表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
105/112

【解呪の儀 伍】

儀式が終わりました。後はエピローグになります。

あーあーあー……長かったぁぁあ……orz




 結界の中でぼんやりと、私は儀式を見ている。



 血濡れになった白衣をそのままに、呪樹の大元である桃ノ木を燃やした灰を葵先生は無造作につかんだ。

未だ『神抜きの経』と『浄化経』を唱える須川さんと禪。

その前にある井戸へサラサラと灰を落としていく。


 細かな灰は不思議と散ることもなく吸い込まれるように細い糸の様に落ちた。

この動作を続けて二回繰り返す。



「――…清水君、土を投下してください」


「は、はいっ!」



須川さんは葵先生が灰を入れ終わるタイミングに合わせて読経を終えた。

結構長く複雑なのに、状況を見ながら読経の速度や強さを調整していたんだろう。


 私には絶対できないなぁと感心していると視線が合った。

宝石のような緑の瞳がじっと私の横腹や全身を注視しているのが怖くて、思わず隠す様に身を捩る。



「葵先生は下がって休んでいてください。優君、御神酒か御神水は持っていますか」



 腰のホルダーにストックはない。

でっかいのに斬りかかった時、全部使い果たしたんだよね。

護符も呪符も。



「すいません、使い切りました」


「……でしょうね。これを」



やれやれと小さく息を吐いた須川さんはポケットから薄く小さい金属製の水筒のようなものを取り出した。

 なんだろう、と思っていると葵先生が



「スキットル……?」


「中は御神水です。こんなことになるのではないかと思って一応持って来ていたんですよ」



 後で聞いたんだけどスキットルは蒸留酒を入れるお酒の水筒のようなもの、らしい。

手ぶらに見えたけど須川さんってこういう便利なアイテムこっそり持ってたりするんだよね。

隠すところなさそうなんだけどな、とまじまじと上司様を眺めてみる。


 シャツとネクタイと少し離れた所にはスーツの上着。

まくられた腕は印象の割にしっかりと筋肉がついている様で逞しい。


 涼しい顔のまま私の前に立った彼は徐に怪我をしている脇腹の辺りを確認して、スキットルという金属製の水筒を口に咥える。

何をするんだろうと彼を見上げると彼は目をすぅっと細めて、私のワイシャツを思い切り左右に開いた。


 ボタンが飛ぶ音と縫製糸が無理に引きちぎられる音が自棄に生々しく聞こえる。



「なにしとんのや…ッ!?」


「黙っていてください。優君、出血しているのはここだけですか」



問われて考えてみる。

痛みはほとんど感じないけれど、多分、他にも血が出ている所はあるだろう。



「わかりません。でも、何度か背中に衝撃があったような気がします」


「そうですか。確認の為に少し脱がせますよ」



 淡々とした声に内心ビビりながらも首を縦に振る。

私を見下ろしている須川さんは慣れた様子でワイシャツを半分脱がしてくるりと私の体を反転させた。

じっと背中を見られているのが分かって何だか妙に落ち着かない。



「随分と無茶をしたようですが、死んでいないだけ上出来です。傷口を清めます、あまり量を持って来ていないので動かない様に」



はい、と返事をすると背中に冷たい液体がかけられるのが分かる。


 熱を持っていた所がスゥッと冷やされて何処か清々しさすら感じていると直ぐに体を反転させられ、頬と脇腹にも御神水を掛けられた。

まだ血は滲んでいるものの泥や木の葉などが流された傷口が露になる。



「―――……あまり衛生的ではありませんが、羽織るだけ羽織っておいてください」



そういうとシャツを直される。

ボタン全部吹っ飛んだからサラシが丸見えだけど、もう私の性別は此処にいる全員に知られているので隠す必要もないだろう。



「穢れの残滓などは持ち込むべきではありませんからね……優君、少し下を向いていなさい。お神酒を掛けます」



沁みますよ、と一言言ってから色が違うスキレットを取り出して私の頭から掛けていく。


 強烈な酒気にくらっと体が小さく揺れたけれど何とか踏ん張った。

その次に小さな傷口や大きな傷口が発火した様な熱さとチリチリと傷口に針を突き立てるような細く鋭い痛みを感じたけれど唇を噛んで耐える。



「優君、大祓いの祝詞は覚えていますね」


「寝る前に頭に叩き込みましたっ」


「清水君が作業を終えたら、井戸の前に立って祝詞を始めて下さい。きちんと柏手は打つように。私は貴方が祝詞を唱えている最中に代わりになるものを立てます――……香り玉は持っていますか?」



