【棚ぼた餅的、就職 1】
改稿版です。読みづらかったので、直したりちょっと加えたり減らしたり。
相変わらず、専門知識はありません。霊能力や除霊方法、幽霊の定義やそういったものは空想妄想の塊ですので間にうけないようよろしくお願いいたします。いや、胡散臭いんで大丈夫だと思いますが。
また、残酷表現やホラー要素はあまり強くないと思いますが、あれかな?と思いましたら前置きを入れるようにしますのでお付き合いいただければ幸いです。
※ 令和元年6月1日に書き直ししております
――――…… 女の厄年って、何歳だっけ?
就活用の鞄を開いたまま、私はその場に座り込んだ。
じんわりと薄いストッキング越しに感じるのはコンクリートが蓄えた熱。
頭上からは容赦なく太陽の熱が降り注ぎ、思わず乾いた笑い声が漏れた。
ここは、日本の首都であり主要都市である大きな街。
改めて見る都会で生活を営んでいる人は皆が皆とても忙しそうだ。
スマホで通話しながら時間を気にするサラリーマン、何か熱心に話をしながら歩くキャリアウーマン、様々な表情のOL達。
昼食を終えたらしい彼らは会社に戻る途中らしく、忙しなくて見ているだけで落ち着かなくなる。
そんな都会独特の騒めきの中に私、江戸川 優はいた。
数台並んでいる自動販売機の前で座る私に一瞬視線を向けられることはあれど、話しかけてくる人はいない。
「と、とりあえず……警察にいかなきゃ」
口から零れ落ちた声は思ってた以上に頼りなくて、疲れ切っていた。
そりゃ無理もないかなーなんて思いながら足腰に力を入れて立ち上がる。
よっこいしょ、なんて掛け声が無意識に漏れるけど聞いてる人なんていないだろうと荒みつつある思考で考えながら、のろのろと足を動かす。
(私ってなんでこう人生のターニングポイント的な所でいっつも何かしらあるんだろう)
思い返すと小学生から中学生、中学生から高校生、高校生から大学生、大学生から現在に至るまで割と色々なことがあった。
まず、小学生から中学生に上がる頃というか入学式を一週間前に控えた時に車にひき逃げされた。
犯人は高齢者でアクセルとブレーキを踏み間違え、そのまま怖くなって逃げたらしい。
怪我自体は腕の骨を折ったのとちょっと擦りむいた程度で済んだけどね。
中学生から高校生の時に、両親が飛行機事故でいっぺんに亡くなった。
新婚旅行がまだだったので私が引き当てた温泉旅行に行った帰りの事。
行く前じゃなくてよかったね、なんてちょっとアレな親戚のおばさんに言われたけど色々衝撃が大きすぎて思考停止した記憶がある。
割と散々な高校生活だった。
で、高校生から大学生に上がる頃には保護者だった祖父母が相次いで病気で他界。
かなり縁の薄い親戚たちから“疫病神”なる嬉しくない呼び名を承った。
勿論、親類縁者とは絶縁。
両親や祖父母のお葬式やその他は遺産で賄った。
大学時代の生活費や授業料は遺産や大学費用というメモが挟まれた通帳から出したし、奨学金も借りたからまだ少し残ってるけど、これは私の葬儀代と緊急時用の資金としてちゃんと銀行に預けている。
「まさかこのままどこにも就職できずにバイトで食いつなぐとかない、よね」
ぽつっと呟いた言葉に背筋に寒気が走った。
ぶっちゃけ、バイトを探せるかどうかも分からなくなっているので、このまま諦めると確実に遺産を食いつぶして色んな意味でダメになる未来しか見えない。
「警察の人に愚痴聞いてもらえればいいかな……はは。いっそ笑って」
がっくり、と肩を落としてとぼとぼ歩く。
交番がある場所なんてわからないけど、都会ならどこにでもあるだろう。多分。
銀行とかコンビニが合ったらそこで場所を聞けばいいだけの話だし。
そんなことを考えながら重たい足を動かした。
就活の為に買った革靴は、普段滅多に履かないヒールだ。
お陰で数日前から元気に悲鳴を上げている。
今現在も叫びながら路上を転がれるくらいには足が痛い。
足が棒になる?いやいや、今現在私の足は熱した鉄の棒状態だ。
痛すぎて立ち上がるのも動くのも地獄だし。
(まさかリクルートスーツで警察に行かなきゃいけない羽目になるとは。この恰好で交番って無駄に目立ちそう。いや、そもそも私になんか誰も注目しないか)
足だけじゃなくって実は腕も辛い。
重たくて持ちなれない男物のビジネスバッグは、ご厚意でいただいたもの。
有難いよ、新社会人になる予定の私にとって出費は体重位減らしたいものだし!
