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正し屋本舗へおいでなさい 【改稿版】  作者: ちゅるぎ
第三章 男子校潜入!男装するのも仕事のうち
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【解呪の儀 参】

漸く続きを書きました。

できれば5話くらいでどうにかまとめたいな……




 背後から聞こえた声に体が咄嗟に動いた。



口に咥えた呪符はそのままに、腰の札入れから呪符を展開。

階段の様になった呪符の上を一気に駆け上る。


血とも体液ともいえない生暖かい液体が降ってきて不快だけれど、鼻が麻痺しているのには救われた。



「誰がっ、食べてもいいって言ったのさ…ッ!!」



込み上げる怒りにも似た感情を力に無理やり変換して、刀の柄をしっかり握りなおす。


 狙ったのは、彼女の体を掴む人間の胴体程の太さの枝だ。

幽霊になったら体重がどうなるのかは分からないけど、生木を叩ききるイメージで思い切り刀を振り下ろす。



「っんん!? ちょ、ま……あぶなっ」



全体重と力を込めても表層に傷がつくか、驚かせるくらいしかダメージを与えられないと思っていたから刀越しに伝わってくる感覚に拍子抜けした。


 衝撃に備えてたから力が入りすぎて結構な高さから転がり落ちそうになる。

薪を斧で割るような感覚を想像していたのに、実際は凄く変な斬り心地だった。

例えると、表面は乾燥しきった木皮で、その中が生肉と骨っていう感じ。



(この感じなら頑張って斬りつけていけば倒せちゃったりして)



崩れた態勢を何とか整えて、落ちていく半分の体に手を伸ばす。

食いちぎられた体は辛うじて肩と頭が残っているだけだったから、落とさないように気を付けて肩に担いだ。


 ごぽ ごぽり と吐き出す血液に溺れているような音が耳のすぐそばで聞こえている。



「―――……ごめん」



意味のない謝罪が口をついて出てから、私は慌てて唇を噛み締める。


着地に失敗したら目も当てられないので足場はしっかり作りつつ、階段を駆け下りるように地面へ降りた。

かなりの高さを命綱なしで駆け下りた事に気づくのは、いつも戦い終わった後。

痛みに狼狽えるような轟音をBGM代わりにしてゆーくんの元へ走る。



「シロッ、ソレの意識を逸らしてて」



今不意打ちを喰らったら確実に終わる自信がった。

シロに指示を出しながら躊躇しそうになる体を無理やり動かす。


 肩に担いだ些か軽い存在からは冷たく澱んだ空気がじわじわと触れている個所かしょから体の中心に向かって流れ込んできていた。

得体の知れない薄気味悪さと悪寒を歯を食いしばることでやり過ごし、無理やり笑顔を浮かべて幽霊の少年と葵先生の元へ。


 立ち尽くす少年の元へ辿り着いた時には完全に息が上がっていたけれど、何とか丁寧に地面へ彼女を横たえた。

木の葉が敷き詰められた地面に髪が広がる。

かなり恐ろしい形相ではあったけれど、よく見ると可愛い子だったことが分かった。



「―――…岸辺 友志くん。この子は此処に置いていってもいいかな」



彼の視線が向けられたのは分かったけれど、女の子から目を離さないまま感情を乗せないよう気を付けながら言葉を紡ぐ。



(いつも不思議に思うんだけど、穢れや魔物の類に食われた霊って本当に幽体を損傷するんだよね。こう、漫画とかで見る綺麗な表現じゃなく生々しい感じで)



初めての仕事現場で臓物がはみ出た幽体を見た時は一瞬気が遠くなったのを覚えている。

そういえば、頭が噛み砕かれて色んなものが混ざり合った謎の体液を雑巾で掃除したこともあったな。


 霊力がない人間はそういった体液や痕跡を見ることはない。

でも、イヤーな気配や澱んだ空気はその場に不要なものを引き寄せちゃうんだよね。



「さっき説明した通り岡村さんはもう助けられない。それに見るのが辛いならこの場で除霊する」


『どう、いう』


「実はさっきの状態だと君にも悪影響を与えかねなかったから、除霊するっていう選択しかなかったんだ。霊って元々陰の気が強いんだけど、悪霊とかそういう部類になるとかなりそれが凄まじくて、普通の霊が影響を受けて悪霊化することが多い。だから、悪霊と普通の霊を一緒にはしておけない。特殊な例もあるけど、今回はそうじゃないし」



