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One life

作者: 清美沙代子

プロットっぽい物の供養

鼻に付く鉄錆の香り。まだ太陽も高い位置にあるというのに、町中に立ち昇る煙突から吐き出される煙が街を緋く、昏くしている。

四方に張り巡らされる、高い壁。外敵からの備えと共に、街の中で問題が起こった際には一切を外に漏らさないために作られたという。

世間ではこの街のことを監獄と呼ぶ人もいるという。何故ならここに入った人間は漏れなく外に出てこないからだ。

「ようこそ、アルカステラへ。『この門をくぐるもの、新たな自分と街のために一切の希望を捨てよ』」

物騒な文言と共に門番が鉄製の扉を2、3回叩くと耳鳴りがする程の轟音とともに人の丈の何十倍もありそうな扉が開かれる。

「歓迎します。この街では最近入植者よりも死者の方が増えているので人口減少に歯止めがきかないんですよ」

門番のどうしようも無いセリフにヒクつく口角を無理やり手で押さえる。

この街で成功者になるまでこの門をくぐることは無いだろう。それが村を出るときに約束だからだ。

踏み出す一歩。名も無き『シルヴィオ=エアハルト』が世界に名を轟かすその日まで振り返ることは無いだろう。

目を閉じて歩き出し、空気を大きく吸い込む。胸一杯に広がる鉄錆の濁った匂いと、蒸せ返る様な花の香り。

「キャッ」

「ムグムグっ」

この街でオレを歓迎したのは荒くれ者でも、地位のあるものでも無く、豊穣の象徴だった。

「この破廉恥漢!!!」

こうして俺はこの街で最速の脱獄を果たした。


◆この街の生き方 Life is hard


「実際かなり羨ましいぜ、お前の生き方は」

金髪の優男がグラスを二つもってカウンターでグッタリしている俺の横に座った。

「うるせえ、次その話をしたら強制的に短小にしてやるぞ」

「僕を待つ女の子たちを不幸にする訳にはいかないから遠慮しておくよ」

おどけた様に両手を挙げた優男、アレクはグラスを一つ俺の前にずらすとアゴをしゃくる。

「まあ飲めよ。俺の奢りだ」

「……。言っておくが、彼女の連絡先はやらねえぞ」

「そうかい、じゃあ銅貨3枚だ」

広げた手のひらに銅貨を2枚押し付ける。アレクは驚いた顔をしてポケットに収めた。

「1枚足りないけど?」

「バーテンに値段を聞いたら銅貨1枚だとよ。運んできたからチップで1枚。それにポケットに収めた時点で2枚か3枚かなんて確認しようがねえ」

「なるほど、なるほど。ただのおのぼりさんって訳じゃあなさそうだ。どこから来た?」

「北の森の奥の小さな村だよ」

「北の森!そりゃ穏やかじゃ無い。というか、あのあたりって人が住めるの?」

北の森、人類がこの地で手にしているのは西と東、そして中央。南は現在進行中で北はとうの昔に諦められている。

原因は魔素と呼ばれる存在だ。魔素はいたるところに存在する。それは微量で大きな力を発揮するが、過ぎると身体には毒になる。よって、森と呼ばれるが木々は生えていない。魔物化した植物が毎夜暴れ出す無法地帯となっていた。

