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ロンリーウルフ・ファンタジア  作者: 早坂美魚
第一章 無彩色デイズ
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第四話 学校の怪談

「ふぁっふぉうのふぁいふぁん?」

「こら、口に物を入れたまま喋らない」


 一緒に弁当を食べていた親友の彩羽に注意されて慌てて口を閉じる。しっかり咀嚼し嚥下してから、汐音はもう一度聞き返した。


「学校の怪談?」

「あれ、知らねーの? 最近、流行ってるんだけど」


 昼休み。いつもどおり教室で昼食をとっていると、ふいに近くにいた和葉がそんな話題を振ってきた。


彩羽(イロハ)、知ってる?」

「噂くらいは。興味ないから、詳しくは知らないけど」

「女子ってこういう話好きそうなんだけどな~」

「女子じゃないって言いたいのかっ」


 教室の隅の自分の席で静かに読書をしていた銀は、聞こえてきた会話に(汐音の場合、部活に補習とで毎日が充実してるから、そんな余裕がないだけなんだろうけど)と内心でこっそりと付け足しておいた。


「――で、どんな内容なの、その怪談」

「はは~ん、さすがの春成もやっぱり気になるんだな? ん? ん?」

「『さすがの』は余計よッ」


 隣の椅子の脚を蹴り上げ、そこに座っていた和葉を床に転がす汐音。


「汐音、食事中に騒がないの」

「はぁ~い」

「……すみません桐島さん、おれ被害者だと思うんですけど、もうちょっと気遣いの言葉をかけてもらってもいいんじゃないですかね?」

「食事中のマナーを守らない奴に気遣いなんてあるわけないでしょ、バカ宮」


 当たり前、と言わんばかりの彩羽。両親が多忙な桐島家で双子の弟の面倒を見る彩羽は、こういったマナーにけっこう厳しい。

 したり顔の汐音だったが、彩羽に「あんたもだからね」と睨まれて、「う……すみません」と返すしかできなかった。

 と、そこへ。


「おうおう、今日も桐島さんは厳しいねえ」


 からかいを含んだ笑みを浮かべながら教室に入ってきたのは、長めの髪をまとめて制服を着崩した――しかもそれが似合っているのだが――クラスメイトだった。


「お、奏多(カナタ)。珍しいな、サボり魔のお前が教室に顔出すの」

「ちょうど屋上で昼寝するのにも飽きたからな、久しぶりに授業に出るのも悪くないと思ってたところだ」

「うわ、超上から目線……それでテストの順位が一ケタとか羨ましいぞチクショウ!」


 跳びかかってきた和葉を軽くあしらい、奏多の視線が教室の隅の銀に向けられる。


「よう銀、久しぶり」

「ああ……三日ぶりか?」

「んー、だな」


 顎を引いて首肯し、にやりと笑ってみせる奏多。入学して周囲と馴染めずにいた当時の銀に最初に声をかけてくれた奏多は、銀にとって数少ない「友人」のひとりだ。


「また授業でわからないところがあったら頼む。……で、なんの話してたんだ?」


 奏多の問いに、汐音が答える。


「学校の怪談」

「ああ、最近流行ってるとかいうアレねえ……」

「意外。詳しいの?」

「少なくともどこぞのバカよりは詳しく答えられると思うが、な」

「なぜそこでおれを見る!?」

「冗談だ。……流行ってるって言っても、そんな大した内容じゃない。『誰もいないはずの校舎で女生徒の笑い声がする』だとか『刃物を持って走る影が見える』とか、小学校レベルの噂だ」


 奏多の言葉に汐音がぴくりと反応、銀に目配せ。銀もそれに応じて小さく頷く。


(学校の怪談、か)


