第二話:余命三ヶ月
魔術師とは、数多の魔法を使いこなし、時にはその強大な力で冒険者として活躍し、時にはその深遠なる知識で迷える子羊を導く。人々が敬愛する賢者。それ自体に間違いは無い。
しかし、聖職と呼ばれる職業に就いた全ての人間が聖人ではないように、魔術師も全ての人間が敬愛すべき賢者という訳ではない。
単純に魔術師を名乗るだけならば、各地にある養成学校で一定期間学び、与えられた課題をクリアして及第点を取れば資格を得ることが出来るし、魔術自体は特別な才能が無くても正しい知識、手順、触媒等があれば誰にでも実現可能な物である。無論、個人のセンスや才能といった物はあるが、基本的には養成所の課題をこなしてさえいれば、魔術師として最低限の実力は身につけることが出来る。
逆に言えば、養成所で言われたことをこなしているだけでは「最低限の実力」しか身につかないということでもある。そして、最低限の実力だけで通用するほど世の中都合良く出来ては居ない。
「あ……課題のレポート用紙が」
床に紙が散らばっていることにようやく彼は気がつき、のろのろと椅子から立ち上がり床に散乱した紙を拾い集める。
養成所を卒業した者は魔術師として大まかに二つの進路を選ぶこととなる。一つは身に着けた魔術を使役し、冒険者や兵役等の戦闘的な役職に就くこと。もう一つは魔術に付随する知識を活かし、環境や薬学等の研究的な役職に就くことである。
魔術には専門的な知識が必要不可欠であり、戦闘・研究どちらにも役立つので重宝されはするのだが、いくら魔術師と言えども養成所を出たばかりの新人で出来ることは少ない。その為、卒業してからの一年間は養成所から『補助業務』と呼ばれる一種のアルバイトのような物が提供されている。
実践投入する前に補助業務をこなすことで、新人に少しずつ実力と自信を付けさせる事が可能で、冒険者や研究機関等の受け入れ側も、優秀な新人を発掘しやすくなるという目的で行われている。少量ではあるが、資金の無い若者を助ける意味も含めて報酬も払われるので、多くの人間が活用している。
しかし、補助業務はあくまで実践に慣らすための準備段階に過ぎない。受領できる一年間を過ぎて受け入れ先が見つからなかった場合、魔術師の資格無しとみなされ追放されることになる。そうなれば「敬愛すべき賢者」どころか「昔魔術をかじっていたが、今は何でもない落ちこぼれ」のレッテルを貼られ、路頭に迷うことになるのだ。
魔術師の資格が剥奪される、今の生活が出来なくなる、無能扱いされる……最悪の想像を振り払うように頭を振り、目下頭を悩ませているレポート用紙に目を通した。とにかく今はこいつを片付けてしまわねばならない。
彼が受けている補助業務は初心者用の物で、用意された中でも最底辺の物なので報酬は少ないが、危険度、難易度も低めに設定されているため小銭を稼ぐには最適だったし、なにより彼の実力ではそのレベルでもそれなりの難易度であった。
「余命三ヶ月か……」
彼はひとり呟きながら、壁に掛かっているカレンダーに目をやった。
今までは何とか食っていけているので問題は無かったのだが、養成所を卒業してから既に9ヶ月が経過しており、補助業務を受けられるのは残り3ヶ月を切っている。それまでに受け入れ先を探さねばならないのだが、最底辺の業務を何とかこなしている彼を受け入れる所など中々見つからない。
焦りばかりが募るものの、どうしていいか分からない。頭に自殺のイメージが沸く割合もどんどん増えている。このままではまずい。何とかしなければならない。だがどうすれば。そんな考えばかりがグルグルと頭に渦巻いている。
「……よし、こうなったらアレをやってみるか!」
彼が両手で頬をピシャリと叩き、日に焼けて年季の入った床板を何枚かはがした。そこには小さな木箱が保管されており、そこには彼の持つ全財産が保管されていた。
彼自身にもこのような精神状態で出された答えが最良とは思えなかったが、このまま真綿で首を絞めつけられるような日々を過ごすより、何か行動を起こしたほうが事態は好転するかもしれない。そんな祈りと捨て鉢な気持ちが複雑に混ざり合う中、彼は丁寧に木箱の中身を確認し、とある目的のために資金の計算を始めた。