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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第二章 洒落にならない実地研修
16/112

【予想外の拾い物】

 色気のない、サービスシーンともふもふ追加。



 遠くの方で聞こえる可愛らしい囀りと不釣合すぎる鉄臭さで目を開けた。



 周囲に漂う、ってほどじゃないけれど微かに、けれど明らかにわかる鉄臭さに思わずしかめっ面で、体を起こした。

かすかに痛い後頭部を撫でながら体を起こして、無言でペットボトルの水を飲んだ。

冷たい水が喉を潤したところで漸く、意識がはっきりする。



「人生初、失神ってことか。うわー、嬉しくない」



がっくり、と肩を落とした私は早急に荷物をまとめることにした。

 チュンは胸ポケットからとっくに外に出て私の周りをぴょんぴょん跳ね回っていたらしい。



「今度こそおはよう。ふー…ホントにここに来てからロクな目に遭ってないなぁ。とりあえず、川に行くつもりなんだけど一緒に行く?そのまま出発するから着いてきてくれた方がいいんだけど、無理にとは言わないよ。もう羽は治ってる、でしょ?」


「ちゅん?ちち、ちちちっ」


「飲料水作りも今日はやめだね。目標は今日中にゴールすることだから多少無理してでも進むよ。休憩時間も削る方向で」


「ちゅんちゅんちゅん!!」


バサバサと翼を羽ばたかせて何故か私の前をウロウロする彼(彼女?)に首を傾げた。

 異文化(?)コミュニケーションがうまくいかないのは人間と鳥だからだろうか。

ボディーランゲージは辛うじて通じてるっぽいんだけどなぁ。

暫く謎の行動を観察する私に痺れ?を切らしたのはチュンだった。

ふふん、雀より私の方が忍耐力あるってことだよね!


