第三話:魔術師養成所
※全5話程度を予定していましたが、1話を長くすると冗長になってしまうため、10話程にする形を取らせていただきたいと思います。
一昼夜に及んだ生活費と今日の散財との脳内デスマッチにかろうじて決着をつけた彼は、睡眠不足でふらふらする足取りで、日の出と同時に魔術師養成所のある街を目指し出発した。彼は街から離れた山小屋のような場所に住んでいるので、街で用事を済ますためにはかなりの時間を移動に割かねばならない。ここは養成所から手配されている寮のような物の一つだが、街に近く便利で大きな場所ほど成績優秀な人物に回されるので、下から数えた方が早い彼は自然とこのような不便な場所に住むことになる。
「何でこうバカみたいにデコボコな坂道ばっかりなんだよ……」
一応人が通るように邪魔な木々は取り払われているが、街から離れるほど舗装率は悪くなっているため、取りきれない木の根や草に足を取られて転ばない様に気をつけつつ、整備されていない坂道を下っていく。
「大体こんな所に押し込められてたら、滅入って出来ることも出来なくなるって……」
誰が聞いている訳でもないが、相変わらず独り言を呟きながら道を進む。だが実は、彼自身は人と話したり協力したりする事が大の苦手であり、この環境を好んでいることも事実であった。色々と不便ではあるが言うほど嫌ってはいない。ただ一人で居ると内側に悶々とした何かが溜まってきてしまうので、自然と独り言が多くなってしまうのだ。自覚してはいるものの、誰に迷惑を掛けている訳でもないと今は特に直すつもりもない。
とはいえ文句を言った所で街との距離が縮まる訳でもなく、しぶしぶ彼は足を進めるのだった。
「はぁ……やっと着いた」
既に太陽が空高く昇った頃、ようやく魔術師養成所の入り口に到着した。年季は入っているが、重厚で落ち着いた感じの石造りの塀をくぐると、綺麗に舗装された道が何本かあり、道と道の間は丁寧に刈り揃えられた芝生に覆われている。彼はそのうちの一本、中央棟への道へと足を向ける。
ここの養成所は名門という訳でもないが、業務に必要な施設、例えば事務所や教室、訓練所、食堂、依頼受付所など様々な機能が分散されているので、自然と建物自体の規模も大きくなる。入り口から各棟まで道は舗装されているが、歩いていくとそれなりに時間が掛かる。特に、彼の目当ての施設は中央棟の中でも奥にあるのでさらに面倒だ。
しかし彼の足取りは軽い。寝不足と歩いた疲労は感じられるものの、これからの希望を考えるとそんな事など些細な問題に感じられる。危険ではあるが嵌れば大きい、一種ギャンブルにも似た高揚した感覚が沸いてくるのだ。
中央棟の奥、薄暗い石造りの部屋の中、ランプの明かりで本を読んでいた売り子らしきメガネの女性がこちらに気付いた。
「いらっしゃいませ、何をお探しでしょう」
売り子は特に気負う様子も無く、全く愛想の篭らない事務的な返事を返す。
「あ、あの……売ってる物を買いたいんですが」
元々対人能力が無く、まして女性との接点の無い彼は若干尻込みしつつも用件を告げる。
「売っている物と言われましても、どのような商品が必要なのですか? 戦闘用ですか? 研究用ですか? さらに戦闘用や研究用でも人型、獣型、不定形型など様々な種類を取り揃えておりますが、どのような物がよろしいのでしょう」
相変わらず淡々とした事務口調で返されるが、正直そこまで深く考えて居なかったので、とりあえず自分で見て回って欲しいものを後で告げると、受付嬢はそうですかと一言だけ返し、カウンターに掛けたまま自分の本を読み始めた。
客商売にしては随分無愛想にも感じられるが、元々営利目的で運営されている施設ではないのでこんなものである。
とりあえず落ち着いて店内を見回ることが出来るようになったので、改めて部屋の様子を見て回る。石造りの中央棟の奥に存在し、明かり取りの窓すら無いため昼間でもランプを燈している。部屋自体はそれなりに広いのだが、この部屋を埋め尽くすように置かれた棚に大量に陳列されている、大小様々な筒状の容器に入れられた丸い玉で埋め尽くされているのがこの部屋の異質さを現している。
丸い玉をよく見てみると、透明なゼリー状の物体の中に、さらに丸い何かが浮かんでいるのが見える。色も黒や白、緑っぽいものなど様々であり。カエルの卵を一つ一つ切り取って丸くし、そのまま色やサイズを変えたという表現が一番近い。
この奇妙な物体、これこそが彼が打とうとしているギャンブル。魔法生物である。彼は緊張した面持ちで、棚を見回り目当ての物を探し始めた。