「農家をやってた夫婦がこの間魔物にやられて死んだ。俺は魔物しか狩れん、肉ばかりは飽きてきてな。……こう見えて野菜が好きなんだ」

「そいつは難儀だね。ちょっとまって、北で作物って育つの?」

「育つのもクソもねえだろ。実際俺は食ってた」

「いや、僕の記憶が正しければつい先日の新聞には魔素を吸収できる植物の交配に成功したってデカデカ書いてあったんだけど」

これだよ、とバーテンから受け取った新聞を俺に見せる。

「あー、野菜……女……性行……危険……。つまり、野菜を女に突っ込む行為が流行ってて危険ってことか?」

「まって。どこにそんなことが書いてあるの?」

「ここだろ?」

アレクは俺が指差すところをまじまじと眺めてため息をつく。

「『魔素を吸収する野菜を街で史上初である女性の研究者が成功した。今後交配が進めば魔素に侵された危険な土地を再利用することができる。』もしかして、君頭悪い?」

「自慢じゃ無いが、学はない。必要最低限だけ村で習った」

「とりあえず、君に文字を教えた人間が『交配』って文字を大雑把に教えたことはわかった」

「まあ、大概大雑把な人だったな。野菜もちょくちょく魔物化してたしな」

「命の危険が近すぎやしないかい?そこは大雑把にやっていいものなのかい?」

「まあ、いいんじゃねえか?本人は笑ってたし。……それよりお前の目当てでもあるこいつだ」

ひらひらと紅い封筒を懐から取り出し、天井にかざしてみる。

『召喚状』と呼ばれるコレは、特定の動きに反応して人物を特定の場所に飛ばすもの、らしい。

らしい、というのは生まれてこのかた召喚状というものに縁がなかった、というか初めて見た。

「ねえ、今からでも遅くないからそれを僕に売ってくれないかい?イリス様直通便なんて存在したことすら驚きなんだ」

「そんなにいいもんじゃねえと思うぞ」

なんせブチ切れてたからなと、先ほどのやりとりを思い出す。



「門番のおっさん。この街じゃ死体しか街を出れないらしいが、俺はたった今街の外に出された所だ。なんか景品はもらえないか?」

「たった今君が死体になって街の外にいないことが驚きで仕方ないよ」

「女に張り倒されて死体になってたら生きていけなかったもんでね。ところで、張り手くれたお前さんは何様だ?人にぶつかっておいて謝罪もなしにど突くってのは相当行儀のいい教育を受けてるようだが?」

