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第十話:存在理由

「じゃあ俺は業務報告に行って来るから、お前は大人しく待機室で待ってるんだぞ」

「がってん承知であります! 隊長!」


 魔術師養成所の中央棟、その二階の廊下全体に甲高い声が響き渡り、目の前の少女が額にチョップを当てる。どうやら敬礼のポーズらしいが、その割に足が「休め」の形になっている。


「……そんな言葉どこで覚えた」


 周りからくすくすと忍び笑いが聞こえ、気恥ずかしさに頬が熱くなった少女の主人は、軽い頭痛を感じつつもなるべく周りに気付いていない振りをする。


 いつもは物静かな雰囲気漂う人気の少ない場所であるが、月に一度の業務報告日のため、彼と少女以外にも様々な魔術師達が集っていた。基本的に今日は初級者向けのため、魔法生物を連れているものは少ないが、辺りを見渡すとちらほらとそれらしき生き物を連れているのが見て取れる。


 全身を青い体毛で覆われた狼のような生き物や、自分が連れている少女に似た雰囲気の人型の魔法生物等がいるが、彼の連れている魔法生物より小さく弱弱しそうな存在は一つも存在しなかった。それをなるべく意識しないようにしながら、彼は自分の報告の順番を待っていた。


「では貴方の番になりましたので業務報告室へどうぞ。お連れの魔法生物は専用の待機室へ連れて行きますので、一時お預かりします」


 ようやく自分の番が来たと彼は振り向き、そして硬直した。そこには今まで散々良い様にされてきた、例の魔法生物販売女の売り子が立っていたのだ。


「……私がここにいるのが不満ですか」

「い、いや、そういうわけじゃないんだけど」

「今、明らかに嫌そうな顔しましたよね?」

「う……というか、何で売り子さんがここに?」

「私、単なる売り子じゃなくて魔法生物担当者なんです。業務報告時に一時預かりをする役割も承ってますので。それよりも……」


 じろりと睨み付けられ、彼は思わず一歩引いてしまう。


「何故この子は相変わらず前と同じで、素足に大人用シャツ一枚なんですか? 大切にしてやれって忠告しましたよね?」

「いや、こいつが着たがらないんで……」

「うぃ!」


 少女が良く分からない肯定の言葉を発したことで、彼女も一応納得したようだ。彼としては正直この女性は苦手なので、ここはごり押しして逃げの一途に限る。


「と、とにかく! こいつを宜しくお願いします」

「さぁ、お嬢ちゃん、一緒に行きましょうねー」


 彼女は中腰になり少女に目線を合わせ、彼に向ける表情とは全く違う柔和な笑顔を向けた。一体この差は何だろうと思いつつ、大人なので我慢した。


「がってん承知であります! 隊長!」

「…………」


 例のフレーズが気に入ったのか、眼鏡の彼女に対して例の休め敬礼を返したが、その眼鏡の奥、まるでゴミを見るような視線で後ろに立つ男を無言で睨んでいた。違う、俺がやれと言ったんじゃないんだ、こいつが勝手に等と色々言い訳を考えていたが、そのまま少女の手を引いて無言で奥の部屋に連れて行ってしまった。無視されるのは地味に辛いが、最初の用件を思い出した彼は、気乗りしないまま業務報告室へと足を進めていった。




「――六十点てところだねぇ」

「あの、もう少し何とかなりませんか」


 業務報告室、魔法生物販売所と違い、書類を読んだり面接をしたりするための部屋で、窓は明かりを取り入れるように大きく作られている。石造りの建物ではあるが、薄紫の絨毯が引かれ、派手ではないがそれなりに美しい調度品も置かれているため、殺風景な感じはしない。そんな部屋の中、二人の男のやりとりが続く。


「確かに点数を多く付ければそれだけ追加の報酬金は出るが、そんな小銭を稼いでいる段階ではない、と私は思うのだがね」


 採点をしていた初老の教授らしき人物が、目の前に座る彼に対して嘆かわしい、という雰囲気たっぷりで続ける。


「君は在籍時は手の掛からないいい子だったが、後数ヶ月で自分の力で生きていかねばならないのだよ。そこは理解しているのかね?」

「……理解はしています」

「ならば、もっと沢山の人と交わり、沢山の経験をして『生きた』レポートを書きなさい。君の作った物は、ただこれまでの人間の焼き直しなだけなのだよ」


 そう指摘された部分は彼にとって最も痛い部分であった、小手先の技術をこね回しただけの普及品。それを量産するしか能が無い、と言われているのだ。全く反論の出来ない彼は、ただ俯いて教授の話を聞いていた。


