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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
間章 【日常を営んで】
108/112

「戻ってきた日常」

新章を始める前に、息抜きです。

ホラーチックなのが続いたので、のんびりほのぼのを目指したい。是非。




 男装という特殊な経験をしたのは、ほんの一週間前の事。



 ふわぁ、と欠伸をしつつ大きく伸びをしてから立ち上がった。

開け放った窓から吹き込む風が気持ちよくて目を細める。

庭に植えられた大きな木を眺めながら汗をかいたグラスを手に持って給湯室に向かう。


背後からは一目惚れした風鈴の涼やかな音とセミの鳴き声が聞こえている。



「報告書はファイリングしたし、データ化したのも保存したっと。関係者についても書いたしお礼状とかも送った……神様には挨拶してきたし、たまってた入力作業もさっき終わったから、禪に呪符の注文しておこうかな。須川さんに値段はチェックしてもらってるし、先方の親御さんの許可も昨日貰ったもんね」



よし、と気合を入れなおした所で使ったグラスを洗う。



「そうだ。水出しのお茶を予備で作っておこう」



 縁町は、所謂『盆地』に当たる。

神社に囲まれていることもあってか季節が割とはっきりしていて分かりやすい。

つまり、夏は暑くて冬は寒い。


 ただこの土地は十二の神様に守られているからか、少々特殊でもある。

分かりやすいのは、盆地は比較的雨が少ないと言われるけど一定の時間帯になると雨が降る所だと思う。

私たちは『恵みの雨』って呼んでいるんだけどね。



(縁町から出ると改めて感じるよね、この町の特殊性っていうか)



 七月と八月の昼から夜に替わる逢魔が時に雨が降るのだ。

勿論、雨が降るのには条件があって良く晴れた暑い日は打ち水をするみたいにパッと降ってサッと晴れる。


 お陰で夜は凄く寝やすい。

気温も下がるし、窓を開けて扇風機で充分なんだよね。



(夜の風も季節の祀り花の香りでお洒落だし。神様ってすごい)



鼻歌を歌いながら、いつものように茶葉を図ってピッチャーに入れる。

地下から汲み上げた地下水を注いで蓋をしたら完成だ。

 ちなみに、茶葉もピッチャーも縁町の専門店で買った。

縁町の商品は品質が良くて長く使えるものも多い。



「須川さん、今日は早めに帰ってくるんだっけ。さっぱりしたものがいいかな。焼きナスとか食べたいし、焼き茄子……いや、煮浸し? 家庭菜園の野菜も収穫できそうだし、うん、夏野菜で色々作っておかなきゃ」



早速畑を見に行こう! と麦茶を一杯飲んでから、裏口へ。


 いつもは応接室や事務所に近い正面玄関を使うけれど、裏口はちゃんとあったりする。

コッチは直接裏庭に通じていて、ちょっとした縁側があるんだよね。



「そうだ。縁側でご飯食べるのもいいかも。おつまみも作ろうっと」



私はお酒飲めないけど、須川さんは水を飲むようにお酒を飲む人だ。


 飲んでいる時は仕事中とは違って冗談も言うし、日常会話も割とする。

庭に出て、茗荷みょうがが結構な量採れたので、茗荷の豚巻きをメインにすることに。

早いけど『夏野菜の焼き浸し』を作って冷蔵庫に入れておくことにした。



「オクラに、茄子にパプリカ……トマトもいい感じだから収穫しちゃおう。あ、ミニキャロットで味噌漬けも作らなきゃ。須川さんも好きだし、いっぱいニンジン植えておいてよかった」



