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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
間章 【日常を営んで】
112/112

【『パン屋「小麦の縁(よすが)」に住みつくもの』 4】

遅くなりました本当に。

幽霊だけじゃなくて、妖怪もいます。




 差し出された用紙を受け取る。


 ご丁寧に、手順も詳しく載ってるし、何なら手続き場所へ向かうための簡易地図まで書かれていた。

手続きの方法まで目を通した所でガックリと項垂れる。

書かれていたのは『人間社会で生活する』覚悟を問われるようなものが多く、シビアな内容も多くあった。



「にしても、アンタ……本当に知らなかったのかい。この町にゃ妖が普通に生活してるってのに。この店がある周囲にゃ早々住んでないけど、このご時世、住み込みで働いてる奴も少なくないし、何なら血が混じった半妖もいるってのに」


「ぜ、ぜんっぜん知らなかった……デス」


「いい加減知っていると思ったのですが、相変わらず探知能力がザルですねぇ。まぁ、直接会話をしたことはないので気付かなかっただけかもしれません。なにせ、私がいると妖は近寄ってきませんし、悪霊の類いは逃げていきますから。本能が強く出ている分、怖がられてしまうようです」



残念なことですが、と口にする須川さんはちっとも残念そうではなかった。

 口元を隠していた扇をパチンと閉じてそのまま私が持っている用紙をツイッと指す。



「ちなみに『登録』すると一週間、一ヶ月、半年で管理局の人間が様子を見に行きます。問題を起こした場合は即時ですが、問題がなければ一年、三年、五年で周囲への聞き取りが入ります―――……当事者が種族を明らかにしている場合でもその後の生活がしにくくならない様、細心の注意を払っているので問題はありません。問題があった場合は即刻対処することになっていますしね」


「対処、ですか」


「国家公務員なので当然でしょう。登録すると国に税金を納めることになりますし、妖であろうと西洋の妖怪であろうとモンスターであろうと国民ですから、犯罪さえ起こさなければ生活の邪魔はしない様あれこれ小細工……ごほん。支援や援助、相談にも乗っている筈です」


「あの、須川さんいま小細工って言いませんでした?」


「……さて。冗談はこの位にして、優君はこの二体をどうするつもりですか?」



胡散臭い笑顔を浮かべて無理やり誤魔化した須川さんは、妖怪が相手だとやっぱり雑だ。


 人の依頼人だったらもっとニコニコして話しやすい感じを醸し出してるんだけど……手元にお酒があったらお酒を飲みながら話を聞いてそうなくらいのやる気のなさだ。

一応お客さんになるかもしれない相手なのにな、と思っているのが顔に出ていたらしい。


 ふふ、とお客さんの前では見せない悪だくみをしているような雰囲気で一言。



「人相手とは違って妖怪が相手なら消すのは簡単なので。色々と」


「………よし。二人とも早く登録して真っ当な人間生活しよう! 消されない様に!! ってほらぁ! 須川さんこの二人震えてるじゃないですか! 怖い冗談言わないでくださいっ、冗談に聞こえないんですからッ」


「冗談は二割ですよ。一応、異種族管理局には私も関わっているので、あまり問題は起こさないように。割と容赦のないほうと呼ばれているようなので、後ろ暗いことをした場合は覚悟してくださいね」



そう微笑んだ上司は立ち上がって、自分の執務机の方へ移動していった。


 話は聞いているので、何か用事があったら呼ぶようにとのこと。

姿が見えなくなると山姥と蔵ぼっこがあからさまにホッとした表情を浮かべて、早く帰りたいのかそわそわと落ち着きなく私に話の続きを促した。



「今日、正し屋に来てもらう前に考えてたのは麦さんに直接パン作りを教えてもらうっていう方法。それなら一応ちゃんとしたパンが作れるようになるんじゃないかなぁって……でも、登録しないと『人間』と直接接触したり話すのは勧めないって書いてあったから、難しいよね」



ごめん、と頭を下げると二人は顔を見合わせて、そして納得したらしい。

2人とも首を横に振って気にしなくていいと言ってくれた。

あれ、良い人? あ、人じゃないか。



「代案として、私が麦さんにパン作りを習うっていうのもあるんだけど……どうかな」


「なるほど。それならオイラ達にも作れるようになるかもしれない!」


「そうだね。悪くはない……けど、大丈夫なのかい?」



チラッと視線を向けたのは須川さんの執務机がある辺り。

衝立越しだから須川さんが何をしているのかは分からないけど、それが逆に恐怖心を煽るらしい。



(一般的に怖がられる側の妖怪とか幽霊に本気で怯えられる須川さんて色々凄いよね、改めて。羨ましくはないけど)