「君の同期の魔術師達は、自ら危険な任務に赴いたり、寝る間も惜しんで研究をしたり、色々な分野に挑戦している。君に今必要なのは、得点稼ぎより挑戦ではないかな」

「……はい」


 彼としても言いたいことはあったが、教授の主張は真っ当であり、今の自分の考えはただの負け犬の遠吠えや言い訳にしかならない。彼は俯いたまま、膝に置いた手を握り締めるだけで、何も言わず教授の主張を肯定し、その後何事も無く業務報告は完了。いつもの光景だった。



 ――少女が連れてこられた部屋は、下に絨毯が敷き詰められ、足の感覚は柔らかく快適ではあったが、本当にただ待機するためだけの場所といった感じで、娯楽の類等は無い。他の魔法生物達は命令に従い大人しく待機しているのだが、少女は最初の三分で飽きてしまい、部屋の中を特に意味も無くうろうろしていた。


 部屋の隅で狼のような獣型の魔法生物を発見し、その潤沢な毛並みにダイブしようか、しかしそれをしたら主人に後で怒られるかも……と心の中の天使と悪魔を戦わせていたが、最終的に悪魔が勝ち、小さな足に力を溜めて全力で飛びつこうとしたその時――


「ちょっとアンタ! いい加減にしなさいよ!」


 少女の後ろから聞きなれない声が聞こえてきた。何事かと思い後ろを振り向くと、そこには十二、三歳ほどの吊り目がちな女の子が立っていた。特徴的な長い耳と青い瞳から、少女と同種類の魔法生物であることが理解できるが、少女の枯葉のような薄茶色の短い髪に対し、目の前の魔法生物は青々とした新緑を髣髴とさせる深緑色であり、その長さは腰まで伸びていた。


「ここは託児所じゃないのよ? 主人が帰ってくるまで大人しく待ってなさい」

 少女の態度が気に入らないと言わんばかりに、不機嫌な様子で長髪の魔法生物は答える。


「あっ!! あなたも人型の魔法生物なんだね! 私と同じだね!」


 そんな不機嫌さ等まるで感じて居ないように、少女はいつも他人に向ける人懐っこい笑顔を向ける。しかし、その笑顔に対して返ってきた答えは、予想と違うものであった。


「可哀想な子」

「……え?」


 何を言われたのか分からないという感じで、少女は目を見開き、返された言葉を噛み砕こうとするが、その思考が追いつく前にさらに追い討ちを掛けられる。


「アンタと私が同じ? 冗談言わないでよ。アンタからは殆ど魔力を感じないわ。どうせ何の役にも立たない欠陥品なんでしょ」

「や、役に立ってるよ!」


 自分が馬鹿にされているということははっきりと理解できたため、少女は向きになって目の前の長髪に反論するが、それを嘲笑うかのように、長髪の魔法生物は口元を歪める。


「役に立つって、どんなことで?」

「お掃除とか、お料理とか、後他にも……」

「バカにするんじゃないわよ。あたし達は魔法生物なのよ? そんなこと主人も望んでないんじゃない」

「そっ! そんなことないも……!」


『俺は別に、お前に家事手伝いをして貰いたくて作ったわけじゃない』

『だからお前は可能な限り早く能力をつけろ。そのための知識を得るための勉強だ。これは命令だ』


 反論しかけた少女の脳裏に、主人と交わした会話が反響する。完全に黙り込んでしまった少女を見て、目の前の長髪の魔法生物はふわりと体を宙に浮かべ、まるで少女を見下すように笑みを浮かべながら、歌うように言葉を紡ぐ。


「魔法生物は主人の役に立つために生まれたの。その力を使って主人を助けて高い評判を得るの。それが私達の生まれた理由で、最高の生き方なの。そうしなければならないの」

「そうしなきゃならないの?」

「当たり前じゃない。少なくとも私の知ってる魔法生物は、アンタ以外皆そうしてるわ」


 同じ種族に言われそう断言されて、少女は生まれて初めて自分の心が深く傷つくのが分かった。それが劣等感・敗北感という呼ばれる物であることは理解できなかったが、この感覚をそのままにしておいてはいけない、ということは何となく理解できた。