私や須川さんがいない間は、家政婦の人達がお世話してくれるので安心だ。

そういう所もぬかりないのが須川さんだ。


 夏野菜を収穫して、台所に立つと台所兼リビングに私以外の気配がする。

振り向くと『夜泣き雀』という妖怪のチュンが嬉しそうに鳴いた。



「チュン、おかえり。お水飲む?」



チチチッとという機嫌良さそうな囀りに目を細めつつ、チュン専用の小皿に井戸水をたっぷり入れて出せば、嬉しそうに水を飲み始める。


 チュンがいるということはシロも帰ってきたということ。

玄関に向かうと丁度シロが玄関前に座った所だった。



「おかえり、シロ」



わふ、という嬉しそうな鳴き声に頭を撫でるとくるんと丸まった尻尾がブンブン左右に振られる。

 それでも動いて飛びつかないのは、流石というか。



「今日もいっぱい貰ったんだね」



半分神様でもあるシロの首輪には商店街の人が何かしらを括り付ける。


 お礼だったり、試作だったり、純粋な好意だったりするそれらはシロにも捧げた側にとってもいい効果をもたらす……らしい。

私はイマイチ実感ないんだけど、シロのお陰で色々なものも食べられるし、商店街の人にも早く馴染めた気がする。



「シロには美味しいお肉焼くから楽しみにしてて。須川さんが早く帰ってくるの珍しいから奮発しちゃったんだ」



男子校での仕事を終えてから、たまっていた仕事を片付ける為なのか須川さんはかなり忙しそうだった。


 私もパソコン入力作業とかがあったし、簡単なおつかいみたいな依頼なら任せて貰えたけど役に立っているのかどうかが非常に怪しい。

夜更けに帰ってきて、早朝にはいないって言うのは何度もあった。


 けれど、今回はさらに輪をかけて忙しそうで顔もまともに見てない気がする。

流石に心配になったので、手紙とお弁当表なるものを準備したのは我ながら良いアイディアだったと思う。


 どんなに忙しくても、帰って来れる日は連絡してくれたからね。



(須川さんがスマホ使えないのホント不便。使えたら連絡もすぐできて安心なんだけど)



 ヨシヨシと撫でて首輪に括り付けられた一口大の練り菓子数個と数輪のお花、子供が見つけたらしい四つ葉が二つ。

全て大切に受け取って、シロの前足と後ろ脚を拭く。

台所に戻って、供え物を一度神棚に上げてから四つ葉のクローバーは押し花にすることにした。


 アイロンを使ってする作業なので、パパッと部屋に戻って『押し花セット』を取り出し、事務所に置いておく。

草臥れてしまっているので、まずはクローバーに水を吸わせることにした。


 生ものは冷蔵庫、お花はちゃんと花瓶に入れて先に縁側に置いておく。




「明日からお弁当はいらないって書いてあったけど……仕事が落ち着いたのかな」



 お弁当が欲しい日には〇を書いておおよその時間を書いてほしいと手紙を添えたのが功を奏したらしく、須川さんに弁当を持たせることに成功しているのが少し嬉しい。


 夕食の準備をしながら考えるのは、『正し屋』と『須川さん』と『縁町』そして『高校生組』のことばかりだ。

世界が狭いなぁとおもいつつ、この穏やかで快適な時間が何よりも大切で貴重だ。



「―――……いつまで、続くかわからないからかなぁ。やっぱり」



茗荷を豚肉で巻きながら零れた声は思いの他、良く響いた。


 いつの間にかチュンを頭に載せたシロが私を見上げて首を傾げている。

なんでもないよ、と言いそうになったけれどシロとチュンがどこか心配してくれているように見えて言葉の意味を説明した。



「私と須川さんがしてる仕事って、一歩間違えたり対処が遅れると拙いことになるのが多いからね。靖十郎たちと関わってから妙な実感があるっていうか、芽生えたって言うか。あと、怖くない平和な日常が凄く貴重で……なんだかちょっと怖いんだ」



 生きている以上は『ずっと同じ』状態が続くことが稀であると私は知っている。

家族であり職場であり私生活であっても、少しずつつ、時に大きく変化する。



「例えばだよ? 一番可能性が高いのは須川さんが結婚した時。そうなると私は『正し屋』にはいられないと思う。そうなれば、ここから出て別の所から通うことになるだろうし、新しい人が入っても今みたいなのんびりした空気のままってことはないから」