 本人に聞かれたら怒られそうなことを考えながら、口を開く。

思い付きで悪いんだけど、さっき見せてもらった資料に気になる制度があったんだよね。

借りたままだった資料をもう一度読み直して、二人に話す前に須川さんに相談してみることにした。


 こっちの許可が取れれば、ある意味怖いものなしだからね。

二人に少し待っていて欲しいと告げて、立ち上がり須川さんの元へ。

須川さんは何かの札を書くつもりだったらしい。

馴染み深い道具が並べられていた。



「何か確認したい事でも?」


「あ、はい。この制度の事なんですけど……将来というか『人間』になった後のことも考えてるみたいですし、麦さんの確認と許可が取れたら協力してもらえるんじゃないかなぁって。それが無理なら私が教えてもらうしかないですけど」



 縁町にパン屋がないから、と続けると須川さんは墨を擦る手を止める。

妖怪二人に時間がないことも踏まえて話せば、少し考え込んだ後、徐に引出しから書類を二枚、リーフレットを一枚取り出して私に差し出す。



「申請用紙です。これに必要事項を書いてこれから行ってきなさい。お供にはシロとチュンをつけていくといいでしょう。縁町の役場は分かりますね?」


「は、はい」


「結構です。役場の緊急出入口のチャイムを五回続けて鳴らせば、管理局の職員が出てきます。彼らの勤務時間は夜ですから問題なく対応してくれますよ」



いってらっしゃい、と告げられて慌てて頭を下げお礼を言った。


 須川さんは『いい』とか『悪い』とはっきり言ってくれることは少ない。

でも、駄目なら駄目だっていう理由を教えてくれることが多いし、OKなら次に必要な行動や準備について教えてくれるので有難い。


 ホッとしながら私がいなくなったことで不安そうにしていた妖怪二人にこれから役所に行くことを告げる。

どういうことだ、と首を傾げる二人には悪いけど歩きながら話をすることを決めた。

多分、というか間違いなく正し屋から離れたいだろうしね。


 須川さんに「いってきます」と告げて、玄関を出る。

歩きなれた道を歩きながら、夜に街を歩くのはかなり久しぶりだということに気付いた。

シロが私を先導するように歩いてくれているので左右に揺れる白い尻尾を眺めながら足を動かす。



 まとわりつくような暑さのない縁町は夜になると一段と過ごしやすくなる。

正し屋のある場所は飲み屋が連なっている場所からかなり離れていることもあってとても静かだ。


 しばらく歩いて、普段買い物をしている商店街を通るけれど見事に店は閉まっている。

シャッターがないので引き戸に『閉店中』という木札が沢山ぶら下がっていてこれはこれでかなり壮観だった。



「で、どういうことだい」



ジロリと隣を歩く山姥に視線を向けられて、私はリーフレットに視線を落とした。

 そこには『補助制度について』と書かれていて、いくつか『未登録』の妖怪でも受けられるサポートや制度について書いてあったのだ。



「あのね『未登録限定短期人間生活体験制度』っていうのがあったの。これ、いくつか条件はあるんだけど『人間』として一ヶ月くらい生活できるみたい。一人指導員みたいな人がついたり、問題がないか緩めの監視がつくのさえ気にならなければどうかなぁって。もし、これが嫌でも専門部署があるなら今後の為にも直接話を聞いてみるのも手だよね」


「オイラ達が決めて良いの?」


「勿論! 説明を聞いて気が乗らなければ申請しないで、私が麦さんに簡単なパンの作り方を聞いてみる。実際に体験してみるのと想像しているのとは違うかもしれないし、お試しするのは二人の為にもなると思うんだよね」



