メ ガ ネ
僕は社会の授業が好きだ。
別に、先生の授業が好きなんじゃないし、成績だって良い訳じゃない。
国の特色とか、過去の出来事とか、これからの政治にも興味ないけれど。
正確に言うと、授業というより、授業開始の時間と授業終了の時間……かな。
授業開始3分前。
そろそろだ。
「なお〜」
ほら、来た。
動作に合わせて、ふわりと揺れる茶色い髪。
柑橘系のすっぱい香りが、鼻をくすぐる。
何ていう香水だろう。
「何お前。また?」
嫌そうに尋ねているけれど、実は嬉しかったり。
結構、僕って天邪鬼なんだ。
「うん、また〜」
軽やかで、のんびりとした口調。
すらりと長い指が伸びて来て、僕から眼鏡を取り上げた。
途端に視界がぼやける。
僕は目が悪い。
そしてこいつも目が悪い。
社会の先生は字が小さいから、黒板の字が見えないんだと。
で、毎回僕から眼鏡を借りて行く訳。
眼鏡買えって?
ばか。
そんな事したら、こいつに眼鏡貸せなくなるだろ。
授業の初めと終わりの小さな接点も、僕にとっては大切なんだ。
僕の授業に多少……ううん、かなり支障がでるけれど、そんなのも気にならないくらい。
あのふわふわの髪とか、柑橘系の香りとか……
とにかく全てが愛しくて、たまらなく抱き締めたくなるけれど、必死に堪える。
そんな事したら、変態呼ばわり間違いなしだろ?
だから、素っ気ないふりをして。
そして今日もまた、目を細めながら、授業を受けるんだ。