どうして、という様に鼻を鳴らすシロをみると神様の使いであり神様みたいな存在なのに、割と人間っぽい……なんて感想を抱いた。

シロの頭を撫でてから台所に戻り、手を洗ってから調理を再開。


 式神でもある一頭と一羽はお互い何かを話す様に小さな声で鳴いている。

微笑ましいBGMを聞きながら包丁を振るった。


 粗方下ごしらえが終わった所で首の後ろに違和感を覚える。

違和感というかフワフワした何かが私の首の後ろを撫でたような感じなんだけど、チュンもシロもそういう事はしない。



「シロ、チュン。お出迎えにいこっ」



須川さん帰ってきた、と声を掛けると私が見える場所で寛いでいたシロとチュンも、スッと立ち上がる。


 揃って玄関に行くと表の糸屋格子の門が開く音がした。

それから雪駄のかかと部分の金属が敷石に擦れてなる独特の音が近づいてきて、格子状の曇りガラスに影ができる。


 カラカラと軽い音を立てて開かれたその先に、憂い顔の美人が。



「おかえりなさい、須川さん」


「―――……ただいま戻りました。夕食の時間には間に合ったみたいですね」



そういってほほ笑む上司に手を伸ばせば、一瞬の躊躇の後に鞄を受け取る。


 受け取ったカバンはずっしりと重たくて少し驚いたけれど顔には出さなかった。

着物に合うようなデザインの男性用の鞄で、言わずもがなオーダーメイド。

普段着が着物って言うのは『縁町えにしちょう』では珍しくないけど、須川さんの場合は元の容姿もあって嫌でも人目を引く。



「これからお肉とか焼くところですけど、まだ時間かかるので先にお風呂入ってきてください。実は、買い出ししてる時に枇杷びわの葉を貰ったので枇杷の葉風呂にしてみました」



入り口の所に少し冷たいお茶も用意しておくので、といえば流石に疲れていたのかふっと表情を緩めた。



「ありがとうございます。では、言葉と好意に甘えさせてもらいましょうか。そうだ、優君。お土産です。冷やしておいてください、食後に食べましょう」



そういって私の前に差し出された高そうな箱を受け取ると須川さんはまず自室へ引き上げていった。


 それを見送りながら、私はまず事務所の須川さんの机に鞄を置く。

大体入っているのは仕事関係のモノだし、それ以外はそれ以外で、須川さんが片付けるんだよね。



「にしても……相当疲れてるね。色気が半端ない」



歩く凶器だよ最早、と呟くとシロとチュンが確かに、というように首を縦に振る。


 私の上司は、多忙だ。

一人の人間が処理できるのかと思える量の仕事を凄い勢いでこなすので、体がいくつかに分かれてるんじゃないかと本気で考えたこともある。



(自分で片付けなくてもいいものは『同業者』に振り分けてるって言ってたけど、それにしたってねぇ)



 正し屋の業務にはいくつか種類がある。

霊的なものに携わっているのが大前提なんだけど、同業者の見極めと仕事の斡旋なんてものも多いのでウチには色々な相談が寄せられる。


 多くは手紙だけど、私がきてからはメールでも受け付けるようになった。

私の主な仕事は、同業者の人に仕事の依頼メールを出して引き受けるかどうかの返事を聞き、須川さんに報告すること。

データ入力もそうだけど、パソコンやスマホといった電子機器が一切使えない須川さんのサポートみたいなことをしている。



「霊力が強すぎるって言うのも問題だよね」



 須川さんと電子機器は相性が最悪だ。

なので、電子機器に関わる心霊相談は基本的に他の業者に割り振ることになる。

お化けも呪いも日々進化して、時代に適合してるんだなぁって呟くと須川さんが笑顔で固まってたっけ。


 階段を下りてくる足音が聞こえてきたので、食事は縁側で!と告げると了承の返事が返ってくる。

この上司、有能なだけじゃなく顔も声もいいのだから、本当に困る。


 いったい何度依頼人を惚れさせ、面倒な客を呼び寄せたのか……そして、中には私に強い敵愾心を持つ人もいたんだよね。

なんでも、同じ屋根の下で暮らしてるから『有利』だと思われているらしい。



(上司としてはすごく尊敬してるけど、スペックとやらが違い過ぎて色恋沙汰に発展する気配が微塵もないし、億が一にでもそういう事になったら別れた時悲惨だよ……絶対、仕事辞めなきゃいけないコースだもんね。絶対無理無理。私定年までこの会社で働くって決めてるんだから)



人の気持ちなんて天気より変わりやすいって格言もある位だ。


 ちょっと胡散臭い特殊な仕事をしてるって言っても、家柄人柄人相最上級みたいな上司だから女性にも困らないだろう。

そんなことを考えつつ料理を作っていく。



「そうだ。生酒を冷やしておいたんだった。時間的にいい温度になってると思うんだけど……もう一つは『雪冷え』専用酒っていってたから……氷水用意してっと。縁側に置いとけばいいか」