 その手の怪奇現象は、幻獣が原因である可能性が高いのだ。




 ◆




 夜。薄い雲が空を覆っているせいで、星明りは地上まで届かない。


「夜の校舎って久しぶりよね~」


 仕事着である黒の儀礼衣姿の汐音が、数歩先に浮かべた炎で足元を照らしながら隣の銀に語りかける。


「街に出現したやつをグラウンドまで追い込んで討伐、ってパターンが多いしな」

「うう、校舎で戦闘になったらまた掃除屋(スイーパー)に文句言われるわ……」

「相変わらず呪力の細かい調整苦手だしな、お前」

「ぐっ……わたしは前衛だからいいのよ。そういう呪術系サポートは後衛の担当なんだから」

「いや、俺も前衛だし」

「後衛に変われ」

「んな無茶な」


 そんなやり取りをしながら、一階、二階と見て回る。

 校舎内の見回りをしているのは、もちろん昼間聞いた学校の怪談が理由だ。ただの作り話である可能性もある。けれど不確定因子は野放しにできない。万が一のための巡回だった。

 ここで銀は疑問に思う。

 巡回なら、二手に分かれた方が効率的ではないか?

 しかも、いつも以上に汐音との距離が近い気がする。


「なあ、汐音」

「なにー?」

「今更なんだけど、やっぱり二手に分かれて見て回った方がいいんじゃないか?」

「……でっ、でも、もし幻獣と遭遇したら、二人の方が優位でしょっ」

「まあ、それはそうなんだけど…………なあ、汐音」

「こ、今度はなに?」

「そんなに近づかれると、歩きにくい」

「………………うー」


 銀の的確かつ冷静な指摘に、互いの腕が触れそうな距離まで身を寄せていた汐音が抗議の声を上げる。


「もしかしてお前――」

「ちちちちちちちちがうわ別に幽霊が怖いとか思ってるわけないじゃないたしかに幻獣と違って物理的な攻撃が効かないけどでもそんなのただの迷信だしわたしは陰陽師だしそれに幽霊を怖がるのは小学校低学年までであってわたしはもう高校生だし小さい頃に読んでもらった絵本が原因だなんてわたしは一言も言ってないし誰にも言うつもりないし」

「いや、明らかに動揺してるだろ」

「ちがいますっ」


 汐音がなおも反論しようとした、そのとき。

 がたんっ。

 背後の掃除ロッカーが立てた音に、びくりと汐音が身を震わせて振り返る。

 がた、がたがたがたがたっ。

 まるで、何か大きめのものが中で暴れているような……


 にゃあ。


 動物的な鳴き声がしたのと汐音が悲鳴を上げたのは同時で。

 ――そして汐音は、呆気にとられる銀を置き去りにして、元来た道を全速力で逃亡してしまった。


「おいおい、マジかよ……」


 呪力供給が断たれて懐中電灯代わりだった炎が呪符に戻ってしまった闇の中、ため息を漏らす。まさか汐音が幽霊嫌いだったとは……次の誕生日には心霊特集のDVDでも贈ってやろうと考えながら、汐音が落としていった呪符を拾い上げて再び炎を浮かべる。

 掃除ロッカーの方に炎をやると、なんてことはない、掃除ロッカーの隅から猫が顔を出していた。学校の敷地に住み着いていて、ゴロ介という名前で親しまれている猫だ。間違って校舎内に迷い込んでしまったのだろう。視線が合う。……うん、かわいい。


「ロッカーに穴でもあるのか?」


 苦笑しながらロッカーに近づくと、ゴロ介はフーッと威嚇して脱兎の勢いで廊下を走っていってしまった。半獣であることが原因なのか、銀は動物には好かれないことが多い。本能的になにか感じるものがあるのだろう。

