白い空の下で
文才なくても小説を書くスレで、お題を貰って書きました。 お題:雪雲
厚手の手袋越しだというのにすっかり指先は冷えていて、それほど長く空を見ていたのかと少し驚いた。
自転車を支える手はすっかりかじかんでいたのに、まだこの胸は熱いつもりで――。零れ出た息が白いのは当然の事だろうに、この身が立ち竦むに任せて、ただ、空を見ていた。
街中を走り抜けた身体の熱さを、走り出さずに居られなかった熱を、吐き出してしまいたくて。空一面の雲と同じ色をした息を吐きながら、ただ空を見ていた。
時には視界が霞むに任せて、舞いては静かに街中に降り下る粉雪と、一面の空を覆って隠す雲と、白く空気に溶けていく吐息とが綯い交ぜになるままに、ただ空を見ていた。
見るともなしに、こうしてただ空を見ていたように。
それがそうであると判っているつもりの事すら、判ろうとしていなかった。
昨晩は今に劣らず寒かった。
けれど窓の鍵は普段通り外していて、耐えられない寒さならそれこそいつもの様に、前足を器用に使って窓を開けて入ってくるだろうと。
稀によくある。矛盾のようでそうではない日常の、猫が喧嘩をして駆けて行く喧騒を、夢現の中で聞いた。
なぜ判ったのかは判らない。その鳴き声の一つが、知っている猫ものだとは判っていた。
不安は覚えていた。
いつ亡くなってもおかしくはないと。
冷えた身体を震わせたまま、窓の隙間から布団の隙間へと入り込んでくる。それを、半ば眠ったままで迎え入れて温める。その冷たさで目が冴える事もなく、むしろ安堵と幸福の中で深い眠りについていった。
今日は生きていてくれた。けれど、明日亡くなるかもしれない。
そう覚悟しているつもりで、毎日の様に己に言い聞かせているつもりで、生きていてくれる“ 今日 ”が永遠に続いてくれるものとばかり思っていた。
不安が不安のままである、この幸せな日々が続くと――。ずっと。
巧く抱かないと曲がりくねって滑り落ちる。あの柔軟な身体はもう無くて。
手に抱いた硬さと冷たさばかりが思い出される。
空を見ている。
体中にあった暑さも、胸を焦がす程の熱ももはや感じられない。ただ、寒さと冷たさばかりが今のこの身を満たしていた。
確かに見えていた筈の事が、どこか遠い事の様にしか思えなくて、ただ空を見ている。
涙で霞むに任せて、空を見ている。
確かにあるはずの雲も見えず。
確かに降るはずの雪も見えず。
確かに浮かぶはずの息も見えず。
ただ真っ白く塗りつぶされる、霞んだ空を見ている。
雪雲は他の雲よりは地に近いのだと、どこかで得た知識ではそう判っていても、涙で世界が滲む時でもないと、その近さを実感できないままでいて。
何の心の準備もできていない幼子の様に、突然の現実に振り回されるしかなくて。
それでも、困惑しながらも別れを済ませる事ができていた事に今さら気づいた。
どれほど空を見ても、雪の冷たさを感じずにいられるようにはならなくても。
どれほど慣れても、寒さを覚えずにはいられなくても。
判っている筈のことをどれだけ考えても、実際の日々には叶わなくても。
ただ、空を見ている。
確かに触れたあの冷たさを思い出して、もう触れないこの身の寒さを思い出して、そして、この空の下で確かにあった暖かい触れ合いを思い出して、泣く為に。
ただ、空を見ている。
伝える為でもなく、説明するわけでもなく、論理的でもなく。
ただ独りよがりにそう思っただけの、そう思った理屈で、そう思うだけの。
そんな誰かが立ち竦むだけの、話にもなってない小さな話。
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5 自分 名前:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 投稿日:2016/02/06(土) 22:36:32.02 ID:
それにしても、やる夫スレに嵌ってる間に落ちてるとは吃驚だ
お題下さい
6 返答 名前:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 投稿日:2016/02/07(日) 15:54:39.64 ID:
>>5
雪雲
ついでにお題ください
8 自分 名前:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 投稿日:2016/02/07(日) 16:59:13.86 ID:
>>6
把握しました
ありがとう