須川さんはお風呂の時間が早い。


 髪が長いし、肌とかも一向に衰えない恐ろしい美人具合なんだけど、手入れをしている様子が一切ない。

私には肌のメンテナンスとかを定期的にさせる癖に、自分のことは無頓着なので濡れた髪を拭いたり乾かしたりすることも多々あったりする。


 順調に、というかあれもこれもと用意していると風呂場の戸が閉まる音が聞こえてきたので、暖かいご飯をお握りに。

何でかは分からないんだけど、須川さんはお握りの方が好きみたいなんだよね。



(人が握ったお握り食べられませんって顔してるのに、本人ができればお握りでって言ってくることもあるし)



勿論知らない人からの差し入れは一切食べない。


 大きなお盆に出来上がった料理を並んで運ぶこと二往復。

色々並べて、間接照明を灯した所で珍しい服装の須川さんがいた。



「あれ。いつもみたいに着流しじゃないんですね。甚平着てるの初めて見ました」


「贔屓にしている店の店主に試して欲しいと懇願されまして。着てみると割と楽で驚きました」


「この間のスーツもカッコよかったですけど、たまにいつもと違う格好してるの見ると新鮮でいいですよね。あ、そこに座ってください。一杯目はどうしますか? 日本酒は花冷えと雪冷えを用意してみました!」



 花冷え、雪冷えは日本酒を冷やす温度のこと。

私はお酒飲まないから詳しくなかったのだけれど、縁町に来てから酒蔵が沢山あって色々行くようになってから覚えたんだよね。



「暑かったので初めは雪冷えでお願いします。おや、これは初めて見るお酒ですね」



物珍しそうにお酒の瓶を見る須川さんにガラス製のお猪口とぐい呑みを見せて選んでもらった。

お酒の説明をするとなるほど、と感心したように目を細めて暫くお酒の瓶を見ていたけれど納得がいったのか、小さく頷く。


「喉も乾いていますし、ぐい呑みでいただきますね。先ほど水は飲んだのですが……食事の前に冷えた日本酒を飲めるとは思いませんでした。態々用意してくださったんですね」


「須川さん疲れてましたからねー。そりゃ気も使いますよ。あ、そうそう、今日は庭で採れた初物の夏野菜も使ったんです! 私もお腹空いたし早速食べましょうっ」



お箸を握ろうとした手に須川さんが苦笑しつつ、私用のグラスをどうぞ、と差し出した。

 驚いて目を見開くと彼の手には氷の浮かんだティーポット。



「食事にアイスティーというのはどうかと思ったのですが、新作のアールグレイを買ってきたのでどうぞ。頑張ってくれていたみたいですし、乾杯に付き合って下さい」



有難くグラスを受け取って私たちは涼やかな風鈴と虫の鳴き声をBGMに縁側で夕食をとった。

 食べ終わって、二人で洗い物を済ませ台所のテーブルで仲良くお土産の水ようかんを食べた。



「明日は少しゆっくりで構いませんよ。私もいつもより長く休むつもりですから……そうですね、八時に起きて二人で朝食を作りましょうか」


「いいですね、それ! そういえば、最近新しくパン屋さんができたんです。開店が7時半だったはずなのでそこに買いに行きませんか?」



「朝の散歩もいいですね。最近あまりゆっくり縁町を歩くことがなかったですし……では、八時に正し屋を出ましょうか」



はい、と返事をすると機嫌良さそうな須川さんはもう一本飲んでから寝ます、と笑っていたので先に休むことにした。


 機嫌は良さそうだし、お腹いっぱいだったので一足先に部屋に戻る。


スマホを見ると、靖十郎や禪、封魔からメッセージがきていて、それについて返信を少ししてからベッドに潜り込む。


シロが私の足元に、チュンは私の枕元で寝る姿勢を整えたので頭をひと撫でしてから目を閉じた。

眠る時はいつだって一瞬だけど、須川さんがいると安心して眠れるんだよね。



(やっぱ、須川さんがいると悪霊が怖がるのかなぁ。怒ると怖いもん、悪霊の気持ちが凄く分かる)



本人に知られたら笑顔で怒られそうなことを考えつつ、翌日のパンを楽しみに睡魔に身を委ねた。


正し屋の日常は、至って平和です。

厄介な依頼さえなければね。


のんびり始まるのは毎回のことです。はい。


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