自分の身体を抱くように顔を赤くしてこちらを睨みつける女を見上げながら立ち上がる。

「とりあえず言わせてもらうなら、服装はもうちょっと露出を少なくしたら良いんじゃないか?」

「余計なお世話ー!」

そして俺はまた街の外に飛び出した。



「んで、頭の先からつま先まで真っ赤にした痴女にこいつを無理やり押し付けられてめでたく俺もこの街に入ることができたってわけだ」

「うーん、いろいろ聞きたいことはあるけど一番聞きたいことから聞くね。……柔らかかった?」

真剣な表情のアレクは、きっとただの馬鹿だろう。少なくとも昼間からする話ではない。

「ロクでもねえな。そんなこと素面で言えると思うのか?最高に柔らかかったぜ?」

「あーあーあー、そうかいそうかい。君とは友達になれそうだったけど、今日から敵だ」

「うるせえ女の敵。ここまで連れてきてくれたことには感謝してるが、ここから聞こえるお前の噂はイチモツから出てきたせいで生まれた時から非童貞って話だけだ」

「木の股から産まれてこない限り、男はみんなそうだよ。……まって、君って子供がどうやってできるか知ってる?」

「馬鹿にしてるだろ。俺に文字を教えてくれた夫婦が目の前で実演してくれたぞ」

「ちょっと、その人たちに手紙を送っていいかな?『あなたたちの教育方針は人類史に残る糞を生み出しました』って書かないと」

「この前魔物と一緒に死んだから送り先が見つかったら教えてくれ」

「それは……申し訳ないことを聞いたね」

「いいんだよ、あの人たちも寿命が近いってんで自分から特攻していったしな」

「ちょっとまって、その二人の行為見てたの?!拷問じゃなくて?!」

「『10年ぶりに盛り上がった』って本人たちはいい笑顔してたぞ。旦那の方は3日ほど生死を彷徨ったが」

「やめよう。僕の精神に異常を覚える。とりあえずそいつの使い方だね」

言うとアレクは俺から召喚状を取り上げると、目をつぶって集中する。

アレクの身体から淡い赤色の魔力が立ち上る。それが徐々に召喚状に腕を伝って移動する。

「こうやって魔力を込めればその人物が召喚状の主の元に飛ばされるってわけさ。それじゃあ、僕はイリス様としっぽりがっつり一晩を過ごしてくるよ!」

そう言ってアレクの姿が消えた。

「つまり、あいつが俺の代わりに詫びを入れてくれるってことか?」

そいつは重畳。面倒ごとを背負い込むつもりはない。カウンターに銅貨を数枚放り投げ酒場を後にした。



「イリス様、僕と熱い一夜をお過ごしいただけますか?」

馬鹿の田舎者から掠め取った召喚状で飛び込んだ先にはやはりイリス様がいた。

「イリス、この男が例の新入りですか?」

予定外の人物もそこにはいたが。イリス様直属直下、付かず離れずイリス様に害為す存在を挽肉に変えてきた化け物。殺人機械、ウルザ=オールドマリー。

「……いいえ、この男ではないですね。あの破廉恥漢から召喚状を奪い取ったコソ泥でしょう」

「どうされますか?」

殺人機械の手に力がこもる。グッバイマイサン。明日の日を拝むのが一人ぼっちなのが心苦しいぜ。

「捨てなさい。……いえ、あの男はどこにいますか?」

「えーっと、どこに行ったかは知らないですけど、一つだけ伺っても?」

俺は俺のためにムスコが切り落とされても生き残らなければならない。ここが勝負どころだ。気合いを入れろアレク。あと、萎みすぎだムスコよ。

「役立たずのくせにずいぶんと偉そうね。良いわ聞いてあげる」

「イリス様、恋しちゃった?」

やっべ、選択肢ミスった。

「捨てなさい」

その日、俺は全裸で捨てられた。勢い余って一番近くの女の子の家に転がり込んだ。めっちゃ盛り上がった。



「ふん、こんなもんか。地下迷宮ってのもこけ脅しだな」

この街には『監獄』ともう一つ呼び名『迷宮都市』たる所以。街のど真ん中、一番でかい建物の地下深く、街の扉よりも厚く、警備の数も多いその向こう側魔物たちの蔓延るこの世の地獄。

未だ誰一人としてたどり着かなかった最奥。俺はそこに立っていた。

『地獄直行陣』と呼ばれる罠がある。円の中に幾重にも重なる不可思議な文字。そこに立った人間の侵入方向によって飛ぶ先が違うという、悪意の塊のような罠だ。立った瞬間に陣が発光し、その回数で何階に飛ばされるかがわかる、という乗ってしまった人間の恐怖を煽る仕様が、今回は仇となった。

「最後の方は明らかに学者みたいな連中が集まってきてたもんなあ……」

陣に立ったら最後、発光が終わるまで外には出られない。初めのうちは集まった連中も笑って数字を数えていたが、回数が50、60と重なるにつれて『家族はいるか』『お前の財産を渡す奴はいるか』と涙ながらに話し始めた。

ーーお前が生きて帰ってこれたら、クソほど酒を飲ましてやるからなんとか罠を探して登ってこい。

ーーなんでそんなにヘラヘラしてんだよ!このままだとお前、死んじまうんだぞ!

ーーお前にはわからねえかもしれねえが、人類が到達したのは精々120ってところだ。それすらも仲間を全員犠牲にして俺一人生き残った。

ーーまだ光るのかよ!もう良いだろ!これ以上光ってもどうしようもねえよ!