ここまでは分かる? と背後で戦うシロを気にかけながら一気に説明を続けた。



「けど、さっきのことで……この子は霊体を大きく損傷してる。変異した訳でもなく、外傷としての損傷は単純に悪霊や怨霊、たとえ神様でも大きく力をそぐことにつながるんだ。今の状態を見るに、形を保つのに全ての力が使われていて君に影響を及ぼす心配がほとんどなくなった……だから、最期の時が来るまで一緒にいることも出来る。君が辛いなら一緒にいない方がいいけど」


どうする?


 酷い選択を迫っている自覚はあった。

私の言葉を受けた彼は何かに耐えるように歯を食いしばって拳を握り締める。

苦悩する姿に胸は痛むけれど目を逸らすことだけは出来なくて、ただじっと返事を待つ。


 背後で聞こえる激しい方向と鈍く大きな衝撃音に神経を研ぎ澄ませながら、刀の柄を握った。



『………ッ』



つい先ほど別れを決意をした所だったから問答無用で消してしまっても文句は言われないだろう。

 だけど、今までいろいろな幽霊ひとを見てきたから私が勝手に決めることは出来なくて。最後通告のつもりで口を開いた。



「会えるのはこれが最後だよ。君とこの子じゃ最終的に行き着く先が違うから」


『俺……っ』



握り締められていた拳が解かれて、力なく両膝を地面につけた。

手はそのまま消えかけた少女の体に伸ばされるけれど決心がつかないのか宙に浮いたまま。



「幽霊同士だから触れられるよ。温度は感じないと思うけど」



ほら、と友志君の手を彼女の手に触れさせる。


恐る恐る触れ合った指先に驚くように目を見開くと、涙をこらえるようにクシャりと顔をゆがめ、俯いた。

女の子の手はしっかりと彼の手に包まれている。



「で、痛みはこれで対処しておくね。封印の呪符なんだけど、私が作ると変な効力を持つみたいで出血が止まったり痛みが消えるんだって」



チラッと肩から下がない女の子を見て、今着ている学ランの上着気をかけておく。

切断面はちょっと見られたくないだろうし見せたくない。



「魂が壊れかけてるから、話ができるかどうかは分からないけど、こっちの話は一応聞こえてると思う」


『わかった……ありがとう』



触れられるのが分かった友志君は、繋いでない方の手で労わる様に頬を撫でている。

女の子の方は眼球のない目をぽっかりと開けたまま、ひび割れた口からは血と穢れを吐き出しながら時折声にならない音を漏らしていた。



「最後に、この子は須川さん達が入っているあの結界の中には入れられない。君は入れるからもし狙われたらすぐに逃げて。で、アレに狙われた時点で葵先生……お願いします。私がこっちに戻れれば私が」


「彼らは任せて君は自分が怪我しないように十分気を付けて。こういうタイプの霊に俺は耐性があるし、抱き上げて隅へ移動させるくらいはできる。なにより、俺は教員だから」



子供である生徒を守るのは当然だ、と笑みを浮かべ力強く頷いた先生に感謝した。

生徒だった二人を護るような位置で呪樹を警戒していた先生は、チラリと一度結界の中に視線を向ける。



「あと半分……結構時間がかかってるな」


「炭化してるから余計時間かかるのかも……10分はかかりそうですよね」



体力が持つだろうかと引きつりかけた表情筋を慌てて引き締める。

難しそうでも仕事は仕事だ。


 弱音を依頼人や協力者の前で吐くのはあまり良くない事なのは私でもわかるので、体力持つかなぁ、という本音を零す前に飲み込んだ。

でも、葵先生には私の不安が伝わっていたらしい。


 ちらっと友志君の様子を確認してから、私の隣へ移動してきた先生はじっとシロが相手をしている呪樹の行動を観察しているようだった。



「俺も前に出た方がいいかもしれない。背中合わせで対処すれば死角も減るし、どちらかが怪我をしたときのフォローも出来る筈だ……吹っ飛ばされるにしても、一度なら盾になれる」



眉を顰めて忌々しそうに呪樹を見据えているのに、口の端が好戦的に吊り上がっている。



(どうしよう、なんか葵先生の妙なスイッチが入ったっぽいんだけども)



え、ここにいるの本当に手芸の腕超一流で面白いパンツ履いてて人当たりのいい保健室の先生ですよね?