丸い金属製の、と言われて私はスマホから胸ポケットに移していたストラップを取り出す。


 須川さんは満足げに頷いて、それのくす玉の様に二つに割った。

中から出てきたお香のようなものを須川さんは指で潰し、懐から古びたストラップを取り出す。



(あれって、葵先生に探させたストラップだよね。確か、幽霊のゆー君が生前持ってたっていう)



我が上司はソレを無表情でパキッと半分に折った。

指の力だけで、だ。



「す……すがわ、さん……?」



恐る恐るキーホルダーから視線を上げる。


 無表情に近い顔で須川さんは淡々と香り玉の中にキーホルダーを入れて、蓋を閉めてしまった。

 助けを求める様に葵先生を見ると信じられないものを見た様な顔で須川さんを見ていた。

気持ちは分かる。


 私の近くにいた封魔もそれを見ていたらしく口元がヒクついていた。

気持ちは嫌というほど理解できる。



「須川さん、それって」


「依り代ですね。生前も大切にしたようですし、丁度いいんですよ。香り玉は新しいのを注文しているので届いたら改めて渡します」



それはいらないです、とは言えなかった。


 金属のストラップ指の力だけで破壊できる人にものを言えるほど私は命知らずじゃない。

今ならあのデカい呪樹の方がマシだったんじゃないだろうかという考えすら一瞬脳裏をよぎった。



(やっぱり須川さんが一番怖い。底が知れないってこういうことをいう気がする)



うんうん、と納得しつつふと霊刀をどうしたらいいのか聞こうと思ったんだけど、須川さんは既に目の前にいなかった。


 慌てて周りを見ると結界の外に足を踏み出す所だった。

止める間もなく須川さんは結界の外に出て、近くにいた岸辺 友志君とその恋人だった女の子の前に立つ。


 纏う雰囲気は普段仕事中に見るもので胃とお腹の奥の方がじわじわと冷えていくような感覚を覚える。

 須川さんの声は、結界を隔てているのにも関わらずよく聞こえた。




「――……岸辺 友志君、私は君にこの学校の守護神をしていただきたいと考えています」



それを聞いた彼が戸惑ったような表情を浮かべているのは何となく分かった。

 須川さんは淡々と話しを続けていく。



「守護神といっても多少自由に動き回れる浮遊霊のようなものですね。することは学校に悪いモノが溜まったら掃除をする位でしょうか……まぁ、殆どありませんね。慣れれば街に降りることも出来ますよ。神としてきちんと働き、機能できるようになれば長距離の移動もできるようになるでしょう」


『ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は死んでも死ぬ前も普通の人間で……』


「『人間だからこそ』できるんですよ。守護神と言えば聞こえはいいでしょうが、表現を変えるなら『人柱』といっても過言ではありません。人柱になる以上成仏はできないので『あの世』へ行くことは諦めて頂くしかありませんね。学校がなくなり、人々の記憶から『栄辿高校』の記憶が完全に消え去っって初めて消滅できるので、この場所で気長に過ごしていただくことになります」



それも記録が残っている以上難しいでしょうね、と説明する須川さんに私たちは戸惑った。

 岸辺くんも戸惑っているのかチラチラと私を見てくる。

ごめん、私も何が何だか、と小さく首を横に振ると彼は複雑そうな表情を浮かべた。



「勿論、タダでとは言いません。彼女を成仏させてあげますよ」


「そんなことできるんですか……ッ?!」



驚いて声を上げた私に須川さんはゆったりと微笑んだ。

出来ないと思いますか? とでもいうような表情に私は息を飲む。



「できない約束はしない、といった所で信じられないでしょうね……これで信じて下さるといいのですが」



須川さんは肩から下を食い千切られている女子生徒の横に屈んだ。


 私が書けた学ランを外して、どこからともなく一枚の御札を取りだす。

何かを呟き、その紙を咥えたまま複雑な印を結んで……咥えていたお札を女子生徒の額に貼る。

 最後に指を舐めてその指でお札に何かを書き込みながら短い呪を唱えた。



すると、だ。



 ジワジワと逆再生するように女子生徒の体が戻っていく。

足の先まで戻ったかと思えば、今度は異形の姿になっていた女子生徒が少しずつ人間らしさを取り戻していった。



「―――……どうです?」



淡々と須川さんは少年霊に問う。


 女の子は呆然と自分の体を見て、須川さんや恋人の少年を見比べていた。

小さく震える彼女を信じられないものを見るような目で眺める少年に須川さんはにっこりと笑顔を浮かべる。



「この姿でいられるのは五分ほどなので、その間に成仏させてしまえば世間一般で言う地獄に落ちることはありません」



どうしますか? 時間がないのでさっさと決めて下さいね、と笑う須川さんに改めて思う。



(須川さんって相手が幽霊とかになると対応が雑になるなぁ)