貰った時はすっごい嬉しかったもんね。
「ぜったい、ビジネスバッグ、買う…ッ!女もので、軽くて、連日持ち歩いて駆けずり回っても掌が赤くならないやつ」
そんなことを呟いて、現実を思い出しますます落ち込んだ。
「就職活動は侮っちゃ駄目だって言ってた理由が良くわかった。これは全身完全武装して挑んでも運が良くなきゃ生き残れない系だ」
友達から就職活動が大変だっていう話は、たくさん聞いていた。
(でもまっさかここまで大変だとは思わなかった)
あまり器用な方じゃないから、勉強と就活を一緒にやる自信がなくて、勉強を優先したのがまずかった。
大学内で開かれた企業説明会には這ってでも出るべきだったんだよ、と今なら季節外れの風邪にダウンしていた自分に言い聞かせたい。
今の現状を親友に報告したら凄く、可哀そうなものを見る目で見られた。
無言でお昼ご飯のランチを奢られ、カラオケに連行。
その後焼き鳥屋さんと居酒屋をはしごしたのち、〆パフェまでご馳走してくれた。
「いいから食べなさい。明日も面接なんでしょ。酒飲めない代わりにやけ食いしな。私?私はもうとっくに内定貰ってるし昨日バイト代入った上に長年頑張ったねって社長が特別に三万円くれたから気にしないで」
って言われた。
思わず姐御、一生ついていきますって泣きついたら叩かれたけど。
そんな会話をしたのが半月。
残り半月がホントの勝負だ。
就活期間って意外に短くて、私みたいな人もいなくもないみたいだけど限られてくるみたい。
だって、どこの面接官にも「え、まだ決まってないの」的な顔をされるし。
この時期に就活している人のほとんどは内定をいくつか貰っている人が多いみたいなんだよね。
何それ羨ましい。
「私なんか就職課二十一年勤続大ベテランの豊川さんに『お祓い受けてきなさい、ね。費用半分出してあげるから』とつい最近匙を投げられて、会社のリストの代わりにお祓いしてくれる神社のリストとパワースポットのリスト貰ったっけ」
就職課でそんなリストを貰ったのは後にも先にもきっと私だけに違いない。
「面接の訓練なんて嫌って程やったし興味が微塵もない会社の社訓も暗記して面接に臨んだり、新聞もニュースもwebニュースも必死こいて読んで話題に詰まらないように地味な努力っていうか一般常識も叩き込んだのに」
顔を見るなり
「ああ。ごめんね、臨時の社員決まっちゃったんだ。また縁があったらおいで」
なんて言われて会社に一歩も入れてもらえなかったことだってある。
門前払いの字面通りの対応を受けたのも両手じゃ足りないくらいだ。
郊外の通勤時間かかりそうなところも、仕事内容や給料も度外視で評判の悪い所を受けたり、即採用って謳い文句の場所に電話をして面接してもらえることになったこともあったんだけど、大体担当者不在で返されたり顔を見るなり渋い顔で首を横に振られる、目と鼻の先でドアを閉められる。
あ、何軒か『閉店しました』って所もあったっけ。
若干黄昏れつつ足を動かしていると、この偶然交番の看板を見つけた。
どうやら近い場所にいたみたいで助かった!と少しだけ歩くスピードを上げる。
ぐんぐん進んで、無事に交番へ辿り着いたんだけど……ここでも色々あった。
のんびり昼食を食べていた中年から壮年といったお巡りさんに申し訳なく思いつつ交番に入った。
申し訳ないと思ったからちゃんと「すいません」って一言声をかけて。
でも、その時にいたお巡りさんかなり愛想が悪かった。
私の知っているお巡りさんは皆、忙しそうでも暇そうでも親切かつ笑顔で
「どうしましたか?」って聞いてくれたのにこのお巡りさんはそれがなかったんだよね。
ジロッと面倒そうに私を一瞥して直ぐにお弁当を食べ始める。
よく見ると空になったコンビニの弁当があるから、今食べてるのは二つ目のお弁当ってことになる。
お腹すいてる時に人が来て仕事しなきゃいけないのが嫌だっていうのはわかるけど!
