エピローグ 最後の解呪対象者
大変お待たせしました!!
エピローグは二つに分かれそうです。
次は高校生組との別れです。
目覚めた時、私は車の中にいた。
状況がさっぱりわからないまま当惑する私の横で、須川さんがハンドルを握っている。
窓の外の景色に見覚えはない。
ぼうっとしていると目の前に汗をかいたペットボトルが差し出される。
「おはようございます。貴女が現場で気を失った後、彼らは寮へ返しました。怪我はないようでしたが疲れているようだったので―――……ああ、ソレは飲んでくださいね。傷口から少量の穢れが入り込んでいますから」
「いただきます、遠慮なく。それで、靖十郎たちが無事なのはわかりました。封印はできたんですか?」
「おや。何を言うのかと思えば……封印など、そもそもしていませんよ」
目が点になるというのはこのことを言うんだろう。
は、と目と口を開けて固まる私。
上司様は一瞥をくれることなく運転を続けている。
珍しく腕を捲っているので、しっかりと筋肉がついた以外にも男らしい腕が晒されていた。
怪我一つない綺麗な腕を眺めながら口を開く。
「解呪ってあくまで呪いを解くってことですよね」
「ええ。その通りです。解呪はあくまで呪いを解くこと。元々あった姿に戻すことしかできませんよ」
「解呪の対象は『桃ノ木』と『古井戸の神様』だけじゃないですよね。あの、入院してる寮長とか怨霊になってた『岡村 恵里』とか」
あの場所に縛り付けていた呪いが消えたならと期待を込めて顔を見ると彼は薄く口元を釣り上げた。
整いすぎた顔立ちに浮かぶ微笑は、綺麗なのかもしれない。
私には感情の読めない仮面にしか見えないけれど。
「対象は『桃ノ木』と『古井戸の神』だけです。ああ、使った依り代の関係で『岸辺 友志』にも影響はあったようですが」
「え?! ゆーくん成仏しちゃったんですか?!」
「話は最後まで聞くように、と日頃から言っているでしょう。成仏などさせたら『代わりになるもの』がいなくなってしまいます」
言われてみると、そうだ。
なるほど、と納得して水を煽る私に須川さんは再び口を開く。
「桃ノ木は解呪の過程で灰へと転じ、古井神は消滅。『岸辺 友志』は、古井神の代わりに守り神となった……といったところでしょうか」
栄辿高校は、かなり特殊で霊的なものが表面化しやすい。
だから死者がでた。
普通なら、後遺症が残る怪我で済んでいた、というのは須川さんの弁。
私からすると『後遺症が残る怪我』って相当な怪我に入るんだけど、この上司に言わせると大したことではないようだ。
「守り神がいるってことは、あの高校ではもう亡くなる生徒はいないってことですよね」
「優君、それは少し違います。人はどんなに強い守り神がいても死ぬときは死にますよ」
「……え?」
理解できずに零れた言葉は、車の走行音に紛れる様に消えた。
何を聞くべきかもわからない私がただ運転を続ける須川さんを眺めていると、薄い唇が小さく息を吐き出した。
「―――……守り神はあくまで『場』を守る存在です。今回は『栄辿高校』という学校と土地を守ると考えてください」
「人、とかじゃないんですね」
「守り神は、祟っても力を振るって人を助けることはまずありません。守護する場を守った結果、人が助かったということはあるかもしれませんが」
人を助けるのは、主に守護霊だという。
あとは神様が助けてくれることもあるけど確率はかなり低いみたい。
正式に『お願い』をしなきゃいけないみたいだしね。
自動で悩み事を解決してくれることはまずないんだって。
「私が『岸辺 友志』に頼んだのは土地の守護と、土地に入り込もうとする悪いものの退治や撃退です。中で発生した穢れなども土地の守護のうちに入るので、副産物的に『霊障』が起こることはなくなると思いますが、完全になくなるということはありません。彼は神としては半人前ですからね……馴染むまではいないよりはいい程度ですね」
彼に由来するものを使っていたり、縁が深いことから数年で馴染むだろうとのこと。
馴染んだら馴染んだで大変みたいだけど『やる気』はあるから問題ないとか。