「ちち、ちちちちちっ!」


こっちだよ、と言わんばかりに目の前で飛んでみせるチュンの片翼には、まだ包帯が巻かれている。


「うーん。包帯外しても良さそうだけど、嫌がりそうだなぁ…チュンって雀の癖になんか人間くさいんだよね反応が」


地面からおよそ30センチの高さを飛ぶチュンを追いかける。

勿論そのまま移動するつもりなので荷物もちゃんと持ったままだ。

チュンは、暫く…と言っても500mほどの辺りで寝床にしていた場所から完全に死角になっていた場所に着地する。


 そこは、大きな岩の影。


妙に平たい、何かの建物があったような石畳の丁度裏辺り。

大体二mほどあるであろう大岩の影にソレはあった…―――ううん、この場合は“いた”が正しいかな。



「………もしかして、結構前から居た?」


「ちゅん」



呆れたような雀の視線を受けながら、私は恐る恐るそれに近づく。

荷物はちゃんと岩の横に置いた。


 私の目の前にいるのは灰色に土や葉っぱやらをくっつけた、大型犬……のように見える生き物。


目は閉じられていて呼吸はあるものの酷く静かだ。

生きていることは腹部が上下しているので確かだろうけどあまり、いい状態ではなさそう。

ここでただ眠ってるっていうなら起こさないように立ち去るんだけど、そーは問屋がおろさない。

正直、もう色々お腹いっぱいなんだけど、この森は手加減ってモノを知らないね。



「これを放置できるほど人でなしじゃないんだよね…ま、いっか。犬は好きだし」



目の前にいる灰色の犬の腹部…人で言うなら脇腹あたりから赤黒い液体が流れ出た形跡が。

それも、割と豪快に。

 幸い傷は大体塞がっているようだけれどかなりの失血量なのは間違いないだろう。

この非常事態にようやく覚醒した脳みそを活用して考えてみる。


1.川まで背負っていく

2.川まで横抱きにしていく

3.川まで引きずっていく


 まず3は却下。引きずられる犬が可哀想すぎる。

1か2で迷ったけれど腕力と体格の問題でリュックを前に、犬は背中に背負って川に向かうことにした。

 川に連れていけば、傷口と汚れてる全身を出来る範囲で洗って汚れを落とす。

清潔にしてから治療だね。まぁ、消毒液ぶっかけて包帯でぐるぐる巻きにするだけだけど。

消毒薬は人間用を使う予定だけど傷の程度次第ではチュンと同様に薬草をペタッとするつもりだ。



「うーん、今更だけど背負うと血がつくよね……って、そうか!どうせ私も水浴びするんだから服に血がつかないようにはじめっから脱げばいいんだ。蚊もいないし、警戒すべきはマダニだけど…虫除けスプレーふりかけて背負えばいいか。ここら辺、かぶれそうな植物も傷ができそうな草木もないし」



いけるいけるー!と軽いノリでバッサバッサ服を脱いで袋に詰めた。


 私の中で犬を放置して進むって選択肢はない。

心優しい女性に憧れないわけじゃないけど、柄じゃない。

そりゃ、困ってて“私”に助けを求められれば、相手が好きか嫌いか判断した上で手を貸すこともあるけどさ。一般的に手を差し伸べたほうがいいと判断すれば迷わず手を貸す程度の人間味は持ち合わせてる。



「よい、っしょ…ぉ!ぬぁ、重たッ!結構ずっしり中身詰まってるね、ワンコ」



犬の前足を肩に乗っけて、ぐいっと犬の体の下に自分の体をねじ込む形でなんとか背負うことができた。

手は犬のお尻あたり。ふかふかだ。

ついついお尻を撫で回してしまった。あ、セクハラじゃないよ、相手犬だし。


 重さで前傾姿勢になりつつ、しっかり地面を踏みしめて川へ向かって進む。

頭の上には、いつの間にかチュンが乗っていてご機嫌で囀っている。


ちょっとうるさいよ、君。


 そうそう、この森なんだけど少しずつ歩きやすさが良くなっている。

初日と二日目の初めの方は腐葉土と色んな人がパッとイメージするであろう森って感じで草というか藪っぽい感じも多少あったんだけど、今は苔っぽい感じで地面全体が覆われていたり針葉樹が積もって出来た腐葉土だらけだからか酷く歩きやすい。

岩も、小さいものがゴロゴロというよりは大きなものがドーンドドーンと置いてある感じなので足を取られる心配もほとんどなかった。

 共通事項は薄暗さから来る視界の悪さと不気味さくらいだ。あと、時々ある死体。


 まぁ、川へ近いほど石や岩が多くなるんだけど、そこはもう意地と根性。

ヒィヒィ言いながら息も絶え絶えに転ばず川辺へ到着。

一度犬を降ろそうかとも思ったけれど…


「素っ裸なんだからこのまま突っ込んだほうが早いか。リュック下ろして靴と靴下脱いで、っと」


犬を落とさないように注意してなんとかリュックを降ろし、靴を脱いだ私は覚悟を決めて川へ特攻した。


「ひょああああ!つ、つめたっ!う、ぅう、風邪ひきそうだから急ごう。チュンもほれ、流されない程度に水浴びしな」


「ちゅん!」


嬉しそうに鳴いたチュンは頭の上から川へ飛び込んだ。

 チュンもチュンなりに警戒してたのかもしれない。



「(そういえば怖い思いしたばっかりだっけ。いくら人懐っこい鳥でも警戒するよねぇ…ふつーに考えてもあれはないもん。夢も怖かったけど、あの黒いのが周りにびっちり至ってだけでゾッとするのを通り越してウゾゾーっとするわ)」


 いくら単純な私の脳みそでも忘れないものはある。

これまで生きてきた中でもTOP10に入るくらい嫌な思い出として記憶されている位には。

死体の衝撃を上回るね、あの体験は。



「でも寝てたのが犬でよかったよ。熊だったら流石にどーしよーもなかったもん。熊は流石に担いで運ぶの無理、ってその前に食べられてるか。熊はね、危ない。あ、ちゅんー!そっち流れ早いからやめときなー」


