどきさんならこうくるとおもったよ!)そ、そこまでしていただく理由は」



 表面上は脳内社会人像を参考に断りを入れた。

心中は「いやぁぁあああぁ!空気読めや自分の体ぁぁぁあああ!」だったけどね。

お陰様で引いていた汗が一気に噴き出してくるのがわかって、笑顔が引きつった。



「壊れた鞄と年若い女性に怪我を負わせてしまっていた可能性があったことへの謝罪ということで、提案を受け入れていただけませんか?それにこの周辺に食事をする店は結構ありますが、この時間帯は店自体が“準備中”であることも多いようですし、探すのは大変ですよ。私も一人で店に入って休息をとるのも味気ないですし、ボランティアだと思って付き合っては頂けませんでしょうか」



 申し訳なさそうな声色と困ったような笑みを浮かべたその人には、道行く女性たちの目が自然と集まっている。

そのついでに、私に向って怪訝そうな視線を向けてくので居た堪れない。



(まぁ、この和服眼鏡の美人さんも悪い人ではなさそうだし、近くに黒塗り高級車もファンらしき集団もマネージャーっぽい人も警備の人もテレビカメラなんかもないから大丈夫だよね?)



 意外と押しが強いイケメンさんに戸惑いつつ、私は諦めて首を縦に振った。

いや、だって本当にお腹空いてたし、喉も乾いたし、なにより足と体を休めたかったんだもん。仕方ないよね。


 その後、にっこり満足げに笑った彼が手を上げると、今まで一度も見なかった乗車可能なタクシーがタイミングよく止まった。

行先を告げる優し気な美声を真横で聞きながら、持ち手が壊れた鞄を抱える。

中に入っていた本や何かは無事だったようだ。


 ホッと息を吐く自分を余所に、和装の彼は運転手と会話をしていた。

その会話から、彼は所用と頼まれたものを行先にある店に届ける目的で街に来ていたらしい。

で、用事が終わったら経営している店に戻ると話していた。


 何の店なのかは私も運転手さんも聞かなかったけど、呉服店とか芸能事務所的な会社だろうと予測を立てる。



(にしても誰だ、こんな眼鏡美人を町中に連れ出す用事を作ったの!出現させる場所間違ってるって。単独行動なんかさせないで、この人はマネージャーつけなきゃいけないレベルなんだけど)



 あ、でも着いた先で何か買わされそうになったら即行で逃げ出そう、そうしよう。

そんな覚悟を決めた所でタクシーが止まった。


 慌てて財布を取り出すと彼は既にカードを運転手に渡した所で、私を見て笑顔で首を横に振った。

ちらっと見えたカードは昔テレビで見たブラックカードとかいう奴だと思う。



(うひゃぁ、なんつー金持ち臭)



セレブ感が半端ないと彼とは価値観合わなさそうだな、なんて考える。

まぁ、今後連絡取ったり接触することすらないとは思うからラッキーって思っておこうかな。





「お店ってココ、ですか」



 タクシーから降りた場所は古い雑居ビルだった。

かなり年季が入っているここに飲食店があるとは到底思えなかったけど、彼は呆けている私の手から鞄を持って爽やかな笑顔を浮かべた。


 ハッとした時、彼は既にビルへと足を動かしていて距離が少し空いてしまっている。

慌てて追いかけながらどうしてこうなった、なんて改めて思う。



 目の前にいたのはこの世のものとは思えない存在。

ベタで使い古された感じの遭遇が、私の今後を大きく変えることになるとは夢にも思わなかった。




◆◆◇




 人質の如く鞄を持たれているので文句も言えずに、ビルの中に入る。




 入ったビルは三階建ての至って一般的な雑居ビルだ。

ビルの中は手入れが行き届いているらしく、蜘蛛の巣が張っていたり、明らかに汚れていたりというのはないので人の出入りはあるのだろう。

でも年季は入っているからか黄ばんでいる壁紙や剥き出しのコンクリートの天井には小さな亀裂が入っていた。


 ビル内を見回す私を余所に、彼は迷うことなく階段へ向かっている。

その階段は上に向かうものと地下に向かうものがあって、彼は地下へ向かう階段へ向かった。

エレベーターには故障中と描かれた古い張り紙。


 彼の背を追っていくにしたがって、ひんやりとした独特の空気が体の周りを包み込んだ。

数十分前までは蒸し焼きになるような暑さを感じていたのが嘘みたいだな、なんて思いつつ階段を下りていく。



 降りた所にあった地下空間はシャッター街のようだった。

店には古いスナックの看板や飲食店の看板があったり、貼り紙があったりと営業していた形跡はあるけれど今現在使っているような雰囲気は全くない。


 何処か寂しくもの悲しい気持ちにさせる地下を迷いなく進む彼の後ろを歩きながら、徐々に不安が大きくなってくるのが分かった。



「これから行くのは友人がひっそりと一人で経営している喫茶店です。雑誌の取材で取り上げられたことも何度かあったとは聞いているのですが、どうにも店まで辿り着けずに帰られる方も多かったと風の噂を耳にしたこともあります。実際、建物の奥の角、柱に隠れるようにドアがあるので知らなければ辿り着くのは少し難しいかもしれません」


「隠れ家的なお店なんですね。確かに看板っぽいのもなさそうですし、周りは閉店したお店だらけだから営業している店があるようには見えないかも」


「利用者が少なく固定客もかなり限られているので、私としては気が楽なんですけどね。この街に出てきた際には足を運ぶようにしているんですよ」



ふふふ、と上品に笑った彼は何度か角を曲がって、非常口に通じているような奥まった、薄暗い場所で足を止めた。


 こっちですよ、と柔らかな声に呼ばれて柱の陰から顔をのぞかせるとそこには、確かに扉があった。



 アンティーク調のシックな木製の扉。


 窓枠の中心には丸手鏡くらいの鏡がはめ込まれている珍しい作りだった。

入る前に身だしなみチェックでもする為の鏡なのかな、なんて考えていると扉がゆっくりと開かれる。

 自然な動作も様になるな、なんて感心しながら私も彼に続いて店内へ足を踏み入れた。

店内の様子は、背の高い彼の後姿のお陰で全く見えない。



(高級な所だったとしてもスーツを着ているし、追い出されたりはしない、よね?セレブ御用達の店がこんな雑居ビルにあるとも考えにくいし)



 あ、でも白い煙が充満した危ない事務所じゃないことは全力で願っておこうと思う。

洒落にならないし、笑い話にもならないもんね。



 色々なことを考えながら私は小さく息を吐いた。





誤字脱字、なかったでしょうか。大丈夫でしょうか。信じてます。

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