「守り神がその場所にいる人間を護るかどうかは、対象となる人間の行いにもよります。直接ではないにしろ手を差し伸べるかどうかの決定権は彼にあります。彼にも『護るかどうかは君が決めて構わない』と伝えました」
「いやいや!? ちょっと待ってください! 生徒も依頼人に入るって……護る対象だって、話してませんでしたか?」
「そうですね。ですが、契約を守る義務はあくまで『正し屋』にしかありません。彼は違うでしょう? ああ、仕事中もこの契約はきちんと守りましたよ。亡くなってしまった生徒もいますが、我々が学校にいる間生徒たちを霊障から守っていたのは事実ですし。穢れを倒したり、場を清めるという行いもこれに含まれています」
呆然と運転し続ける上司を見つめていると彼は、酷く愉しそうに笑った。
冷え切った冷水を頭の上からかけられたような衝撃と寒気に、血の気が引くのがわかる。
掴み所のないこの上司と生活していると彼が『完璧』な人間ではないことをよく、思い知る。
「なん、で……笑っているんですか。笑える、んですか」
潜入前だったら素直に納得していたのかもしれない。
でも、私たちは今まで教師や生徒たちと実際に話して生活をして関わってきた。
「須川さん、また誰か亡くなったらどうするんですか? 自業自得なら“仕方ない”ですけど、靖十郎みたいに巻き込まれただけだったら? 何も悪いことしてないのに、怖い思いをする可能性があるってことですよね」
思い出すのはプールの底で見た光景。
言葉や態度の端々に滲む不安と恐怖。
死が身近になりすぎて感覚がマヒしていた生徒や教員。
私が見て、経験した『最期』の景色や想い。
葉山寮長だって葛藤があって、悩んで、どうしようもなくて呪術に手を出した筈だ。
『人を呪わば穴二つ』であることは分かっている。
でも、呪うまでの経緯を鑑みてしまえば、私はどうしても彼が悪いとは言えなくて。
葉山寮長は二人の幼馴染を失った。
自業自得で片付けるにはあまりにも苦しい状況で、やり場のない怒りや憎しみを消化しようと呪術に手を伸ばしたのは当然だとも思える。
「―――……いい子ばっかりでしたよ。私は靖十郎たちがいたクラスの雰囲気しか知らないし、他のクラスでは違うのかもしれません。でも、新しく来た訳アリっぽい私に親切にしてくれて、声を掛けたり気にかけたりしてくれて」
だからこそ強く思う。
「須川さん。私は彼らに『見なくてもいいもの』を見せる必要はないと思います」
どうにかならないんでしょうか、と口にしながらこぶしを握り締めた。
知識も実力もない自分が恨めしくて腹が立つ。
乞うことしかできないので唇を噛めば、須川さんが困ったように苦笑した。
「君は変わりませんね。色々な裏を見ても、変わらない。そういう所が“要因”で“原因”で“基点”なのかもしれませんが……私とは違いすぎて、とても興味深く思います」
そう言いながら須川さんは言葉を紡ぐ。
車は、大きな国道を走っていた。
少しずつ建物が少なくなって緑が増えていく。
「今向かっているのは、葉山 誠一が入院している病院です。彼の個室には清め札を貼ってあるので呪い自体も薄くなっているでしょう―――……預かっているモノを返却したら今回の依頼は解決です」
「でも、学校は……っ!」
「私が彼を守り神にしたのはいくつか理由があります。その中の一つに、彼の死因が大きく関係しているんですよ」
「え……?」
「ああいった形で亡くなっているので、虐めに対する嫌悪感や忌諱感は強い。神の領域に片足を突っ込んだとして、元々の人格はそのまま引き継がれます―――……彼なりに『頑張る』んじゃないでしょうか。護れなかったものと護りたかったものを忘れるのは意外と難しい」
「すがわ、さん……あの、それって」
「彼には少し知恵も授けてあります。いよいよどうにもならなくなれば連絡が来るでしょう。仕事で関わることはもうないと思いますが……ね」
須川さんはそれから依頼者である校長や教頭に三つのお願いをしたらしい。
その内容は『七不思議』を広めて欲しいということ。
今回の被害者や事件はぼやかして、語り継ぐこと。
慰霊碑を立てること。
最期の慰霊碑に関しては費用が掛かるので、須川さんがポケットマネーで解決したらしい。
ちなみにポケットマネーで解決した旨を教えてくれたのは、禪と葵先生だ。