「私も魔法生物だから、魔法生物としてマスターの役に立たないといけないんだね……でも私、何にも出来ない……」

「本当にそう感じてる?」

「うん……」

「なら、一つだけ方法を教えてあげるわ」


 そう言いながら、宙に浮いたままの髪をふわりと浮かべ柔和な笑みを浮かべた。その表情からは仲間として協力したいというより、哀れな存在に対する憐憫の感情が強く感じ取れたが、打ちのめされた少女は下から見上げるような形で、神の言葉を待つ子羊のように、その天啓を黙って受け入れた。



 こうして彼らの長い一日は終わり、幾許かの報酬を得た彼はその金で食料や雑貨品を仕入れ、そのまま帰路へ就いたが、いつもならそこらの屋台や店へ突撃していく少女が、ただ無言で自分の後を付いて来ることに、何か異様な不気味さを感じていた。


「どうした? 調子悪いのか?」

「へ、へーき! 魔法生物だから!」


 その返答に若干の違和感を感じつつも、特に問題は無さそうなのでそのまま山へ登ったが、その道中も周りの小鳥や花、良く分からない昆虫等にも目もくれず、少し俯き加減で無言で付いて来るだけだった。


「なぁ、本当に大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫」

「……辛いならおんぶしてやろうか?」


 彼としてもなるべく避けたいところだが、主人として魔法生物は労わってやらねばならない。第一、あまり無理させてしまうと、例の眼鏡の売り子からまた氷の視線を送られてしまう。


「大丈夫! 放っておいて!」

「あのなぁ、こっちは心配して声掛けてるんだぞ!」

「いいの! 魔法生物は主人に迷惑かけちゃいけないの!」

「無理して途中でへたばる方が迷惑だ。このペースだと山の中で日が暮れちまう」


 迷惑、という言葉に少女はひどく狼狽し、何も言わず耳を垂れ俯いてしまう。本当に調子が悪いんじゃないだろうかと彼は心配し、半ば強引に少女を背負う。少女はむずがるように少し抵抗したが、やはり疲れていたのだろう。最終的に大人しく背負われる形になった。


「マスター……ごめん」

「お前、本当に調子悪いんじゃないのか?」

「マスター……」

「……何だよ」

「マスターがこの間言ってたこと、ちょっとだけ分かった気がする」


 この間言っていたこと、少し考えて彼は納得する。


「よだかの話か?」

「うん……」


 その単語を出すと、彼の首もとで結ばれた小さな手にぎゅっと力を込められるのを感じたが、背負っているため表情は分からない。何より元々体力の無い彼が、小柄とはいえ少女と荷物を背負いながら山道を登っているのだ。正直後ろを気にしている余裕等ない。


「でも平気。役に立つ方法を知ったから」

「……? ふーん」


 初の社交界デビューで知恵熱でも出したのだろうと彼は考えた、後で熱さましの薬でも飲ませなければならないが、とにかく今はこの山道を踏破しなければならない。後ろのうわ言に集中力を割いている余裕は無い。夕焼け空の下、二人で一つの長い影法師を作りながら、よろよろと山道を登っていった。


「と、到着……」


 もう一歩も歩けない、とばかりに部屋にへたりこんだ彼は、少女を荷物と同時に放り出したが、疲れた体に鞭を振るい、若干震える足に力を込める。


「今から熱さましの薬草探すから、ソファに横になってろ」

「……マスター、魔力の結晶って知ってる?」


 本格的に会話がかみ合わなくなってきた。よく見ると目も少し潤んでいるし、思っているより重い症状なのかもしれない。少し慌てて少女の額に手を当てるが、別段熱いわけでもない。


「ねぇマスター、魔力の結晶って知ってる?」

「むしろ何でお前が知ってるんだ?」


 疑問に思った彼だが、少女に真っ直ぐに見つめられ。その瞳の奥に、今までとは少し違う思いつめた光があることに気がついた。


「魔力の結晶。魔法生物の核に当たる物だ」

「うん……」

「で、それがどうした?」

「凄い価値があるんでしょ?」


 魔力の結晶、成長した魔法生物から取れる物で、魔法生物の力によって凝縮された高い魔力を保持し、研究素材としても非常に価値が高い。


「確かに価値はあるけど、それだけ貴重品ってことだからな」

「私の魔力の結晶をマスターにあげる」


 何を言い出すのかと思えば、よりにもよって魔力の結晶をあげる、と来たか。彼は呆れ半分に苦笑いを浮かべる。魔力の結晶は魔法生物の核に当たる、人間で言えば心臓だ。それを摘出するということは……