ーー万が一にも生き残ったらお前は酒場で嘘をつくだけで金が貰える人生が待ってる。嘘か本当かなんて誰もわかりゃしねえよ。誰も行ったことねえんだから。

ーーそろそろ賭けを締め切るぜ。この金は誰にもやらん。ここに銅像を立てる金にする。誰一人として文句は言わせねえ。それが元締めとしての決定だ。文句は言わせねえ。

ーーおい、似顔絵師連れてきたぜ。笑えよ。お前の顔はこの街の人間誰一人として忘れねえ。

「っていうか、アレク。なんでお前ら俺が死ぬこと前提で話してんだよ」

「馬鹿野郎!田舎もんのお前に教えてやるよ!もう3鐘も光ってんだよ!そんな奥にいる魔物がマトモなはずがねえ!死んだこともわからねえ状態で死ぬんだよ!」

短い付き合いだったはずのアレクが周りの人間に羽交締めにされながら叫ぶ。

『こいつ一人見殺しにしようってのかよ!短い付き合いだったとしても顔見知りと死ぬ方がナンボかマシってもんじゃねえのかよ!』

人だかりを分けて飛び込もうとしたアレクは周りの人間に無理やり押さえつけられながら叫んだ。

こいつはきっと根はすげえいいヤツなんだろうな。そうじゃなきゃ街の入り口で腫れ物に触るように周りの人だかりをから俺を引っ張り出したりはしないだろう。

「アレク、俺は魔物しか狩れん。……土産は期待するな」

「嗚呼ああああ!」

「男のくせに泣き叫ぶなみっともねえ。笑って見送れよ」

崩れ落ちるように泣くアレクから周りの人間が離れていく。アレクは全身鎖で雁字搦めになって鎖の先には杭が打たれている。人だかりも声も聞こえないほど遠くなっていた。数名学者先生が発光回数を数えるだけだ。

「何、街に入った時に覚悟はしている。いい思いもしてるしな」

「胸揉むだけで満足とか童貞丸出しじゃねえか。今度遊郭に連れってやるよ、イリス様ほどの女はいねえけど、最高の女用意してやるよ」

「顔が似てるヤツとかいねえのか?あの顔をメチャクチャにできたら最高に楽しめそうだ」

「はは、そいつは最高だな。魔法で顔変えてもらえねえか頼んでみるわ」

男二人だけの下世話な話は俺が飛ばされるまで続く筈だった。闖入者が現れるまでは。

「へえ、こんなところで随分と楽しそうね。誰の顔を誰がメチャクチャにするって言うのかしら?教えてくださる?」

「イリス様?!いえ、これはちょっと事情がありまして」

「うるさいわね。次は全裸じゃなくてモグわよ」

絶好調お嬢様はこんな状況でも絶好調だ。

「イリス様、あまり近づくと危険でございます」

お付きの人間も状況は把握しきっていないが、陣の中に入ることの危険性は理解しているようだ。

「危険?危険だからこの男へ仕返しができないって言うの?!」

イリスという少女が叫んだ瞬間発光が止まる。この陣は通常、発光した状態で陣の中にあるものを飛ばす。発光が止まると言うことはそれより下が無い転送のみだ。俺がエルフの夫婦に教わった数少ない知識の一つだ。