なんでも「今から予算を取り付けたり募金を呼び掛けるのでは完成が遅れるから」という理由だけで結構な額を『寄付』という形で支払ったらしい。
(流石、須川さん……! 良くも悪くもブレない)
何度か見に思えのある金払いの良さに腰が引けた私は悪くないと思う。
引きつった口元をそのままに運転席を見つめる私をどう解釈したのか、彼はふっと柔らかく表情を緩めた。
「だから言ったでしょう。副産物的に『霊障』が起こることはなくなると思います、と」
やれやれ、と緩く首を横に振る美人にカッと体温が上がった。
「そ、その後に物騒なこと付け加えるからですっ!」
勘違いしていたことも食って掛かったことも恥ずかしくて、思わず睨みつければ口の中に何かを押し込まれた。
「この世に『絶対』はありませんからね。当然です。それに、新人といっても過言ではない神なのですから、見落としたり気づかないことも多い。慰霊碑や厄除け・魔除けの植物などを植えたので今までの様に溜まり場になることはないとは思いますが……人為的にそれらを損なう手段はいくらでもあります」
「そう、ですよね。そもそも今回は『巡り屋』っていう会社が関わったから、亡くなったり木のお化けが出てきたりしたんですもんね」
終わったという安堵感で忘れそうになる今回の黒幕。
多分、ロッカーに閉じ込められた時に様子を見に来た子は、その巡り屋関係の人物だったのだろう。
他にも私の気づかない所で色々細工をしていたのかもしれないけど、解決した今となってはどうでもいいことだ。
影響が大きいものとかなら須川さんが撤去してるだろうしね。
口に放り込まれた飴を舐めているとハンドルを握る須川さんの唇から、ぽつりと小さな独り言が零れ落ちる。
「あまり私たちの仕事を増やしたり邪魔するようでしたら、潰した方がよさそうですねぇ」
「物騒極まりないのと怖いのでやめてください、ほんとこわい」
「独り言なので気にしないでください」
「余計怖いです」
車は順調に人気のない山道を進んでいく。
なんだかんだで山道は好きなので、窓を開けて夏の匂いを孕んだ風に目を細める。
曲がりくねる車道の先に、決して小さくはない病院が見えてくるのはそれから五分後の事。
◇◆◇
通された白い部屋に、葉山 誠一がいた。
彼に割り当てられた病室だったので、いるのは当然なのだけれど……なんだか、まるで別人のようにも見えて息をのむ。
呆けたように立ち尽くす私に向けられる視線は、酷く無機質だった。
「―――……ああ、江戸川か」
ボロボロの学ラン姿の私を見て、一瞬目を見開いたものの直ぐに表情が戻る。
須川さんに言われた通り霊視ができる状態だったこともあって、彼の首や手に赤紫色の紐が巻き付いているのが見えた。
「貴方と『巡り屋』が造り上げたモノは、無事に消滅しました」
彼の表情はみじんも変わらない。
返事もなくただ、ぼうっとベッド正面の白い壁を眺めていた。
抜け殻のようなその無気力な様子に一瞬眉を顰める。
私の知っている葉山 誠一とはまるで違う人間に見えるけれど、これも彼なのだろう。
「学校の方の問題は全部片付いたので、貴方に巻き付いた呪いを―――……」
「このままでいい」
「……呪いを放置して欲しい、ってことですか」
「そうだ。友志も恵里もいないし、戻って来ない……人を呪わば穴二つ、なんだろ。なんで俺の呪いを解こうとするんだ」
他にも解くべき相手がいるだろう、と嘲笑を浮かべてこちらへ視線を向ける。
年相応には見えない空虚な視線と表情をみて、彼は大切な友人の最後を知らないことを思い出した。
「ウチの方針だよ。君が呪術に手を出したのは『そう仕向けられた』からでしょ。それしか、見えなくなっていたんじゃない? 今は違うでしょ、考え方も見え方も」
心当たりがあるらしく、視線が逸らされた。
須川さん曰く、彼には数体の霊が憑いていたらしい。
それは栄辿高校とは関係ない―――……イジメに因果がある霊。
だからこそ、体育館裏で憑いていた霊が暴走した。
呪いの大本である『桃ノ木』と『古井戸の神』が解き放たれ、新しく守り神が立てられたので、寮長に憑依していた霊は逃げるか消えたらしい。
「それがなんだっていうんだ」
