【爽快さとは無縁の目覚め】
ほんの少しですが残酷?不気味?な表現があるかもしれません。
どれが残酷表現になるのか、どれが怖いのかちょっとわからないんです。
恐怖的メーター麻痺してるらしくて…(汗
まず、目に飛び込んできたのは石の狛犬の顎らへん。
時計を見ると午前5時を少し回ったところだった。
今日の天気は曇りらしく、イマイチすっきりしない目覚めだ。
「まぁ、この森にいる限りすっきりした目覚めとは無縁っぽいけど」
夢の余韻を引きずっているせいか、現実だと分かっているのに恐ろしさを感じる。
この森自体が怖いから仕方ないんだけどね。
今更だけど自殺の名所ってなにさ。私救助される確率ものっそい少なくない?とかブツブツ言いながら隣に大人しく止まっていたチュンを撫でて…―――首をかしげる。
「……?チュン、どこ、みてるの」
「―――――…」
「いや、あの、流石に無視はちょと切な………あ、れ」
クリクリの黒いつぶらな瞳はある一点を見つめていた。
釣られて、私も目を凝らして―――…薄い夜の気配が残る早朝独特の空気の中で、私は不自然なものに気づく。
日の当たらない、森の手前。
丁度、夜の気配が濃く残っている暗い森の中に確かに何かがある。
キラリ、と時折気まぐれに光を反射するソレは美しかった。
最高級のガラス細工でも見ているのかもしれない、なんて非現実的なことを考えるくらいには、綺麗で。
それが地上から浮いているあたりで変だって気づくべきなんだろうけど、寝不足でいつも以上に頭がイカれてたんだと思いたい。
「チュン。綺麗だねぇ」
思わず溢れた独り言はさくり地面に落ちた。
チュンは微動だにせずじぃっとその綺麗な赤を見つめている。
つられて、それを見続けているとソレが近づいてきたような気がしたので思わず目を、こする。
次いで、くしゅ、ともクシャ、とも表現できない、枯れ葉と腐葉土独特の柔らかい土を踏む音が一定の間隔で四回ほど聞こえてきた。
やはり、近づいてきていた。
でも、不思議なことに恐怖はない。
代わりに確信めいた想いが芽生える。
「(この赤の持ち主は、動物…犬、なのかな)」
猫にしては大きい。
赤いのが目だと仮定すれば大きさ的に大型犬と同じくらいだろうか。
ほうっと綺麗な二つの赤に見惚れていた私を正気に戻したのは、背骨の腰辺りから頭の先に抜けるように走った電流のような、衝撃。
悪寒とか寒気とかいうものよりレベルの高い痛みすら伴いそうな痺れにバッと音がしそうな勢いで振り向けば―――
「ち、ちゅん…?いやね、あのね、背後にですね、い、いるっぽいんですよねー…あは、あははは」
ぶわっと一気に全身から吹き出す冷や汗と冷や涙。
冷や涙なんてないかもしれないけど、ほんと、うっかり出ちゃった冷や汗と同じような涙です。
背後―――丁度、鳥居の向こうに見える木々の間で不規則に、揺れる黒い人影。
遠目でもわかる、といっても1kmも離れていないせいでわかってしまう圧倒的違和感。
カチカチカチと高い音がひどく耳障りで、ドクドクと脈打つ心臓の鼓動が煩わしい。
爽快さとは真逆の位置にあるこの感覚は滅多に経験できるようなものではないことくらい、理解している。
だって“視て”しまった時の感覚なんだって気づいてしまった。
気づかない、フリをしていたのだ。
須川さんにだって、バレないように…心霊番組とかちょっとした、廃墟とか事故現場とかなんの変哲もない住宅で襲われる感覚でそのあと決まって人影をみたりした。
「(もっと、はやく相談していれば須川さんもココに連れてこなかった、のかな)」
遠くなる意識の中でふと、そんなことを考える。
あの上司は麗しい見た目と素敵な美声で手厳しくも正しく物事を見る。
足りなければ指摘し、満ちていれば褒めてくれる。
きっと、だけれどちゃんと頼っていれば助けてくれたんじゃないだろうか。
力に、なって…――――
「チチチチチチチッッ!!!」
景色が歪み始めたとき、甲高くそれでいて緊急事態を知らせるような音がした。
例えでたまに聞く“まるで火がついたように子供が泣く”っていうものの、鳥バージョン。
ハッとして飛びかけた意識を取り戻した私は改めて背後の赤い瞳と正面に見える黒い人影を確認する。
距離と位置関係を確認して、足元で囀り続ける小さな生き物を守る様に抱き上げた。
体中の羽毛を膨らませて精一杯威嚇しているらしい雀は、怖いのか小さくプルプル震えている。
でも、私より何十倍もちっちゃな体で“何か”から私を護る様に必死に鳴き続けていた。
(チュンを、守らなきゃ。私が)
恐怖も悪寒もどうでもよくなって、まずはこの小さな生き物を最優先に考えることにした。
私には須川さん印の御守りだってあるし、塩もある。
明日の夜までには意地でもゴールにたどり着く予定なので塩だってちょっとくらいなら使えるんだよ。
大事に使ってたからね!
