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「どうして・・・こんなことに」
目にはいるのは三つの遺骸。ナディルであろう、首を切られた肉体は、慰みに切り刻まれたのであろうか、肩口から二の腕が消えており、赤褐色の肉の断面をあらわにしている。近くに転がった二本の腕は白く血の気を失い、人間の腕ではないようにも見える。
その向こうには妻ディオラ。末の子、クリスをかばったのであろう、背中を向けた身体は両断されており、臓物がずるりとはみ出し、赤黒く染まった床を長々と這っている。妻の腕に硬く抱きしめられたクリスは、彼女の身体共々、長い槍に貫かれ、床に縫いつけられていた。
「なぜ・・なぜだ・・・!」
かくんっと男は膝をついた。腕の中からナディルの首が落ち、ころころと身体に引かれるように転がる。
「ディラ・・・ナディル・・・クリス・・!
今・・・今帰ったぞ!」
床の血だまりが、男の服をじっとりと濡らしていく。今更のように、むせかえるような血臭が、男を包み込む。
彼は、ただ呆然と妻の身体をかき抱いた。ずるり、とまた流れる臓物。かくんっと首が垂れ、その顔が彼の視界に入った。
―ポタッ
何かが、妻の顔をぬらした。唇の端にこびりついた血が、それに溶け、ゆっくりと流れる。
それはあとからあとから落ち続け、男は涙を流していたことに初めて気づいた。
「なぜ・・だっ。なぜ・・・今なんだ・・・!
私は、帰って、きた・・・のに」
涙は、今や滝のように流れていた。
男は顔を拭いもせず、ぐいっと空を見上げた。なにかを、弾劾するように。いや、すべてを憎むように。
「・・・!」
声にならない絶叫が、男の全身から放たれた。
―悲しみは、新たに絶望を作り出し、絶望は、すべてを破壊せしめる力を生み出す。
そして――自ら強大な悲しみに身を沈めた男は、すべてを破壊せしめる力に心を売り渡し・・・
『魔』へと、変じた。
その後、南で起きた戦は領主同士の突然の死により、あっけなく終了した。その、領主のあまりにも突然の死に、人々は驚き怪しんだが、事実はようとして知れなかった。その、アサギという村も、戦の煽りを受けて滅ぼされたまま、時に埋もれていったという。