「あのなぁ……魔力の結晶を取り出すってことはな……」

「…………死んじゃうってことだよね」


 彼はぎょっとして目を見開くが、目の前の少女は微動だにせず彼の目を真っ直ぐに見つめている。その表情と態度から少女が本気であることに気がついたのだ。


 魔法生物を無理矢理殺して摘出した魔力の結晶にはあまり価値が無い。魔力を抽出する段階で体に傷がつき、核自体も傷物になって使い物にならなくなってしまうのだ。第一そんなことをしては、魔術師どころか人間としての落第生を突きつけられる。そのため何らかの事故や寿命で死んだものの核が抜き取られることになるのだが、もともとの生命力の高さからそういった個体自体が少ない。


 それ以外の手段で核を手に入れる方法、それは魔法生物が抵抗を止め、その状態で魔術師が魔力を吸い上げて核のみを抽出するという方法である。これはドナー患者から臓器の摘出手術をする感覚に近い。


「でもいいの、魔法生物は主人のために役に立たなきゃいけないから。マスターはお金を沢山貰えるし、私は魔法生物として生まれた役割を果たせるから」

「しかし……」


 確かにその通りである。不良債権を処理でき、魔法生物として役割を全うさせる。さらに合意の上の作業であれば、彼の経歴に何も傷つくことは無い。そう考えれば断る理由は何も無い。無論感情的な苦手意識はあるのだが、魔術師として合理的な思考が出来ないのが自分の弱点ではないか。その結果として今の追い詰められた自分があるのだ。感情を殺せ、冷徹になれ。彼は自分の心に言い聞かせ、結論を出した。


「本当にいいんだな……?」

「うん……」


 彼の出した結論に満足したのか、少女はほっとしたような、それでいて少し寂しそうな笑顔を見せた。その表情に彼の心は揺さぶられるが、感情を思考からシャットアウトする。


「なら、早い方がいいな……」


 魔力の抽出は魔法生物側だけではなく、抽出作業を行う魔術師側にも多大な集中力を必要とする。作業にミスがあると魔法生物から抽出した魔力が暴走し、最悪の場合、魔法生物は勿論のこと、魔術師自身も命の危険がある。


 彼も当然始めての作業となるため緊張していたし、本来なら少し休憩してからやるべきだが、時間を空けてしまうと今の決心が鈍りそうなのが怖かった。人は失敗から学ぶ。それを分かっていても、自分は失敗を恐れすぎて何も出来なかった。その自分を変える為、彼のために命を捧げてくれた少女のため、一世一代の大失敗を行うのだ。




 ――太陽が一日の仕事を終えて西の空に沈みかけ、代わりに満月が星達と共に姿を現す頃。夜光に誘われるように二つの人影が小さな建物から姿を現した。


 一つは自分の背丈ほどもある杖を持った彼、もう一つは彼の腰程までしか背丈の無い少女の物だ。彼らは建物から少し離れた草原へと向かい、十歩程の距離を空けてそこで向き合った。辺りに人の気配は無く、ただ風が草を撫でる音、虫や夜鳥の小さな鳴き声だけが聞こえてくる。



 そんな静寂の中、少女が口を開いた。


「マスター……私の命、大事に使ってね」


 その声は弱々しく、ほんの少し諦観が感じられはするが、はっきりと聞き取れる物だった。


 彼は一瞬びくりと体を震わせたが、迷いを振り切るようにため息を一つ付き、杖を少女へと突きつける。杖は徐々に淡い光を帯び、それに引き摺られるように少女の体が淡い光に包まれる。


「じゃあ始めるか……俺達の一世一代の大失敗を!」



 彼の声を合図に、少女から発せられた光が杖へと吸い寄せられるように集まりだした。それに反比例するように少女が苦悶の表情を浮かべるが、彼は止めるつもりは無い。集まる光は序々にその速さと強さを増し、少女の顔から血の気が失せ、その小さな体が地面に倒れても止まらない。


「これで……いいんだよな」


 紫の空の下、彼と倒れた少女の回りだけが昼になったかのような明るさに包まれる。黒い闇が白い光に塗りつぶされていく中、男は杖を掲げ、泣き出しそうな表情のまま立っていた――


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