塩と水と糖分は遭難した時にとっても重要だし。
「ありがと、チュン。持ってるのもあれだし、ここに隠れてて。あー…一応、水浴びしてるから汗臭くないと思いたいけど夢のせいで結構汗かいたし不快だったら先に謝っとくね。ごめん」
「ちゅん?!ち、ちちちっ!!」
「はいはい。大丈夫大丈夫。いよいよ私が危ない時はこっから自分で飛んで逃げなよ。流石に人型のは飛べないでしょ」
握りつぶさないように注意しながら、安全であろう懐…というかまぁ、胸のポケットのあたりに突っ込んでおく。
出たがったら飛んでいけるようにチャックは閉めてない。
「怖いっちゃ怖いけど…チュンもいるし、おちおち死んでらんないよ。まだケーキも大福もお腹いっぱい食べてないし、新しくできたクレープ屋さんの評価もしてないからね」
少しばかりチュンの爪が服から出て素肌というか、まぁ乳の上らへんを刺激してるけど些細なことに気を取られている場合じゃないので視線と意識を森へ戻した。
けれど、そこに黒い影はなくて、思わず二度見する。
警戒しつつ周囲を見回したけれど特になにも見当たらなくて首を傾げつつ寝床の片付けに取り掛かることにした。
かがんで、寝袋を丸め、袋にそれをしまった直後のこと。
耳慣れない…どこか生々しさを伴う音が聞こえてくる。
ぶちゅり ごりゅ がりり
適度に柔らかい、繊維を無理やり引き裂くような濡れた音と硬い骨のようなものを噛み砕く音。
同時にそれらが聞こえてきたのは、背後。
鳥居側に背を向けていた私は一度息を詰めた。
丁度、黒い影を見つけたあたりから、確かに聞こえてくる音にごくり、と思わず生唾を飲めばそれを聞いていたかのように豪快に骨ごと肉を噛み砕き咀嚼するような音が聞こえてきた。
ぎ ゅ わ ぁ あ ぁああ ぁぁ!!!
擬音で表現するならこれが一番、近い。
怒号にも似た衝撃波のようなものが私のいる神社跡地一体の空気を震わせる。
わずかに漂っていた夜の余韻すら吹っ飛ばしてしまうような音にギュッと寝袋を握り締める。
身動きは、取れなかった。
動けずにいる間も周囲の環境は変化する。
四方八方から…――――あの、黒い人影と同じ気配が現れたのだ。
ひゅっと喉を空気が通って、無意識に口を手で覆った。
音を、呼吸を悟られないように。
気づかれないように。
黒い人影に、何かを捕食する存在に見つかったら終わりだと必死に体を縮めて気配を殺す。
何かを食べる音は、絶え間なく、それでいて黒い人影が増えるに従って感覚が短くなる。
「(食べてるのは…あの気色悪い人影…?)」
どんなに空腹でどんなゲテモノ喰いでもアレは食べたいと思わないと思うんだけど、と我ながら間抜けなことを考えつつ目だけを動かし少しでも情報を得ようと見回す。
けれど、森や黒いものはチラチラ見えても肝心の“捕食者”の姿が見えない。
バリンボリンと森にふさわしくない音が落ち着つくまで一体、どれほどの時間息を殺していただろう。
狛犬の石像に背を預け、寝袋を盾にするように抱きしめていた私はふっと息を吐く。
何かが、確かに終わったと気づいたから。
それは音が変わったせいでもあるし、悪寒がしなくなったからでもある。
乾ききった喉を潤そうと体が無駄な反応をする。
唾液なんて、出るはずがないのだ。
喉どころか口の中自体がカラッカラでサハラ砂漠か鳥取砂丘並みに乾燥してるんだから。
はー、はーと自分の浅い、それでいて緊張しきった息遣いが耳障りだった。
米神や背筋を伝う冷たい汗も不快で、歩く前に水浴びをしようと心に誓う。
ある種の極限状態なのに気が触れたり失神していないのはチュンのお陰なんだと思う。
自分より小さな存在があるから、しっかりしなきゃって意識が働いて自分を保ってるんだろう。
ギリギリ、火曜サスペンス劇場の説得場面並みに崖っぷちだけどね。
不意に ぱた と何かが落ちる音がした。
パタパタと連続してナニカ…――――…液体が、草の上に落ちるような音が聞こえるのだ。
同時にサクッさくっと枯れ葉を踏みしめる人ではない重さの何かが近づいてくる、音。
これは怖い。
いくら、夜明け近くて薄暗いとは言え周囲が見渡せる状況でも…いや、だからこそ、怖い。
非常に、とても怖かった。
(どう、しよう)
なんの解決策も浮かばない私は、ただ、冷や汗を流しながらそればかり考えて―――…再び闇に、意識をさらわれた。
これが私の人生における初めての失神になるんだけど、とーぜん、嬉しくはない。
誤字脱字変換ミスなどがあれば教えてください。