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第四話:生命の種

「これが魔法生物か……」


 四方の棚に所狭しと詰められたカエルの卵もどき入りの筒を見回しながら彼は呟く。さらに近づいて見てみると、中身が微妙に脈打っているのが分かる。部屋はランプの明かりしか無いため薄暗く、その明かりに照らされた物体は思っていたよりグロテスクだ。


「厳密にはそれはまだ魔法生物ではありません。卵のような状態ですね」


 彼が後ろを振り向くと、先ほどまで本を読んでいた売り子の女性がいつの間にか近くに立っていた。


「必要でしたら、魔法生物について軽く説明させていただきますが」


 先ほどこちらから声を掛けると言っていたのに、数分経たずに声を掛けてくる辺り、この女性も退屈していたのかもしれない。はたまた、余りにも店内をキョロキョロ見回す彼に助け舟を出すつもりになったのか、いずれにせよ拒否する理由も無いので、彼は無言で頷いた。


 彼女の表情は変わらないが、何となくメガネがキラーンと輝くような物を感じた。心なしか声のトーンも少し上がった気がする。やはり暇だったのだろうか。メガネの位置を直し、背筋を伸ばしながらコホンと咳を一つ付くと、彼女は語り始めた。



「では説明させていただきます。魔法生物とは魔術師の先達が作成した人工生命体です。作成される段階で魔術で制御されているので、認識した主人には絶対服従させることが出来ますし、人間に比べて高い体力や知能を持っているのが特徴です。さらに人間と違い、大気中にある魔力を吸収して体を維持する機能があるので食事を殆ど必要としません。まさに生物としての完成系に近い存在。それが魔法生物なのです。お分かりでしょうか?」


 お分かりだった。その辺りは魔術師なら誰もが把握している事だ。無論彼も把握しているのだが、売り子は最初のイメージから想像もできない程饒舌に喋りだし、割り込む暇も無く説明はさらに続く。この流れはまずい。何だか物凄く話が長くなりそうな気がする。彼は決して勘の鋭い人間ではなかったが、こういう時に限って妙に予想が当たってしまうのだ。

 

「先ほど少し申し上げましたが、魔法生物は大まかに分けて戦闘用、研究用の二種類があります。各系統によって向き不向きもあり、獣型は戦闘に向いていますし、人型はどちらかと言えば研究向け等ですね。他にも色々な種類がありますが、どのタイプも並の人間より器用にこなしますし、危険な場所へ行くときの戦力にもなれば、研究のサポート要員にもなりますので必ずやお役に立つでしょう。事実これまで戦闘、研究で実績を残してきた魔術師達には、必ずと言っていいほど優秀な魔法生物を使役していたのです。優秀な魔法生物ある所、優秀な魔術師ありなのです」


 その辺りも魔術師なら誰もが把握している事なのだが、会話下手な彼は言葉の波状攻撃に抗う術は無く、ひたすら魔法生物解説ラッシュを叩き込まれる。ついに彼女は魔術師養成所と魔法生物の研究の歴史、魔術師と魔法生物の種族を超えた愛など、殆ど関係ない事まで喋り始めた。聞かなきゃよかったと思いつつ適当に相槌を打っていたが、ようやく彼が一番気にしていた部分に辿り着いたようだ。


「……とまぁこれだけ優秀な魔法生物ですから、製作には途方も無い労力と知識が注ぎ込まれている訳です。当然お値段もそれ相応になるのですが、魔術の粋を凝縮させた物をお金で手に入れられると考えればよい時代になった物です」


 彼女の言うとおり魔法生物は高額である。大まかに分けて最上級・高級・中級・低級・最低級に別れ、そこからさらに種類や等級訳がされていくが、著名な魔術師が製作に関わった最高級の場合、小さな城ならダース単位で買えてしまう程だ。最低級の物であっても、新人魔術師の半年分の稼ぎをつぎ込んで何とか手に入るというレベルである。