 こみ上げる寂しさを振り払い、ゴロ介が顔を出していたところを見ると、金属製のロッカーに見事な穴が開いていた。

 穴の断面に触れてみると、縁がぼろぼろと崩れてしまう。なにか尖ったものがぶつかって開いたものではなく、腐食したような感じだ。


「……妙、だな」


 周囲を照らしてみる。

 よくよく目を凝らして見れば、壁や天井で塗料の一部が剥げていたり素材が脆くなっていたりする箇所があって、しかもそれが大体一定の間隔を保ってずっと続いている。

 自然劣化の一言で片づけるには不自然すぎる。

 ポケットから携帯を取り出して汐音と連絡をとろうとして。

 ふと――

 甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「ん?」


 この先にあるのは、調理室だ。

 胸の奥がざわめく感じ。

 廊下を駆ける。

 調理室の電気はもちろん消えていた。

 炎を消して、別の攻撃用の呪符を取り出しながらドアに手をかけ、そして思いっきり開く。

 ――途端、嗅いだことのある甘い香りがいっぱいに広がって、思わずたじろいだ。

 この香りは。


「……チョコレート?」


 壁のスイッチに触れ、電気をつける。明るくなった視界に飛び込んできた光景に、銀は思わず「は?」と気の抜けた声を漏らしてしまった。

 調理台の上に置かれたボウルなどの調理器具、散らばったレシピらしき紙の束、溶かしかけのチョコレート、零れた小麦粉……

 まるで、今まで誰かが調理をしていたようではないか。


「なんだこれ……」


 一歩踏み出した途端、


「ひうっ!」


 声がした。

 驚いてそちらを見ると、流しの陰に隠れて波木高校の制服を着た小柄な体が丸まっていた。


「ごごごごごめんなさいっ、これには深いワケがあああありましてっ!?」

「えーと……俺、教師じゃないから、謝られても……」

「えっ」


 おずおずと顔を上げる女子生徒。わずかに潤んだ目が銀を見、教師でないことにほっと安堵のため息を漏らしたかと思うと、改めてまじまじと見上げられた。

 じぃっと食い入るように見詰められて居心地の悪さを感じていると、その女子生徒は「あれ」っと何かに気づいたという風に、おずおずと。


「……もしかしてなんですけど、狼坂先輩……ですか?」

「え? ああ、まあ……どうして俺の名前を?」

「あたしの友達が、先輩の、その、ファンでして、前に写真を……」

「………」


 脱力するとはこのことか、と天井を振り仰ぐ。学園の美男美女に非公式のファンクラブなるものが存在することは知っていたし、なぜかわからないが銀のファンクラブというのがあるのも風の噂で聞いていた。聞いていたのだが、こうやって面と向かって言われると気恥ずかしさやらなんやらで複雑な気持ちになってしまう。


「……あの、先輩」


 どうしたものかと投げやりな気持ちで天井を見上げていたら、再び声をかけられる。


「?」

「どうして……そんな恰好してるんですか?」


 そう言えば自分は儀礼衣姿だったなと、言われてから気づいた。




 ◆




 ゼイゼイと肩で息をしながら、汐音は走るのを止めた。

 とにかく無我夢中で逃げ回っていたせいで、自分が今どこにいるのか把握できない。【灯火(トモシビ)】の呪符も落としてきてしまった。


「うう~~~」


 今までの自分の騒ぎようを思い出して、赤面する。

 幽霊が嫌いだということは、誰にも言わずに秘密にしていたのに。

 しかもその原因が、まだ汐音が将来陰陽師になるなんて考えてもいないくらい小さかった頃、昔からよく春成家に出入りしていた染井に読んでもらった絵本にあるだなんて。


(い、言えないわ……)


 銀のことだ。普段、人畜無害な顔をしているくせに、こういうことになると、ここぞとばかりにからかってくる。次の誕生日には心霊特集のDVDでも贈られてきそうだ。しかもそれが染井に伝わって(きっと本人は忘れているだろうし)、さらに部隊員にまで広まってしまうと………………非常に、厄介だ。


「な、何としても銀を口止めしないと……」


 握りしめた拳をぷるぷると震わせながら、そう心に固く誓う。


「っていうか、ここ何階よ?」


 この真っ暗な中をよくぶつからずに走ってこられたものだと、我ながら感心。

 窓の外の風景から自分の位置を割り出そうとして――



 窓ガラスに映った汐音の後ろで、ギラリと輝くものがあった。

2014/03/19:加筆修正

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