「個人の考え方で悪いんだけどさ、君はそれほど悪いことをしたとは思えない。呪術に関しては、憂さ晴らしみたいなものだったんじゃない? 誰だって、呪いで人が殺せるなんて思わないだろうしね」
黙り込んだ彼の反応が、何より私の言葉が正しいことの証明になっている気がした。
静まり返った部屋の中で時を刻む、規則正しい音が響く。
サイドテーブルには綺麗な切り花が飾ってあった。
個包装のお菓子には手を付けられておらず、ただ、そこに在るだけ。
(あのお菓子、超高級店のやつだ。あっちのは新作の有名パティスリー。うわ、限定品まである。食べないのかな、絶対美味しいのに。絶対に美味しいのに)
じっと彼のすぐ横にあるお菓子を見つめていた私に呆れたような須川さんの声。
小さく名前を呼ばれて無理やり視線を、傷つき過ぎた彼へ向ける。
「とにかく。ウチ……『正し屋』としては、君にかけられた『呪樹』と『古井戸の神』の呪いと穢れは取り除くよ。拒否権はないから諦めてね」
「……拒否権がないなら話さないでもよかったでしょう。無駄な時間です」
「うん、でも会社の決まりって言うか方針だから」
ごめんねと笑えば彼の瞳が訝し気に揺れた。
何かしたか、と首を傾げると少し躊躇した後、そっと口を開く。
この時の彼は私が学校で見た『寮長』のそれだった。
「江戸川……お前、そんな、だったか」
「そんなって?」
「いや、口調とかもそうだけど雰囲気が、なんか……子供っぽくない」
「………須川さんこれ、どう反応したらいいんでしょうか」
潜入していたことを離してもいいのかどうか判断に迷ったので振り返る。
そこにいた上司は私に背を向けて小さく肩を震わせていた。
「話す必要はないので、君も忘れるように。他に質問はありますか」
「ありません」
「そうですか。ああ、それと君のご両親には受験勉強のストレスと寝不足で倒れた、という説明をしています。実際眠れていないようでしたからね―――…大体聞いてはいると思いますが、君が聡い子で助かりました。上手く話しを合わせてくれたようですし」
と須川さんはゆったりと笑う。
美しい宝石のような緑の目がスゥっと細められた。
薄くて形のいい唇は秘密の話をするように微かに動く。
「何せ『呪でおかしくなった』なんて真実は到底云えませんし、ね?」
底冷えするような冷気を纏ってほほ笑む。
色気と威圧感と得体のしれない怖さを混ぜたら多分、須川さんになるのだろうとそのやり取りを見ながら思う。
自然に数歩分二人から距離を取っていた。
「解呪についてですが学校の怪異を引き起こしていた原因の二つのみです。生霊の類や負っている業、穢れ等の不浄はそのまま残しておきます。私たちの仕事は『正しく』直すことですから」
営業スマイルを浮かべた須川さんは、彼の額に特製の依り代をぺたりと押し当てた。
当人がギョッと驚いたように目を見開いたものの、お構いなし。
ついでに説明する気も無いらしく、祝詞を読み上げていく。
正確に、どこか機械染みて聞こえる淡々とした声が病室内に響く。
反響するような部屋じゃないのに、どこから聞こえているのかわからないような感覚に陥った。
「……ッ」
祝詞の合間に聞こえるのは、押し殺したような呼吸。
苦し気に目を瞑る葉山 誠一と涼しい顔で祝詞を読み続ける上司。
何かに耐えるように歯を食いしばったあたりから、押し付けられた依り代に変化があった。
赤黒い紐が絡まって見えた場所からじわじわと黒く染まっていく。
じわじわと赤黒く染まって、元の色がなくなった所で祝詞もふつり、と終わった。
黒くなった神の依り代を額から引き剥がして、手の平の上へ。
そして短い言葉を唱えるとパッと青白い光にそれが包まれ、炎が消える頃には灰すら残さず消えてしまっていた。
「―――……これで、依頼は完了しました。優君、首に巻き付いていた呪いは見えませんね?」
「はい。首とか手首に巻き付いてたのはどこにも……でも、なんか靄が」
「先ほど言った通り契約に該当しない『余計なモノ』ですよ。ソレの処理は契約に入っていませんし、彼自身も呪いは解かなくていいと言っていましたから、きちんと残しておきました。安心してくださいね」