どう?と聞けば二人は顔を見合わせて、眉尻を下げた。

困りごとでもあるのかと首を傾げると山姥が口を開く。



「それは、ワシらも考えた制度だ。けど、ソレには『証明者』が必要になるんだよ。証明者は力の強い妖か人間じゃなくちゃいけない。ワシらにそんな知り合いはいないからね」


「ねーちゃんに頼むことも考えたけど……オイラ達、きっと迷惑ばかりかけると思うんだ。出来るだけ気を付ける、けど人間の生活ってよくわかってないことも多いし」



暗い夜道に足音だけが響く。

月明かりに照らされ、軒下から延びる影が私たちを待ち構えているような、不思議な錯覚を覚えた。

 ほんの少し不気味ではあったけれど気にしない様に前を向く。



「その『証明者』の欄には、須川さんが署名してくれてるから大丈夫。ちょっと対価が怖い気もするけど」


「怖いなんてもんじゃないよ!? 大丈夫なのかい、それ」


「あ、あははは」



引きつった笑顔で応えた私に青ざめた二人が回復したのは、リーフレットの最後に挟まっていた須川さん直筆の『契約対価について』を読み終わってからだった。


 その内容は私からすると厳しい気がしたんだけど、二人にとっては許容範囲だったらしい。

良かった、と心底安堵して『最恐の後ろ盾ができた』と真顔で呟いていた。



「ねーちゃん、オイラ頑張って人間になって見せるからみてておくれよ。パンも美味しいの焼けるようになるんだ。これで認められれば『優待人間登録証』を手に入れられる」


「優待……って、え? 登録証に種類があるの?」


「あるさ、そりゃ。人間社会で問題を起こさずに30年過ごせれば青色、40年で銀色、50年も経てば金色の登録カードがもらえるんだ。これは実力証明みたいなものでね、変化も出来るようになるし少しだけど税金も免除されるんだ」