でも、いい気はしないワケで。
「あのっ、私お財布を無くしちゃったんですけど届いてませんか?」
私が警察に来たのは迷子でも犯罪被害にあったわけでもなく、大事な財布を落っことしたからだったりする。
お巡りさんは溜息と共に机の引き出しから遺失物届出書と書かれた書類を私の前に置いて再びご飯を食べ始める。
ムッとしたけど無言で出された用紙に必要事項を書き込んでいって、落とした財布やその中身など詳しく書いていく。
割と前にも一回お財布落としたことあるんだよね、実は。
進歩しないなとちょっと落ち込みつつ、全て書き終えたことを告げると今度は手で追い払うような仕草。
「……無くした財布の特徴とか詳しく書いてあるので拾得物で届いていないかきちんと調べて下さい」
「あのさぁ、こんなこと言いたくないんだけど普通財布無くす?俺たち警察も暇じゃないんだ、あんまりそういうどうでもいい用事で交番に来るの止めてくんないかな」
言われることは最もだから、まぁそれはいいんだけど、態度って本当に大事なんだね。実感した。
食べ終わった弁当を無造作に近くのごみ箱に入れたオジサンは、私そっちのけでスマホを取り出してゲームを始めた。
手に握った自分のボールペンが掌に食い込むけれど、このやり場のないモヤモヤったらない。
歯噛みしながら、早く問い合わせしてくださいと口を開こうとしたんだけどその前に私の背後から二人の男性の声。
振り返ると若いお巡りさんと中年のお巡りさんがパトロールを終えたのか姿勢よく立っていた。
「こんにちは。何か御用ですか?」
「お財布を無くしたので交番に来たんですけど、そこの人がちゃんと対応してくれなくって困ってたんです。無言でこれ渡されるし拾得物の問い合わせもしないでスマホゲーム始めるし」
憤りをそのままぶつけると二人は溜息をついて椅子に座る様にいい、冷えた麦茶も出してくれた。
苦笑していたからオジサンの対応が最悪なのを知っているんだろうなぁ。
そんなことを想いながら書類を渡し、聞かれたことに答えていく。
「江戸川さんはついさっき財布がないのに気付いたってことであっていますか?」
頷いてから、自動販売機で飲み物を買おうと鞄を開けたのに財布がなくて驚いたと話せば優しそうな中年のお巡りさんが何かを考えるように次々に質問を投げかけてくる。
最後に財布を出したのは、とか何か買った?とかそういう事だったけど、動揺していたからか全く自分の行動を振り返ることもしていなかったので大いに役立った。
「そういえば、最後に財布を出したのは面接受けて落とされた会社のトイレだった気が……帰りの電車賃確認しようと思って」
「じゃあ、そこの会社に電話してみよう。番号か会社名はわかるなら連絡取ってみたらどうでしょうか」
「はい、わかりますっ!早速電話して聞いてみますッ!」
「ゆっくり落ち着いてね。取り合ってくれないようなら私たちが変わって事情を説明しますから」
有難い申し出に何度も頭を下げながら、通話ボタンを押す。
数十分後、無事に女子トイレから私の財布が見つかったと折り返しの電話がかかってきて思わず両手を上げて喜んでしまった。
娘を見るような生暖かい視線に恥ずかしくなって直ぐに取り繕ったのは言うまでもない。
親切にしてくれたお巡りさんにお礼を言って私は来た道を戻って、不採用と口頭で告げられた会社へ戻る。
勿論徒歩だけど、足が痛いとかもう言ってられない。
財布は大事。
身分証とかも入ってるし、ホント無くさなくてよかった。
個人情報も大事。
あまり頭良くないけど財布とかスマホ無くしただけで犯罪に巻き込まれたりするって何かで見た気もするし。
次は無くさないようにしなくっちゃ、と情けない覚悟を決めてきた道を引き返す。
財布がないとタクシーにもバスにも乗れないんだよね。わかってはいたけどさ。
◆◆◇
午後二時ちょっと過ぎていた。
とある会社の事務所内では何処かまったりとした空気漂っている。
食事を終えたことで押し寄せる幸福感と睡眠欲に負けないように気合を入れなおす必要がある時間帯。
控えめに回されている古いタイプの扇風機が私の髪を揺らした。
「本当にありがとうございました!」
受付のおばちゃんから財布を受け取った私は、安堵で半泣きになりながら何度も頭を下げていた。
ペコペコと頭を下げる私に向けられるのは苦笑と生温い視線。
この会社の不採用になった理由は、私の一時間前に飛び込みで面接した人を採用してしまったからというものだった。
何度も申し訳ない、と頭を下げてくれた人事のおじさんもいて、恐縮しつつ財布を握り締めていると
「無事に見つかってよかったわねぇ。ウチはダメだったかもしれないけど、頑張りなさい。大丈夫よ、貴女まだ若いんだから」
そういって受付のおばちゃんから渡された黒飴は、その会社を出た瞬間私の口の中に消えた。
黒飴ってたまに食べるとすっごい懐かしくて美味しいよね。
(喉乾くけど、今の私にはお財布もあるしお茶でも水でもジュースでも買い放題だしご飯だって食べに行けるようになったからある意味無敵だ)
財布を無くしたことに気づいてから、ずーっと空腹を意識しないようにしていたので安心した途端お腹の虫が盛大に騒ぐ気配がした。
お腹すきすぎて胃の当たりがキューって締め上げられる感覚は切なさと妙な悲しさを引き連れてくる。
「とりあえず、ご飯食べられそうなところ、探さないと」
ぽつりとつぶやいた声は余裕を忘れたような雑踏の中に紛れて静かに消える。
空腹と疲れで何処かぼんやりとしながら、私はのろのろと食事をする場所を求めて歩き始めた。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字などがあれば是非ふるって報告いただければ幸いです!