なんて口に出しそうになったけど耐えた。私って偉い。



「いや、あのホント大丈夫です。私も同じような護符つけてるんで吹っ飛ばされても一回くらいなら問題ないですし、その他に心臓に須川さんの護符を付けたので腕と足がもがれても吹っ飛ばされても死にはしませんよ。大祓いの祝詞も唱えなきゃいけないんでその時は運んでもらうかもしれませんけど」



ぽかん、と口を開けてる葵先生に今がチャンスだと畳みかける。



「痛みを抑えるための薬をあらかじめ飲んでますし、痛覚だけは鈍ってるので問題なく動けます。反射的に痛いとかはいうかもですけど、平気です。昼くらいまでは効果が持続するので、腕とか足がなくなっても気づけば病院で処置が終わってて多分麻酔は打つと思うので痛みは先送りできますよ! ってことで、葵先生はこっちに行ってこの二人を護っていてあげて下さい」



 問題の呪樹は、見境なく蔦や枝、根などを振り回しながらゆっくり結界へ近づこうとしているようだ。

今の所、シロは危なげなく対処しているけれど、何しろ枝や根、蔦の数が多い。

現状は頭を抱えたくなるくらい『良くない状況』もしくは『猶予のない状況』だろう。



「葵先生も気を付けて下さい。あれ、当たると絶対痛いだろうし……特にあの根がどこまで伸びるのか分からないので、結界の周りの防衛もお願いします。攻撃がこちらに向かいそうなら前線をシロに任せて私が一度ここまで下がります。でも、背後の状態に気を配れるとは思えないので危ないと判断したら私の名前を呼んでいただけませんか」



頼みましたよ、と精いっぱいの強がりを張り付けて葵先生に自分が付けていた数珠を握らせる。


自分で作った物だけれど、軽い衝撃くらいなら防げるだろう。

私は震える足を殺伐とした戦場へ向けて動かす。




 結界の中から漏れ聞こえる須川さんと禪の読経、封魔と靖十郎が奮闘する声が聞こえる限り私は逃げるわけにはいかないのだ。




◇◆◇





 お腹の中がギュッと絞られる様な感覚を数えるのはとうに諦めた。



 ぜぇぜぇと情けない呼吸音と重たい体を煩わしく思いながら、顔の輪郭をなぞる様に落ちる汗を袖で拭う。

滴り落ちる汗を拭うこの行為も、もう何回目になるのか。



(そろそろキツイんだけど―――……まだ灰にはならないんだろうな)



正直、結界内の様子を窺う暇も余裕も時間もない。


 少しでも視線や意識を逸らそうものならシロの牽制と攻撃の合間を縫って、根っこやら枝やら蔦やらが私に襲い掛かってくるのだ。



「(初めて一斉に狙われた時には『あ、私これで死んだな』って思ったっけ) シロ、まだいけそう?」



帰って来たのは普段よく聞く元気な鳴き声。

流石というか体力が人間とは色々と違うらしい。

 よくよく見るとシロの動きは時間が経つごとに機敏になってきているような気がする。



(私の感覚が可笑しいのか、呪樹の動きが鈍くなってきているのか、ただ単にシロのスタミナが凄いのか)



自分でも何を考えてるのか分からない程度には疲れている自覚がある。


 柔らかな土から根が出てくる際に聞こえる微かな枯れ葉の音に気を付けながら、防戦一方じゃ埒が明かないと覚悟を決める。

実は、何度か避け損なった枝や根を斬っただけで、本体には未だ何の損傷も与えられていないんだよね。



「シロ。ちょっと攻撃してみたいから協力してくれる? 少しの時間でもいいから気を引くか、何とかして攻撃を…っわわ!?」



指示を出した傍から大きく私の胴体を狙って枝が真っすぐに伸びてくる。


 これは目視できたので刀を振る事でどうにかはじき返した。

はじき返した衝撃でよろけた所を30cm程度しか離れていない地面から複数の根っこがこちらに向かって飛び出してくる。


 一度に対処できないのは流石に学習してるので簡易の結界を張る呪符を展開して攻撃を除けた後、その場から離れる。


 結界に弾かれた根は消えることない。

そのまま、視えない結界を打ち破るべく激しく叩きつけられる。

こんな風に木の根が鈍く激しい音を立てている間、シロが本体である呪樹に攻撃を仕掛ける、というのが今の所の対処法だ。



(ただ、コレ結構と言うかかなり怖いんだよね。2~3分持つのは分かってるけど、呪符も残り三枚しかないからもう少し効率的に時間稼げるようにしないと)