「本当に国が税金取ってるんだね。妖怪から」




どうなってるの、と頭を抱えそうになる私に妖怪二人は色々話してくれた。


 役所につく頃には想定外すぎる制度に頭を抱えることになったけれど、意外と妖怪は身近にいるものだということが分かった。

言われた通り裏口に回ってチャイムを五回連続で鳴らすと疲れた顔の職員が出てきて私と妖二人を見て欠伸を噛み殺しながら役所内に入れてくれる。



 夜の役所はそこそこ賑やかだった。





◇◆◇





 役場を出る時に一人と二匹だけだった。


 手続きをしている最中に分かったのだけれど、書類が受理されると三日間の無料講習を受けることになるそうだ。

座学と見学をして、その後実地で一週間ほどホームステイをするというのが一般的な流れ。


 窓口で担当してくれた疲れ切った男性は最初こそ投げやりな仕事をしていたのだけれど『証明者』の欄を見て突然青ざめ、バタバタと上司らしい人の元に書類を持って行った。

それから暫く、というか役場の中が騒然とし、私たちは高そうなものが並ぶ個室へ通された。



「す、須川様が『証明者』とは知らず、失礼な対応をして申し訳ありません。もしや、貴女は話題の『江戸川様』ではありませんか?」



腰の低い、細身の中年男性は顔色を窺いながら私へ視線を向ける。

 どう話題なのかはわからなかったけれど自己紹介をすると高級羊羹と最中が追加で出てきて、お茶も高いものにランクが上がったのは今でも忘れない。

ビクビクと周囲を見回すように話をして、丁寧な説明を受けた後に二人は無料講習を受けることを了承。


 役場には一時的に妖が宿泊できる施設があるらしく、そちらで三日間過ごすことが決まった。

二人はパン作りをしたいと内心焦っているようだったが、現状ではどうにもならないことを理解し、大人しく従っていた。


 なにかあれば遠慮なく言って欲しい、と約束してから私は役場を後にする。

送迎をするかどうか聞かれたけれどシロとチュンがいたので断った。

 偉い人数名に見送られて何とも言えない気持ちで帰路につく。



「……なんか、すごかったねぇ。流石須川さん」



ゆらゆら揺れる提灯の明かりはこの町の外灯だ。

冬は冬で特殊なアイスキャンドルが道の端に置かれて綺麗だったりする。


 雨の日には提灯に笠がつけられていて、実は雨の日の観光客の方が多いこともあったりする。

雨がテーマになるお祭りもあるから、この町の人は雨でも特に厭うことはない。

あ、洗濯物の悩みはあるけどね。

日本家屋特有の雰囲気や景観が、雨音や雨景色を特別なものに感じられるのかもしれない。


 一人暮らしをしていた時は雨が降るとちょっと憂鬱だったけど、縁町に来てからはそういうことは一切なかったしね。

雪ですらちょっと楽しみだ。

雪を見ながら晩酌する須川さんと一緒に居ると美味しいものが漏れなくついてくるのでそれも私にとってはとても嬉しい特典だ。



「縁町にいる妖も、やっぱり住み心地いいのかな。シロたちはすっかり馴染んでるみたいだけど」



わふ、と足元から声が聞こえてこちらを見上げ、しっぽを左右に振るシロと目が合う。

頭を撫でると嬉しそうに目を細めフリフリと嬉しそうに私の数歩前を歩く。


 その後を追いかけながら、パン屋で研修させて貰えないか頼むことは難しいか須川さんに相談することにする。

緊張しながら、正し屋に戻った私に須川さんは晩酌をしながら応接用ソファで書類を眺めていたけれど、私が戻ったことが分かると視線を上げ何かを確かめるように目を細めた。



「おかえりなさい。その様子だと何もなかったようですね」


「おもてなし、というか接待はされましたけどね。二人は三日間施設に泊まって勉強するそうです。それで、その後にある一週間の住み込み先なんですけど」



 窺うようにソロソロと須川さんに近づけば須川さんが私を見上げて口の端を持ち上げる。

反応を窺うようにじぃっと私をみる緑の目は宝石みたいだと思う。

近くで見ると目の中の虹彩が見えるんだけど、複雑な色合いなんだよね。

 去年の誕生日に唐突にプレゼントされたグリーントルマリンは、須川さんの目の色みたいだった筈。


 ぼーっとそんなことを考えていると美しい瞳がすっと弓なりに細められる。



「昼間、依頼者の店に行った際に、縁町唯一のパン屋だから『パン作り』を学びたいという人間が役場を通してお願いしに来る可能性が高いと話はしましたから。彼女自身はパン作りを教えるほどの腕はない、と謙遜してはいましたがパン屋が増えること自体は歓迎しているようです」


「そう、なんですか?」


「ええ。一人だとどうしても作れる量も限られてきますし、評判が広まって需要も伸びているので対応に苦慮していたようです。それに加えて、小学校や中学校からも給食に出すパンを焼いてほしいと打診されているようですから……もしかすると、頷いて頂けるかもしれませんね」



彼女は『善良』な部類に入る人間ですが、できる事と出来ない事の判断力に関しては優れた感のような物をお持ちですよ続ける。

 そうなのか、と頷けば唇に人差し指を当ててうっそりとほほ笑む。



「全てはあの妖たち次第です。相性は悪くなさそうですが、実際に顔を合わせて話をして頂くのが一番でしょう。私たちに出来るのは引き合わせる所までです。そこから先は妖次第。あまり手出しをし過ぎると彼らの為になりません―――……どうです? 今回の依頼は」



つらつらと美しい声で紡がれる事実に耳を傾けていると唐突に問われる。


 何について聞かれているのか分からず戸惑う私に須川さんの視線が窓へ。

追いかけるように窓の外の景色を見るけれど、明かりが消えているので暗闇が広がるだけだ。



「怖いですか? 自分の生活圏内に“妖”という人ではないものがいるとわかって」



実感したでしょう、役場へ行って。

 そう続けられてようやく理解する。

須川さんの心配はかなり遠回しで分かりにくく、不親切だけれど、そこが人間くさくてちょっとホッとするんだよね。



「怖い目には合ってないので今のところは全然。妖は確かに危険な一面があるかもしれないけど、それは幽霊だって、人間だって変わりません。個人と環境とタイミングの問題じゃないかなぁって思ってます」



良くも悪くも、と正直に自分の考えを離すと須川さんは数秒沈黙した後、立ち上がった。

穏やかな声で私の名前を呼んで



「お風呂を沸かしておきました。寝る前に体を清めてから寝るように……役場には色々なモノがありますからね。夜、魘されたくなければ入ってくることをお勧めしますよ」


「え?! 何か憑いてます?! 何も感じなかったのに……うう、お言葉に甘えてお風呂に入ってきますっ」


「そうしてください。明日の朝も、パン屋へ向かいますから早く起きて下さいね」


「はぁい。愉しみですね、あしたの日替わりパン!」



明日朝の美味しいご飯を思い浮かべながら足取り軽く風呂場へ向かう。

 その後ろ姿を須川さんが眩しいものを見るような表情で見つめていたことを、私は知らない。




誤字脱字、感想や質問などがあればお気軽に。

ご、誤字報告は常に全力で承っております……というか気付かないので本当に助かっております。


 ここまで読んでくださって有難うございました。

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