 そして、それをまさに今実行しようとしている人物が彼という訳だ。


 現代における魔法生物の可能性という説明に入ろうとした彼女に、手持ちの財布を押し付ける事で何とか割り込みに成功した彼は、ようやく本題に入る。


「とりあえず予算これだけなんですが、この範囲で買える研究サポート用の魔法生物を売って欲しいんですけど」


 若干不満そうな目線をメガネの奥から飛ばしてくるが、しぶしぶ財布の中身を確認し、顔を曇らせる。


「んー……これだと最低級の魔法生物でもちょっと厳しいですねぇ。個人的にはもう少しお金を貯めて、低級の物を買ったほうが後々良いと思いますけど」


「それはそうなんだけど……」


 無論彼とて出来るならばそうしたいが、現状ではそうも行かない。現在の補助業務では生活だけで精一杯で、とても貯蓄に回している余裕は無く、受けられる期限も後三ヶ月しかない。ここで魔法生物を多少無理してでも手に入れておけば、補助業務以外の依頼もこなせるようになる。依頼をこなして行けば彼を受け入れてくれる場所も見つかりやすくなるだろうし、早い段階で魔法生物を持っていれば、魔術師としての箔も付く。


 あくまでこれは皮算用に過ぎない。最低級の魔法生物がどのくらい役に立つかは彼自身も漠然としたイメージしか沸かないし、仮に魔法生物のお陰で養成所の通常業務をこなして評価を上げ、受け入れ先が見つかったとしても、受け入れられた先で実力不足で付いていけなくなる可能性も高い。しかし、仮に最低級であっても【魔法生物所持の魔術師】という肩書きは魅力的だ。企業に例えるなら、就職するためには書類選考や面接、場合によっては試験等をこなす必要があるが、資格持ちのお陰で書類選考が大分通りやすくなるような物と考えると分かりやすい。そして顔を合わせる機会さえあれば、拾われる可能性はぐんと高くなる。


 そんなわけで、彼としてはここで何としてでも魔法生物を手に入れておきたい。どれだけ最低級の物であっても現状では彼の能力のプラスにしかならないだろうし、安物買いの銭失いになる可能性は極めて低い。さらに、彼にはもう一つ考えていることがあった。


「魔法生物は成長すると聞いたことがあります」 


 彼女は意外そうに目を見開き、一呼吸置いて呟く。


「よくご存知ですね。確かに貴方の言うとおり、魔法生物は『生物』ですので当然成長します。卵に先天的な能力は組み込まれていますが、後天的な能力はその子の資質、生育環境に影響しますね」


 その言葉に、彼は考えていた言葉で返す。


「ヒヨコを買ってニワトリに育てるように、魔法生物も最低級の物を買って、それを育てていくのは可能なんじゃないですか?」


「寧ろそうするのが一般的ですよ。高級な物なんて本当に極一部の実力者か金持ちしか買えませんしね。大体、低級~中級くらいの魔法生物を買いますから」


 基本能力が低い魔法生物も、育て方によっては驚くほど立派に育つ物もいる。逆に実力に不釣合いな高級を金に飽かせて買い、素材を腐らせてしまう者も存在する。


「でも当然、低級の物がそんなに立派になるなんて事は稀ですよ。基本能力が高い物はやっぱり優秀に育ちやすいですし、低級や中級のものは殆どが良くて中級止まりですから。まして最低級となると……」


 彼女は相変わらず渋面を作ったままである。あまり優秀にも裕福そうにも見えない彼に、自分の好きなものを渡したくないようにも見える。


「そこを何とか……最低級のままでも一向に構いませんし、むしろ僕としては最低級の方が助かるんです」


 半分は嘘で半分は本音である。優秀なサポートは欲しいが、別にまだ見ぬ未開の土地の冒険や、未だ解明されて居ない大宇宙の真理に挑戦する気は無い。彼が望むのはあくまで平穏であり、田舎に引きこもって淡々と暮らしていく程度の稼ぎがあれば良い。そう自分を納得させた。自分に自信の無い彼は挑戦することを極端に恐れ、目標を常に低く見積もる癖が付いてしまっている。


