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 南へ、故郷へと近づくに連れ、戦争の気配は色濃くなっていく。

 検問は厳しさを増し、通るために二、三日かかるのはあたりまえ。時には十日ほど待つことも。

 だが、それはほんの序の口。

 南に行く人の姿が消え、替わりに北へと進む人の流れが出るに当たって、辺りの様相は一変した。踏みにじられ、無惨な姿をさらす田畑。おどおどと、辺りを見渡す大人たち。荒んだ目で、うつむいて歩く子供。飢えた、野生の獣の群・・・。

 虚無的な空気が辺りを支配する中、男はただただ先を急いだ。


「すいません、村は・・・。アサギ村はどうなっていますか?」

 街道より少々離れたところにある、隣村。一軒しかない宿屋の顔見知りの主人に、男はそう問いかけた。

「さあ・・・。すまないが、よく分からないってのが、現状だね。ここと違って、あそこは街道沿いにあるから、心配でもあるんだが。

 何にせよ、早く帰るにこしたことはないさ。

 近頃は・・・魔物の噂まで」

 主人は、すっと目を泳がせた。そして悪い言葉を振り切るように、頭を振る。

「なんにせよ、こんなご時世だから。

 噂だけ・・・かもしれないし」

 重いため息を一つ。男はその言葉に無言でうなずき、道を急いだ。


 隣村の宿より約二日。男は林のさなかを進んでいた。

 街道沿いにいけば、村には一日ぐらいで着くのだが、軍隊が通るとの噂を聞きつけ、迂回路をとったのである。

-ザッ、ザザッ

 下草をかき分け、獣道をただ前へと進む。

-ギギッ

 山鳥の鳴き声。続く鳥の羽ばたき。

「あと少し・・、か」

 彼は歩みを止め、額に浮く汗を拭った。太陽は中天にさしかかる頃。あと一息、日が暮れる少し前には、村にたどり着けるだろうと顔をほころばせる。

-ザワッ

「・・なん、だ・・・」

 一瞬、突風が彼を巻き込み、彼方へ去っていく。その中、微かに、風が運んできたのは、女の悲鳴。断末魔の叫び、というのだろうか。心をそのまま切り裂く声。

「聞こえる、はず、無い・・」

 背筋を走る悪寒。声が震えている・・・と、他人事のような認識。ここから村まで、軽く二時間は掛かる、と冷静に判断している頭。

「大丈夫、だ・・」

 逸る心とは裏腹に、凍り付く手足を叱咤し、彼はぎくしゃくと歩き出した。




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