どうして、と聞いた事があったんだけど生きている人間なら何かしらの面倒ごとを起こす確率が高いが、死んでいるなら害はないのだから気を使うだけ無駄でしょう? と信号の色を答える様に平然と言い切ったのを思い出した。


 選択を迫られた少年はじっと女の子を見て、そして須川さんに向かって頭を下げる。



「――…よろしく、お願いします。守護神をやらせてください」


「話が早くて助かります。少し準備がありますので別れの挨拶をしておいてくださいね」



そういうと須川さんは二人に背を向けて一度結界に戻ってきた。


 井戸に最後の土を投下した靖十郎を確認してから私へ視線を向ける。

真剣な顔に私も慌てて背筋を伸ばした。



「優君、井戸の前で『大祓いの祝詞』を唱えて下さい。霊刀は地面に刺して、触れない様に」


「わかりました」



「古井神にもう殆ど力はありませんし、呪樹になっていた桃ノ木は消滅しています。ですから危険はありませんが……井戸に落ちないようにしてください」


「お、落ちません!!」



それならば結構です、と笑う上司に促されて私は枯れ葉を踏み、井戸へ近づく。

背後では葵先生や作業を終えた靖十郎達に須川さんが指示を出しているのが聞こえる。

禪は結界を張っている水虎の方へ行き、何やら確認をしているみたいだった。



(さてと、気合入れて最後の仕事やらないとね!)



ぐっと気合を入れてから、刀を井戸と自分が立つちょうど真ん中あたりに突き刺す。


 腐葉土の柔らかい土に刀身の三分の一程があっけなく埋まったのを確認して『大祓いの祝詞』を唱えるべく、大きく息を吸い込んだ。


 この『大祓いの祝詞』は簡単に言うと神様の物語のようなものだ。

結構な長さがあるので間違えない様に意識を集中させた。



 私は読経する時、脳裏に文言が書かれた用紙を思い浮かべる。

経文を読み上げる瞬間に耳元で男とも女ともいえない声が聞こえた気がした。




◇◆◇





 井戸の前に立つと足元から冷気が這い上がってくる。


 苔生した井戸が赤い月明りに照らされてぼんやりと暗闇の中で浮かび上がる様は中々に不気味だとおもう。

井戸の前に立つと微かに人の声のような音が聞こえた。

 風音だろうと気を取り直して肺に深く酸素を取り込んだ。

二礼二拍手一礼をする。



(どうしよう、すっごい井戸の中が気になる)



今日を唱える為に手を合わせようとするんだけど小さく手が震えて動かない。


 井戸に近づきたくないのに足が一歩前に出そうになる。

片足が少しだけ地面を離れた瞬間声が聞こえた。



「井戸の中を覗いてはいけません。連れていかれますよ」


「え……―――?」



「古井神は貴女を人柱にして欲しいようですね。心当たりがあるでしょう、夢やふとした瞬間に聞いた事のない不思議な声で話しかけられたり『見つけた』などといわれたことはありませんでしたか」



上司様のいった事には身に覚えがある。


 どうしてそれを、と呆然としたまま声にならない声で呟けば隣に立っていた須川さんがスゥッと目を細めた。

そして古井戸に向って一歩足を進める。


 見慣れた草履ではない革靴が渇いた枯れ葉を踏んで軽い音を立てた。

ふわっと須川さんが付けている香水の匂いがしてハッと我に返る。

写真がブレた時のように見えていた景色がクリアになってきてハッと我に返った。



「いわれ、ました」


「でしょうね。あまり井戸に意識を向けない様にしてください。貴女は色々な意味で神仏に気に入られやすいのですから―――……まずは『大祓いの祝詞』を唱え始めて下さい。念のためにこれを着けているように」