「ちちちっ」


気持ちよさそうにしているチュンに注意喚起をしつつ犬の全身洗浄に取り掛かる。

 その前に、犬を大きな岩の上に寝かせて、その間リュックから石鹸と包帯、消毒液を取り出した。

泡立てて傷口に気をつけながら洗っていけばあっという間に川の水が濁る。

一心不乱に全身を洗っていくと灰色の毛並が少しずつ白くなっていった。途中で犬用のシャンプー!!と叫びたくなるくらいには汚れてたね。



「んー…傷自体はある程度塞がってるんだ。まぁ、これなら薬草擂り潰して包帯巻いておけばいいかな」


 犬を置いてまずは川岸で薬草を探す。

必要な分―――…と言っても相手が犬なので結構な枚数が必要だった。

後は犬のそばで薬草を適当に拾った石ですり潰し、患部にペタペタ乗っけて包帯で固定すれば完成。

 水の温度に体が慣れてきたので私もようやく頭やら体やらを洗うことができた。


「にしても裏雲仙岳でよかった。まさか表の登山道があるような場所で全裸になって歩く訳にはいかないし。流石にねパンツ不在で樹海を歩く女とかダメでしょ。いくら私でもそのくらいの羞恥心はあるよ、一応年頃の女だし。恋人ができる気配なんか微塵もない上に結婚なんて早々に諦めたけど」


自殺の名所で素っ裸になって何の躊躇もなくシャンプーやら何やらを済ませている女はさぞ、珍妙だろう。


 何してるんだろうなぁ、私。


そんなことを考えながら治療の終わった犬を川岸に運んだ。

まだ目を覚ます様子もないので寝心地の良さそうな石の少ない、岩の上にバスタオルを敷いてその上に横たえる。


「チュン、罠を見に行くからちょっと待っててね」


チュンの返事を聞いて昨日罠を仕掛けた場所へ向かう。

 石で作った生簀の中に仕掛けた罠には沢山の魚が泳いでいた。

生きてるお魚をみてお腹の虫が元気な声を上げたのに苦笑しながら罠を回収する。



「どれどれ…やった!昨日より大量!三、四、五…七匹!!この場所だと魚釣りをする人もいないだろうし、警戒心が薄いんだろうなぁ」



ふんふんと鼻歌を歌いながら川岸で焚き火をして魚を枝に刺し、焼いていく。

塩は…食べる直前に振るつもり。

 体温が低下したことと食事の前の運動のお陰で空腹を極めていた私は早速魚を焼くという作業の合間に地図を取り出して現在地の確認をする。


「現在地はやっぱり、うん…ゴールと中間地点の間」


耳を澄ませると遠くの方からドドドッという滝らしき音が聞こえてくる。

今歩いているのは川岸で、歩くのには向かないんだけど…森の中を歩く気はあまりない。


 だってねー…やっぱ怖いし。

死体に遭遇するのも、黒い影に遭遇するのも。



「滝を登るのはまず無理だから一度森に入って川岸を歩いて…ううん、でもなー、体力のことを考えると断然森の中を進んだ方が良さそうなんだよね。地図だと崖っぽいのも増えてるし…崩落したり足を滑らせる可能性がすごく高い」


夜も歩かないと、宿にはたどり着けないだろう。

 夜道を進むのはあまり褒められた行為じゃないけれどランタンと方位磁石を使って迷わないように気をつければ何とかなる気がする。


 時々魚をひっくり返しながら、進む方向を赤いペンで印をつけていく。

大体のルートが決まった頃に魚が焼けたので三匹を犬の傍に置いて、出発の準備を整える。

服もちゃんと身につけた私はさっさとこの実地研修を終わらせる為に立ち上がった。


さて、あとはもう進んで登りきってしまうだけ。




ちょっと骨休め的な話。

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