「最終階、3206階もあったのか……」

学者の呟きは静まり返った迷宮に響いた。絶望的な数字だった。誰もが理解した、俺は生きて帰れない。

「なに?虚仮おどしはおしまいかしら?ウルザ、行くわよ!」

「え、お嬢様?!」

付き人の手を引きながら俺の目の前まで立つ。

その場の全員が顔を覆った。かぶりを振った。

死ぬのは馬鹿が一人でいい。それでよかった筈だ。

「おい、シルヴィオ。事情が変わった。死んでも二人を返せ」

「アレク、無茶言うなよ。銅像が2つ増えたってだけだろ」

「なに、どう言うこと?」

お嬢様は困惑し、付き人の女は顔を青くしてへたり込んだ。

「地獄の直行便、3206階へ馬鹿三人ご招待〜」

努めて明るく言った俺のセリフにお嬢様は一瞬にして顔を青くし、気を失った。

慌てて支える付き人も、その顔は既に涙でグチャグチャだ。

「アレク。一人は気絶させて、一人はグチャグチャだ。羨ましいか?」

「お前が帰って来たら死ぬほど羨ましがってやるよ」

お前の苦虫つぶした顔見に行くから待ってろよ。その一言はアレクに届く前に俺の姿は消えた。


@


光が収まり転送が終わった。最早座して死を待つか、最後に魔物の一匹でも倒して死ぬか。

「結果が変わらねえなら、ヤリたいことやって死にてえ」

「待て!お前の気持ちもわかる。私だって未経験のまま死ぬのは御免だ。だが、お嬢様はせめて安らかに逝かせてやってくれ!」

俺だってこんな包丁すら握ったことの無さそうな手の女を矢面に立たせるのは男としての矜持に関わる。しかし、こんな青ざめた女に背中を預けるのも気がひける。

いや、背に腹は変えられないか。

「分かった。取り敢えず立て。お前はどこまでヤレるんだ?」

「どこまで?!いや、私は経験もないし正面からが……。いや後ろからと言うのも聞いたことはあるが」

「なんだ、血は見たことねえのか?」

「血?!そりゃ経験が無いとはいえ私も女だし月の物で血自体は見慣れている」

つまり、こいつは自分の股座から出た血しか経験がないと言うことか。

「初めてのやつに身体預けるのは不安が残るが、贅沢は言ってらんねえか」

「まて、それは聞き流せないぞ。お前らと違って女は経験がない方が貴重なんだ」

「そう言うことは街に戻れたらアレクに言ってやれ。腰をヘコヘコ振ってくれるだろうよ」

この後において緊張感のない女だが、まあ地獄の門前一等地では錯乱するのも仕方ない話か。

「アレク?あの優男か?アレよりもよっぽどお前の方がマトモそうだ。それだけは神に感謝してるよ」

阿保言ってやがる。こんな場所で神様なんてやつに感謝できるっていうなら、スラム街の浮浪者だって善人に見えてくる。

「お前の軽い股については行きて帰れたら聞いてやるよ。……お客様がいらっしゃったぜ」

踏み込む足音は鈍重。両腕に付いたちぎれた鎖は輪っかが俺の腕より太い。ぶっ倒れたお嬢様のスカートから捲れあがって見える太ももよりは細いか。

頭頂部からは大きなツノ、口に並ぶ歯は俺の体も食いちぎるだろう。

「幸いなのはこの馬鹿がこの部屋の魔物を全部食い尽くしてくれたってことくらいか」

オーガ、一般的なサイズは精々大の大人の倍くらいのものだが、こいつは桁が違う。

部屋全体を魔法で照らされているお陰か奥行きを見渡せるほど広い。天井の高さは明かりが届かないのか暗く見通すことは出来ない。

その暗がりから、オーガの目が光って見える。

「まあ、片足くらいは貰ってやる」

そう言って、老夫婦から託された諸刃の大剣を取り出す。

「そんな剣、どこから取り出した?」

「知らん。俺が貰った時からこうやって取り出すモンだった」

背負い込むように剣を構える。曰く、背中にかくれて仕舞えば相手は横薙ぎか袈裟斬りか読めなくなると言うのが俺の師匠の言い分だった。

問題は、この剣が俺の体よりデカイって事だけだ。隠しきれん。

「かかってこいよ木偶の坊。お前の股間のブツより小さいモンで三枚におろしてやる」

飛びかかった勢いで剣を振るう。血が顔に掛かって視界が途切れるが構わず振り回す。振り回したタイミングで何か固いものに剣先が当たった。それが鎖だと理解できた時には俺の体はガキの玉遊びのように壁まで吹き飛んでいた。


@


死を覚悟し、最後の一夜の思い出すら作れぬまま化け物が現れた。

オーガなら三体だろうとなんなら10体同時に来ても恐れる必要すらない。

だが、こいつは訳が違う。オーガを4体束にしたようなもの足。その足で少し小突かれただけで身体がバラバラになるのを幻視する。

立ち上がる気すら起きない。圧倒的な死を感じさせる存在。

私には出来ない。何度吹き飛ばされても砂埃から鷹を思い立たせるような速度で飛び出し、一太刀浴びせてはまた吹き飛ばされる。

「もういい、もういいんだ」

あいつ一人ならもしかしたら逃げだせたかもしれない。若しくは倒せたかもしれない。

私達が動けないから。あいつはどれだけ飛ばされてもオーガの視線をこちらに向けないように立ち回る。それはつまりそれだけの余裕がある。あるが、その余裕が目の前のオーガに向けられていればあの化け物相手を倒すこともできたかもしれない。

