門番Aの華麗な転職。
勇者生活いちにちめっ、そのにっ!
母親に『王様に挨拶をしてくるのです!』と家を追い出された俺は、しかし、その命令を完璧にシカトしていた。なにも、まっすぐ城まで向かい、城門を通り抜ける必要はないのだ。せっかくだから、勇者となった利点を存分に生かしてやらなければもったいないではないか! 絶対に勇者生活を満喫してやるっ!
バカな決意をした俺は、家を追い出されたその足でまっすぐ、町一番の大金持ちの家へ向かう。あ? 目的はなにかって? んなもん決まってるだろうが。
―――――勇者は盗みが許されるっ!!
そう、勇者は人様の家に無断で侵入しても何も言われないだけでなく、その家のタンスや引き出し、その他諸々を漁りに漁り、必要な道具を持ち去ってもなんの罪にも問われることはないのだ。この利点を活かさない手はない。
なぜか鍵さえかかっていない扉を開き、誰にも咎められることなく大金持ちさんの家へ潜入する。見つかっても何も言われず、むしろ歓迎されるのが勇者のいいところだ。
まぁ、相手はただのNPC。何を思っても、同じところをぐるぐると徘徊し、『あの坊主が今日から勇者か……。成長したな、門番A!』なんて言葉を繰り返すことしか出来ないのだが。
咎められることもないままに、家の奥にあったタンスの前に立つ。誰にも何も言われないのに、妙にどきどきバクバクする臆病な俺の心臓に軽く辟易しながら、えいやっとタンスの扉を開く。そこには金銀財宝の山々が……。
『特に変わったものはないようだ』
なかった。さらに、勝手に『特に変わったものはないようだ』と表示されてしまう。え、ナニコレ? どゆこと?!
パニクリながらも、隣のタンスに手をかける。今度こそ、金銀財宝を手に入れることが出来るはず! きっと、さっきのタンスはただのフェイクなのだっ!
『門番Aは“おなべのフタ”を手に入れた!』
表示される言葉。どうやら俺は“おなべのフタ”を手に入れたようだ。これぐらいの大きさなら、盾として装備出来るな。やりぃ! これで魔物から受けるダメージが減るぜっ!!
……虚し。結局勇者は、盗みを働いてもロクなものを手に入れられないことが分かった。そら、ゲームのシステム上、しょうがないことなのだろう。ゲーム序盤から大金持ちになったり、最強装備を手に入れたりしたら、それどんなクソゲーだ、って言いたくなる。そんなのがまかり通れば、それはただのバグだろう。
俺は勇者。この町の城門に一日中立ち尽くす門番Aから、この世界を魔王の魔の手から救い出す勇者へ、華麗に転職した単なるバグキャラさ! ……コレどんなクソゲー?
彼は勇者ではなく、盗賊に転職したのかもしれないw