「安心できる要素が欠片もないんですが……ええと、大丈夫? 顔色悪いけど」
ぜーぜーと肩で息をしている彼の肩に触れると思いきり手を弾かれた。
学校では見なかった一面に驚いていると、不安に揺れる子供のような目をしていることにようやく気付いた。
手も、小さく震えている。
「お祓いを希望するなら店舗まで直接出向いてください。料金は相応にいただきます」
懐から高そうな名刺入れを取り出してそれをベッドサイドテーブルに置く。
須川さんは要件を済ませたら用はない、というように帰り支度を終えて病室のドアの前で私に声を掛ける。
「優君、戻りますよ。君の手当てをする必要もありますし、診療予約は済んでいるので急いでください」
「いやいや! ちょっと、須川さんッ! あんな雑な説明じゃ……」
「葉山 誠一君。君が呪術に手を出した経緯は把握しています。ですが、それはこちらの世界では言い訳にもならないんですよ。『人を呪わば穴二つ』という言葉に例外はありません。私たちのような業界の人間で呪術を代行するものもいますが、大体そういう物は“対策”を取っているか、大した力がないか……そのどちらかです」
スーツのネクタイを少し緩めながらじっと眼鏡の奥から青年とも少年ともつかない子供を見る。
呪術に関係した人間に容赦がないのは知っていたけれど、こうも分かりやすいのは初めてだった。
戸惑う私に須川さんは続ける。
「解呪による呪詛返しの対象からは契約の内容を加味して外しましたが、生きている呪いがあることは覚えておいてください」
そういって彼はドアを開けた。
ドアの向こうに広がる白を基調とした廊下と聞こえてくる人の声や騒めき。
コール音や院内放送、笑い声。
切り取られたように感じられた病室内の空気や緊張が弛緩し、日常が戻ってくる。
知らず知らずのうちに強張っていた体の力が抜けるのを感じていると、靴音が一つ。
病室から一歩足を踏み出したその人は真っすぐに寮長を見据えていた。
「―――……残った呪い自体に命を奪うまでの効力はありません。少々、コチラに近くなるだけです。ただ、そうですね……『巡り屋』は基本的に掛けた呪いを解くことはありませんし、出来ませんから覚えておいた方がいいですよ」
普段通りの笑みを顔に張り付け、置き土産の様に言葉を残して部屋を出ていく。
靴音が遠ざかって、そして私は我に返る。
青ざめた子供が表情を取り繕うことを忘れてそこに置き去りになっていた。
「ねぇ、葉山くん」
「……えどがわ」
「コレ、個人の番号。もし困ったら相談してね。私から須川さんに繋ぐこともできるだろうから……あんまり、良くないものなのは分かってるでしょ?」
「夜に夢を見るようになった。死んでいった奴らの、夢」
私も見たよ、とは言わずに頷けば泣き笑いのような顔をして私の腕を振るえる手が掴む。
呪術は、人が持つ生気を奪う。
生きる力は死者の誘いを遠ざけるのに一番有効らしい。
「コレ、貸してあげる」
ポケットに入れて忘れていた余ったパワーストーンを繋げたシンプルなストラップ。
腕に付けるには小さなものだけれど、悪夢を遠ざけることくらいはできるはずだ。
「私が働いてる『正し屋』は、物事を正しい方向、元ある状態に戻すことを仕事としてるの。君のその状態は、私から見て『正しくない』から……やったことを、ちゃんと理解して反省する必要はあると思う。必要なことだよ、絶対に」
人が死んだ。
若い未来のある子どもが何人も。
どんな人間だったのかまでは分からないけれど、それでも死んでしまえば戻らない。
「大事な人が死ぬのは悲しくて、辛くて、痛いよね。自分を恨んで、他人を憎んで、自暴自棄になって……復讐したいって思うのも実は少しだけわかる」
どうか、届きますようにと思いながら私は一番伝えたいことを彼に告げた。
「死んだ人は生き返らない。それだけわかっていて」
私たちに誰かを救うことはできない。
揺れる瞳で私を見る彼の頭を撫でて、私は病室を後にする。
須川さんは、廊下の端っこで腕を組んで懐中時計をじっと眺めていた。
ここまで目を通して下さって有難うございます。
誤字脱字などは後で見直したり、見つけ次第修正します。
報告などして頂けると、すごく助かります…(ぼそっ