 彼の生煮えの熱意が少しは影響を与えたのか、売り子は溜め息混じりにメガネの位置を直しながら、部屋の片隅にある埃が被った小さな棚へと向かい、小さな小瓶をカウンターの上に置いた。小瓶の中には他の棚に並んでいるのと同じ丸い物体が浮かんでいるが、大きさはピンポン玉程度で非常に小さく、色も灰色っぽくて何だか弱弱しい感じがする。


「これは最低級クラスの卵の一つですが、元々の製造者が途中で作成を放棄してしまい、別の人間が途中から手を加えて完成させた物です。手順は普通の魔法生物製造と変わりなく進めてありますが、細かな部分は製造する魔術師によって変わってくるので、何かしらの影響が出る可能性があります。勿論、こういった作成例が全く無いわけではないので、問題無いとは思いますけど」


 早い話、ジャンク屋の動作保障外商品のようなものである。


「製造にはそれなりのコストが掛かっていますし、単純に廃棄するのも……と思い放置していたのですが、これでしたらご掲示の金額でお譲りしますよ?」


 悩みどころだった。大丈夫と言われてもあれだけ異常性を説明されてしまうと、あんまり大丈夫じゃないように思えてくる。何かしらの影響って何だ? 色々考えると買わないほうがいいんじゃないかと思うのだが、これ以外の物が買えないとなると仕方が無い。次に来た時に掘り出し物があるとは限らないのだから。


 結局、彼はその怪しげな魔法生物の卵を購入することにした。ただし生まれた途端に死亡したり、全くの使い物にならなかった場合、遅かれ早かれ廃棄処分する予定だった物をこちらでテストを引き受けた手間賃は貰うべきだという無理矢理な理屈を付けて、使い物にならない魔法生物を廃棄してもらい、代金の半額は返済して貰える約束を取り付けた。彼にしては良く頑張ったほうである。


 色々難航したがとりあえずの目標を達成できたし保険も掛けた。自分にしては上出来だ。彼は売り子に礼を言い小瓶を抱え、これが幸せの重みか、なんて軽口を叩きつつ部屋を出て行く。


「ちょっと待ってください」


 声に反応し出口から振り向くと、売り子が部屋に入ってきたときと同じ場所、同じ怜悧な目でこちらを見ていた。


「貴方は魔法生物をどう考えているのですか?」


淡々とした口調で話しかけられる。


「……どうって?」


「魔法生物は主人の命令に服従し、手足として役立ち、意思疎通が出来る便利アイテムと考えていませんか」


「……………………」


「魔法生物は優れた能力を持っている……とお伝えしましたよね。それは心も同じこと。その子達にはきちんと心があり、感情があるのです。くれぐれも粗末に扱わないように。私が言いたいのはそれだけです」


 彼には彼女の言うことがいまいち理解出来ていなかったが、とにかく物として扱わず大事にしてやれ、ということなのだろうと解釈した。対人能力の無い自分にとって、その辺りは確かに不安材料ではあるが、基本的に主導権はこちらにあるし、犬や猫と違い言葉を通じてコミュニケーションが取れるのだから、そこまで問題にはならないだろう。そう考えた彼は彼女に軽く会釈をし、そのまま外へ出て行った。


 中央棟から入り口に向かう間、彼はずっと上機嫌だ。周りに人が居なければ軽くスキップくらいはしたかもしれない。ああ、早く帰ってどんな魔法生物なのか確認したい。だが折角街まで出てきたのだ、散財ついでに何か少し高い物でも食べて帰ろうか。そんなことを考えていると、彼の現在置かれている状況、手付かずの補助業務の事など頭の片隅へと押し込められてしまう。


 まして、ランプの明かりに照らされた薄暗い部屋の中で交わされた、忠告じみたメガネの売り子との会話など、頭の片隅どころか空の彼方へと消え去っていた。

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