 枯れ葉が軽く舞い上がる中で、背後にある結界が攻撃されないように出来るだけ後ろには下がらないことは決定事項。

だから、必然的に横に移動することになるんだけど、あんまり広くないこの場所。


 少しずつ前進してくる呪樹がどれくらい根を伸ばせたりするのか分からない以上迂闊に距離をとって一気に結界に近づかれても困る。

回避の体勢を整えるコト、十回以上。

不意打ちやら予測不能な場所からの攻撃が多くて困るんだけど、敵である呪樹の攻撃パターンは大きく三つ。


突く、薙ぐ、叩く。


文字や言葉にすると何てことない攻撃だと思うかもしれない。


 でも公園にある大きい記念樹みたいな木が動いて、恐ろしい咆哮を上げながらゆっくりとこちらへ近づいてくるのだ。

その迫力と威圧感に加えて、上空から串刺しにしようとしたり拘束し遠くへぶん投げようとする蔦、胴体を薙ごうとする容赦ない枝葉、地面から突然出てくる太い根っこというラインナップ。


 上と下に気を取られていると横から腹や足を薙ぐように蔦やら枝やらが飛んでくるんだから本当に詰んでると思う。



(あー、これ。いつまで避けられるんだろ…全身を疲労を沢山積んだ乳酸が巡ってる感じがそろそろ終わりにしないとやばいよーって言ってる)



こんなことなら体力作りとかしとくんだったなぁ……と舌打ちしそうになりつつ、こちらへ向かって飛ばされてきた穢れを斬る。



―――……そう、穢れもいるのだ。



始めの一体は、背後から「あと三分の一程度だ」という葵先生の声が聞こえた直後だった。

呪樹が大きく咆哮を上げたかと思えば一度全ての攻撃をやめ、ブルブルと震え出したんだよね。


 何事かと警戒を強めた私たちの目の前で大きく伸びた枝先に黒く澱んだ液体のようなものが、溜まっていく。


大きさが大人の頭くらいになった頃、ソレは心臓が脈打つかのように数回大きく拍動した。

そして、内部から溶け出すかのようにずるりと黒いヒト型が這い出し、粘着質で妙に生々しい音共に落下。


 木の実を実らせるかのように生み出されたそれは穢れに非常に似た性質のもののようだった。

突然のことに理解が追い付かず呆然とする私の前で、呪樹は渇きを潤すかのように太い根でソレを掴み上げて、喰ったのだ。



ぐちゃ ぐちゅん ごきッ ごりゅ とおぞましい咀嚼音を立てて、飲み込まれた黒い穢れ。



 変化は割と、分かりやすかった。

シロの爪で思い切りおられた数本の太い枝の一本が新しく、肉を纏って生えてきたのだ。

生えてきた枝は、木というよりも未完成な腕と表現した方が近いかもしれないけれど、確かに、新しく発生したのは確かで。



「……攻撃を加えて、回復する前に穢れを倒す、しかなさそう」



穢れは時折、こちらへ嫌がらせのように、八つ当たりの様に投げつけられる。


 それを的確に斬りながら恐らく補色ように生み出したのであろう穢れをシロが踏みつぶしたり足で払ったりして消したり、遠ざけるよう指示を出したのは数分前のことだ。

 小さく息を吐いて、私は少しでも前進する為に重心を落とし全力で駆ける体制をとる。




 張っていた結界は二分と半分ほどで粉々に砕け散った。

不安を息と共に大きく吐き出してから、砕け散る結界の欠片の中を私は走る。

恐怖が自分の許容範囲を超えたらしく特攻じみた真似をしても何も感じないのは喜ぶべきか、悲しむべきか。






ここまで読んで下さって有難うございます!

時間がかかっていて申し訳ないのですが、あとちょっとで学園編も終わりますのでお付き合いいただければ幸いです。


……誤字脱字の報告は、四六時中絶賛受付中。変換ミスの宝庫です。ほんとすいません…

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