須川さんは手首に着けていたパワーストーンを外して私の手首に着けた。


 見覚えのあるそれは私が須川さんに送ったもので、思わず彼を見ると彼の視線はもう古井戸へ注がれている。

促されたこともあって、無理やり生唾を飲み込み改めて『大祓いの祝詞』を唱えるべく、お腹に力を入れた。


 井戸を見ない様に顔を上げて井戸の向こうに広がる雑木林とフェンスを睨みつける。

一言声を発すると嘘みたいに気持ちが落ちついた。

私が祝詞を唱え始めたのを確認して須川さんは井戸の中に香り玉を投げ入れる。


 そしてすぐ聞いた事のない言葉を紡ぎながら井戸の周りに灰のようなものを撒き始めた。

一周するように灰を蒔いた後は私の横に立って淡々と『鎮魂の祝詞』を唱える。



(須川さんが隣にいるだけで安心感が凄い)



祝詞を唱えていくうちに井戸の方にも変化があった。


 ゆらりと青白い湯気のようなものが立ち上っていく。

祝詞を間違わない様に気を付けながら儀式を進めていくと、今度は地響きのような音がし始める。

思わず振り返りそうになるけれど何とか堪えて言葉を紡ぐ。


 音が大きく激しくなるにつれて徐々に足元も揺れているような感覚に陥った。



 背後からは靖十郎や封魔の「またか!?」という声が聞こえてくるので、私が呪樹の相手をしている間に似たような現象があったんだろう。


 よそ見や関係ないことを考える余裕がなくて、脳内に思い浮かべた祝詞を順に言葉へ変えていく。

息継ぎのタイミングを掴みそこなって時々、喉が引きつりそうになるけれどそれでも何とか詠唱を続ける。


 須川さんは間違うことも詰まることもなく滔々と言葉を紡いでいく。

ジワジワと井戸から増してくる冷気と重力に歯を食いしばりながら懸命に言葉を紡いでいると、井戸の雰囲気ががらりと変わった。





 放たれていた冷たく重たい絡みつくような圧が、柔らかい初夏の風へ。


 赤い月明りは包み込む様な黄金色に。


 爽やかな夏の夜を演出するように一斉に鳴き始める虫たち。


 夜独特の静かで心地よい風が肌を撫でて、私は無意味に震える唇から最後の一音を絞り出した。




「―――……八百萬神等共爾 聞食世登白須 」



ふっと余った息を吐けば、隣にいた須川さんが柏手を打った。


 高らかに響き渡るその音に微かに残った気怠く重苦しい淀みがパッと吹き飛んだ。

呆然と立ちつくす私に須川さんがゆっくりと振り返る。

汗一つ掻いていない涼しげな表情でふわりと表情を緩めた。



「これで『依頼』はほぼ完了しました」


「あ、あの……なんで月明りが」


「様々な条件が重なった結果、神域と化していましたからね。あまりないことなのですが創りあげられた神域は『こちら』の世界とはことわりが異なるんです」


「須川さん、なんか色々気になるんですけど……取り合えず儀式に失敗していたらどうなっていたのかだけ聞いてもいいでしょうか」



 今更ながらに凄い量の汗が全身から噴き出てくるのが分かる。

これは冷や汗と脂汗の交じり合ったものだろう。


 ごくりと乾ききった口の中を無理やり潤して生唾を飲み込む。

須川さんは面白い冗談でも聞いたようにクスクスと笑ってその笑顔のまま言い切った。



「失敗していたら全員めでたく死んでましたね」



散歩に行ってきますというような口調と軽さで吐き出された言葉は周囲の空気を完全に凍らせた。


 背後から狼狽しきった靖十郎と封魔の震える声と禪のため息。

そして葵先生の地を這うような感嘆の声が聞こえてきた気がする。

脳裏をよぎるのは、この場で経験した嬉しくない非日常の恐怖体験たち。



(あ、ダメだ。立ってられない)



 肩と足の力が抜けると同時に意識が遠くなった。

どうなったのかは分からないけれど、私は乾いた笑いを喉から絞り出しながら、意識を飛ばしたらしい。


 私の名前を呼ぶ声と駆け寄る複数の足音。



 滲むように溶けていく意識のどこかで何処かで聞いた子供とも大人ともいえない沢山の声が『ありがとう』と『またね』を繰り返していた。




ここまで読んで下さって有難うございます!

誤字脱字がありましたらどしどし教えて下さると嬉しいですっ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