せめて、彼の邪魔にならないようにしなければ。震える声でお嬢様を起こす。

「お嬢様、起きてください。起きて、起きろって言ってるだろうが!」

「う、ウルザ。ごめんなさい、今日は夢見が悪くて、もう少しだけ寝かせて欲しいの」

「お嬢様、夢ではありません。現実をみてください。ココは迷宮の最奥。絶望の淵に指一本掛かっているだけの状態です。ですが、僅かながら希望があります」

「どう言うこと?……ヒッ!アレは!?」

巨大すぎるオーガを目の前にまた気を喪いそうになるお嬢様の頬を張り倒す。

「ふざけないでください!彼が唯一私達の希望です!私達ができることは彼の邪魔にならないこと、もう一つは陣を見つけることです」

そう、私達がこの地獄の淵から生還するには地獄に送り出した元凶を見つけ出すこと。陣の特性上、同じ部屋に飛ばされることはない。そしてあの化け物と立ち回れる彼が居ればここ以外の階は恐らく問題になりはしないはず。運良く低層階に飛ばされればお嬢様を担ぎながらでも走り抜ける自信がある。

「お嬢様、どうか気を確かに持ってください。彼が生きている限り、私達は死なないのです」

もちろん、此処より浅い人類未踏の階で魔物の群れに遭遇する可能性も無くはない。その時は私が群れを引き連れれば、お嬢様と言う荷物を背負っても彼なら生き延びる。

例え時間が掛かったとしても、お嬢様は助かる。

「お嬢様、生きて帰ったら彼に夜這いを掛けましょう。彼の顔をグチャグチャに出来れば、それはきっと楽しいですよ」

「……ウルザ、貴女経験あるの?」

「つい先ほどあのデカブツに邪魔されたばかりです。だから彼には責任を取ってお相手頂かなくては」

「ふふふ、そうね。それはとても素敵だわ。破廉恥漢!そんな固いデカブツで満足してないでさっさと片付けなさい!言っておくけど、ウルザは私よりデカイわよ!」

「お嬢様!?その情報は今は必要ないのです!……おい!死ぬなよ!お前がそのデカブツの相手をしている間に私達は陣を探すから何としても生き延びろ!」


@


「陣、陣ねぇ」

付き人の女が叫んだ声はしっかりと聞こえていた。だが、そんなものはオーガと戦いながらも当然探していた。わざわざ吹き飛ばされているのも、探索のために距離を稼ぐためにすぎない。

飛ばされた辺りには無かったからなあ。

女達の方向に飛んでないのは、あの辺りはもう見終わったから。

そして幾度となく吹き飛ばされて分かったことは、この部屋に陣は無いと言うことだ。

「よくよく考えたら、此処に入ってくる扉もねえし階段もねえ。正規のルートはどうやって入るんだ?」

オーガに一太刀浴びせ、もはや吹き飛ばされる必要もないので避ける。

「陣があれば、お前も死なずに済んだのにな」

デカブツが死んでいないのは陣抜け出したほうが楽、と言う点のみだった。それがないと分かった今、こいつを生かしておく必要も無い。と言うか、こいつ倒さないと出られなさそうだし、よくよく考えればこいつをさっさと倒してノンビリ陣を探した方が良かったんでは無いか?

