プロローグ
太陽が一日の仕事を終えて西の空に沈みかけ、代わりに満月が星達と共に姿を現す頃。夜光に誘われるように二つの人影が小さな建物から姿を現した。
一つは自分の背丈ほどもある杖を持った背の低い男、もう一つは男の腰程までしか背丈の無い少女の物に見える。
彼らは建物から少し離れた草原へと向かい、十歩程の距離を空けてそこで向き合った。辺りに人の気配は無く、ただ風が草を撫でる音、虫や夜鳥の小さな鳴き声だけが聞こえてくる。
そんな静寂の中、少女が口を開いた。
「マスター……私の命、大事に使ってね」
その声は弱々しく、ほんの少し諦観が感じられはするが、はっきりと聞き取れる物だった。
男は一瞬びくりと体を震わせたが、迷いを振り切るようにため息を一つ付き、杖を少女へと突きつける。杖は徐々に淡い光を帯び、それに引き摺られるように少女の体が淡い光に包まれる。
「じゃあ始めるか……俺達の一世一代の大失敗を!」
男の声を合図に、少女から発せられた光が杖へと吸い寄せられるように集まりだした。それに反比例するように少女が苦悶の表情を浮かべるが、男に止めるつもりは無い。
集まる光は序々にその速さと強さを増し、少女の顔から血の気が失せ、その小さな体が地面に倒れても止まらない。
「これで……いいんだよな」
紫の空の下、男と倒れた少女の回りだけが昼になったかのような明るさに包まれる。黒い闇が白い光に塗りつぶされていく中、男は杖を掲げ、泣き出しそうな表情のまま立っていた――