俺はいつもそうだ。師匠夫婦が死んだ時も同じだった。あの時、俺も神の座の一体でも倒しておけば師匠達と同じ神域にたどり着けた。そしたらずっと一緒にいられたのに。

ヒト種では無くなると同じ領域には居られない。あの日、師匠達は世界を飛び越えた。

今でも俺は後悔している。あの夫婦の営みは見てるだけでも視覚情報だけでオスとしての悦びを覚える。あの経験は、2度と手に入れられない。

「デカブツ、これはただの八つ当たりだ」

地に付けた足から、剣先まで力が伝わる。

「死ね」

デカブツの頭からイチモツの先まで、剣が通り抜ける。

「しまった。三枚におろすつもりがこれじゃただの真っ二つだ」


@


夢を見ているようだった。

扉の前で新人を見るのが私の趣味だ。

新人がどの程度やれるのか。予想屋達はある程度頭角を現してから掛け始めるが、私はいの一番に彼らを見極める。これだ、と思った新人には早めに唾をつけておく。

私に見初められた人間は必ず成功を収めた。120階到達の冒険王エリックも私の支援があって生きて帰還できたようなものだ。

いつか私はこの街でイリスの祝福と呼ばれるようになって居た。

その私の召喚状といえば、この街での成功を意味する物だ。

そしてその召喚状を初めて私欲の為に使った。怒りによって支配された私にバチが当たったのだろう。

気がついた時には、あの男が聞いたこともない化け物と戦っていた。

ウルザは陣を探すと言っていたが、きっとそれはないだろう。

120階まで行ったエリック曰く、百階を超えるとその階主を倒さないと陣は出ないと言っていた。

だから、この夢もおしまい。必死に陣を探すウルザにはとても真実は告げられない。

彼女の心は真実を知ればポッキリと折れてしまうだろう。

だから、彼に夢見るしかない。見るしかないのに、なぜ立ち止まるの?諦めるの?貴女が諦めたら私はどうしたらいいの?

「ウルザ、もうやめなさい」

「お嬢様?」

「目を逸らさずに、彼の最後を見届けましょう」

それが、歩みを止めた彼への最後の手向け。私の最後の矜持。

だから、だからね。貴方が化け物を真っ二つにしてしまったのを見てとても驚いたし、もう正直本能が身体が子孫繁栄を渇望しても全然おかしくないと思うの。

「嘘ぉおおおおおお!?」

きっとその叫びは二人ぶんだったけど、私の声は身体が初めて覚えた感情に対してだったのかも知れない。


@


「ふん、こんなもんか。地下迷宮ってのもこけ脅しだな」

「嘘ぉおおおおおお!?」

向こう側で叫ぶ二人を見て、あまりの色香に剣も放り出し襲いそうになった。

「お前ら、ぼーっとしてないでさっさとこい!早く来ねえと陣に乗っちまうぞ!」

この陣は間違いなく地上1階に飛ばされる。つまり発光は一度きり。一瞬で閉じてしまうだろう。

取り残された場合陣がまだあるのか、それともあのデカブツが復活して再度倒さなければならないのか。何が起こるかわからない。試す気もない。

慌てて駆け寄ってきた二人は、陣の前で止まると思いきやそのまま突っ込んできた。

「お前ら、もうちょっと慎重に」

押し倒される形で陣に飛び込んだ俺たちを包み込むように陣が発光を始める。

確かに付き人のモノはお嬢様よりもデカかった。


◆この街の生き方 life is softly


地上に帰った瞬間、全員の口が塞がらなかった。

まず、イリスとウルザだが急に服を脱ぎ始めおっ始めようとするのを全力で止めた。

次いで、アレクの奴が俺のことを幽霊か何かと勘違いして足がちゃんとあるのか足払いをかけようとしたのを蹴り返した。デカブツとやり合った直後だったせいで力加減を間違えて足を折ってしまった。この間見舞いに行ったら足を包帯でグルグル巻きにして女を侍らせていた。というか、慌てて取り繕っていたがどう考えてもヤッてた。適当な理由で換気しながら、次は息子を折ってやろうか?と冗談で言ったつもりが女にメチャクチャ謝られた。

学者にも詰められた。女の学者に至っては襲ってきた。生体サンプルを十月十日分取られた。

野郎どもは飲めや歌えやの大騒ぎだった。賭けの胴元が街中、酒屋どころか一般家庭からも買い取ってこの街の酒を飲み尽くすお祭り騒ぎだった。

お祭り騒ぎはひと月ほど続いた。毎晩違う女をあてがわれたが、気がつくとイリスとウルザが横に居た。

イリスとウルザは腹が目立ち始めるまで朝から晩まで離れようとしなかった。

デカブツ相手よりも面倒だった時期は今思えば腹の中のガキが癇癪を起こして居たのかも知れない。そう思うと、無茶をさせた。

この町を出ることが許されなくなって居た。

墓参りには行きたかったし、この街の一番を倒したにも関わらず神域にたどり着かなかったことで、師匠達にはもう二度と会えないと思うと涙が出た。そんな俺を慰める口実を見つけたイリスとウルザにメチャクチャされた。

迷宮都市はいつからかシルヴィオ監獄と呼ばれる様になった。

この先、戦争でも起きない限り俺はこの監獄を出れない。


この街を出る時の話はまた別の機会があれば。

エロ話だけ書きたい気持ちもあるけれど、これは供養だから(小声

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